01 アクティブガール

 私は小さい頃から幽霊が視える。これは冗談でも何でも無く、胡散臭くて信じられないような話だが本当の事である。それを両親に打ち明けた時は凄く怪訝そうな顔をされたため、幼いながらもその話題が「良くない」ものだと感じた。それ以来幽霊の事をどれだけ仲の良い友人に話すこともなく、私は晴れて高校生になる事が出来た。

 入学して何度も歩いた通学路はもう既に見慣れたものだ。その道の途中にいる幽霊達も、見慣れたくなかったのに見慣れてしまった。幽霊達と目を合わせてしまえば話し掛けてくるだろうし運が悪ければこちらへ悪戯を仕掛けてくるかもしれない。そう思うと一気に気が引き締まり、私はなるべく視線を下に逸らしながら早歩きで学校へと向かう。

 もうすぐ学校だというその時だった。視線を戻そうと顔を上げたのと同時に、目の前に居た同じ学校の生徒にぶつかってしまったのだ。それも運が悪く、不良生徒。

「おいテメェ! どこ見て歩いてんだ!」

 目をカッと開いて私に怒鳴り散らす不良生徒を見て、やってしまった…と脳内で反省会が始まる。幽霊を恐れて歩く時、不良生徒と一悶着始まってしまうのだ。これは流石に代償が大きすぎやしないか。入学前に決めたじゃないか、「高校では平穏に過ごす」って!なのにこのザマである。どうにかこの修羅場を乗り切ることは出来ないだろうか。

「無視してんじゃねェよ!!」
「うわあごめんなさい! 脳内大反省会しててそれどころじゃないからちょっと待ってて!」
「ッナメた口利きやがって……!」

 不良生徒から舌打ちが聞こえて、ようやく私の口から出た失言に気が付いた。ああ、またやってしまった。全くこの口は余計な事しか言わない。

 相手が拳をぎゅっと握ってこちらへ振りかざしてくる。それを見た他の生徒が「おい、やめろ!」と止めに入ってくれるが、流石にもう無理だ。私は間一髪相手の拳を避けて身を強ばらせる。

「暴力は!」
「うぐ!?」
「やめなさーい!!」
「へぶっ!!」

 私は相手の顔面を手の平でガッと掴み、勢いに任せて地面に叩きつけた。幼い頃に元ヤンの両親に教わった必殺技だ。技名は「強制骨格整形」だと伝えられている。

 相手から挑発や怒号が聞こえてこない辺り、無事に気絶させられたのだろう。これで通学の邪魔はされない。そう思うと一気に気が楽になり、やれやれという気持ちで溜息を吐く。

 しかしこの不良生徒を道の真ん中に置いておくのもとても邪魔なため、私は不良生徒の首根っこを掴んで近くの電柱の側に追いやった。ふう、また一仕事してしまった。そろそろお駄賃でも欲しいものだ。パンパンと手をはたいて鞄を肩にかけ直すと、後ろから「泉世!」と私の名前を呼びかけられた。

「あれ、黒崎。どしたの」
「どしたのじゃねえだろ!? この状況で『私なにもやってないです』みたいな顔よく出来るな!?」
「えっ嘘、今の見てたの!?」
「見たくなくても見えるっつーの! 寧ろ目立ってんだよ!」

 じゃ、じゃあさっき止めてくれたのは黒崎だったのか…!と驚いた顔をすると黒崎はハァ…と深い溜息を吐いた。なにゆえ私が溜息を吐かれないといけないのだ。解せない。

 黒崎は同じ学年の同じクラスに所属している。つまりクラスメイトというやつだ。しかし彼とは親しく話すような仲でも、全く話を交わさないという仲でもないという微妙な立ち位置なのだ。

「つーかお前あんなアクティブな奴だったんだな。なんか意外だわ」
「あ、アクティブ!? そんな事ないと思うけど……人の顔面掴んで地面に叩きつけるくらい普通じゃない……?」
「お前の普通の基準どうなってんだよ!全然普通じゃねえよ!」

 う、うそだ!と口をめいっぱい開けて驚いて見せると、黒崎は疲弊した様子で「もう突っ込みきれねえよ…」と呟いた。そんなに顔面掴んで地面に叩きつける事が普通じゃないとは気が付かなかった。やはり元ヤンを親に持つ私と一般人は相容れない関係なのかもしれない。そう思うと少しだけ残念だ。まあ、こちらの常識が通用しないからと言って彼に価値観を押しつける訳にもいかないためここで黙っておくとしよう。

 なんやかんや二人で漫才のようなものをやっていると、学校を目の前にしてHRのチャイムが大きく響く。それを聞いた私達は顔を見合わせ青ざめ、そして教室へと全力ダッシュをキメた。





「すみません先生! 宿敵の頭をすり潰していたら遅刻しました!」
「おう泉世。前の遅刻理由は覚えているか?」
「前回は栄養補給のため手作り野菜ジュースを作ったら思ったより美味しかったので家に帰って材料を取ってまた学校に行きました!」
「詳しい説明ありがとうな。じゃあ次はどうしたら遅刻しないと思う?」
「次は宿敵の頭をいち早くすり潰せるよう鍛錬します!」
「そうじゃないだろう、泉世。お前は補修な。黒崎は…泉世に巻き込まれた様だな。座っていいぞ」
「ウス」
「えっ何この差!? 酷くない!? 私に対して当たりが強くない!?」

 まあそりゃあ前回の遅刻理由は流石に酷すぎたなと反省したから家に戻って材料を取ってくる事はしなくなったけど、宿敵がいたらすり潰すのが当たり前じゃなくて!?と先生に抗議したいのは山々ではあるが、恐らく抗議したら補修だけでなく宿題まで増える可能性が高まるため頑張って口を噤む。えらい私。自重出来る子。

 私と黒崎がようやく席に着くと、先生は何かを思い出したように「あ」と言ってこちらを見た。今度は何だ。私は今素直に着席しただけやぞ。

「昨日お前休んだだろ。紹介してなかったが、転校生が来たんだ。仲良くしてやってくれ」
「はあ……?」

 こんな中途半端な時期に転校生……?とは思ったが、とりあえず挨拶でもしようと思い視線を横にやる。ああ、なんとなく見覚えのない子がいるなと思ったが、この子なのか。

「ご機嫌麗しゅう。私は朽木ルキアと申しますわ」
「ご、ご機嫌麗しゅうでございますで候……? 拙者は泉世こはくと申す者……?」

 あまりにも時代錯誤なお嬢様言葉に困惑してしまい、こちらも時代錯誤な言葉遣いで思わず返すとどこからか「ブフッ」と笑いを堪えるも吹き出すような声が聞こえた。おい誰だか知らんが失礼な。私は今大変困惑しているんだから仕方ないだろう。

 それからお嬢様・朽木ルキアとの会話を終わらせ、いつも通授業を淡々と進めて行った。そう、いつもと変わらない日常。私はそんな日を酷く気に入っていて、ずっとこんな平和な日が続けばいいと思っていた。それが、遠くから聞こえてきた大きな音と嫌な霊圧で私のテンションは一気に下落した。まるで世界情勢が不安定な時の株価のように、だ。

 その音を合図に、ルキアが黒崎をぶん殴り地面に倒れさせて「あら大変!私、黒崎君を保健室へ連れて行って参りますわ!」と言いながら両手で頭を鷲掴みにして教室からずるずると出て行った。

 「朽木」という性、そして霊圧を感じた途端反応した二人。大して頭の宜しくない私でも、それだけのヒントがあれば察せざるを得なかった。

 もう関わる事のないと思っていた「死神」との縁は、まだ切れていなかったらしい。