Quelle belle

前半戦はあっという間に終わり、点数は二対三となった。休憩と作戦を練るために一度部室に集まった部員達は、先ほどと同じように守を中心にして円を作っている。

部室に来るまでに、期待外れと言わんばかりの声がぼそぼそと聞こえてきた。帝国から一点を取ったのに前半戦であの点数じゃ、確かに残念がる気持ちは分からなくも無い。彼等のサッカーに関わっていなければ、きっと私もあのギャラリーと同じ気持ちであっただろう。

「くそっ、どうなってるんだ」
「急に足が動かなくなるなんて…」
「やっぱり、呪いじゃ…」

噂通りの事が実際に起こり、焦りと不安が出てきた部員達を元気づけるように、守はキャプテンらしくチームを纏めようといつも通りの笑顔を見せる。

「みんな、何ビビってるんだよ!まだ前半が終わったばかりじゃないか!」
「うおおお!!怖いっす!!怖いっす!!俺もうこれ以上怖くて無理…」
「逃げるな壁山!」
「呪いなんてあるわけ無いだろ!」

そう言って冷静に壁山の腕を掴んで(というかサイズ的に抱きしめて)止める宍戸と風丸。しかし壁山の「何で足が動かなくなったのか」という疑問を聞くと、二人はハッとした様子で腕を緩めた。確かに壁山の言う通りなのだ。種も何も分からない人達の尤もな意見はそれなのである。

「分からない……分からないが、絶対何か秘密があるはずだ!」
「そうそう、秘密はあるよ。まず呪いであっても相手の反則行為には変わりないしね」
「司?もしかして、何か分かったのか!?」
「あ、えっと…はっきりとはまだだけど、一応ね」

本当か!?ときらきらした目でぐいっと顔を近づけてくる守を「邪魔」と言って手の平で押し返す。これはいつもの事なので私も罪悪感なんて覚えないし守も諦めている。

「ほらまず、向こうの監督が呪文みたいな変な事をぶつぶつ呟いていたでしょ?」
「ああ、たしかにそうだな。それからか、尾刈斗中が変な動きをし始めたのは…」
「言われてみれば、確かに…」

監督の様子が変わり、そして呪文を唱え始めると相手の選手達がさっきとは違う動きをし始めた。それは見るからにおかしく、今まで起こった現象も含めると何も知らない人から見たら“呪い”だと思うのだろう。

「じゃあ、あの呪文に秘密が?」
「確信は持てないけど、多分ね。まあ、ここからは皆が試合中に見つけるのが最善策かな。…それに、分かっている人もいるみたいだし」
「分かってる人…?まあそれはそうとして、確かに司の言うとおりかもな。とにかく、ボールを取ったらすぐFWに回してシュートチャンスを増やすんだ!」

ちらりと豪炎寺の方を見ると、当の本人は驚いたような顔をしてすぐにまたポーカーフェイスに戻ってしまった。中々見られない表情であったのだが残念だ。

守は元気よくガッツポーズをして部員の皆に意気込みを入れる。

「まだまだ一点差!必ず逆転しようぜ!」
「お、おいっす!」
「頼んだぜ、豪炎寺!染岡!」
「ああ、今度こそ決めてやる!」
「………」

今の染岡は周りがまるで見えていないから、豪炎寺がどうにか道を作ってくれるといいのだけど、あのポーカーフェイスからは何を考えているかすらも分からないから私は如何することも出来ない。マネージャー業とはこうももどかしい仕事だったのか。



休憩時間はあっという間に終わり、ぞろぞろと選手達がコートに戻って自分のポジションについていく。いよいよ後半戦、始まりを知らせるホイッスルが鳴ると、キックオフ担当である豪炎寺がボールをけ……け……後ろに蹴った!?

「ご、豪炎寺君!?」
「後ろに……?」

驚きの声を上げる秋が可愛くて仕方が無いが、ここはちゃんと試合に集中しよう。私は豪炎寺のやることの意味を、自分の頭をフル回転させて考える。尾刈斗中は先ほどと同じく、キレの良いプレーをしてドリブルやシュートを防いでいる。それに対して雷門は余裕が無くなり、元々サッカーをさぼっていたせいもあってか体力切れも原因と見られる。もしかしたら豪炎寺は、その最悪の状況下においても必ず何処かに隙が生じると考えているのだろうか。

そんな考察はつい知れず、染岡達はがむしゃらに相手ゴールへとドリブルで突っ走って行く。

「半田先輩!何で豪炎寺先輩にパスしないんですか!」
「豪炎寺さんノーマークだったのに!」
「なっ……だってあいつにボールを回したってシュートしないだろ!」

ついに外に出てしまったボールを見て、部員達が一斉に集まる。豪炎寺を信じる人と、染岡を信じたい人とで仲間割れを始めてしまったのだ。今はそれどころじゃないと言うのに、この状況で仲間割れをするのである。お前らプレーに集中しろ。

「お前ら!次は決める!だから黙って俺にパスを出せばいいんだ!」

染岡はそこまで言うと、フン、と鼻を鳴らして自分のポジションに帰っていく。それを見た部員達は顔を見合わせてなにやら一緒に頷いた。嫌な予感しかしないから帰ってもいいだろうか。

改めて雷門からのスタート。宍戸がボールを両手で高く上げて少林寺の方へ思い切り投げた。それを見た染岡はまさにゴールを打つ気満々で、「少林、来い!」と声を掛ける。

少林寺はチラ見もせずに「豪炎寺さん!」と言ってななめ後ろにいた豪炎寺にパスを回した。

「染岡にボールを渡せ!少林!」
「だって、染岡さんのシュートじゃ止められてしまいます!」
「やっぱり豪炎寺さんでないと点は取れないでやんす!」

染岡への信頼回復とご機嫌取りを任せられたかのような半田は、どうにか後輩達を染岡へボールをパスするように促すが現実はそうも簡単に事を進められないようで、後輩達の染岡への不信感は募るばかりであった。

「あいつら……!」

そのままゲームは進み、豪炎寺はボールを受け取ってそのままドリブルでゴールへ向かっていく。

「ッチ、ボールをよこせ!」
「やめろ染岡!確かめたい事があるんだ!」

そんな豪炎寺の制止は聞く耳を持たず、染岡は強引に豪炎寺からボールを奪うと一目散に敵ゴールへ突っ走って行く。

確かめたい事くらいやらせてあげりゃいいのに。なんて思ったが、余裕の無い今の染岡では無理があるか。

「シュートを決める!」
「染岡!」

どんなに豪炎寺が名前を呼んでも反応すらしない。このままじゃ完全に相手の思うつぼだ。どうにかこの最悪の状況から逃れられないだろうか。

ゴール前へたどり着いた染岡は思いきり足を後ろへ振り上げ、技の体制に入る。

「くらえ…ドラゴンクラッシュ!!」

勢いの落ちないそのボールは、先ほどと全く変わらない相手のゴール技によって簡単に止められてしまった。

後輩達は「やっぱり…」と言うだけでもう同情などしなくなった。私も今回ばかりはそう思うしか無い。今頃気が付いている頃であろう豪炎寺の“確かめたい事”も中々実行に移せないみたいだし、この先一体どうなるのやら。

染岡は両手両膝を地面に着き、絶望的な顔をしてなにやらぶつぶつ呟いている。それが何なのかはともかく、いつの間にか普通の顔に戻っていた相手の監督がまた豹変し、選手達に指示を出し始めた。

何か、来る…!

私としては今すぐ出て行ってプレーに参加したい所なのだが、如何せん私は女だしまずサッカーはそれほどやっていない。やっぱり得意なのはバレーなのである。

「てめーら!ゴーストロックだ!!」

その声を合図にゴールキックをすると、相手選手達が「おう!」と元気よく返事をした。これこそ雷門に足りないとされる団結力なのだろう。実に羨ましい。

「皆戻れ!」

風丸の指示で雷門は一斉に自陣地へと戻っていく。

これで後一点取られてしまえば雷門中学サッカー部は廃部。つまり、FFへの出場は不可能となってしまう。その緊張感が人一倍強い守は、いつもの真っ直ぐな目でコートを見ていた。

私も同じように、このゴーストロックの謎について詳しく考えるべく、周りにもっと気を配らせる。もし私の言う催眠術が正解ならば、どこかにそのキーワードが隠れているはずだ。

コート全体をぐるりと見渡し、一人一人視界に納めていく。

「…あの監督、何か妙じゃない?」
「え、そうですか?」

監督をじっと見てみる。すると、口が小刻みに何かを唱えているかのような動きをしていたのが分かった。

「あの監督、何かを唱えているように思わない?」
「何かを…?どういうこと?」
「……もしかして、催眠術とか!」

はっと閃いたように人差し指を立てて言う春菜に無言で頷く。もしそれが選手への暗示のような物だとしたら、これは大問題だ。催眠術でサッカーを支配するなど前代未聞の荒技である。

迫ってくるボールを見て、すっと息を吸った守は思いきり何かを叫んだ。

「ゴロゴロゴロ…ドッカーン!」
「ファントム・シュート!」

端から見たら謎の言葉だが、そんな事など気にせず敵は同じように技を打ってくる。

もしこれで動けるようになったとしても、ボールをキャッチするのはいくら守でも届かない距離にいた。

「…なら、熱血パンチ!!」

守は思いきり横に飛んでグーでボールをはじき飛ばした。高く上がったボールをキャッチする守は、正にヒーローである。これこそ慕われるキャプテンと言う物だ。

「何…!?」と驚いた様子の監督に向かってべーっと舌を出して挑発をすると、秋が「やめなさい司ちゃん!」と言って私の頭にチョップを落とした。地味に痛い。秋はこんな事する子じゃない!解釈違いだ!と騒ぎたいところだが、そうさせたのは私のせいである。かたじけない。

「見たか俺の熱血パンチ!」
「ああ!……じゃなくて、どうして動けたんだよ!」
「か、風丸さんも動けてるっす!」
「壁山、俺も」
「ええっ」

ええってなんだ、ええって。壁山意外と失礼な奴だな。

守の周りに集まって次々に疑問をぶつける皆に、守は変わらぬ様子で説明を始める。

「分かったんだよ、ゴーストロックの秘密が」

次々に変わるフォーメーションで混乱した雷門中の皆の頭に、あの監督が「まーれまーれまれとまれ」と暗唱をすり込む。つまりは言った通り、催眠術だったと守は言う。守語だとごわんごわんにされていたらしい。

「なるほどねえ……視覚と聴覚で操る…催眠術の特徴とぴったり合う訳なんだね」
「僕が言おうとしてたのに…」

目金が涙目でそう訴えかけたので、苦笑いをして軽く謝っといた。そうだ、こいつは何かと説明をしたがるドラえもんみたいなポジションなんだった。すっかり忘れていた。

「催眠術……それでキャプテン、ゴロゴロドカーンって」
「ふふ、守らしいやり方だよねぇ」

その催眠術に気が付かせない為に、あの監督はわざと挑発して冷静さを失わせようとしていたのだろう。何と卑劣なやり方なのだろうか。頭にくるからまたこっちも挑発しちゃえ。

つまり、ゴーストロックがそうならばあのゴールも同じ様な罠で出来ているのではないかと考え始める。深読みは得意だからどんとこいである。

謎が解けたとしても、染岡と豪炎寺の一件が解決した訳では無い。そのことを思い出すと、急に頭が痛くなってきた。
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