04 一匙の癒やしを

食堂に入り、カウンターからおばちゃんにAランチを頼む。少し早めの時間に来てしまったが、丁度お腹がすいていたのでまあいいだろう。

「はいよ!」と元気な声でニコニコしながら返事をするおばちゃんを見ていると、何だかこちらまで元気になってくるような感じがする。つい緩んでしまう頬をむにむにと両手で揉んで、どうにか表情を元に戻す。

暫くしてカウンターに料理が置かれたのに気が付き、体を向けると「はい、Aランチ。お残しは許しまへんで!」とおばちゃんの口癖とも言える台詞を耳に入れて「はい、ありがとうございます」と答える。

私の定位置、食堂の奥、一番端っこに移動して、トレーをそっと置く。料理を見ると、自然とよだれが垂れてきそうだ。いけない、早く食べねば。

そう思って椅子に座り、「いただきます」と小さく声を出してから箸を手に取って食べ始めた。

「…やっぱり美味しい」
「ふふ、本当に美味しそうに食べるよね」
「っごふ、…え、善法寺先輩?いつの間に…」

突然声をかけられた事に驚き、思わず料理を喉に詰まらせそうになる。「だ、大丈夫?ごめんね、驚かして」と申し訳無さそうに謝る善法寺先輩に「大丈夫です」と言って水を一杯口に入れる。

「コラ伊作、後輩驚かせてどうする」
「…食満留三郎先輩」
「おう、俺の事知ってたのか」
「まあ、用具委員長ですので」

善法寺先輩の後ろからやってきたのは、確か善法寺先輩と同室で同学年の食満留三郎先輩だった。まさか六年生、しかも委員長様と顔を合わせるとは思わなかったので、つい名前が口に出てしまったのだ。

「あ、座ってもいいかな?」
「はい、ぜひ」
「俺も一緒にいいか?」
「どうぞどうぞ」

私の前なんかで良ければ。…なんて言わなかったけど、とりあえず言いたいことは一つだけ。

視界に広がる顔面偏差値が高すぎます。

私は料理を次々に口へと詰め込みながら、ぼーっと二人を見つめる。うーん、まさか食満先輩と会話を交わすことになろうとは思わなかったからびっくりした。でもまあ、善法寺先輩と同室だもんな。

「しかし、保健委員会にくノ一がいたとは知らなかったな」
「あんまり有名になってないからね。でもそういう噂ってすぐ広まりそうだけど…」

善法寺先輩、それは十中八九、私の影が薄いからです。村人C効果発揮してるんです。

私はいつも通り「さいですかぁ」と適当に相槌を打つ。でも確かにくノ一の委員会入りが少ないのは事実だ。その事があるのに、私が入っていて知られていないのは、私のステータスのせいなのだろう。

「ええと、名前は…」
「名字です」
「そうそう、名字。よく話は伊作から聞いてるぜ。保健委員会ではよく仕事をしてくれてるってな」
「それは勿体ないお言葉で…」
「何でも、その保険委員会で名字の」
「わー!わーー!!留三郎!」

慌てた様子で食満先輩の声を遮り始めた善法寺先輩の頬は、何となく紅に染まっている気がした。はて、その反応をするような言葉とは一体何なのだろう。少し気になったが、本人が嫌がっている様子なので尋問は止めておこう。

「な、何でもないからね!」と冷や汗をかきながら手のひらをふらふらと左右に振って誤魔化す善法寺先輩。…誤魔化すの下手な人だなぁ。

「もう、それよりも留三郎!さっき用具委員会で何かあったみたいだけど大丈夫なの?」
「ああ、その事な。朝、しんべヱ達が用具倉庫の点検に行ったらしいんだが、そこにあった用具が一つ知らない間に壊されてたんだよ」
「ええっ、それって大変じゃないか。犯人は見つかったの?」
「それがまだ見つかってなくてな。手がかりも少ないし…」

慌てて別の話に切り替えた善法寺先輩だが、持ち寄ったその話題も何やら一悶着あるみたいだった。

用具が壊された、かぁ。まさか、この食満先輩が委員会の長であるというのにわざと壊したなんて事はないよな…?その可能性は置いておいて、予期せぬ事故で壊れてしまったとしよう。それならちゃんと用具委員会に言って……いや、どちらにせよ食満先輩が怖いから言えないであろう。私も絶対に言えない。というか言わない。

先輩達の会話をぼんやりと頭の中に入れながら、おばちゃんの作った美味しいご飯を黙々と食べる。

「食満留三郎先輩!!」

ドタドタと足音を立て、慌てた様子で食堂に顔を出したのは、用具委員会の富松作兵衛だった。富松作兵衛は切らしていた息を急いで整えて、用具委員会委員長である食満先輩の方へ立ち直す。

「作兵衛?そんなに急いで一体どうしたと言うんだ」
「用具壊しの犯人が分かったんです!」
「何!?」

叫ぶようなその一言に、食満先輩は勢いよく席を立つ。何と、こんなにも早く解決することになるとは。

私は飲みかけのお茶が入った湯呑を両手で柔らかく持ち、他人事のようにそのやり取りを見ながらお茶を啜った。

「誰なんだ、その犯人は?」
「じ、実は……」

そう言った富松作兵衛は廊下側に顔を出し、「ほら、出てこい」と誰かに催促するように話しかける。その言葉の後に廊下から出てきたのは、納得するような人物だった。

「しんべヱ!?喜三太!?どうしてお前らが…」
「ご、ごめんなさい…」

二人は眉を下げ、しょんぼりとした顔で頭を下げて食満先輩に向かって謝る。

確かに一年は組は何かと事を起こすのが多いが、こうして黙って居るような子では無い……と、私は思っていた。何か、理由でもあるのだろうか。

どうして言わなかったんだ?と問う食満先輩に、福富しんべヱと山村喜三太は顔を見合わせて、実は…と話し始めた。

「…なるほど、きり丸に『食満先輩にその事を言ったらタダでは帰れない』と言われたのか」
「……そりゃ言えないわ」
「名字?何か言ったか?」
「…いえ、何も」

ギロリとこちらを睨みつけられて、私は咄嗟に顔を背けて誤魔化す。いけない、つい声が出てしまった。

はぁ…、とため息をついた食満先輩は、自らの頭をガシガシと掻いてから福富しんベヱと山村喜三太の方へ向く。怒られるのだと思ってビクリと身体を強ばらせた二人の頭に、食満先輩はぽんと手を乗せて同じように撫でると、硬かった二人の表情は徐々に解れていき、やがて驚きの表情へと変わっていった。

「下級生にそんな事するわけ無いだろ。それに、お前らの失敗は今に始まったことじゃないしな」

呆れたようにふっ、と笑うと、徐々に二人の顔に笑顔が戻ってくる。今度は「ありがとうございます!」と明るい声色で答え、ぺこりと頭を下げる二人。その様子を見た食満先輩はそっと手を外し、「さて」と切り出した。

「お前ら、まだ朝飯食ってないだろ?解決した事だし、一緒に食うか?」

あらやだ男前。

思わずそう呟きそうになり、咄嗟にご飯を口に突っ込んだ。

「わーい!良いんですか?」
「僕も別に構わないよ。人が多い方が楽しいしね」
「やったー!僕、今日は何を食べようかな〜」

善法寺先輩の方を見てこてんと首を傾げる山村喜三太に対し、善法寺先輩は何時もの人の良さそうな笑顔で快く承諾する。その後、善法寺先輩が私に「名前ちゃんは大丈夫?」と聞いてきたので「大丈夫です」と答えた。ここで断ってしまった方が目立つだろうと考えた故の返事だ。

食堂のおばちゃんに元気よく注文をして料理を受け取った二人は、私に「お隣失礼しまーす!」と言って一緒に座った。

土井先生が“良い子”と言っていたが、本当に良い子なのだろう。何だか撫でたくなる。

「あれ、そう言えばこちらの先輩は?」

きょとんとした顔で山村喜三太が食満先輩と善法寺先輩に問いかける。今か。今気づいたのか。

「ああ、この子はくノ一教室五年生で保健委員会の名字名前ちゃんだよ」
「よろしくお願いします」

自己紹介の台詞を奪われた事は置いておいて、軽く頭を下げて挨拶をすると、二人は元気よく自己紹介をしてくれた。うん、一年生らしくて可愛い。

「名字先輩かぁ、聞いたこと無かったなぁ」
「五年生のくノ一教室の生徒だからな、一年生の忍たまとは関わりがないだろう」

食満先輩、それはそうなのですが、理由としては私の影の薄さが原因なんです。

…とは勿論言わないが、私は曖昧に「まあ、そうですね」と相槌を打っておく。「そっかぁ!」とすんなり信じてしまう二人は本当に可愛いが、これから先詐欺に合わないか心配だ。これも土井先生の胃が痛む原因のひとつなのかもしれない。

そう言えば、今日は忍術学園の有名人とよく会話を交わすなぁ。…これから平凡に生きていけるか、心配になってきた。

私は、この先待ち構えている非凡にはつい知れず、はぁ、と深いため息を心の中で吐いた。