Last Record01

 彼女はいつも笑みを絶やさなかった。まるで貼り付けたみたくお手本のような笑顔を口元に携え、怒ることも悲しむこともなく、俺やオズが何をやってもけらけらと笑って様子を見ているだけだった。育ちが良いのかいつでもぴんと背筋が伸びていて、所作もどこか上品で、本当はどこぞの箱入り娘だったりするのではないかと考えさせられる。腰まで伸びた髪の毛は随分と手入れをされているようで、枝毛のひとつもなくいつも艶やかだ。
 そんな彼女——名前は俺が双子の弟子になる前からずっと城で過ごしていたらしい。つまり、俺にとって名前という魔女は姉弟子のようなものだ。俺が師匠たちに連れられ城へ初めて足を運んだ時には、もうすでに名前は双子の一番弟子としてそこに存在していた。
 名前は魔女としても双子の弟子としてもとても優秀で、いつでも俺の数歩先を歩いているような魔女だった。だからと言ってその力を無闇矢鱈にひけらかすこともせず、何があっても強い魔法は使おうとしなかった。

「きみが先生の言っていたフィガロかな? 私は名前。よろしくねえ」

 勝手に双子が話したらしく、そのとき名前はすでに俺の名前を知っていた。奥の読めない表情がなんだかきもちわるくて、警戒するようにじっと名前を凝視する。そうすると名前は口角をゆるりと上げたまま小さく首を傾げて「警戒されてる? かわいいねえ」なんてほざきはじめた。
 前言撤回。何が箱入り娘だ。初対面でこんな変なことを言う魔女が箱入り娘な訳がない。きっとどこぞで常識というものを落としてきたのだろう。もっとも、北の魔女なんて大体そんなものかもしれないが。

 「ま、初めはそんなもんか。私のことは親しみを込めて『お姉ちゃん』って呼んでくれてもいいよ」
 「嫌だよ」

 しまった。思わず秒で否定の言葉が出てしまった。そんな俺の言葉に傷つく様子もなく「ええ、何それ傷つくなあ」と肩をすくませる彼女はなんて嘘つきなのだろうか。まるで嘘をつくのが日常茶飯事かのように、罪悪感の欠片もない声色で嘘をつく名前に、俺は一種の恐怖感を抱いた。

 「断るにしても言葉選びくらいしっかりして欲しいよね。北の魔女って言ったって私はまだまだ未熟者だし、こう見えて心は繊細……って、話聞いてる?」
 「聞いてない。おまえのこと姉だなんて思うつもりもないし、あんまり馴れ馴れしくしないでくれるかな」
 「ああもう生意気! でもそんなところも可愛いと思っちゃうのは姉のサガってやつかなあ」

 にこにこしながら俺の頭をわしゃわしゃと撫でくりまわす鬱陶しい名前の手を乱雑に払う。それでも名前は宝石のような双眸を満足げに緩めるだけで、ちっとも狼狽える様子もない。本当に面白味のない、ちっとも理解のできない魔女だ。

 「甘えたいときはいつでも私の元へおいでね。師匠たちにいじめられたら私に言うんだよ。おねえちゃんがとびっきり甘やかしてあげよう」
 「聞き捨てならんぞ!? 我ら、いつも優しく教えてあげてるのに!」
 「そうじゃそうじゃ! このかわいいかわいいフィガロちゃんをいじめる訳がなかろう!」

 わいのわいのと俺抜きで盛り上がるくだらない会話をぼんやりと聞きながらバレないように小さくため息をつく。話を聞かないのはどっちだ。全くもって人のことを言えないじゃないか。
 今まで散々双子と騒いでいた名前がぴたりと動きを止めて何かを思い出したような表情をしたと思えば、ふとこちらを振り向いた。

「フィガロ。さっきの言葉は冗談でもなんでもないからね」
「……え?」
「フィガロが私を頼ってくれるのなら、姉として誠心誠意尽くすつもりだよ」

 なんなら約束してもいいけど、なんて馬鹿なことを言う名前を見て、くらりと目眩がしそうになった。多分これは、本気だ。俺だって嘘か本当かの見分けくらいつく。

「……約束までしなくていいよ」

 だからこそ、怖いと思った。初対面の人間、否、魔法使いに対して約束をしようとするなんて、どこまでも彼女の思考は分からずじまいだ。
 そんな俺の反応を見た名前は目をすっと細めて、そっか、と呟くと、どこか安心したように目蓋を閉じた。