徒花は笑う01

久しぶりに家の中から出た。今まで色々な情報を集めるべくデスクトップとにらめっこしていたため、少々頭が痛むがそろそろ休息を入れないと身体が壊れてしまいそうだ。

私は以前よく通っていた喫茶店へ足を運ぶ。そこの店長の珈琲が格別なのだ。もう他の喫茶店へなんて行きたくない。もはやシャブをキメているかのような感覚である。(キメたことは無いけど)

そう時間はかからない内に、喫茶店“ポアロ”の看板が見えてきた。久しぶりの癒やしに待ちきれず、口角が自然と上がるのが分かる。いかんいかん、このままでは不審者扱いされてしまう。そう思ってほぐすように軽く頬を両手で潰してからその手をドアノブへと移動させてドアをゆっくりと開ける。

チリンチリン、と軽くベルが鳴ると、聞き覚えのある声が元気よく聞こえてきた。

「いらっしゃいませ〜……って、名前さん!?」
「久しぶり〜、あずちゃん」

驚きを隠せずに目をまん丸にしてこちらを見る彼女は、ポアロでバイトをしている榎本梓だ。昔からの常連である私はあずちゃんとよくお話をさせてもらっていた。これがもうあずちゃんは可愛いんだ。看板娘って感じが滲み出ていて、ここの珈琲と同等の価値を持つほどの癒やしなのだ。

「も〜、しばらく来ないから如何したのかと思いましたよ〜!」
「あはは、ごめんね。ちょっと仕事が立て込んでてさ」

微笑を浮かべて手をひらひらと振って見せると、あずちゃんは何だか安心したように笑った。

「でも元気そうで安心しました。今日も珈琲で?」
「うん、よろしくね」

はーい!と元気よく返事をして背中を向けたあずちゃんを横目に、店内をぐるりと見渡す。何一つ変わっていない店内に安堵して小さく溜息をつく。変わったと言えば従業員スペースの方に最新器具らしきものが置かれているくらいだ。まあ時代は進化しているということで。

「ああ、いらっしゃいませ」
「……ん、こんにち……は………」

奥から足音が聞こえて誰かに声を掛けられた。新しいバイトの人なのだろうか、聞き覚えの無い声に少し戸惑いながらも返事をする。

返事を、した。そして視線を上げた。

「っ、あーーー!!れー…ウブゥ!?」
「っちょっと来て貰えますかね……!!」

あ、あれは確かに……確かに降谷零だ!間違いなく降谷零だ!真っ青になって私の口を押えているのが何よりの証拠だし、色素の薄い髪の毛に濃い肌で容姿端麗なんて間違える筈が無い!

じたばた暴れるのを押さえ込まれながら店内の端に移動すると、やっと口を解放されて思い切り酸素を吸い込む。

「な・ん・で!貴方がここに居るんですか!?」
「何でってこっちが聞きたいしれーちゃんの敬語気持ち悪い!」
「言わせておけば……!!」

疲れ果てたように額に手をやるれーちゃんはおまけに溜息もついた。幸せ逃げんぞと言ってやればギロリと睨まれた。私、これでもれーちゃんの上司だったんだけど。

「……とりあえず、話は後でします。僕のシフトはあと30分なので待っていて下さい」
「えー……珈琲おごってくれる?」
「おごりますから待っていて下さい。それと事情があってここでは、」
「安室透でしょ?」
「……それも後々説明してもらうとして、」
「名前さーん!珈琲出来ましたけどまだお話中ですか?」
「あ、今行く〜」

まだ何か言いたげな様子のれーちゃんを余所に、店長の珈琲へと一直線で向かう。

カウンター席に座り、出された珈琲に小袋に入った砂糖を一本入れる。最後まで入ったのを確認してからスプーンでゆったりと香ばしい匂いを楽しみながらかき混ぜる。砂糖が最後まで溶けきるのを待てない私はすぐに珈琲に口を付けた。

「ん〜!やっぱここの珈琲は最高だねぇ」
「ふふ、あるがとうございます。……所で、安室さんと名前さんって知り合いだったんですか?」

あずちゃんは不思議そうに首をかしげて聞いてくる。れーちゃんの「余計な事は言うなよ」と言わんばかりの視線が痛いので下手なこと喋れないのが結構キツい所である。

「まあ何て言うんだろ……れー……あむちゃんは前の職場の部下だったね」
「えっ、同じだったんですか!?」
「ええ、そうなんですよ。名字さんにはよくして頂いていました」
(嘘こけ微塵も思ってない癖に)

何故だかあずちゃんがきらきらと目を輝かせる中、あずちゃんに気付かれないようにれーちゃんにんべ、と舌を出して威嚇する。ポーカーフェイスで笑顔のれーちゃんが逆に怖いけどしゃあない。

「ちなみにその前のお仕事って何ですか?」
「……んー、何だと思う?」

まあ、聞かれるよな。そうは思っていたからそこまで驚かないが、ちょっとだけ考える素振りをしてからそう問うと、あずちゃんは「う〜ん……」と考え始めた。睨むように私に視線を送るれーちゃんに任せろと親指を立てる。

「えーと……レストランの従業員とか」
「それ私に向くと思う?」
「絶対に向きませんよね」
「ちょっとあむちゃん煩いよ」

口を挟んでくるれーちゃんに釘を刺す。そんなやり取りに目もくれず、あずちゃんは真剣な表情で考え続けている。さっきから何個か上げているが、まあ当たらないだろう。はずれがずっと続く中、れーちゃんが突如「あ」と声を上げた。

「すみません梓さん、用事があるので今日はもうこれで上がらせて頂きますね」
「あっ、そう言えばもうシフト終わっていましたね。お疲れ様です」
「……私もそろそろ帰ろうかな」
「名前さんもありがとうございました。また来て下さいね!」

渋々席を立ってお金を置くと、あずちゃんはにっこりと笑って手を振ってくれる。癒やしに口角が上がりながらも重たい足を引きずってポアロを後にした。