02 拒否権は与えられず

(ルキア救出後)


 アカーン!これはアカンで!と、関西弁を喋っていた昔の知人達が脳内で騒いでいる。何がアカンのかと言うと、頑張って目を合わせないようにしていた幽霊とついにうっかり目が合ってしまったのだ。それもなんとこちらに近づいてくるのだ。え、これどうすればいいの?今頑張って目を合わせないようにしながら早足で逃げているのだが、もし私を呼んできたらどう対処すればいいのだろうか。

「ねえ、おねえちゃん。なんで逃げるの?」
「アーー!!」

 フラグ回収とはこういう事を言うのだと身を以て思い知った瞬間だった。私は周囲に注意して、さながら不良のように人差し指をちょいちょいと動かして「こちらへ来い」とジェスチャーでその幽霊に伝える。すると幽霊はこちらの言いたいことを理解した様で、無言で頷きながら走って私の後を追ってきた。

 学校から少し離れた人通りの少ない通路に出て、私は漸く足を止める。そして後ろにいる幽霊の姿を確認する。その幽霊は小学生低学年くらいの小さな男の子で、何の汚れも知らなさそうなその大きな瞳をこちらへ向けて不思議そうに首を傾げている。

「お姉ちゃん、いつも僕の事見てくれないけど何で?」
「ンン! そ、そうだねえ……お姉ちゃんはね、君の事を見ないんじゃなくて地面が好きでずっと地面を見つめていたんだよ」
「嘘下手ってよく言われない?」
「言われる」

 ちくしょう!ついに男児にも突っ込まれてしまった!でも確かに私は昔から嘘が下手なのだ。自分ではそう思わないのだが、知り合う人ほぼ全員に「嘘下手だね」と言われてしまえば認めざるを得なかった。全く以て解せぬ。

 それはそうと。と、男の子が口を開いたのとほぼ同時に、どこからか「ドン!」という大きな音が聞こえてきた。ここからそう遠くはない場所なのだろう。ズンと沈むような重い圧を感じ取り、私は冷や汗をかく。ああもう、私はもう学校に遅刻したくはないのに、こんな近くに『アレ』がいるんじゃ放ってはおけない。

「少年、ちょっとここで待っ」
「あ、あっちはだめだ……! 僕が守らなきゃ……!」
「えっちょ、話聞いてる!? ああ〜待って勝手に行かないで!?」

 男の子は音のした方を見て顔を真っ青にすると、こちらの声も聞こえない程焦った様子で一目散に駆け出して行く。その様子を見て私は深く溜息を吐き、学校に背を向けて男の子を急いで追いかけた。

 黒と白だけで構成された、普通の人なら見たことのない怪物。まるで何か奇妙な仮面を被っているかのような、そんな怪物だ。胸の真ん中には大きな穴がぽっかり開いている。その怪物…虚はその大きな手で一人の人間を捕まえようとしていたのだ。それを見た男の子は更に顔色を悪くさせ、絶望の混じった声色で「お母さんを離せ!」と虚に向かって叫ぶ。虚は男の子の声に気が付き、ぐるりと顔をこちらへ向けた。幸運にもその母親への興味が失せたのか伸ばしていた手を止め、今度はその巨体をゆっくりと動かしてこちらへ向かってくる。

「お、お姉ちゃんは逃げて!  僕はだいじょ」
「大丈夫な訳あるか馬鹿!君はお母さん連れて逃げて!」
「で、でも! お母さん僕のこと視えないんだよ…」
「ン〜〜それは……頑張れ!なんとかしな!」
「えっここで僕諦められるの!?」

 「ガーン」と効果音が付きそうなくらいショックを受けた様子の男の子を見て良心が痛むが、実際それどころではない。今私はこの虚を倒すための武器・斬魄刀を持っていないため、倒すにはかなりのリスクが伴ってしまう。……だけど、そんな事は言っていられない状況だ。なんとかしなければ。助けを待つ余裕もないし……あ。良いこと思いついちゃった。

 私は崩壊した家の瓦礫に飛び乗って、隣の家の屋根に移る。虚が男の子に夢中な隙に、ここからやっつけてしまえばいい。

「必殺『悪い事した時母親が頭おさえつけて「ごめんなさいしなさい!」って言うやつ』!」
「えっものすごくダサい……」

 こんな状況でも突っ込まれてしまったが、本当にその名の通り虚の頭を押さえつけて地面へぶつける。まあつまりは『強制骨格整形』と一緒なのだが、果たして虚に骨格はあるのか?と疑問に思ってしまったために今即興で考えた技名だ。

 無論、虚はそれだけでは倒せない事も承知している。さて、ここからが本番だ。私はゆるっゆるだった気を引き締めて、口元に笑みが浮かぶのを感じながら口を開く。

「破道の四、白雷!」

 虚へ向けた指先から白い光が勢いよく飛び出す。その名の通り、白い雷を虚へ向けて発射したのだ。なんとびっくり私は霊圧が馬鹿高く、白雷を発射しただけで虚の首がぶっ飛んでしまった。だからと言って私は鬼道が大の得意という訳ではないのだが、前に白雷の威力を確認して「もしかして私、最強!?」と浮かれていた時もあったのだが、なんとびっくり防御するのが死ぬほど下手で、その思考は一瞬にして消え去ったのだった。ちなみに私は回道が全く使えない。

 虚がぴくりとも動かなくなったのを確認して私はやっと一息つく。ふう、と気の抜けた溜息を吐きながら家の屋根から降りると、男の子が笑顔でこちらへ走ってくる。

「凄いよお姉ちゃん、あんな一瞬で倒しちゃうなんて!」
「うむ、まさか泉世があんな力を持っているとはな」
「昨日のでとんでもねえ奴だとは思ってたけど、まさかここまでとはなあ」
「へっへへ……そんなに褒めないでおくれよ諸君……ん? 諸君?」

 褒められて良い気になっている所に、さりげなく聞き覚えのある声が混じってきた。私はマッハで首を回してその声の主の方向を見る。とても爽やかな笑顔で、ルキアと黒崎がこちらを見ていた。それもルキア、口調変わってないか?

「ええーと、その……これには……訳が……」
「問答無用! 一護、行くぞ!」
「え。ええ〜〜!?」

 ルキアと黒崎に両腕をがっしりと掴まれてしまい、どうもこうも身動きが取れなくなってしまった。そのまま引き摺るように二人が無言で歩き始めるものだから、なんだか涙がちょちょぎれてくる。

「あ、あの〜お二人さん? 『行く』ってどこに?」
「浦原喜助の所だ」
「まあ悪い奴じゃねぇから安心しろよ」

 浦原〜〜!マジか〜〜!浦原か〜〜!