嫌いになれたなら

 その絹糸のようなきれいな髪の毛に恐る恐る触れる。少しも絡まる事は無く、さらりと指の間を通り重力に沿って静かに他の錦糸と一緒になった。そうしてその行為を数回続けながら、彼の端正な顔をじっと見つめると、自然にわたしの口角が緩んだのが分かる。

しかたないさ、だってわたしはきみを『あいしている』んだから。

 ひとえに『あいしている』と表現をしてみたが、そんな簡易的な言葉じゃ表せない、こう大きな爆弾を抱え町中を歩いているような、そんな苦しく命懸けの莫大な『愛』なのだ。それを彼に知って欲しいかと言えば答えは否だし、だからと言ってそのまま彼を放っておいて別の人間に知識を埋め込まれてしまっても、この先の人生をそれはそれは重い後悔を背負って生きていかなければならない。

 そう、恋と呼ぶにはあまりにも安易で、愛と呼ぶには苦い感情なのだ。

「……ひいろくん、」

 どれだけわたしが彼の頭を優しく撫でたとしても一向に起きる気配はない。その宝石のようなきれいな瞳は瞼にずっと覆われたままで、いつまで経ってもわたしの姿を捉えることはないのだ。

あたたかい。ただそれだけで生きているという確証は十分持てる筈なのに、欲張りなわたしは何故かひどく不安でならなかった。

「あなたはいつになったら、わたしの事を見てくれるの」

 己の頬を掠めたあたたかい雫を気にする余裕など無く、わたしだけが彼に溺れていくのだと知ったのは、随分と遅い話だった。