再会は毒となる

故郷。それは私にとって日常の中の一つであり、大して特別な物でもなかった。仕来りや一家を大事にしろと、御先祖様に口を酸っぱくして言われてきた事も今となっては記憶の奥の端っこの方に放ってしまっている。だからと言って、故郷に大切なものが何も無い訳では無い。弟のように可愛がっているあの兄弟を、私はいつも気にかけていた。周りが鳥籠に閉じ込めるように育てているのに対し、私は態と外の世界を知らしめるように仕向けていたのだ。

「あ、いたいた。燐音、ここに居たんだね」

私はとある家屋を覗いて、1人の男の子に声を掛けた。その子…燐音は私に気がつくと嬉しそうに目をきらきらと光らせながらも、それを悟られまいと何気なく微笑んで誤魔化した。正しく思春期の男の子らしい反応で、つい可愛いなあ、と思ってしまう。

「名前姉さん、また外の話聞かせてくれよ」
「ふふ、燐音は本当に外の話が好きなんだねえ」

そう言って頭を撫でてみせれば、燐音は少し恥ずかしそうに「だから頭撫でんなって…」と顔を顰める。と言いつつも抵抗しない様を見ると微笑ましさが勝ってしまい思わずクスリと笑みが零れる。

それから燐音には色んな話をした。私が実際に行ったことのある、面白くも残酷な外の世界をありのままに話してみせた。私が口を開く度、燐音は興味津々な様子でじっと私の話を待つ。……ああ、やっぱりこの子をこんな鳥籠に閉じ込めておくなんて勿体ないや。その様子を見る度にそんな事を思い、それと同時に自分が「外に出たい」という欲がどんどん膨れ上がっていくのだ。

(……もう、潮時かな)

「ん、これで外の世界の話はもうお終い。…で、結局一彩はいいの?聞かせなくて」
「ああ、いいんだ。一彩は、そのままで」
「………そう」

明るい未来へ突き進み、数多くの自由な選択肢を持たせたい。

燐音は大切な人を思う優しげな顔でそう呟いた。……きっと、一人で外の世界へ出ようとでも思っているのだろうが、一彩は兄を追いかけてくるだろう。ずっと一緒にいたかけがえのない家族。尊敬すべき兄という存在。まだ何者かに縋っていないと生きていけない小さな子供は、突然一人になった途端盲目になり、1番近くにいた人間しか見られなくなるのだ。

何より、一彩は大人の言う事を従順に聞き、受け入れたままだから。あの子はまだ、自分の意見を持たぬ未熟な幼子だから。

「…名前姉さん?」

そう呼ばれ、ようやく意識を現実へと戻す。心配そうに顔を覗きこまれ、私はそれを安心させるように「何でもない」と言って笑みを貼り付けた。

「じゃあ、私はもう行くから」
「…?なにか用事でもあるのか?」
「まあ、そんな所」

ばいばい、そう言って私は踵を返す。呆然と突っ立っている燐音をこの目に焼き付けて、家とは反対方向へと進んでいく。

どうか、至る未来に、彼等の存在がありませんように。