Quelle belle

それから修也は正式に雷門サッカー部の部員となり、次の朝には雷門のユニフォームを着て部活に来ていた。どうやら襟を立てるのが彼の癖らしく、それが似合っているのだから不思議なものだ。本人はかっこいいと思っているのだろうか……?

「これで豪炎寺は雷門中サッカー部の一員だ。みんな仲良くやろうぜ!」
「豪炎寺修也だ」

修也から預かった入部届を手に、円堂は集まってきた皆に修也を改めて紹介した。修也が短く名乗ると、後輩達は嬉しそうにして歓迎の言葉を次々に言う。それに対して染岡が黙っている訳がなく、すぐさま口を挟んだ。

「待て、そいつに何の用がある?雷門中には俺の必殺シュートがあるじゃないか!」
「染岡……」

ストライカーとしてのプライドか妬みなのかは分からないが、今でも修也を迎え入れる気は無いようだ。確かに染岡のあの必殺技は強力だが、修也が入る事によってもっと雷門サッカー部が強くなることは間違いなしなんだけどなあ……。修也を認めるまでかなりの時間がかかりそうだ。

「どうしたんだよ染岡。雷門中のストライカーが二人になるんだぜ?こんな心強い事はないじゃないか!」

どうにか染岡を説得しようとする守だったが、その言葉に耳を傾けようとしない染岡は無言で修也に近づいて睨みつける。

「ストライカーは俺一人で充分だ」
「結構つまらないことに拘るんだな」
「っ、つまらない事だと!?」

すげえ豪炎寺修也!染岡に向かって本心、それもつまらない事だなんて言い放ちやがったぜアニキ!微笑を浮かべながら煽る修也にいともたやすくキレた染岡は、修也の胸ぐらを強引に掴む。そんな絶体絶命大ピンチな時、がらりと音を立てて部室の扉が開かれた。そこには世界一空気の読める素敵な女の子、その名も木野秋が立っていた。心の中で賞賛の嵐が巻き起こる。

「みんなー、いるー?」
「これ、見て下さい!」

横からひょっこりと顔を出した春菜が手に持っていたのは、一枚のDVDディスクだった。それを見た染岡は渋々修也の胸ぐらを離す。本当にナイスタイミングである。

「そのディスクは?…あ、もしかして春菜が放課後に言ってた尾刈斗中の…?」
「その通りです、司先輩!とりあえず見てみましょう!」

実は昨日の帰りに、春菜が尾刈斗中の試合映像に心当たりがあると言っていたのだ。それが一日でゲットしてきてしまうなんて、さすがは元新聞部である。

そう言って再生機を取り出し、机に置いてディスクを入れて読み込ませる。暫くすると画面が切り替わり、尾刈斗中の試合と思わしき映像が流れ始めた。

「こんなのどこで……?」
「えへへー、新聞部の情報網を使ってゲットしたんです!私にかかればこれくらいお茶の子さいさいですよ〜!」

えっへん、と効果音が付きそうな感じで腰に手をあてて自慢げに言う春菜。そんな春菜も最高に可愛いからとりあえず撮っておこうね。私のお仕事だもの。

「すっげーよマネージャー!これで尾刈斗中の研究ができるぞ!…あ、何でこいつら止まってんだ…?」

食いつくようにして映像を見る守は、とある異変に気がつき疑問の声を上げる。確かに変なのだ。相手を止める様子など全く見せず、その場に立ち止まっている。その隙に相手は普通にドリブルをして真っ直ぐ切り抜けていく。まるで動けないように、石みたく固まっているのだ。

「それは多分…動けないんですよ。噂では、一種の呪いだとか……」
「いやいや、それは流石に……」
「呪い…!!」
「エッ嘘でしょ信じるの?」

後輩達は肩を上げてゆっくりと振り向き、まるで信じるかのような口ぶりで怖がり始める。……え?ないよねそんなの、呪いなんてないよね?そんなのあったらこれから呪いもドーピングに加えなきゃいけなくなるよね?大変だ、サッカー業界の大ピンチである。

まあ呪い云々は信じないとして置いておいて、私は改めて映像に集中し、明日の試合に備えるとした。



ついにやってきた尾刈斗中との試合。結局私の怪我については秋と春菜、そして風丸に心配されて終わった。うん、まあ皆強敵相手でいっぱいいっぱい何だろうね、仕方ないよね。怪我自体は私の根性で一週間も経たないうちにほぼ完治したのだし、心配されるような事ではないだろう。さ、寂しいなんて事ないんだからね!

「司先輩!大変です!」
「え、どうしたどうした」

春菜が慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。息を切らしながら言葉を紡ぐ春菜に、「おちつけ」と言って背中を撫でると、「おちついていられません!」と正直に返された。私も正直に言おう。返答に困ります!

「す、スポーツドリンクの粉が丁度切れてしまっていて……!あと一人分足りないんです!」
「……はぁ!?どうなってんのここの部活は!?…しょうがない、私が買ってくる!前半戦終わるまでには戻ってくるから!」
「あ、ありがとうございます!木野先輩に伝えてきます!」

任せとき!と胸をどんと叩くと、嬉しそうにぱあっと笑顔を見せる春菜。可愛いが、ここは写真を撮っている場合では無い。私は全速力で走って駐輪場へ行き、(怪我をしているにも関わらず)乗ってきた自転車にまたがって校門を出ようとした……のだが、とある人物を見て急ブレーキをかける。

…あれ、あの人達たしか帝国学園の?……しかもあの私服、どこかで見たことがあるような。ドレッドヘアーで、ゴーグルをしていて……

「あーーーーー!!!!思い出した!!!」
「!?」

雷門の校門の所でもたれかかって試合を見ている帝国学園の生徒の片割れをびしっと指さして思い切り叫ぶ。突然の大声にびくっと肩を揺らす二人。

「そうだそうだ!君!いとこの鬼道有人だ!!」
「……もしかして、今まで気が付いてなかったのか?」
「うん!ごめんね忘れてた!」

うっかりである。こんな特徴的な見た目をしていると言うのに、何故今の今まで忘れていたのだろう。私の記憶力こそ超次元である。ボンバーしすぎである。

そうそう、鬼道有人とはいとこで、そこまで親しい訳では無かったがそれなりに会話をする程度であった。私の名字が鬼道でないのは、母親が鬼道の名を継ぐ者であったから。そんな単純な理由である。……しかし、彼と会うのは確か2年ぶりくらいだ。暫く会っていなかった理由はよくわからない。母親に聞いた事はあるのだが、曖昧にして笑うだけで何も教えてはくれないのだ。

「それはそうと、有人は何でここに?偵察?」
「まあ、そんな所だ」
「へーそっか、頑張ってね!じゃあ!」

そう言って手をひらりと振り、ペダルに足を掛けて全速力で校門を抜けて行く。そう言えばどの粉買えば良いのか知らねーわ。


(……今、偵察なのに応援されたよな?)
(……ああ)
(……相変わらず変な奴だな、司は)




「ウウウ……もう自転車なんか乗らない……」
「ありがとう司ちゃん!」

ぜえぜえと息を切らして買ってきた物を渡すと、秋は満面の笑みで受け取ってくれた。こんなかわいい顔が見られるならいくらだって自転車に乗って……乗って……乗りたく…ない…。

何とびっくり、前半戦の半分の時間で行って帰って来たらしい。私の自転車さばきは馬鹿にできないものだと今ここで証明された。やったね!でももう乗りたくない!

「ごめんね司ちゃん一人で行かせちゃって…」
「いーのいーの!秋のためなら時空を超えてもお使いに行くよ!あ、でも自転車は勘弁してね!」

心配そうに眉を下げる秋を元気づけるように笑って言うと、再びあの笑顔が秋の顔に戻ってきた。うんうん、女の子は笑顔が一番だよね。

それはさておき、今は試合に集中しよう。今までの試合がどうだったのか尋ねると、どうやら染岡の必殺技“ドラゴンクラッシュ”でゴールを決めたらしい。なんだ、ちゃんとゴール出来ているじゃ無いか。しかしだからと言って、これで全て解決と行かないのが染岡だろう。まだ修也との問題が片付いた訳ではないし、そうなると連携に問題が生じてくるはずだ。ここから染岡と豪炎寺がどう動くか、が問題である。

次は尾刈斗中のキックオフ。だけど何故だか雰囲気に違和感を感じる。今まで試合を見ていなかった私が感じるような、謎の違和感。それに疑問を抱き、頭を傾けていると、尾刈斗中の監督と思わしき人がふいに立ち上がり、何かをぼそぼそと呟くような素振りを見せた後、何とびっくり顔が一瞬にして変わったのである。優しそうな顔から一転、目は鋭く、顔全体に×印のような傷が浮かび上がった。

何だあれ、選手じゃなくて監督が先に本領発揮しちゃうの?むしろ逆じゃない?ラスボスが最初に正体明かしちゃったら面白くないでしょ?正にそれと一緒である。彼はきっとゲームをやったことがないのだろう。今度ゲーム大会に誘ってあげよう。

「いつまでもザコが!調子に乗ってんじゃないぞ!てめーら!そいつらに地獄を見せてやれ!」

その一言で一斉に選手達が動き出す。やっぱり、雰囲気が違う。違和感しかない。早くそれの原因を見つけないと押されてしまう様な気がしてならなかった。

その違和感は試合を見続ける事でようやく分かった。ずっと見ていると、雷門サッカー部はどうやら催眠術のような物を掛けられているかのようだった。後輩達が敵のマークに付こうと走るが、止まった先は味方の前だったからだ。その前にも、なにやら目の不調のような事を呟いていたから、その可能性も見えてくる。非現実的だし、あまり信じたくはないけれど、呪いよりマシである。

「相手の動きをよく見るんだ!」
「そんな事しても無駄だ!ゴーストロック!」

敵は必殺技の名前を呟くと、その瞬間に足が動かなくなった雷門イレブンをするりと抜いていく。どうやらそれは守も同じ様で、全く足を動かすことが出来ずに相手の必殺技でゴールが決まってしまった。

……相手の動きをよく見る?もし催眠術だと考えるのなら、相手の動きを見てしまっては思うつぼだ。どんどん謎が解けていく。どうにか、ゴールへの手がかりが見つかるといいんだけど。

そして次は雷門からのキック。しかしそれに選ばれたのは修也と染岡という最悪のペアだった。悪い予感は的中し、染岡は修也の肩を軽く押して敵の陣地に一人で突っ走っていく。

「まて染岡!奴らはどこかおかしい!まず動きを見るんだ!」

修也の助言に全く耳を貸さない染岡は、なりふり構わずいつも通りゴールへ走って行く。…あれじゃあ、きっとまた催眠術のような物でボールを奪われてしまう。

するすると敵を交わしていく染岡はゴール前で蹴りの体制に入る。

「ドラゴンクラッシュ!!」

そう言って思い切りボールを蹴ると、敵の必殺技のど真ん中にシュートをしてしまい、いともたやすくゴールを防がれてしまった。

そして休む暇も無くゴールキーパーはボールを遠くへ蹴ると、奇抜な目隠しをした敵に渡る。

「皆、戻れ!」
「無駄だ。お前達はもう俺たちの呪いにかかっている!ゴーストロック!」

そう言って手を前に出した瞬間、脳内のもやもやとした雲がぱあっと晴れたように謎が解けた。そうだ、あの監督の謎の呪文…!あれこそこの試合の勝利への鍵となる!

しかし、今それが分かった所でマネージャーである私は何も出来るわけがなく、ただ試合を見ている事がとてももどかしかった。

今度は全員が催眠術にかかって一ミリたりとも足を動かせなくなってしまう。あっという間にゴールされて転がるボールを見る守は悔しそうな表情をしていた。

ピピーッとホイッスルが鳴って、再び雷門の攻撃に入る。

「染岡ー!!あんまり相手を見るんじゃ無いよー!!」
「はあ!?何言ってんだ笹宮、それじゃあゴール出来ねえだろうが!」
「……やっぱり駄目かぁ」

キレ気味に返してくる染岡に、何を言っても通じないことが分かった。さてどうしたものか。染岡がこのことに気が付いたら、きっと良い試合ができると思うのに。

ああどうしたものか、と頭を悩ませていると、あっという間に雷門は点を超され、前半戦の終わりを告げるホイッスルが軽快に鳴った。
- 5 -