望まぬ事も呑み込んで

 人間というものは非日常に見舞われてもすぐに慣れてしまう、所謂順応性というものが高い。それは勿論私も例外ではなく、生まれて17年経った今でも、非日常に呑まれたとてこう時間も経てばソレに深く溶け込んでいた。

 始まりは高校卒業したばかりの頃。昼食を買うべく外を歩いていたら、なんとびっくり爆発事件に巻き込まれてしまったのだ。爆発の衝撃が体に伝わり、それに耐えきれなくなったのかいつの間にか気を失っていたのである。意識が戻った時、私は何故か赤子の姿に戻っていたのだ。勿論、混乱した。何故だ、と自分の中で葛藤した挙句、出た答えは“転生”というモノであった。

 そんな事があってたまるかと、夢なら覚めてくれと何度願ったことか。しかし幼気な少女の願いが叶うことはなく、17年の時が流れてしまっていた。

 そして、そんな私は今古書店に務めている。親の元から離れ、この世界の摂理を知った私は“とあるもの”を無視しては自らの人生を歩むことが出来なくなった。それは、普通では有り得ないもの。“異能力”というやつだ。それの存在は古書店の店主に教えて貰ったのだが、どうやら私はその異能力とやらを持っていたらしい。

 ちなみに店主の異能力は“相手の異能力を見る”という内容のモノだ。その異能力で私の異能力を暴いたという訳である。

 私の異能力は“数分先の未来を見る”という内容であった。そして、それと同時に“これをこうしたらこうなる”という幾つかの分岐点も含め見ることができる。だが、数分先だなんて役に立つのか分からないけれど、普通の世界で普通に生きてきた私にとっては、どんな異能力でも新鮮なものであったのだ。…嗚呼、でもいつ客が来るかどうかが分かるから、そこら辺は便利な異能だ。

「次の客は……確か店主とよく話していたあの人か」

 見えた未来に、私はそそくさと客を出迎える準備をする。カウンターの上の本を少し下ろし、最低限片付ける。

「こんにちは」

 扉の方から男性の声が聞こえたのを頼りに、私は微笑を浮かべる。

 何と言うか、不思議な人だ。包帯をあちこちに巻いていて、ニコニコと笑顔を絶やさない。今までも色々な人に会ってきたが、この人は別だと思った。何処と無く、雰囲気が常人とは違うものに感じたのだ。

「いらっしゃいませ。…ええと、太宰さん、でしたよね」
「嗚呼、今日は店主がいない日か。そうだよ、私が太宰だ」
「はい、申し訳ありません。店主は野暮用で出かけておりまして」

 眉を下げ、申し訳なさそうに謝る。まあ、接客業は幾つかやってきたから、これくらいはお手の物だ。其れに、自分で云うのもあれだが、私は演技が上手い方だと自負している。だからと云って完璧とも云い難い事は自分がよく分かっているのだが。

「じゃあ、先日頼んだ本をお願いするよ」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 ぺこりと軽く頭を下げ、後ろの本棚に貼ってあったメモを取り、目当ての古書を探す。

 ここに来た当初は、少し粗雑に並べられたその古書の山から目的の物を探し出すのは到底困難であったのを思い出し、思わず苦笑を浮かべてしまう。この惨状は店員ではなく、店主の性格から現れた粗雑さなのだが。

 本棚の端の方、他の本に埋もれるように隠れていた古書を手に取り、メモと表紙を交互に見て合っているかどうかを確認する。題名、作者名共に一致。これだと確信し、メモをゴミ箱に捨て、本を持ってカウンターに体を向ける。

「お待たせしました。こちらの本でお間違いないでしょうか?」
「うん、合っているよ。ありがとう」

 人懐っこそうな笑みを浮かべて本を受け取る彼。それを確認して本から手を離すと、机に置かれたお金をしまう。

 それにしても、ひとつ気掛かりな事がある。それは、彼の本名が「太宰治」という事だ。太宰治というと、かの有名な文豪を連想させるだろう。文豪の太宰治と言えば、今はもう亡き、人生の先輩と言っても過言ではない。…筈なのだが、目の前の彼はどうであろうか。何処からどう見ても生きているし、私と同じくらいの年齢だ。否、もしかしたら同姓同名の人も居るかもしれない。気の所為だと自身に訴え、彼から目を逸らした。

「貴女のお名前は…名字さんで合っているかい?」
「…はい、そうですが」
「ふふ、そんな身構えないでおくれ。
……まあ、質問したい事は一つだ。単刀直入に云うけど、君、異能力を持っているのだろう?」

 先程まで浮かべていたにこやかな笑みは消え、挑発的な笑みに変わった彼に少しばかりたじろぐ。威圧感のある雰囲気に変わったせいか、身体が冷水を浴びたような感覚に陥る。…何なんだ、この人は。

「持っている、と云ったら?」
「逆に聞くけれど、持っていると云ったら君はどうされると思う?」
「…意地の悪い人ですね」

 眉を顰め、はぁ、とひとつため息をつくと至極ご機嫌そうにうふふと笑う彼を見ていると、何故だか苛立つものがそこにはあった。

 目の前の彼はお客様だ。そう自分に云い聞かせ、どうにかこうにか心の中のモヤを治めようとする。

「別にお話してもいいのですが、それを話すことで私にメリットはあるのでしょうか?」
「うん、無いね」
「…即答ですか」

 嗚呼、駄目だ。この人と真面目に会話をしようとすると、一生分の気力を無駄にしてしまうような気がしてならない。つまり、この人の話に真面目に耳を傾け、そして真面目に答弁する必要は無いという訳である。

「…はぁ、もういいです。私は能力者ですよ」

 お手上げだ、と言わんばかりに再び溜息をつき、両手を耳の当たりまで上げる。

 しかし、何故目の前の彼はそのような事を聞くのだろうか。それを知って、なんのメリットがあるのだろうか。

「へぇ。知ってたけど」
「知ってたなら聞かないで下さいますか!?」

 メリットも何も無いじゃないか。元々知っていたなら、こうして改めて聞く必要なんて無いのに。

「それで、だ。名字ちゃんの異能力はどう云うものなんだい?」
「それもまた、知ってたとか…」
「否、これは知らないよ」

 どうしても疑ってしまう。疑わざるを得ない。目の前の男を、どう如何に信用しろと?そんなの東大受験に挑むくらいの無理難題だ。決してこれは過言ではない。本当に、付き合いきれない。

「…私に答える義務は有りませんけど」
「それもそうだねぇ。まあいいや。また来るから、その時お話しようね!」
「……ありがとうございました!」

 ひらりと手を振り、穏やかな足取りでゆっくりと帰っていく嵐のような彼に、投げやりになりながらもしっかりと最後まで、店員としての義務を果たす。…うん、よくやり切ったよ、私。

 今日はもう疲れた。頑張った自分のご褒美的なアレで、帰りにケーキでも買って帰るとするか。最後の楽しみの事を考え、残りの勤務時間に支障を来さないように気持ちを入れ替える。

 きっと明日は良いことあるよ、なんて自分に言い聞かせながら、再び古書の整理をするべく手を動かし始めた。

望まぬ事も呑み込んで