05 紅に染まり
つい先程山本シナ先生に渡された手紙を広げ、そして嘆く。
山本先生に告げられたその内容は、くノ一では必須の課題“色”に関するものであった。…実はこの私、一番苦手な課題は色なのだ。平凡に生きてきた私にとって、自分を使って相手を誘惑するその術はかなりの無理難題である。
無理。絶対に無理。単位落としてもいいからこれだけは回避したい。
私は震える手で手紙に書かれた文字をゆっくりと読んでいく。
「…内容は“相手に贈り物をしてもらう”、相手は……善法寺伊作…」
奢ってもらう…?しかも何時もお世話になっている善法寺先輩に…?そんな烏滸がましいこと出来るわけが無いじゃないか。先生は私を虐めたいのか?私の事が嫌いなのか?
思わず机に額を勢いよくぶつけると、同室の子から「大丈夫か…?」と本気で心配された。大丈夫じゃないわい。
「へぇ、名前の課題は色かぁ。それも善法寺先輩と来た。ラッキーじゃない?」
「何処がラッキーなの…!!」
「ええ、だって同じ委員会でしょ?誘いやすいじゃない」
「いやいや誘いやすいとかそういう問題じゃ…!」
「それに名前、善法寺先輩の事好きなんじゃないの?」
「いやいや何言って……は?」
至って普通に聞いてくる友人に、私は思わず威圧のかかった返事をしてしまう。これは不可抗力だ。
「好きって…え?何その話初耳なんだけど」
「え?五年生のくノ一の中では有名な話だよ?」
「いやいや待ってよ有名って…。別に私、善法寺先輩に恋愛感情持ってないし、まず好きな人いないし」
「なぁんだ。嘘だったのか〜。…つまんないの」
「ねえ今つまんないのって聞こえたんですけど?」
口を尖らせて拗ねるように呟く友人にすかさずツッコミを入れる。
同じ委員会で、会話を交わすことが多い善法寺先輩だが、まさかそんな噂が立っていたとは。…うーん、善法寺先輩に知られてないといいんだけど。迷惑あんまりかけなくないからな。
「とりあえず、課題頑張れ〜?」
「…善処します」
渋々返事をして手紙を綺麗に畳み懐にしまうと、重たい腰を無理やり上げてとりあえず善法寺先輩を探すことにした。ええと、確かこの時間は保健委員会の当番があったはず。…運良く薬草取りに出かけてくれていたら良いのだが、まあそうも行かないだろう。はぁ、と深い溜息をついて、保健室の方へ足を運んだ。
くのたま長屋からずっと歩いていき、遠目に保健室が見えてきた。…あ、もしかしてそろそろ当番交代で猪名寺君がいるかもしれない。よし、居なかったらこのまま補習を受けよう。うん、きっと大丈夫だ。
「あっ、名字ちゃん!」
「…ぜ、善法寺先輩」
保健室まであと少しの所で中から出てきたのは、今一番会いたくなかった善法寺先輩本人だった。…どうしよう、このまま仕向けるしかないのか?それともやっぱり補習行き?でも単位はあまり落としたくない所。
「どうしたの?何処か怪我した?」
「い、いえ、そういう訳じゃないんですけど…」
優しく問いかける先輩につい涙ぐみそうになる私。こ、こんな優しい先輩に金払わせるとか出来るわけないだろ……!!鬼か!鬼なのか山本先生は!!
自分の中で誘うか誘わないか葛藤が繰り広げられる内に、善法寺先輩が「あっ」と声を上げたから、俯いていた顔を上げて「どうしました?」と言って誤魔化すようにそれに乗った。
「少し離れた所だけど、美味しい甘味屋さんが最近出来たらしいんだ」
「へえ、甘味屋ですか。いいですね」
「それで…名字ちゃん、甘い物は好きかな?」
「え、まあ好きですけど」
「そ、そっか。良かったら…さ、次の休みの日に一緒に行かない?」
ぎこちなく、少しどもりながらも真剣な顔で私を誘う善法寺先輩に対し、私は唖然とする。ぱちりと瞬きを二回ほどしてぽかりと開いていた口を閉じると、すぐに状況整理をし始めた。
善法寺先輩からお誘いを貰った。つまり……課題初成功のチャンス……!?
「私で良ければ、ぜひ」
「ほ、本当に!?良かったぁ……名字ちゃんと行ってみたいと思ってたんだ」
少し緊張が声に現れながらも返事をすると、善法寺先輩は安心したようにふにゃりと笑い、さらっと天然タラシを晒された。流石にその言葉を聞くと、じわじわと頬に熱を帯び始める。…ああもう、善法寺先輩はこうして世の女子達を魅了していくのか。こんな事言われたら期待しない女子がどこにいる?
今の赤い顔を見られないように再び俯くと、善法寺先輩は不思議に思ったのか私の顔をちらりと覗き込もうとする。
「名字ちゃん?…っ、」
「な、なんでしょうか」
「何でもないよ!じゃ、じゃあ次の休みに門の前で!」
「はい、わかりました」
善法寺先輩は口に手を当てて視線を横に逸らすと、慌てたように走り去っていった。もちろん、遠くからどしゃりと音が聞こえ、「うわあ!」と声が上がったのは言うまでもないが。
…ひとまず、頬の熱を冷ましたいです。