02
いとも簡単に私の決意は打ち砕かれることとなった。
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あれから数日サボはずっと目を覚まさないでいたのが、突然ケロッと目を開けたらしい。全く呆れたように、でも少し嬉しそうに私に語るコアラに私も自然と笑みを浮かべていた。それからとコアラは、サボの記憶がと戻ったと私に言ったのだ。それを聞いた時は頭が真っ白になったし、何より………エースが死んだ後に戻るなんてそんな不幸は無いと、複雑な心境にもなった。俯く私を心配して「大丈夫?」と肩に手を置くコアラの優しさがやけに心に染みて、なんだか泣きそうになりながらも精一杯笑顔を向けて「ありがとう」と返した。
そうだ、この後に「きっと名前の事も思い出したんだから会えるんじゃない?」とコアラに言われたのだ。勿論、それも考えた。記憶が戻ったのなら、きっと私の事も……。それでも今まで姿を隠してきた自分への後ろめたさと、完全に記憶が戻っていなかったらという何時もの臆病な思考が邪魔をして、サボに会おうとする勇気が全てなぎ払われてしまったのだ。それをコアラに伝えると、とうとう彼女の口から「名前、本当はバカでしょ」と言われてしまい、ぐうの音も出なくなってしまった。
「……いけない、書類整理終わらせないと」
物思いに耽っている場合ではない。そうだ、私は今仕事中なんだ。ハッとして、気持ちを切り替えるために思い切り頬を両手で叩いて書類整理を再開する。
その直後、自室の扉を軽くノックする音が聞こえた。誰だろうと考えながらも「はーい」と返事をしてこちらから扉を開ける。開けて、その人物を視界に入れて、言葉を失った。
「……名前」
「っ、」
信じられない。そんな表情で見つめながら私の名前を呼ぶ彼を見て、やっと気持ちを入れ替えた筈の心が再びざわつき始めた。
どうしよう、サボに会ってしまった。目を合わせてしまった。名前を、呼ばれてしまった。ここから逃げも隠れも出来ないくせに、どうしようという言葉が私の頭を占拠する。何か、何か言わなくては。そう思って口を開きかけた時、腕をぐっと引っ張られて体を引き寄せられ、気が付けば私はサボの腕の中に居た。
「サボ、」
「名前、名前……。すまねェ、おれ……ずっと記憶を失ったまま何も知らずに……」
縋るように抱きすくめられ、懺悔の言葉を並べるサボを見たら自然と言葉は湧いてきた。なにも、サボが謝る事なんて何も無いのに。私はくしゃりと顔を歪ませて、込み上げる熱いものを必死に堪えてサボの背中に腕を回す。
「謝らないで、サボ。……きっと、コアラから今までの事伝えられたんでしょ。こういう行動を取ったのは、全部私の我儘だからさ」
「そうじゃねェ!例え名前がどう思っていたとしても、おれは名前に辛い思いをさせた時点で自分が許せねェだけなんだよ」
「でも、」
「うるせェ」
何を言っても意見を変えない頑固さに私も負けじと反論しようとすると、私を離すまいと言わんばかりに腕の力を強めたサボを見て黙らずには居られなかった。
まあ、いっか。なんて軽い思考になれたのは、サボのお陰なのだろうか。本当にタイミングの悪い奴め、と苦笑いを浮かべて金色のふわふわな髪の毛に指を通すと「子供扱いすんじゃねェよ」と不貞腐れながらもぐりぐりと私の首筋に頭をすりつけるサボを見て、つい笑ってしまったのは秘密の話である。
(この後書類整理を再開しようとしたらサボに邪魔されたのは言うまでもないだろう)