Quelle belle

次の日の部活。部員は全員部室に集まり、守を中心にして床に座っていた。守はいつもの元気な声で、帝国戦で俺たちの問題点が分かった!と皆に告げる。それで…と続けようとすると、マックスがタイヤに寄りかかりながら問題点も何も…と話を遮った。

「問題点も何も、まず体力なさすぎ」
「まあ、今まで練習と言った練習もしてないみたいだから仕方なくない?」

すかさずどうにかフォローに入るが、逆にそれがダメージとなったのか他の部員はずーんと暗くなって落ち込んでしまう。ああ…ここで正論言わなきゃ良かったか……。マックスも悪気は無かったようで、「あ、ごめん、今のへこんだ?」と表情を全く変えずに謝った。悪いと思っているのか思っていないのかよく分からない。良くも悪くもマックスは正直者なのだろうな。

そこでポニーテールの…風丸が「円堂、話を続けてくれ」と脱線した話を元に戻してくれた。風丸は良いお母さんになりそうだ。記念に一枚撮っておこう。顔良いし、カメラのフォルダが潤うよ。

「まあ……体力作りはもちろんなんだけど……こんなフォーメーションを考えたんだ」

そう言って、守の後ろにあったホワイトボードに、キュッキュと音を立てながらペンを滑らせていく。元々書かれていたサッカーグラウンドに、それぞれの背番号を書いてフォーメーションを知らせる。

目金がフォワードで無い事に駄々をこねはじめ、それに半田が「逃げた奴が何言ってんだか…」と呆れた様子で呟くと、上手いこと屁理屈を考えた目金は「戦略的撤退と言って欲しいね」と眼鏡を人差し指と中指でくいっと上げて自慢げに言い放った。その言葉に、周りはギャグ漫画のようにずっこける。私もあはは……と苦笑いをして流す。

「あのーキャプテン」
「ん?何だ?」

宍戸がおずおずと手を上げ、円堂に話しかける。切り替えの早い守はけろっとした顔でそれに反応する。

「この間の豪炎寺さん、呼べないんですかね」

その言葉に人一倍反応し、ギロリと目を鋭くさせる人物を私は見逃さなかった。そんな事にはつい知れず、周りは次々に賛同の言葉を連ねる。それが火に油を注ぐ事になろうとは思ってもいないのだろう。

「結局の所はあの一点、豪炎寺君のシュートだったんだからねぇ」
「今の俺たちじゃ、あんな風にはなれないっすよ…」
「ちょ…ちょいちょい、君たちそれくらいにして…」

部員達の弱気な発言に、壁山の隣に座っていた染岡が歯をギリギリと音を立てて食いしばる様子を見て、慌ててその会話を止めに入る。が、それはもう遅かったようで、ぶつぶつと呟くと、堪忍袋の緒が切れたように突然立ち上がり、ぐっと拳を握りしめて皆に、そして自分に言い聞かせるように叫ぶ。

「俺が本当のサッカーを見せてやる!」

そんな染岡の様子に私を含めた全員が驚いた様子を見せる。私としても染岡の内にイライラが募ってきているのは分かっていたが、はっきりとした理由は分かっていなかったため、突然の発言にびっくりしてしまったのだ。

困惑した様子の部員達が、染岡…?と疑問の声を次々に上げる。

「あいつはもう来ないんだろ」
「それは、分からないけど……」
「円堂まで…あいつを頼りすぎだ!」
「そんな事は!」

守はその言葉にすぐに反抗するが、残念ながら私には正論にしか聞こえない。豪炎寺がいれば〜、豪炎寺かいたら〜…なんて、人に頼り切りだと強くなりたくてもなれないのは本当の事だ。だけど、染岡の怒りはそれとどこか別の場所にある気がした。

「俺たちだってできるさ!もっと俺たちを信じろよ!」

部員の皆に言い聞かせるようにして再び叫ぶと、部室の扉ががらりと開かれる。そこにはジャージ姿の秋が立っていた。

「皆、お客さんよ。……何かあったの?」
「いや、ああ……ちょっとな」
(秋ナイスタイミング……)

秋が部室に一歩、二歩入った所で険悪なムードに気がつき、心配そうに声を掛けるが、守はしどろもどろになりながら誤魔化した。大天使・秋のおかげでこの空気が変わると良いのだけど。

秋は開いている扉の方へ向き、あからさまに困惑した様子で「ど、どうぞ」とその人物を部室へ招き入れた。外からコツコツとローファーの音が鳴って、ゆっくりと部室へ入ってきたその人に一斉に視線が集まる。

「っ、夏未お嬢〜〜!!」
「えっ?きゃあっ!?」

その凜々しい姿を見て抑えきれなくなり、私はがばっと夏未お嬢を抱きしめると、女の子らしいかわいい悲鳴が上がる。待っていました!とデジカメをかまえると、周りの目などお構いなしにパシャパシャと撮影大会を始める。も、もうやめなさい!とかわいく起こる夏未お嬢は最高に女神である。

そんな私を無視することに決めたのか、夏未お嬢は鼻を押さえて小さく「臭いわね…」と言った。そんな正直な所も愛してるぜ夏未お嬢!

「こんな奴、何で連れてきたんだよ!」
「話があるって言うから…」
「まあまあ染岡、夏未お嬢の美しさに免じて聞こうよ、その話」
「お前の言ってることは理解できねえよ……」

秋は困った様子で返事をすると染岡が気に食わぬ様子でそっぽを向いたため、私が仲裁(?)に入る事に。それでも呆れられてしまったみたいだから、元も子もなくなったけど。

夏未お嬢はまた一歩進み、守の方を見る。

「帝国学園との練習試合、廃部だけは逃れたわね」
「お、おう!これからがんがん試合して行くからな!」

突然の夏未お嬢の登場にはじめは困惑していた様子だったが、サッカーへの気持ちを伝える時にはもうその色は完全に無くなっていた。よほどサッカーが好きなのだろう。流石はサッカー馬鹿である。ぐっと拳を握るその姿を見て、夏未お嬢はまた口を開いた。

「次の対選校を決めてあげたわ」
「次の試合!?」

その言葉に皆の驚きの声が上がる。まさか、帝国学園と練習試合をしてこれで終わりだと思っていたのではなかろうな?まあそれはそれとして、この夏未お嬢の言い方から推測するに…いや、今までの行動からするに、相手はそう生易しい相手ではないような気がする。お生憎様、私は小学生以来サッカーはやっていないため、中学サッカーの情報など全くもって知り得ないのである。どうにか助言はしてあげたかったが……どうやら、私の知っている基礎を教える事しか出来ない様だ。

「すごいでやんすね!もう次の相手が決まるなんて!」
「やったな、円堂!」
「ああ、夢みたいだよ!また試合が出来るなんて!」
「今度こそ、僕の出番だろうね」
「次こそ目立つよ。フフフフ…」

それぞれが練習試合を出来る事に喜び、次々と嬉しさを口に出していく。うん、前向きなのは良い事だ。でも影野、お前は怖すぎだ。

夏未お嬢は、話を聞くの?聞かないの?と、話の流れを戻すようにせかす。守は慌てて「すまない」と謝る。

「で、どこの学校なんだ?」
「尾刈斗中。試合は一週間後よ」

“尾刈斗中”という名前に、全員が聞き覚えのない学校らしく疑問符を浮かべる。私も聞いたことが無い。こんなインパクトのありすぎる学校なんて、一度知ったら忘れなさそうだし、多分忘れたとかはないだろう。近所にもそんな中学の話なんて聞かないし。

「もちろん、ただ試合をやれば良いという訳では無いわよ」
「何?」
「今度負けたら、このサッカー部は直ちに廃部」

上げて落とすなよ!と言いたくなるくらいの言葉の暴力が夏未お嬢の口から飛び出した。これじゃあ飴から先に与えられて後から鞭で叩かれるようなものである。全く、話がうまいと言って良いのか悪いのか微妙な所である。守がまたかよ…と呟いたが、ここは私も守に賛同しよう。夏未お嬢……というか、理事長は廃部にするのがそんなに好きなのか?少年達の青春クラッシャーにでもなろうとしているのか?……それはいかん、そんなことしたら美少年達が悲しんでしまうではないか!よし、後で理事長室にちょっくら乗り込みに行きますか。

「ただし勝利すれば……フットボールフロンティアの参加を認めましょう」

さっきの言葉は訂正しよう。これは正しく飴と鞭である。流石夏未お嬢、分かっていらっしゃる!将来は良い母親になりそうだ。

せいぜい頑張る事ね、と颯爽と立ち去っていく夏未お嬢の後ろ姿を唖然と見つめる部員達。嵐が去った後のようだ。

「フットボールフロンティア……これに出られるのか?」
「すごいですね!中学サッカー日本一を決める大会ですよ!」

皆は部室の壁に貼ってある、フットボールフロンティアのポスターを見つめながらぽつり、ぽつりと嬉しさを言葉に表していく。部員が少なかった頃じゃ考えられなかった、という声も聞こえる。そりゃあ、今まで存在すら知られていなかったようなサッカー部だったもんな。練習も守以外ろくにしていなかったみたいだし。それを考えると、展開がものすごい事になって来ている。もう思考が停止しそうだ。

「でも勝ったらの話でしょ?今は次の対戦相手について考えないと」
「笹宮の言うとおりだ。喜ぶのはまだ早い。俺たちは今度の試合で勝たない限り、出場できないんだぜ」
「わかってるって!皆、この一戦絶対に負けられないぞ。練習やろうぜ!」

拳を自らの手の平にどん、と当てて気合いを入れるように叫ぶと、皆は元気よく「おー!」と声を合わせて言った。



場所は変わって稲妻町の河川敷。校庭をつかわせて貰えない私達雷門サッカー部は、こうして河川敷で練習をやるしか方法がないようだった。

私は小学生の頃サッカーをやっていたと言っても、マネージャー業は選手として見ていただけなので、秋に色々と教えて貰っている。スポーツドリンクの分量、応急処置の仕方、そしてそれぞれの備品がどこにしまってあるかなど、細かくそして丁寧に教えて貰ったおかげで、一度で理解することが出来た。秋に感謝だ。

「はい、これでもう終わり。何か分からないことがあったら気軽に聞いてね」
「ありがとう秋!いや〜、やっぱり秋は良いお嫁さんになるよ〜」
「もう、司ちゃんったら……」

ちゃんと部員の皆を見なさい!と言って照れ隠しに背中を思い切り叩かれた。めっちゃくちゃ痛い。普通のかわいい女の子に見えるけれど、さすがは運動部のマネージャー、力はけっこう強いのだ。

背中をさすりながら試合の様子を見ると、すぐに違和感に気付いた。何だろう、染岡が焦っているような感じがする。

「ねえ守、染岡なんだか変じゃない?焦ってるというか何というか…」
「…確かに、言われてみれば」

さっきから無理なプレーが多いのだ。一度だったら良いのだが、それがずっと続いているからこうして目に付いた。ついに、ドリブルしていた影野の肩を掴み倒してボールを奪った染岡。これはもう立派なラフプレーである。これを試合でやったら一発でレッドカードだ。

「染岡ー!今のはファールだろー!」

すかさず半田が染岡に指摘するが、染岡はその声を無視してひとりゴールへ突っ走って行く。まるで周りが見えていない。味方でさえも押しのけて自分中心のプレーをする染岡には、協力の“き”の字もない。

「染岡!待てよ!」

見かねた風丸が染岡の方へ走ってきてどうにか止めようとするが、風丸の肩を強く押してプレーを続ける。そのまま突っ走った染岡は思いきり足を振りかざしてボールを蹴るが、そのボールは弧を描いてゴールの端に跳ね返ってしまった。…まず、焦っているから余計に狙い方が雑なのだ。ゴールに誰もいないのに外してしまうのは、試合であったら痛手である。

「どうしたんだよ、染岡!」
「…っこんなんじゃ駄目だ!」
「染岡さん、ちょっとラフプレーすぎますよ」
「そんなことねえよ!」

いや人の事倒しておいてラフプレー以外になんて言えばいいんだよ。…なんて本音を言ったらもっとヒートアップしてしまうから言わないけど。

「笹宮さん、声に出てるでやんす……」
「あれっ、本当に?あはは、うっかりうっかり」
「司ちゃん……」

隣にいた栗松と秋に聞こえていたらしく(というか声に出てたらしい)、私が気をつけるよ〜と言うと二人から疑いの視線が送られた。なんてこった、信頼はゼロだったか。私は口をとがらせて選手の記録をつける。これによって、練習プランを考える事も可能……だが、まずこのサッカー部は基礎がなっていないと言うことらしいから、私はとにかく筋トレをさせたい。でもこの状態で筋トレさせてももっと雰囲気が悪くなるだけなので今度こそ言わないが。

「木野せんぱーい!」
「あら、また取材?」

ふと、秋の名前が呼ばれて秋と同時に振り返ると、頭に眼鏡を乗せた女の子がこちらへ走ってやってきた。リボンの色からするに、一年生なのだろう。興奮した様子で秋に話しかけるその子との会話を耳に入れる。

「いいえ、今日は練習の見学です。私、あれから雷門イレブンのファンになっちゃったんです!もう、皆が一生懸命戦う姿がかっこよくって!」
「それは…どうも、ありがとう」

目をきらきらと輝かせて語るその子の気迫に押されながらも秋がお礼を言う。取材……という事は、新聞部の子なのだろうか。

「でもなんか今日は息が合ってませんよね…」
「うん…」

二人は眉を八の字に下げ、心配そうに部員を見つめる。片方は名前すら知らないが、とりあえず可愛いので写真はしっかり撮っておいた。どんな表情も美しさとなるのだから、すべてフォルダに納めないとだからね!

「染岡君がね、多分次の試合が決まって焦ってるのかも…」
「人一倍力入ってるもんね、あいつ」
「次の試合?どことやるんですか?」
「尾刈斗中よ」
「お、尾刈斗中!?」

聞かれて答えた秋に対し、女の子は驚いた様子で目を見開いた。知っているかのようなそぶりだったので聞いてみると、怖い噂がある中学だとか。怖い噂って、なんだろうか。名前がオカルトなだけあるから、それに関連したものなのだろうか。

「ええと、君…」
「ああ、名乗り遅れましたね。私は音無春菜です!」
「そう、春菜ね。私は」
「知ってます!バレー部の笹宮司先輩ですよね?噂は伺っております!」
「う、噂…?まあそれは置いておいて、春菜、その知ってる情報を部員の皆に教えてあげてくれないかな?」
「わかりました!お安いご用です!」

その噂とやらが気になるが、とりあえず教えるように催促すると、春菜は快く引き受けてくれた。その言葉を聞いて微笑み、全体に伝わるように集合をかけた。

春菜を中心に皆が集まると、守がはじめに「尾刈斗中の怖い噂ってなんだよ」と疑問をぶつける。

「えっと、噂って言うのは……尾刈斗中と試合した選手は三日後に高熱を出して倒れるとか……」
「高熱を出す…?」
「尾刈斗中の中に風邪でもひいたやつがいたんじゃないのか?」
「まじめに!」

笑いながら守がそう言うと、秋が怒った様子で注意する。ぐっ、と黙った守達の後から、春菜は手帳を見ながら話を進める。

「尾刈斗中が負けそうになると、強い風が吹いて結局中止になっちゃうとか…尾刈斗中のゴールにシュートしようとすると、足が動かなくなっちゃうとか」
「…キャ、キャプテン、トイレ行ってくるっす…」
「壁山は何を想像したんだよ……」

震えながらトイレへ向かう壁山を見て、私は苦笑いをする。昨日の試合でなんとなく気がついたが、相当な恐がりなのだろう。そりゃあ、学校名があんなですから、怖そうなのは想像つくけどそこまでか…?まあ壁山は置いておいて、皆次々に噂について恐怖を持ち始める。

しかし懲りないのか何なのか、再び豪炎寺の話が持ち上がる。そろそろ豪炎寺を脳内から消してくれ〜!本人は何も悪くないけど話が出るごとに染岡が過激派になって行って怖いったらありゃしないんだ!と、私の思いはよそに、何だお前ら!と染岡が言う。

「豪炎寺なんかに頼らなくても、俺がシュートを決めてやる!フォワードならここにいるぜ!」
「そうだ、その勢いだ!そりゃ豪炎寺ばっかに頼ってたら染岡も面白くないよなぁ」
(それが言いたかったのありがとう半田!!!)

頭がもげそうなくらいぶんぶんと頷いてぐっと親指を立てていると、そんな私の様子に気がついた半田が「分かったから落ち着け」と行って苦笑いを浮かべた。あーんもうたまにはやるじゃないの半田!今ちょっとだけ半田の好感度がアップしたよ!記念に私のデジカメで撮ってあげよう!この後鬼のように撮り始めた私の方に視線が集まったのは言うまでもないだろう。
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