Quelle belle

試合が終わって清々しい気分!きっと目覚めもいいんだろうな!

そう思っていた昨日の私を呪いたい。試合が終わってからが私達マネージャーの大変な所だった。スポーツドリンクの水筒を洗い、汗でびしょびしょになった部員達のタオルを回収して洗い、器具をしまい……などなど、雑用はたっぷりと残されていた。

タオルなんかは換えがあるでしょ?明日洗濯でいいじゃん。

だめです。いけません。今まで試合をしてこなかったこの部活に、沢山タオルなんておいてあると思いますか?

何度夏未お嬢の権力で部費を増やして欲しいと思った事か。まあサッカー部をよく思っていない夏未お嬢がそんな事を許諾する訳が無いと分かっているからあえて言っていないが。

「最高にねっむ〜い!!」
「フットボールフロンティアだー!!」
「全く違う言葉なのにテンションが同じだ……」

風丸に呆れたように突っ込まれる。ええい、だまらっしゃい。守のサッカー大好きテンションと一緒にするでない。

それはそうと、今朝から守から出る言葉は「フットボールフロンティア」だけだ。大丈夫なのかこいつ?という目で見ていた生徒は少なくない。

「みんなー!!わかってるな!」
「おー!!」
「とうとうフットボールフロンティアが始まるんだ!」
「おー!!」

修也とマネージャーを抜いた部員達が元気よく声を上げる。お前らよくそんな元気が残ってるな!昨日あれだけ動いたのによくそんなに元気でいられるな!私はバレーの試合の後はぐっすり就寝パラダイスで夜も朝も昼も眠れたぞ!

それはそうと突っ込んだ風丸もちゃっかりその輪の中に入ってんじゃねーか……。

「で、相手はどこなんだ?」

肝心な事を質問した風丸に答え、「相手は!」と切り出す守。そんなキャプテンをじっと見つめる部員達。緊張感がこちらにまで伝わってくる。

「知らない!」
「いやいやいや知らないじゃないから!これ言う流れだったよね!?守さん!?キャプテンだよね!?」

すかさずツッコミを入れるとどこからか「お笑いコンビ……」と声が聞こえた。小さい声で言っても無駄だぞ。私の地獄耳を舐めないでもらいたい。

あー……と残念そうに唸る部員を見て、守も苦笑いを浮かべて頬をぽりぽりと掻く。

ふと、後ろでがらりとドアの開く音がした。誰が来たのかと後ろを振り向こうとする前に声が聞こえてきた。

「野生中ですよ。野生中は確か…」
「昨年の地区予選の決勝で帝国と戦っています」
「すっげー!そんな強いチームと戦えるのか!?」

入ってきたのはサッカー部の顧問である冬海先生。「初戦敗退なんて事はなしにして欲しいですね」という余計な一言はスルーしておこう。

やる気がなさそうにゆったりと入ってきたなり勝手にしゃべる冬海先生に、補足を入れるように春菜が情報を伝える。本当に良い子だな春菜!この前はやかましってあだ名に頷いてしまってごめんな!!後でマックス達絞めておくから許してくれよな!

の意味を込めて春菜にぐっと親指を立てて見せると、状況が分かっていない春菜は眉間にしわを寄せて怪訝そうな顔をした。

「今から説明に入るので撮らないで下さいよ?」
「こら、カメラしまいなさい司ちゃん!」
「またやってるのか司?」
「まだ何もやってないしカメラにも手を触れてないのに!?」

酷くない!?と嘆く私に「ちょっと黙れ」と言って修也が背中をグーで殴ってきた。お前ら私を何だと思っているんだ。これでも女の子だぞ、女の子。

いてて……と背中をさすりながら渋々冬海先生の話に耳を傾ける。

「ああそれから」
「ちーっす!俺、土門飛鳥。一応DF希望ね」

冬海先生が少しだけ身体を反らしたその間からひょっこり顔を覗かせたのは、見たことのない少年だった。背は高く、ひょろりとしていてサッカーをやっているような体型ではない。

「君は物好きですね。こんな弱小クラブに入部したいなんて」
「ウワー―!!なにあの顧問!!秋!守!塩撒くよ!」
「あのロッカーに大量に入ってた塩ってお前のだったのか!?」
「ほら司ちゃん落ち着いて」

驚愕の様子でこちらを見つめる守と慣れたように私を宥める秋はよそに、土門は去って行く冬海先生を不思議そうに見つめていた。その後にすぐ振り返って指をさして「なんだアイツ」アピールをする土門に同意の拍手を送りたい。

「土門君!」
「あれ、秋じゃない!お前雷門中だったの?」
「なんだ、知り合い?」
「昔ね」

意外や意外、なんと秋と土門が知り合いだったのである。思わずほえー…と口から零れると、秋はそれを見て苦笑いを浮かべた。

……でもなんだろう。昔というワードを出した時の秋の顔が、少しだけ曇っていた気がした。何かあったのかな。気のせいだったらいいんだけど。

まあこれは私には関係の無い事だし、気にしないで行こう。

「とにかく、歓迎するよ!フットボールフロンティアに向けて、一緒に頑張ろー!!」
「あ、相手野生中だろ?大丈夫かな?」

土門の手を取ってぶんぶんと振り回す守。うわああれ腕もげそう。土門大丈夫かな?すごい顔引き攣ってるけど……。と、心配をしていると土門は何とか口を開くことが出来た。舌噛むなよ。

「何だよ、新入りが偉そうに」
「まあまあ染岡、話くらいは聞こうよ」
「おーサンキュ、えっと名前は…」
「笹宮司だよ。よろしく土門」
「挨拶はいいから話を続けろ」

ああごめん、と謝りつつも内心は「どっちだよ!」と叫んでいる。染岡のこう、なんでもかんでも喧嘩腰になってしまうのは悪い癖だ。たまにそれがプレーにも出てしまうから本当にもう世話の焼ける息子みたいな感じだ。

「俺、前の学校で戦ったことあるからさ。瞬発力、機動力とも大会屈指だ。特に、高さ勝負にはめっぽう強いのが特徴だ」

どうやら次の対戦相手である野生中は尾刈斗中のようなよくわからん怪しい事をしてくるような輩ではないようだ……と、信じたい。

それにしても瞬発力と機動力が優れているとなると、目がそれに慣れていておかないと太刀打ち出来ないだろう。例えば風丸なんかは追いつくのにそう時間はかからなさそうだけれど、最近陸上をやっていない分がどう影響してくるのかが心配である。

……と、このチームの希望は風丸一択となってしまう訳だ。どう改善するべきか、これから詳しく考えていかないとならない。

「ちょ、ちょっとトイレ……」
「戦う前からビビってどうする!」

もじもじと立ち上がった壁山に対し、染岡が言葉を投げつけると壁山は「あ……」と声を零して渋々座った。

この小心者の壁山をどうするかという課題も只今加わった。

「高さなら大丈夫だ!俺たちにはファイアートルネード、ドラゴンクラッシュ、ドラゴントルネードがあるんだぜ!」
「どうかなー、あいつらのジャンプ力、とんでもないよ?ドラゴントルネードだって、上から押さえ込まれちゃうかも」
「と、なるともう一つ二つは新しい技が必要になってくるのかな?」
「うーん、そうした方が心強いかもな」

ふむ、と私はあごに指を当てて考え始める。そっか、機動力を気にする以前にジャンプ力を攻略した方がいいのか。

こう、経験者の話を聞くのは参考になるし本当に面白い。サッカーはやっていなかったけど、バレーでも同じように面白かったから、きっとスポーツマン共通の感覚なのだろうな。

「んな訳ないだろ」
「土門と笹宮の言う通りだ。俺もあいつらと戦ったことはあるが、空中戦だけなら帝国をも凌ぐ。あのジャンプ力で上を取られたら……」

し、修也までそんな事を言うなんてどんな相手なんだ……?私もそろそろ壁山になってきそうだぞ?

守に誘われて面白そうだからマネージャーになってみたはいいものの、思ったよりもやることなすこと全てが過激なスポーツで内心かなりびっくりしている。それに今更だけれども何?必殺技ってなに?戦うの?剣とか拳銃とか持って格闘するの?私の知ってるサッカーはそんなのじゃない……。と、こんな言い訳は全くもって通らないことは知っているため、言いたくても言えないのだけれど。

まあこのような思考が前まであったものだから、この会話にちょっと溶け込んできている私が怖くも感じる。ジャンプ力ならバレー部に任せな!今から選手に転向してもいいかな!

「そんなあ……」
「ドラゴントルネードが効かないかもしれないなんて……」
「や、やっぱりトイレ……」

どんどん弱気になっていく後輩達は、顔つきも徐々に暗いものに変わっていく。圧倒的に実戦経験が少ない彼等が不安がるのも無理は無い。それに修也がマイナス発言をして正気でいろと言う方がおかしい話だ。

どうにか策はないかと守の方に視線をやると、何故かぐぐぐと身体を縮こませて小刻みに震えていた。どこか体調でも悪くなったのかと心配になり顔をのぞき込もうとすると、突然ガバッと起き上がったので思わず「うわっ」と声を上げてしまった。

「新!必殺技だー!!」

拳を空高く掲げて、元気よくそう叫んだ守に私は目を白黒させる。新、必殺技?

「新しい必殺技を生み出すんだよ!空を制するんだ!」

きらきらと目を輝かせて空を見上げる守は正しく「青春」という言葉が似合っていた。新必殺技なんてそんな簡単に出来るものではないけれど、そんな守の暴論にクスリと笑って受け流す位には心に余裕が出来ていた。





それから選手達は早速新必殺技を獲得するべく特訓に励んでいる。私達マネージャーは大会に向けて買い出しをしていた。マネズの隣で一緒に歩けるだなんて至福の時!本当に最高!と思って折角だし最近新調した一眼レフを持ってきた。どんな風に写るか見てみたいし、やっぱり最初の一枚は秋と春奈に限る。だって可愛いんだもん……。

ほら、着いたよ。と声を掛けられてはっとして顔を上げると、目的地であるスポーツショップの看板が堂々と立っていた。また写真の事考えてたんでしょ?と秋にじとーっと見られて私は思わず苦笑いを浮かべる。図星だから何も言えない。

「ほら先輩達、早くしないと先行っちゃいますよ!」
「はーい!今行く!」
「あっ、ちょっと司ちゃん!」

運良く秋のお説教タイムが始まる前に春奈が声を掛けてくれたため、どうにか回避出来た。急いで春奈ちゃんの元へ向かうと、後ろで秋ちゃんが「もー……」と可愛らしく怒る声が聞こえた。どうしよう今がシャッターチャンスな気がする!けど振り向いたら怒られる!

春奈がカゴを一つ取ったので、その隣にあったカートを引き抜いて買い物がスタートする。今日買う物はドリンクの材料とコールドスプレー、タオルを複数枚だ。後は新しいサッカーボールの情報収集かな。

「あ、ボールのエリア遠いけどどう回ろっか?」
「それなら私一人で行ってくるよ。秋達は他の物探してて」
「本当?じゃあお願いしてもいいかしら」
「勿論だよ!」

任せてと言わんばかりにぐっと親指を立てると、秋はにっこりと微笑んで「じゃあ後でね」と手を振ってくれた。それに続いて春奈も「そっちはお願いします!」と元気よく手を振ってくれる。あまりの可愛さににやける頬を押えながら、私はせっせとボールのエリアへ足を運んだ。





「……あ、雷門のカメラマン」
「……あ、帝国の鬼道厨」

お互い見覚えのある姿を見つけると、自然に声が出てしまうものだ。これがその例である。ばったりと出会ってしまったのは帝国の鬼道厨こと佐久間次郎と、隣にいるのは帝国のGKである源田幸次郎だった。「お前ら第一声がそれでいいのか……?」と微妙な顔をして私達を交互に見る源田。あまり良くないかな。

「お前、何でここにいるんだ」
「何でって……マネージャーの仕事だけど」
「えっカメラマンじゃないのか……?」
「ちょっと歯ァくいしばろうな佐久間く〜ん?」

心底驚いた様子の佐久間につい殺意が湧いてしまう。肩を掴んで殴る体制に入ると、すかさず源田が止めに入る。お前は佐久間のママンか。

実は佐久間達と会話を交わしたのは今回が初めてで、本来ならばこんなマシンガントークなんてしない筈だ。それが何故だか知り合いかのように会話をしている。私のコミュ力のお陰だな!と前向きに捉えておくことにした。ポジティブシンギングである。

「で、二人は買い出し?」
「ああ、そうだ。こっちはマネージャーがいないからな」
「佐久間がじゃんけんで負けたんだ」
「余計なことを言うな源田!」
「佐久間はじゃんけんが弱い……と」
「笹宮はメモをするな!」

ガーッとかみつくようにツッコミを入れる佐久間は切らした息を整えながら私達を軽く睨みつける。つり目だからちょっと怖いけど美形が映えてどうということはない。ぱしゃりと一枚佐久間の写真を撮ると、びくりと身体を硬直させて、すぐにまた怒り出した。本当に忙しい奴だ。

「……あ、でも何で佐久間は私の名前知ってたの?」
「敵チームの情報を知らないでどうする?」
「うーん…それもそっか」

帝国だし、有人がいるし、情報網は広そうだ。私が有人のいとこだからと言って血が繋がっている訳ではないし、頭の良さも情報網も格段に有人の方が上だ。別にそれに対して劣等感を持ったことは無い。むしろ、有名人って大変なんだろうなあという完全なる第三者からの視点で傍観していたくらいだ。

「所でお前、本当に鬼道のいとこなのか?」
「ふふ、意外でしょ。大袈裟に驚かれるのが過半数だから今まで言わなかったんだけどね」
「ふうん……。サッカーはやってんのか」
「残念ながら今まで縁は無くてね。打ち込むとしたらバレーぐらいだったかな」

聞いてきた割には興味がなさそうに返事をする佐久間に殴りかかりたくなる衝動を堪える。

幼少期は鬼道家にお邪魔したりして有人と一緒に遊んだりしたものだ。しかし、何時だっただろうか。私の父親の転勤が決まって、稲妻町を出なければならなくなったのだ。まあそれなりに仲良くしていた事もあって、私は大泣きしたのを今でも良く覚えている。有人も隠れてひっそりと泣いていたのも記憶している。

それでも時が経てば友情は風化してしまうらしく、私は有人をすっかり忘れて小学校を卒業し、中学校に入学していた。元から脳天気な性格なのもあるのだろうが、思ったよりも普通にやっていけた。

実際それ以来連絡を取ることもなく、鬼道家が今どんな状態なのかも分からないまま今に至ると言う訳だった。

有人がずっと打ち込んでいたサッカーに興味を示さなかったのは、元来鬼道有人という人間に対して興味が無かったからに違いない。

「……解決する事はちゃんと解決しとけよ」
「…はあ?どういうこと?」
「自分で考えろ」

意味深な呟きを残したまま、佐久間はくるりと踵を返して源田と共にサッカーコーナーに姿を消してしまった。

解決する事は、って何なのだろう。有人の事だって、ああ久しぶりで終わる様な事だ。……それなのに、他に何があると言うのだろうか。

心にもやもやとしたわだかまりを抱えながら、去って行く二人の背中をぼんやりと見つめていた。
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