04 たぶん、怖かったんだ
なんやかんやあって浦原さんや黒崎達の手伝いをする事になってしまった不憫な普通の女子高生・私は、登校中にあまりにもお腹が空いてしまい途中のコンビニでみたらし団子を購入し教室でのんびりと食していた。甘い密ともちもちのお団子が良いハーモニーを奏で、私の口内はお祭り騒ぎだ。
その美味しさに思わず口角が緩んでいると、頭のてっぺんにドス、と鈍い痛みが襲ってきた。
「何呑気にみたらし団子食ってんだ、泉世」
「おお、おはよう黒崎。そんな顔されてもこれはあげないからね」
「ちげーよ! 誰も欲してねーよ!」
私の頭にチョップをかましてきた張本人・黒崎は一人でわいわいと騒いでいる。何か今日の黒崎は元気だなあ。昨日の晩ご飯はもしかして焼き肉だったのだろうか。なんて見当違いな想像をしつつ次のみたらし団子へ手を伸ばす。
「って、そんな事はどうでもいいんだよ。お前、昨日の事浦原さんから聞いただろ」
「んー、ああ。転校生の事?」
一番上の団子をもちもちと噛みながら答えると黒崎は眉間に皺を寄せて「知ってんならなんでそんな平気な顔してられんだよ!?」と私に向かって吠えた。
私が尸魂界や死神周辺に存在を知られるのが良くない事だというのを黒崎は知っていた。これから深く関わっていくのだし、当の本人が知りたそうにしていたのもあって以前自分の過去を正直に話した事がある。要するに、その事を踏まえての、黒崎なりのお節介なのだろう。確かに私にとってその「転校生」というのは少なくとも味方ではない。だからと言って敵でもないし、寧ろこちら側と目指す目標は一致している筈だ。だからこそ私が今更逃げても隠れても意味が無い。
そう説明すると、黒崎は怪訝そうに表情を歪ませる。そしてすかさず反論しようと彼が口を開いた時だった。
「黒崎くーん。おはようさん」
何処かのんびりとした口調で、黒崎の後ろから声がした。この教室では聞いた事のない声からして、きっとその転校生張本人なのだろう。普通は転校生を気にして反応する所なのだろうが、お生憎様、今の私はみたらし団子を食すのにとても忙しいのだ。ごめんね転校生。挨拶は後でさせてくれ。
「あ? 君、昨日居なかった子やんけ。どーも、オレ、平子真……」
「ちっす!」
「っ!? おま、なん、!?」
「あはは、平子日本語一年生〜!」
「やかましいわ!」
雑に弄ってみせると、平子は動揺している状態にも関わらずツッコミをしてくれた。ノリの良い人間は面白いなあ。なんてケラケラ笑っていると、首根っこを思い切り掴まれて「ぐえ」なんて蛙のような変な声が漏れ出る。
「ちょォ〜っと君に用があんねんけど」
ええよな? と言わんばかりの黒い笑顔を見て、流石の私も冷や汗をかく。まあなんとかなるでしょ、なんて軽く思っていた過去の自分を殴ってやりたい。こりゃ質問攻めだろうよ。暫く解放してくれないだろうよ。はっきりわかんだね。
・・・
ずるずると引き摺られ渡り廊下で質問攻めに遭った。結局私は浦原さん達にした説明とほぼ同じ内容で彼に打ち明ける。まあ要するに、なんか死んだけどなんか転生出来たのでオールオッケーですね! と笑い飛ばしてみれば、平子隊長は苦虫を噛みつぶしたような表情で「やっぱお前の死生観、狂いすぎや」と言い捨てられてしまった。それに関しては夜一さんにも言われた事があるため驚きはしないが未だにしっくり来ていない。
「そう言えば。さっき勢いで呼び捨てしちゃいましたけど大丈夫ですよね!」
「オレに拒否権は無いんか? ……ま、隊長呼びよりはマシ、ってとこやなァ」
どうやら平子隊長……平子……ええ……呼びにく……平子……さん、は死神に良い印象を持っていないらしく、こうして過去の話を持ち出すと少し曖昧な口調で返事をする事が多いのだ。まあ身に覚えの無い罪で追放されてしまえばそうなってしまうのも無理は無いだろう。そう言えばひよ里達は元気だろうか。確か鬼道宗の副隊長も居るって浦原さんが言ってたよな。すごいなあ、色んな人が味方に居るって。……会いたいなあ。
「会うか?」
「……え、」
平子さんは「ひよ里、会いたがってたで」と私の顔を覗き込んで、歯並びの綺麗な白い歯を見せながらニッ、と笑って見せる。私は数回瞬きをして、彼の言葉を飲み込んで。
「っ、会いたい!」
私が死神だった頃。隊長がいなかったしばらくの間、一緒に隊を支え合ってきた掛け替えのない仲間。そして、友人。そんな大切な人にまた会えると分かった私は私が分かるくらい単純で、嬉しさでほんの少しだけ身体が震えていた。
「ほな、行こか」
そう言って二階の窓から飛び降りた平子さんに続いて、自分もひょいと飛び降りた。ひらりと翻るスカートからちらりと見えた体操着に、平子さんは残念そうに「ロマンも何も無いやっちゃなァ」と零す。だって、いつ敵が来るか分からないでしょ? と言いながら平子さんを元気よく追い抜いてみせた。これを見たあの子はきっと、ガキやなァ、なんて言って笑うだろうか。
・・・
大きな鉄の建物をくぐると、その先には見知った顔が沢山居た。平子さんが「帰ったで〜」と声を掛けると皆の視線がこちらへ向く。そして、私を見て、暫くしてから目を丸くしてどよめいた。
「その霊圧……まさか、」
「そう、そのまさかなんだよね。久しぶり、皆! 会いたかったよ!」
そうして笑って見せれば、皆はこちらへ駆け寄り迎え入れてくれた。心配の声や怒りの声、歓喜の声など、色々な声と感情が私に降り注ぐ。多大な感情を向けられた事の少ない私はなんだか居心地が悪くなって、やんわりと笑う事しか出来なくなっていた。ずっと、人と深く関わる事を恐れていたから。また、人が傷付くのを目の前で見たくは無かったから。だから、こうして人の感情に触れてしまった今、ほんの少しだけ怖くなってしまっていた。
「おお、タイミングばっちりやな」
平子さんのその声に反応し、視線の先に居る人物に自分も目をやる。金髪の髪の毛を無造作に二つに括った背の低い女の子。見覚えのある顔に、見慣れない赤いジャージを着た、昔から知っている女の子。そう、彼女がひよ里だ。忘れる訳も無い。ずっと、ずっと、私の大好きな友達なのだから。
彼女は私の姿を視界に入れると、大きな目を更に丸く大きく見開いた。
「……湖珀?」
震える声で、絞り出したような声で私の名前を呼ぶ。きっと大きな声で、馬鹿な私を怒ってくれるんだろうな。アホか、ハゲ! なんて、きっと聞き覚えのある罵倒で。ひよ里は優しいから、すぐコロッと死んじゃうような私に対しても、きっとそうして怒ってくれるんだ。
だから、本当に驚いたんだ。くしゃりと顔を歪ませて、思い切り私に抱きついて来るなんて。こどもみたいに涙を浮かべながら、きつく私の身体を抱きしめてくれるなんて。
「……なんで、泣いてんのさ」
滅多に泣くことの無い、寧ろ怒ってばかりのひよ里が、私のために泣いてくれている。それが不思議で、面白くて、本当に嬉しくて。じわり、と目頭が熱くなる。堪えるように口角を上げて無理矢理笑ってみれば、心の奥底から感情が湧き出るように、調和するように温かい雫が頬を伝ってひよ里の真っ赤なジャージにぽつりとシミを作った。
「……人の事、言えんやろ。ボケ」
ぎゅうっと、腕の力が強くなる。そうしてやっと、自分の身体の震えの正体が分かった。
きっと私、ずうっと、怖かったんだ。何に対しても自分一人で戦ってきて、人一人守れず、自分の命を落としてしまった事に。友達に、ひよ里に拒絶されてしまうかもしれないという可能性に。もしかしたらひよ里は気付いていたのかな。私が私自身に鈍感な事を、誰よりもひよ里がよく知っていてくれたから。
「ひよ里」
名前を呼んで、そっと身体を離す。ひよ里は目を真っ赤に腫らしながら「なんや」とぶっきらぼうに答える。
「ありがとう」
あなたのお陰で、私はようやく泣けたんだ。私はようやく本当の自分の気持ちに気が付けたんだ。その意を込めてお礼を言うと、呆れるようにふっと笑ったひよ里は私の額にこつり、と軽く拳をぶつける。
「今更、やろ」