終末メモリー
それが、ついに外の世界へ出ていく日が来たらしい。兄は前日、ニコニコと明るい表情で荷物を纏めていた。このゴミ溜め集落……流星街から外へ出るのは容易い事だが、外で生活をする事は決して容易くはない。それは、生まれたときからずっと口を酸っぱくして言われていた事であり、外に関心が無い私はなんとなく受け流していたが、兄が至って真面目にその話を聞いていたのはずっと頭に残っている。今この状況で話しかけたら殺されるのではないか?と思うほどだ。実際私も怖くて近寄りがたかったし、周りの人は苦労しただろうなあ、と思って溜息をつく。
「外の世界、かあ」
家の前に落ちているゴミを、軽く蹴っ飛ばして小さく呟くと、その声は響くことなく寂しく消えていく。こんな刺激の無い街で、ずっと穏やかに暮らしていくのは果たして良い事なのだろうか。いや、別に「良い事」を目指している訳ではない。ただ、間違った選択だけはしたくないのだ。その上で楽しく過ごすなんて難しいにも程があるのは重々承知の上だけど。悶々と考えていると、何だか行き詰まった感じがして異様にむしゃくしゃし始める。頭をガシガシと乱暴に掻いて、また別の場所に落ちているゴミを今度は力を込めて思い切り蹴り飛ばした。その先には誰かがいる訳でも無く、カラン、と虚しく音が鳴るだけだった。
「何してんの、名前」
「おわ。ああ、マチかぁ」
「あたしで悪かったね」
呆れ顔で溜息をつくマチに、私は慌てて「そういう事じゃないんだって〜」と弁解する。もしかすると、今までのゴミ蹴っ飛ばし大会〜ぼっち参戦〜はずっと見られていた……?え、やだそれもそれで恥ずかしい。穴があったら入りたいけど穴に入ったら抜け出せないし誰かに土を被せられたら普通に死ぬのでそれは御免被る。実際まだ生きていたい。青春を謳歌するまで死ねないもんね!えっへん、と胸を張っているとマチの顔が「頭大丈夫かコイツ」と言いたげな表情へと変化していた。ヤメテすごく虚しいじゃないヤメテ……。
「どうせ、兄の事を考えてたんでしょ」
「うわ……普通にバレてるじゃん。私そんな分かりやすい?」
「全部顔に出るからね」
「うわ……私って絶対参謀とか向いてないじゃん……」
こういう所、マチは鋭い。というか小さい頃から勘がよく働く子だったから、私の下手な嘘はすぐにバレてしまうのだ。だから私もマチに嘘はつかない事にしたのだが、考えている事を当てられてしまうのはどうしようもない。エスパーかよマチは……。そうは言っても、どうすれば考えている事がバレないようになるかを必死に考えていると、マチが「それより」と話を戻したので顔を上げて「なに?」と返した。
「外に出たいならあたし達と一緒に来れば?」
「…………………え」
あまり気軽に言うものだから、思わず目を白黒させてしまう。マチに誘われるとは思っていなかったし、何より私の考えている事が全て筒抜けなのも倒れそうな程驚いた。外に出たい事は家族にだって言っていないのに、今マチがそんな話を切り出した事により、わたしがぽろっと零した可能性が出てきてしまった。いや、でもそんなおっちょこちょい私でもするか……?と考えていると、「あんたの兄貴を見る目で分かるよ」と言われてしまう。マジかよマチさんチートかよ。やめてよマチに対して勝ち目が1つも無くなっちゃうじゃん………ただの分かりやすい馬鹿じゃん私…………。
「ってか、出ていくのってクロロが収集したメンバーでしょ?私いちゃダメじゃん」
「別にいいでしょ。まあ私たちの中で1番弱いけど、それなりに戦えるんだし」
「えっそこはお世辞でも言う所でしょ?」
「今更」
クロロが収集したメンバー…マチと、あと誰だっけ。あのでっかい人二人と、あと…………誰だっけ。まあいいや。一緒に出ていくメンバーの顔と名前すら一致していないのに、突然私が入ったらお互いに困惑するだけじゃないだろうか。
「クロロは勝手にしろって言うと思うけどね」
「ええ………そんな事言うかなぁ、あの人。1回だけ話した事あるけどあの穏やかな笑みの裏に何かあるって確信したもん。何より見た目だけでなく中身も黒い気がするし」
「あんたがそういう事言うからでしょうが……」
マチははぁ、と疲れきったようにため息をついて手を額に当てる。ごめんねマチ……いつも呆れさせて……って謝った事があるのだが、それもまた呆れさせてしまったのでもう何も言わない事にした。解せぬ。
クロロ、と言えばまあ珍しい名前というのは大前提として、黒髪なのにシャツもズボンも靴さえも真っ黒な所謂まっくろくろすけを擬人化したような人間である。え?まっくろくろすけを知らない?ちゃんとジャポンのアニメーション見とけよなオメー!!と、脱線してしまったので話を戻そう。実は「1回だけ話した」というのは夏の事。日差しが強く照りつける、猛暑と呼ばれるそんな日にあろうことかクロロは全身真っ黒で歩いていたのだ。いや本当にこれはびっくりした。えっ、暑くないの?大丈夫なの?という心配(仮)の心の声がつい盛れてしまったのが事の始まりだった。
「うっわ今日も全身真っ黒とか暑……カオ○シだってびっくりだよ……」
初対面で思わず放った言葉に、あの裏のある笑みを浮かべられたらもうその場でたじろぐしかないだろう。だって怖いもん。あの人弱そうだけどオーラが強いって私に訴えかけてるから、危機察知は案外簡単にできた。敵に回しちゃいけないよ、と私の第六感が働いたため、「なーんちゃって!」と言ってそそくさと帰って言ったのは良い思い出である。ちなみに私は決して馬鹿ではない。
「……うーん、折角のマチの誘いだけど断っておくね。クロロ何か怖いし」
「それ100%名前が悪い気がするけど……ま、そう言うと思ってたからいいんだけどね」
「誘ってくれたのにごめんね」と言うと、「別にいいよ、謝んなくて」と気にしていない様子で答えるマチに心でどこかホッとしている自分がいた。それでもいつか、外へ出るつもりだという旨を伝えると、マチは大したリアクションは無く「そ」と短く答えた。
「じゃ、それだけだから」
「あ、ねえ。いつ出て行くの?」
「明日」
「へえ、明日かぁ。元気でね」
「あんたは……はぁ、まあいいや。そっちもね」
マチがひらりと手を振り、やんわり笑ったのを見て、私も自然と口元に笑みが浮かんだ。こんな時でも「行かないで」「寂しい」の一言も友人にかけてやる事も出来ないなんて、やっぱり私は変わっているのだろうか。
ゴト、とどこかでゴミが動いたような音がした。こんなの日常茶飯事で、これだけゴミが沢山積まれていたらそうなるのも当たり前だ。私たちも特別気にせず、マチが私から背を向けて歩き出すと、地面を踏む度に砂利を踏む聞き慣れた音とゴミを踏みつける様々な音が静かに聞こえてくる。いつもなら特別気にしないそんな音も、何故か今日はよく耳に残ってしまう。それは、マチという友達や流星街の仲間達の旅立ちに感じる喪失感からか。もしくは外界への可能性をこの目で見た興奮からか。私にはまだ、わからなかった。