09
楽しみにしていた新学期が始まっても、私の心は憂鬱だった。放課後になるといつもはボーダーに直行する私だが今日はそうもいかない。隣のクラスのHRが終わるのを待ち、遥ちゃんを捕まえて一緒に本部へと向かう。彼女に「相談がある」と事前に伝えておいたので、少し遠回りをして公園に立ち寄った。内容が内容だけに、本部では少し話しづらい。
ブランコに座り、ゆらゆら揺れる地面を見つめる。相談とはもちろん先日の花火大会での出来事。あの日以来出水くんと顔を合わせづらくて、幸い防衛任務がなかったので本部には行っていなかった。ボーダーに入ってから誰よりも長く一緒にいたはずなのに、やっぱり出水くんのことはよくわからない。遥ちゃんにあの日のことをかい摘んで説明した後、私は大きなため息をつく。どうして彼はあの時……。
「なんでキスしたんだろう……」
「そりゃあ陽葵ちゃんのこと可愛くて仕方なかったからでしょ〜」
「そ、そんなこと出水くんが思うわけないじゃん」
「陽葵ちゃんってばまだそんなこと言ってるの?」
“まだ”って何だろう。出水くんが私にキスしたからって、彼が私を好きとは限らないのに。でも嫌いな相手にキスなんてしないだろうから、遥ちゃんの言う通りあの時は多少なりとも私のことを可愛いと思ってくれたのかもしれない。結局犬飼先輩のアドバイスは実践できなかったけれど、きっと浴衣効果があったのだろう。浴衣姿の女の子は5割増しで可愛く見えるそうだから。
でも、だったらどうして……。
「……じゃあなんで『忘れて』なんて言ったと思う?」
「それは本当に謎だね〜。本人に聞いてみるしかないよ」
「忘れてって言われたのに? 聞けないよ……」
「うーんそっかぁ」
「あーもうどうしたらいいの〜……」
今日は防衛任務があるためボーダーに行かざるを得ない。一体どんな顔をして出水くんに会えば良いのかと項垂れる。そんな私を見た遥ちゃんは少し考えるようにして、それから名案を思いついたという風に人差し指を立てた。
「そしたらもう、陽葵ちゃんから告白するしかないんじゃない?」
それはなんて言うか……やはり名案かもしれない。キスされてからは出水くんの気持ちを確かめることしか頭になかったので、完全に意表を突かれた気分だ。しかし彼女の言うことは理にかなっている。
「陽葵ちゃんが気持ちを伝えれば、出水くんも本音を話してくれるんじゃないかなぁ」
「……やっぱり遥ちゃん天才だわ」
そういえばあの時、私の告白は出水くんに届いていなかった。私が好きだと伝えて何かが変わるのならそれに越したことはない。うだうだ考えるよりもその方が良さそうだ。そう思ってからの私の決断は早かった。こういう時、自分がポジティブな人間で良かったと思う。
「私、出水くんに告白する……!」
そう宣言すると、遥ちゃんは嬉しそうに拍手して応援してくれた。犬飼先輩と全く同じ「どうなったかちゃんと報告してね」いう台詞は何処となく好奇心が優っている気もするが、彼女に勇気づけられたのも確かだ。やっぱり持つべきものは友達だなぁと思いながら、少しだけ軽くなった足取りで本部へと向かった。
◇
太刀川隊作戦室の前まで来ると、さすがに少し怖気付く。もし告白して上手くいかなかったら、ますます出水くんとの関係がギクシャクするだろう。そしたらチームのみんなにも迷惑をかけるかも……。直前になってそんな臆病な自分が顔を出す。なかなか部屋の扉を開けられずにいると、突然背後から声を掛けられて心臓が跳ね上がった。
「……何してんの?」
私がこの声を間違えるはずがない。慌てて振り返ると、そこには想像通り出水くんが立っていた。訝しげに私を見た彼は一見いつも通り……かと思いきや、すぐにふいっと視線を逸らす。やはり気まずいのは彼も同じらしい。彼を追うような形で部屋の中に入ると、幸運なことに私たちの他に誰も居なかった。……これはすぐにでも告白するチャンスなのでは? そう意気込んで深呼吸するも、出水くんは「あー……まだ時間あるしランク戦行ってこよっかな」なんて言って逃げようとする。その台詞に私は少し苛立って、させるものかと彼の腕を掴んだ。
このまま気まずいのも嫌だし、何より……この前伝えられなかった私の気持ちを、やっぱりちゃんと伝えたい。
「……私、出水くんが好きだよ」
一世一代の告白は、思ったよりもすんなりと出た。真っ直ぐ目を見ることはできなかったけれど、ようやく言えて肩の荷が降りた気分だ。勝手にスッキリした表情を浮かべる私とは対照的に、出水くんは面白いくらいにあたふたし始める。「えっ」とか「なんで……」とか相当戸惑っている様子だ。告白するにあたって彼の気持ちは関係ないと思っていたけれど、その表情が険しいことに気付くとやはりチクリと胸が痛む。フラれるのかな……と思い視線を落としたが「そんなのおれだって……」と予想外の台詞が聞こえてきてすぐに顔を上げた。
「好きって言ってくれたのは嬉しいけど……でも美山の好きとおれの好きは違うっつーか……」
「……どういうこと?」
苦々しく言葉を連ねる出水くんに首を傾げる。違うって一体どういう意味……?
「この前勝手にキスしたのは悪かったと思ってるけど、でもおれは美山とそういうことしたいっていつも思ってるし……おれの『好き』はそういう好きだから」
でも美山はそうじゃねーだろ、と決めつけたように言う出水くんを唖然と見つめる。開いた口が塞がらない、とはまさにこのことだろう。
「ど、どうしてそう思うの?」
「おまえ昔からおれのこと『憧れ』とか言うし、男として見てねーじゃん」
……そんなわけない。出水くんに『可愛い』と言ってもらいたいのも、彼女ができたんじゃないかと不安になったのも、ヤキモチを焼かれて嬉しかったのも、見つめられるだけでドキドキするのも──全部彼を“異性として”好きで好きで仕方ないからだ。なのにその気持ちを否定されてしまうなんて……と少し切なくなる。しかし誤解していたのはお互い様だった。
「……出水くんって、恋愛とかそういうのに興味ないんだと思ってた……」
「はぁー? こちとら健全な男子高校生ですけど? 普通にあるわ」
「そ、そうなんだ」
「なんだよ。引いた?」
「違うよ。……ちょっと安心しただけ」
私の言葉を聞いて、今度は出水くんが目を丸くした。彼にとって予想外であろうこの台詞を言うのは少し気恥ずかしいけれど、今度はしっかり目を見て伝えたい。
「わ、私だって……そういう『好き』だよ」
「……マジ?」
無事に誤解が解けると、出水くんはいつかと同じように「あー」とか「うー」とか言ってガシガシと後頭部を搔く。でも以前よりも少しだけ、出水くんのことがわかるようになった。この後に続く彼の台詞が、きっと私の望むものであることも。真っ赤になった顔で「じゃあさ……」と口を開いた彼は、やっぱり期待を裏切らない。何度も何度も期待した私の夢を、ようやく実現させてくれるのだ。
「おれの彼女になってくれる?」