初恋流星群

「あ、霧野君!」

廊下を歩いていると、見慣れた後ろ姿を見つけて慌てて声をかける。ぴたりと足を止めた霧野君は桃色の綺麗な髪の毛を靡かせてくるりとこちらに振り向いた。彼は私を視界に捉えると、にこりと人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて手を振ってくる。私も同じ様に笑顔で手を振り、霧野君に駆け足で近づいた。

「これ、前に借りてたノート。ありがとね、すごく見やすくてわかりやすかったよ」
「ああ、また何かあったら言ってくれ。それにしても早いな、もういいのか?」
「うん、大丈夫だよ。ずっと借りていても霧野君に迷惑かけちゃうから」
「いや、俺は……別に、お前に貸して迷惑だと思ったことはないよ」
「え、」
「あああ、何でもない!今のは忘れてくれ!」

髪の毛と同じ色に染まった頬を片手で隠しながら目を逸らす霧野君をじっとみつめる。さらっとこう……タラシなのでは?と疑う様な発言をしてしまう霧野君は、想像通りの人気っぷりなのである。何で私がこんな人と会話を交わせているのか不思議である。まあ、かく言う私も霧野君にいとも容易く初恋を奪われてしまっているのだが。

今まで恋というものをした事がなかった女子らしからぬ私は、中学一年の時に同じクラスになった霧野君に一目惚れしたのだ。きっかけも、目があって微笑まれた。ただそれだけだった。私にも、なぜ惚れたのかなんて理由は分からない。それから会話を何度か交わして、こうして物の貸し借りが出来るようになるくらいには親しくなることが出来たのは奇跡としか言いようがない。神様がいるなら毎日拝んでいただろう。

「あれ、霧野君のクラスって次移動だよね?」
「え?……あ!そうだった!」

慌てて教室に戻る霧野君を見ていると、なんだか笑いがこみ上げてプッ、と吹き出してしまう。 霧野君も普通の子なんだなあ、と当たり前の事を実感して何故だか心がほっこりとしてきた。

そう時間もかからずに急いで戻ってきた霧野君に首を傾げていると、霧野君は苦笑いをしながら口を開いた。

「教科書……貸してくれないか?」



それにしても、どうしたのだろか。今日の霧野君は様子がおかしい気がしてきた。私と目が合うと、一瞬慌てた様子を見せるのだ。今日だって、忘れ物をしたり、いつもよりタラシに磨きがかかっていたり。

「あ、霧野君」
「っわ、あ、名字…」

びくりと肩を揺らして驚く霧野君に、私は思わず怪訝そうな表情をしてしまう。……なにか、嫌なことでもしてしまっただろうか?それならそうと、正直に言ってくれれば良いのに。

「霧野君今日変だよ?大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だよ」
「……私、なんか気に触る様な事した?」
「それはない!絶対に!名字が俺にして気に触る様な事なんてしないって分かってるから!」
「そ、そう……?なんかそこまで言われると…照れると言いますか…」

ぽりぽりと頬を人差し指でかいてそう言うと、しまったと言うような顔で手で口を押さえる霧野君。ほら、やっぱり今日の霧野君はなんだかおかしい。訝しげに霧野君をじーっと見つめると、霧野君は「いや……その……」と吃りながら不自然に目を泳がせる。暫くその葛藤が続き、諦めたのか霧野君ははぁ、と短い溜息をついてようやく私と目を合わせてくれた。

「……実はさ、名字に彼氏がいるって噂を聞いて」
「……彼氏?何それ初耳なんだけど…」
「えっ、居ないのか?」
「うん、いないけど……それと霧野君の様子がおかしい理由に何の関係が?」

こてん、なんて可愛らしい擬音は出せないけれど、首を傾げて聞く。霧野君は「それは……」とまた吃り始めたのでギロリと睨んで見せると本人は慌てた様子でわざとらしく咳払いをする。

「……が、…だから」
「へ?」
「だ、だから、俺がお前の事を好きだからだよ!」

脳内がフリーズする。真っ白になる。……え?この人今なんて言った?わ、私のことを、好き?今確かにそう言った……?

霧野君は赤く染まった頬を持ちながらも真剣な表情で私にそう訴えたのだ。暫くして漸く状況を理解すると、その瞬間私の顔にも熱が集まって赤くなるのが分かった。まさか、でもどうして、という思考が私の脳いっぱいに広がる。

「う、え、ほ、本当に?…嘘じゃないよね?誰かに言われてとか、 罰ゲームとか…」
「俺がお前にそんな理由で告白すると思うのか?」
「……お、思いません………」

むっとした表情で反論する霧野君に思わず言葉が詰まる。ご尤もです、ぐうの音も出ません。

「…それで、今日はいつもと違ったんだ」

驚くほど淡々と出た自分の声に少しばかり驚きながらも、納得したように話し出す。霧野君は未だにむっとした表情でこくりと頷いた。まだ現実味がないけれど、ここでちゃんと答えを出さないと霧野君に失礼だろう。告白なんて、並大抵の勇気じゃ出来ないことは私がよく知っている。何よりも、私のために、最善の返答をしよう。

「私も好きだよ、霧野君」

不思議と、先程の恥ずかしさは残って居なく、私はにこりと微笑んで自分の想いを曝け出す事ができた。やんわりと霧野君の手を取ると、霧野君は驚いた様子で私の方を見る。目を見開き、パチパチと数回瞬きをする。

「……それ、嘘じゃないよな?」
「私がそんな嘘を霧野君につくと思う?」
「……思いません」

今度は立場逆転。私が悪戯に笑顔を見せて聞いて見ると、霧野君は先程の私と同じ返答をした。何だかそんなやりとりが面白くなって、顔を見合わせていると笑いがこみ上げてフッと吹き出してしまう。

「これから嘘だなんて言ったら、許さないからね?」
「それはこっちの台詞だ」

それからまた二人で顔を見合わせて、同じように笑い合う。想いがこうして通じても、きっと関係は心地の良いままで、ずっと変わらないのだろう。根拠はないが、何故かそんな気がしたのだ。

私の感は当たるからね、何て小さく呟いて笑うと、霧野君に「何だ?」と微笑みながら聞かれたので私はにひひ、と笑って口元に人差し指を当てた。

「ひみつ!」