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  ag夢

以前上げたものと同じ設定で、今度は夢主と万事屋の絡みです。
銀時との描写が多いですが、銀時夢ではないのでご注意ください。
「初めまして万事屋さん。医師をやっている忽那暁と申します」

 にっこりと笑顔を浮かべて銀時達に向かって挨拶をする。人当たりの良さそうな笑顔を向けられて、銀時は起伏のない平坦な声で「どーもご丁寧に」と返した。
 ここは万事屋。銀時を中心に、新八、神楽が営む何でも屋だ。頼まれたら何でもやる、という誘い文句を風の噂で聞きつけた暁は、とある捜し物を手伝って貰うためにわざわざここまで足を運んだのだ。

「んで? 捜し物って何。実は気付かなかっただけで近くにありました〜とかそういうオチは御免だよ? ホラ、眼鏡とか特にそうだろ。なあ眼鏡、ちゃんと新八掛けてるか?」
「だから僕眼鏡じゃないんですけどォォ!? それに新八掛けてるって何!! 逆だよ逆!」
「ええ、君眼鏡っていう名前なの? 親御さん、相当眼鏡が好きだったんだねえ」
「で、この眼鏡に掛かってるのが新八アル。ちなみにコイツの姉はゴリラネ」
「ちょ、この人さっきと態度全然違うんですけど!? 何だったのさっきのお淑やかな挨拶! あと神楽ちゃん、僕の姉さんはゴリラじゃないからね!」

 聞き捨てならないと言わんばかりに勢いよく立ち上がってツッコミに勤しむ新八を見て、暁は心の中で今日の夕飯の事を考えていた。すると話を聞いていないことに勘づいた新八は「ちょっと聞いてます?」と訝しげにこちらを見つめてくるから、暁は平謝りをしながら「第一印象で相手を騙せって、先代の教えです」と言ってのけた。どんな先代だよ! と思い切り突っ込まれたが、暁にとっては崇拝にも近い形で尊敬している先代だったため、そんな言葉は全く心に響かない。都合の悪いことはシャットアウトするのも生きる術である。

「いや漫才はいいからさ、早く内容言ってくれない?」

 しびれを切らした銀時が片足を膝の上に乗せながら退屈そうに催促する。ああそうだった、とわざとらしくリアクションを取った暁は、万事屋一行に向き合って口を開いた。

 彼女――忽那暁は、かぶき町の端に位置する神社で巫女としての仕事をこなしつつ、本業である医師も営んでいる。医師としての仕事は基本的に自ら患者の元へ足を運ぶ、往診という形で経営しており、かぶき町の人々は勿論遠い土地の人達とも知り合いであり、その顔の広さは一部で有名になっている程だ。
 そんな彼女が万事屋に訪れた理由は、とある薬草を探すためだった。薬師でもある暁は誰よりも何よりも薬の実験や薬草が大好きで、寝る間も惜しんで毎日薬の調合に励んでいるくらいだ。薬への情熱は誰にも負けず、博識である暁は無論薬草がそれぞれどこにあるのかは手に取るようにわかる。しかし、今回彼女が探している薬草はそう簡単には見つからなかった。

「まあ、希少価値な薬草でねェ。かと言ってこの薬草センサーを搭載した私の目が在処を見逃す筈がないから、なんかきな臭いなあと思って調べたんですけど」
「いまさらっとヤク中みたいなこと言ったネこいつ。きな臭いの絶対自分のことアル」

 ヤク中? とんでもない! 薬の実験が好きなだけで薬を投与することに喜びを感じる人間ではないから、多分ヤク中ではないよ! と弁解するが、主に銀時と神楽は疑いの目をずっとこちらへ向けるだけだ。もう否定するのも面倒だからこのままでいいや。
 ともあれ、恐らくこの薬草に関しての黒幕は攘夷浪士が中心に固まっている、反幕府のとある犯罪者集団――所謂テロリストだと、暁は独自の調査で突き詰めていた。人を治す力しか持たない、周りの人間とそう大差ないどこにでも居る様な人間である暁がどうやって情報を得たかと言うと、一言で言ってしまえば顔の広さでどうにかしたのだ。こういう時に人間関係が広ければ、苦労することは少ないんだなあと暁は心の中で呟いた。

「まあ私は剣術なんて微塵も嗜んだことはないんでねェ。君ら三人ならどうにかしてくれるかなって」
「どうにかってオメー、ンなテロリスト共の巣に乗り込めたとして、一体どうやってその薬とやらを手に入れるつもりだ? それに、俺達が戦えたとしてもオメーが微塵も戦えねェんじゃ、守りきれるかどうかも分からねェよ」
「確かに私は弱いけど、現場で役立たずにはならないように色々と対策は考えてるんで大丈夫ですよォ。別に私を守ろうとしないで、攘夷浪士達をぶっ潰すことだけ考えてくれればいいです。全部倒したら……とりあえず倉庫漁ろうかな。なんかある気がする」
「いや無計画かよォォ!!」

 銀時は暁の細っこい手足を見て訝しげに眉を顰める。見た目は勿論、本人が弱いと自負しているのだからそれはきっと本当のことなのだろうが、『対策』とは一体何なのだろうか。悪く言えば薬の知識しか無い一人の女に、一体何が出来ると言うのだろうか。恐怖、戸惑いを感じさせないような屈託ない笑顔からは、暁が『周りの女子どもとは違う』ということを感じさせる。明るく人当たりが良さそうに振る舞っているが、実のところ見えない壁を一枚張られているような、そんな感覚だ。
 今日が初対面である故、今この場でこの女が一体何者なのかを見破ることは出来ないと判断した銀時は、深い溜息をついて「しょうがねェなァ」と怠そうに声を上げるのであった。



 暁が「こっち見てきますんで、後で合流しましょう」と変わらぬ笑顔で消えていってからどれほど時間が経っただろうか。銀時は周りの攘夷浪士を軽く倒しながら、視線だけで暁の姿を探す。
 少しだけ血に濡れた巫女装束を纏った女の姿を視界に捉えた。正しくあれは暁だ。ぶらりとさがった両手には小瓶が収まっており、流れるような動作で暁めがけて剣を振る敵達にその小瓶の中身を振りまいた。透明の水のような液体はびちゃりと彼等の顔面にヒットし、突然のことに驚いて足を止める攘夷浪士達は、次第に顔面を押えながら苦しみもがき始めた。
 あれは、一体なんだ。否、薬のことではない。こんな物騒な世の中、人を苦しめる薬なんざ普通に出回っているのは銀時もわかっている。じゃあ、あの女は。戦う術を持たない普通の女が、戦場で、ましてや苦しむ人間の目の前で、会った時と何も変わらない笑顔を浮かべているのは。銀時は初めて、自分よりも年下の女に『恐怖』という感情を抱いた。驚き慌てふためく様子もなく、淡々と薬を敵に浴びせる暁の目には、頭には、きっと薬のことしかないのだろう。
 ふと、振り向いた暁と目が合う。にっこりと笑みを浮かべながらこちらに手を振る姿は、『狂気』という言葉が一番似合うだろう。背を向けた隙に敵が暁に攻撃を仕掛けようと剣を振ってきたが、「あ、大人しくしてないとダメだよ〜」と言いながら薬瓶と共に相手の顔面を容赦なく殴りつけた。違いない、彼女はお妙や神楽と同じ部類だ。何かあっても下手に動いてはいけないな、と長年の知恵から危機感を覚えた銀時であった。

「……オメー、戦えないとか言う割には戦場に慣れてるみたいじゃねェか」
「んー……実戦経験はなくとも戦場は幾千と見てきたからかなあ。別に、人が血を流しているのを見てきゃいきゃい悲鳴を上げて怖がるほどかよわい訳ではないよ」

 それに往診先、宇宙海賊とかいるけどねえ、なんて言葉は流石に飲み込む。深く問い詰められるのは心底面倒だし、その宇宙海賊の人間とこの万事屋の従業員が血縁ということも知っているし、そこら辺の家族関係のゴタゴタに巻き込まれたくない、というのが暁の中で一番願うことだ。

「よくもここまでやってくれたな」

 倉庫の目の前まで辿り着いた時、扉の奥から男の声が聞こえた。恐らく、この犯罪集団の黒幕だろう。かちゃり、と奥から銃を構える音が聞こえ、流石の暁と銀時はたじろぎ足を止める。そうして容赦なく銃声が鳴り響いた。思わず目を瞑ってその衝撃を待ち構えるが、一行に痛みどころか風一つ感じない。恐る恐る目を開けてみると、そこには。

「二人してハチの巣にされたいアルか」
「大丈夫ですか、二人とも!」

 神楽と新八の姿があった。神楽が夜兎の日傘で銃弾を防いでくれたお陰で、暁と銀時は無事で済んだのだ。暁は驚いて目を見開く表情から一転、ころっと笑顔を作り「ありがと〜、助かったよ」とお礼を言って神楽の前に出る。開かれた倉庫の扉の奥には、完全に暁達を殺ったと思い込んでいたのだろう、驚愕を隠せない表情で黒幕と拳銃を持ったその部下共がこちらを見つめていた。

「き、貴様ら一体何者だ! 目的は、」
「目的? 決まってんじゃん」

 軽い足取りで、頭二つ分くらい違う大男の目の前に立つ暁。比べれば暁は断然小さいのに、何故だろうか。こんなにも威圧感を感じるのは。

「ぜーんぶ、私の薬のためだって!」

 何故だろうか。彼女の笑顔に、寂しさが滲んで見えたのは。