絆されてあげよう

■付き合ってる設定



彼との出会いは最悪だった……と、私の知り合いから聞かされた事があるが、それは全くもってその通りである。

舞台デザインの仕事をしている私を無理やりユニット『Crazy:B』の舞台デザイン係に任命し、ライブパフォーマンスは完璧なもののやっている事が破茶滅茶だったりと、ES内で完全に悪者となってしまった天城燐音は見ていて本当におっかないものがある。なんだかんだ被害者である割には彼の傍に居て支えてあげる私も私なのだが。

そんな私は次の仕事のデザインを考案中で、燐音に邪魔されないようにと会議室の端を借りてこそこそと作業をしていた。セトリやアイドル達のパフォーマンスによって変わるモニター、アイドルをより輝かせるスポットライト。どれもこれも重要なものばかりで、私があの子達を輝かせられるのだと思うと高揚感が生まれつい筆が進んでしまうのだ。職業病、とでも言った方が良いのか。

「よっ、名前♪」
「うわっ!?」

己の集中力のせいで、後ろに人が居ることに気が付かなかった。燐音はケラケラと笑いながら腕を私の首に回し、頭に顎を乗っけてくる。お前はかまちょの彼女か。驚いて変な声を上げてしまった私に「うわってひでえなぁ?」とまるで怒って無さそうな声色で笑いかける燐音を見ると、思わず『本当は普通の人間なのではないか?』と勘違いをしてしまう。というか何でここが分かった?

「それ何?俺っち達のやつ?」

燐音は私のデザイン案を覗き込んで不思議そうに首を傾げた。しかし残念ながらそうでは無いのだ。私は毎日Crazy:Bの依頼を受ける程暇ではない。

「ううん、違うユニットの。結成した節目の日にライブやるらしくてね、今急ピッチで進めてて忙しいからあっち行ってね」

そう、これは嘘ではない。本当に忙しいし燐音に構っている暇は無いためちょっかいなら後にして欲しいものである。……が、そんなのお構い無しに「い〜じゃね〜かよ〜」と私の頭を自らの頭でぐりぐりと攻撃してくる燐音に呆れ果てつつも少しだけ可愛いと思ってしまった私を殴りたい。

「つかさぁ」

一瞬声色が低くなって何事かと思い、ちらりと燐音に視線をやるとそのまま後頭部に手を回し強引に燐音の方を向かされた。さっきまでの笑顔は何処へやら、少し怒ったような硬い表情で私を見つめるものだからつい固まってしまう。

「他所ばっかり構うとか、俺っちの事はどうでもいい訳?この浮気者」
「………」

まあ、散々な言いがかりだ。別に燐音の事はどうでもいいと思ったことは無いし、浮気だってした事は無い。むしろ燐音の方が浮気上級者な雰囲気は出ているだろう(申し訳ないけど)。…それでも、彼のほんの少しだけ寂しそうな表情は見逃さなかった。勿論、その感情は上手く隠せている。だが私は特に人の感情に敏感で、嘘をついているか否かが何となくで分かるのだ。

「……なーんてなっ!ぎゃはは☆驚い…痛ッ!?」

そうして誤魔化そうとする燐音の胸をドスリとグーで殴り黙らせる。

「誤魔化そうとしても無駄だし、格好つけても無駄。全然格好よく無いし、頼りにもなりそうにないよね。何処ぞのお家柄の君主とはよく言ったものだよ。こんな人見たら、弟君はどう思うかな」
「…おい、それ以上言ったらいくら名前でもタダじゃ」
「それだよ。そうやって本音で喋る事が出来たら一人前って言えるんじゃないかな。嘘ばっかりつく年長者なんか、世間から拒まれ蔑まれて終わりだよ」

彼の故郷の仕組みや『君主』の詳しい在り方なんてこれっぽっちも分からないけれど、ただ煮え切らない彼に腹が立った。嘘を塗り重ねて自分を隠す彼に腹が立った。どうでもいい人間に、こんな重く苦しい感情を使うはずがないと、彼の目を真っ直ぐ見つめて言った。動揺を隠しきれない燐音は眉間に皺を寄せて「…は、」と一言言葉を漏らす。

「…酷いこと言ってごめんなさい。でもね、そんなに、私は貴方の心の拠り所になれない程頼れない存在かな?貴方の目に映る私は、そんなに嘘つきな人間かな?」

そして、頼ってくれないもどかしさにほんの少しだけ泣きたくなった。結局、私は彼に絆されていたのかな。

「ずっと嘘をつき続けるのは辛いこ、と………」
「…………名前」

燐音は私を正面からぎゅっと抱きしめ、私の首元に顔を填めた。紅くさらさらで綺麗な髪の毛が私の首を掠めて少しだけ擽ったくなる。私は口元に笑みを浮かべながら、燐音の背中に腕を回して片方の手で彼の頭を優しく撫でた。

「…ごめん」

震える声で謝る燐音のその言葉は簡潔であれど、沢山の重みを感じるには十分なものであった。

泣き顔を見せないのは、彼のプライドかな。何処までも強がりな彼だけれど、一歩前進した事だし、今日はたっぷり甘やかしてあげようじゃないか。