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目の前の中国人らしき太っちょおじさんはにんまりと口元に胡散臭い笑みを浮かべながら私にそう言い放った。私は突然伝えられたその言葉にぱちぱちと数回瞬きをしてから、ようやく現状を理解する。私は中学一年の時までサッカー選手、FWとして活躍してきた。他人より何倍も努力を重ねてこうして人に知られる位試合で勝利して来た訳だが、それはもう二年前の話である。諸事情でサッカーを辞めた私は、サッカー界に精通している両親とも距離を置き、ようやくサッカーの無い世界でのびのびと暮らしている最中だった。…それが、この中華ふとっちょくんのせいでそのサッカーと言う物を思い出してしまった訳だ。
「名字名前さん。貴方は二年前、全国大会で優勝まで上り詰めた実力のある選手のはずですが?」
何処まで知ってるんだ、この中華ふとっちょくんは。中華ふとっちょくんは目をうっすら開けて私の様子を伺い、私に軽く圧を掛けながら話を進める。うーん、このおじさんはちょっと面倒くさそうだ。このまま無言を貫き通しても良いのだけれど、そうなれば実力行使でも権力行使でも何だってしてくるタイプだろうからそれだけは避けたい。
「マネージャーになって、私に何かメリットはあるのかい?」
「ええ、勿論」
何もかも察していたかのように即答する中華ふとっちょくんは更に口を開く。
「貴方、今の世界は面白いですか?」
「…世界?」
「はい、そうです。貴方の世界はまだまだ狭い。だから、知らなくてはならないことが山ほどある。……私について来れば、面白い世界を見せてあげる事が出来ますよ」
自信ありげに、まるで未来はそう決まっていると言いたげな真っ直ぐな声で断言した。どうでしょう?と問われるが、私は私が閉じこもっている狭い世界から出る想像が全く出来ないためどうしようもない。…それでも、面白い世界というのは正直興味がある。これじゃあまるで見知らぬ怪しいおじさんに付いていく幼女の様だが……うん、まあそこは何とかなるよ。何にせよ、ここまで自信ありげに話す人間は初めて見たからと言うのも理由の一つである。
「分かった、付いていくよ。サッカーなんて関わるべきじゃない、なんて思ってたけど…面白い世界を見せてくれるって言う中華ふとっちょくんが一番面白いと思うからね」
「ええ、まあそれは良いのですが…中華ふとっちょくんとは?」
「あなたの名前だよ」
「では覚えて下さい。私の名前は趙金雲です」
「ほう、中華雲くん」
「何故!?」
ごめんね、中華雲くん。これは別にわざとではなく、私は元々名前を覚えるのが苦手なのだよ。そう心の中で平謝りをしながらどうすれば私に名前を覚えて貰うか悩んでいる中華雲くんを見る。
ああ、これからどうなるんだろうね。一度辞めたサッカーに、マネージャーであれどこうして関わる事になるだなんて、数分前の私は思ってもみなかっただろうね。面白いという理由だけで戻ってきてしまうだなんて、私は一体何をしたいんだろうね。考えても、何も分からなかった。ただ一つ、心に残ったのはこれから私がどんなルートを辿って生きるのか。ただ、それだけだった。