06
8月中旬、夏真っ盛り。茹だるような暑さは確実に私の生命力と戦闘力を削いでいた。夏休みは大歓迎だが、暑さは控えめに言って苦手だ。けれどそんなのお構いなしに、憎たらしいほどギラギラ輝く太陽が今日も私を照らしている。
「暑い……」
「トリオン体なんだから暑くないだろー」
「もうその格好見てるだけで暑苦しいんですよ……市民からも苦情来てるの知ってます?」
「ん? そうなのか?」
それは大変だ、と思ってもなさそうな声色で呟いた太刀川さんは、私の背後でモールモッドを叩き斬る。今は防衛任務中だが、私たちの持ち場は粗方片付いているので雑談する余裕なんていくらでもある。連日の暑さのせいでイマイチ調子の出ない私に代わって、ほとんどのトリオン兵を倒してくれる太刀川さんは普通に優しいし格好良い。やはり彼は戦闘時が一番輝いている。それはもう、太陽にも負けないくらいに。
「太刀川さん終わったらアイス奢ってくださいよ〜」
「それもいいけど、もっと良いこと思いついちまった」
「良いこと? なんですか?」
あまり期待を込めずに尋ねた私に、太刀川さんは得意げにこう言い放つ。
「夏服作ろうぜ」
──そんな鶴の一声で、防衛任務を終え作戦室に戻った私たちはさっそく夏服の製作に取り掛かった。単なる暇つぶしだろうなと思ったけれど、一応私と市民の苦情を受けての発言らしいので、大人しく太刀川さんの提案に従うことにしたのだ。製作と言ってももちろん裁縫をするわけじゃない。夏服作りと聞いて案外ノリノリでパソコンをいじり始めた柚宇さんを眺めながら、私は太刀川さんに買ってもらったアイスを美味しくいただく。ちなみに唯我くんは昨日から家族でハワイ旅行中のため不在だ。ハワイなんてずるい、さすがお坊ちゃま。
「まずはシンプルに色を変えてみようか〜」
「手っ取り早く黒を白にしたらいいんじゃね?」
「赤のライン部分は青にしましょ。爽やかに」
「ほうほう。それじゃとりあえず出水くんで試してみるね〜」
「なんでおれなんすか……」
文句を言いながらもすぐにトリガーを起動するあたり、彼もこの状況を楽しんでいるようだ。かくいう私も夏服バージョンの出水くんには興味がある。一体どんな感じに仕上がったのだろう……と期待した直後、換装した彼の姿に目を見張った。
「え……やだイケメン」
「お〜いい感じ!」
「いやぁこれはこれでコスプレ感増してません?」
そう言いつつも、私と柚宇さんに褒められた出水くんは満更でもなさそうだ。いつもの厨二感が薄れて一気にキラキラしたアイドル衣装のようになったが、これはこれで悪くない。グッジョブ柚宇さん。いつもと違う格好をしているだけで、出水くんが3割増しで格好良く見えるから不思議だ。夏服と言ってもおそらく今日限りのお遊びだろうから、記念に写真に収めておこうと思いスマホを構えた。
「なーに撮ってんだよ」
「だって格好良いんだもん」
「はー? いつも格好良いだろ」
「そうだけどレアだもん」
「いーから美山も早く換装しろよ」
一人だけ注目を浴びるのが嫌なのか、出水くんに急かされた私はいつも通り黙ってトリガーを起動した。換装時に「トリガー起動!」と声に出す人もいるけれど、私的には少し恥ずかしい。ちなみに私の隊服は男性陣と少しデザインが異なり、動きやすいように下はショートパンツになっている。それがロングコートで隠れると全体的に女性らしいシルエットになるので、そこが私のこだわりポイントだったりする。
「どうどう?」
「確かにすげー印象変わるな」
「陽葵ちゃんこっちの方が似合うんじゃない? アイドルみたい」
「やった〜」
「おいおいウチはアイドル部隊じゃないんだぞ」
「まぁまぁそう言わず。太刀川さんも早く換装してくださいよ」
柚宇さんに「似合う」とお墨付きをもらった私は上機嫌になるが、太刀川さんは「アイドル部隊は嵐山隊だけで十分だ」と言う。確かに彼はアイドルなんてキャラじゃないけれど、背が高いし顔だって整っているので意外とこういうのも似合うかもしれない。私たちがそんな期待を込めて見つめる中、満を持して太刀川さんが換装した。──瞬間、出水くんがぶはっと吹き出した。隣の柚宇さんもケラケラ笑っている。
「あはは、太刀川さん似合わない〜!」
「いやイケてるだろ」
「太刀川さんのアイデンティティほぼ失われた感じですけどね」
「服の色変えただけで吹き飛ぶようなものだったのか、俺のアイデンティティって」
「ぎゃはは! 腹いてー」
まぁ想像通りではあったが、太刀川さんだけ違和感がすごい。やはり彼はキャラじゃなかったようだ。私たち三人に笑われて本人は若干不服そうにしているが、オチとしては最高に面白い。後でボーダーの皆に見せようと思い、しっかり写真を撮っておいた。
それにしても、三人揃うとやはりコレジャナイ感がすごい。確実に戦闘力は下がった感じがする。初めて太刀川隊の隊服を見た時はちょっと厨二感あるなぁと苦笑いしたけれど、なんだかんだでA級1位の貫禄があるように思えてきて今はわりと気に入っている。結局いつも通りが一番なのだろう。けれどこの夏服がお蔵入りするのは少し残念だなぁと、出水くんの写真を眺めて思った。
◇
あの短時間でのお蔵入りはもったいないので、今日一日だけこの夏服で過ごすことにした。この後はもう予定がないし、せっかくなら皆の反応を楽しもうじゃないか。そう思って一人本部をぶらついていると、暑さなど微塵も感じさせない爽やかな先輩に出会した。
「あれ……? 誰かと思ったら美山ちゃんか」
「わぁ犬飼先輩、良いところに!」
「どうしたのそれ」
「今日限定の夏服です」
どうですか? なんて尋ねたが、彼の返答にはおおよそ見当がつく。女の子を喜ばせるのが上手な犬飼先輩は、この格好を披露するのに打ってつけの相手だ。
「涼しげで良いね。可愛いのに限定なんてもったいない」
「わーいありがとうございます〜」
お世辞だとわかっていても、やはり褒められるのは嬉しい。挨拶感覚で『可愛い』と言ってくれるのはイコさんも同じだが、犬飼先輩の方がより安定感がある。彼はイコさんと違って女の子にモテるし女の子の扱いにも慣れてるし、なんかこう……言ってしまえば『チャラい』。
「……なんか失礼なこと考えてるでしょ」
「いえそんな。出水くんに『可愛い』って言ってもらいたいけど、でも犬飼先輩みたいにはなって欲しくないなって思っただけです」
「前から思ってたけど、美山ちゃんっておれのこと舐めてるよね」
そう言いつつも笑顔を崩さない彼は優しい先輩だ。チャラいなんて失礼なことを思ったが、彼のコミュ力に助けられている人間はボーダーにも大勢いる。二宮隊が上手く機能しているのだって犬飼先輩のおかげだろう。
「それより二宮隊もどうですか? 思い切って白スーツとか」
「うーん楽しそうだけど二宮さんが何て言うかな〜……」
「『ふざけるな。そんなコスプレみたいな格好できるか』とか言いそう」
「あはは、よく分かってるじゃん」
黒スーツはコスプレじゃないと思っているあたり、二宮さんはなかなか天然な人だと思う。いつも仏頂面だけど意外と可愛いところあるよなぁなんて、本人には口が裂けても言えないけれど。スーツ姿の男性は3割増しで格好良く見える、とよく言うがまさか彼もそれを狙っているのだろうか。
「コスプレといえば、私今度の花火大会で浴衣着ようか迷ってるんですけど……」
「ちょっと待って。浴衣ってコスプレなの?」
いきなりお悩み相談を始めようとする私に、犬飼先輩が待ったをかけた。コスプレの定義を問われると少々難解だが、私の感覚的には普段しない格好=コスプレだ。私たちがいつも着ている学生服だって、卒業したらただのコスプレに該当する。そんな持論を展開すると、彼も「まぁ一理あるか……?」と納得してくれたようなので本題に入る。
「女の子の浴衣って男性的にどうですか? 3割増しで可愛く見えますか?」
「5割増しは堅いね」
「じゃあやっぱり彼女がデートで浴衣着てきたら嬉しいものですか?」
「そりゃ喜ばない男はいないんじゃない?」
「でも彼女でもないのに着てきたら『コイツ気合い入ってんな〜』って引かれちゃいますかね……?」
「あはは、出水くんに限ってそれはナイでしょ〜」
出水くんと行くなんて一言も言っていないのに、犬飼先輩は当然のように笑い飛ばす。これでも私は真剣に悩んでいるのだから、もっと真剣に聞いて欲しい。実は私が浴衣を着るかどうかで悩んでいるのには大きな理由があった。
それは昨日の帰り道のこと。なんと出水くんが私に「花火大会は二人で行こう」と言ったのだ。つまりこれは正真正銘のデート。その誘いには驚いたけれど、断る理由もないので了承した。これまでも二人でカフェや本屋に寄ったりすることはあったけれど、花火大会なんて一気にハードルが上がってしまい少々テンパっている。好きな人とのデートとなると、服装一つとっても何が正解か分からなくなってしまうのだ。
「ていうか何? 二人で花火大会行くの?」
「あ、はい」
「なのにまだ彼女じゃないの?」
「え、はい」
「相変わらずだねー」
揶揄うように笑う先輩は少しだけ性格が悪い。別にいいんです、と言い返そうとした私は押し黙る。“私は出水くんの彼女になりたいわけじゃない”──つい最近までそう思っていたけれど、彼にデートに誘われたことで心境に変化が起こった。
出水くんは誰とでもデートするのかな……。私だったらしないけどな。もし犬飼先輩に誘われたとしても、絶対に二人で花火大会なんて行かないのに。……じゃあ出水くんもそうなのかな。私だから誘ったのかな。そうだったらいいな……。そんな風に、彼が『特別』をくれる度に私は期待して、もっともっとと欲張りになっていく。
そんな私の心を見透かしたように、犬飼先輩は「恋煩ってるねぇ」と笑う。先程とは違い今度は優しい笑顔だ。
「じゃあ悩める美山ちゃんにおれから一つアドバイスしてあげる」
「え、ほんとですか?」
女友達と恋バナをするのも楽しいけれど、こういう時にどちらが参考になるかと聞かれたらきっと男性目線の意見だろう。男が女心を理解できないのと同じように、女も男心を理解できないものだ。しかし犬飼先輩なら女心も十分に理解していそうだし、そんなモテ伝道師からアドバイスをいただけるのはありがたい。ぜひお願いします、と頭を下げた私に向かって、彼はやや真剣な顔つきで口を開いた。
「花火が始まったらさ、まず……」
そこから先は小声だった。内緒話をするように私の耳元に口を寄せた先輩は、まぁまぁ長尺の『デート必勝法』をスラスラと口承していく。途中で異議を唱える暇もない。そして全てを聞き終えた私の顔は──熟した林檎のように真っ赤になっていた。
「……そ、それ本気で言ってます……?」
「もちろん。これで男はみんなイチコロだって」
「えっ、いやでもそんなの絶対ムリですって! 恥ずかしすぎて死んじゃいますよ!」
「どうなったかちゃんと報告してね」
「もうそれ完全に面白がってるじゃないですかぁ」
私の泣き言に聞く耳を持ってくれない彼は「じゃ頑張ってねー」と言い残して颯爽と去って行く。……やっぱり相談する相手を間違えたかもしれない。
果たして私がそのアドバイスを実践できる時は来るのだろうか。というか本当にそれが『必勝法』なのかは正直言って疑わしい。これ犬飼先輩に遊ばれただけなんじゃ……と不安になり、余計に悩みを増やしてくれた彼を恨めしく思った。