彼の優しさはブレイドを含めた仲間全員に向けられる。屈託のない純粋な好意も含めて。
 その中でもホムラやヒカリは特別な存在だというのは誰が告げることなく一目瞭然であるのも承知済みだ。
 普段は特別気に掛けるものではない。それが当たり前の光景なのだから。でも、時折、無性にそのことが頭から離れないのだから困ったものだとニアは思った。
 身近の存在であるビャッコは察しているのか尋ねてはこない。何か物言いたげな視線を送ることはしばしばあるものの、どうした?と聞き返すとすぐに止めてくれた。
 そう。なかなかの年長者であるビャッコがそれなのに、だ。
「お主は相変わらずくだらぬ物思いに耽っているな。楽しいか?」
 イヤサキ村へ続く石段に腰掛けて夜空を眺めていれば、背後から届く不躾な声に振り向く。夜間でも輝きが衰えぬきらびやかな装束を纏う長身のブレイドがこちらを見下ろしていた。視線を星空へと戻す。
「アンタさぁ…もっと、こう…他に言い方ないの?」
「では、どのようにして下問すればお主は満足するというのだ」
 端から見てしまえば煽っているような発言に聞こえなくもないが、本気で尋ねてきているのだから怒ることも儘ならないしやりにくいことこの上ない。
 この男〈ブレイド〉――クビラは同調した時からこんな調子である。今更つっこむところでもないが、あのジークですら困惑してちょっかいを出すことができないのだから相当なものだ。
 ただ、クビラは王と自称するだけに多くの知識もあれば相応の"目"も持ち合わせている。目敏いのだ、手っ取り早く言えば。だから今回に限ってではなく、情けないことに前回も、前々回もこちらの気持ちなんてお構い無しに聞いてきたことがあった。
「放っておけばいいじゃん。クビラにとっちゃどうでもいいことだろ?」
「ああ。心底どうでもいい」
 吐き捨てるように返した言葉は本心からのものらしい。この男の言葉に期待はしていないながらも悉くぐさりと胸を突き刺してくる。クビラからしたら杞憂する姿がわからないのかもしれない。
 それともこれはクビラなりの気遣いの一種なんだろうか。以前、メレフが言っていたようにこんなのでも身を案じている可能性が微々たるものながらあるとすれば――
「だが、どうでもいいことで余のドライバーが時間を浪費しているのは気に入らぬ」
「えぇ……気に入らないって言われても…」
 再び相手の方へ視線だけを向けてみれば、クビラはいつものように召喚した王座に行儀悪く横座りしている。世界広しと言えど、王座でこんな座り方するのはこの男くらいなものだとニアは思った。
 宙にも浮いているし、どこから呼び出しているのはまったくもって未知である。前にレックスとの会話で誕生した"ブレイド七不思議"に加えてもいいんじゃないだろうか。それくらい謎めいている現象の一つであるのは間違いない。
 それにしても、彼にしては珍しく素直な表現で気にかけてくれるのは有り難いものはある。あるのだが、自己解決できるものならとっくにしているのも事実だ。
(アタシの心の弱さが招いてることだし…)
 こればかりは言葉にするのも躊躇いが生じてしまう。自分の脆弱な部分を人様に晒せるほど、強くも無ければ完全に向き合えてもいない。例えクビラの発言でもそのことで叱咤されれば精神的ダメージが大きいだろう。
 ビャッコには勿論、仲間にこのことで心配かけてしまうのは申し訳ない気持ちが募って殊更何も言えなくなってしまうような気がした。
 ――故に、これほど抱えてしまっているのだが。
 嗚呼、少し考えただけで悪循環に片足を突っ込みそうになってしまう。これでは前へ進むことができないと頭では理解していながら。
「ところでドライバーよ。今宵の月は僅かに欠けているが、何故かわかるか」
「へ?」
 唐突な話の切り替えに思わず間の抜けた声を上げる。言われるがまま月を見やると、ちょうど満月手前頃の月が流れる雲間に隠れながら弱々しく輝きを放っていた。
 空を見ていながら月にはまったく関心を示していなかっただけに「あ、ほんとうだ」なんてこれまた間抜けた声を出してしまう。ここら辺で「お主の目は節穴か、ならば要らぬなその目は」だとか「風情がまるでない」だとか辛辣な台詞を投げられるのではないかと若干ひやっとしていた――が、特に何が起きるわけでもなく心地のよい夜風が頬を撫でるだけだった。
 返答を待っているのだ、と気付いたところで問いに答えを導きだせるわけもなく。
「わかんない、なぁ」
 なんて在り来たりすぎる言葉が自然と口から溢れた。
 さすがに自分でも最低レベルの返しであることを自覚し、ニアは途端に羞恥に襲われてその場で頭を抱える。これで本当に勉学に励んでいたのかと問われたら、うっと喉からひきつった声が洩れること間違いなしだ。
「月が欠けてしまっているのはお主が笑っていないからだ」
 すぐ真後ろから声が聞こえる。普段よりも少しだけ、柔らかい声色のような気がして聞き入ってしまう。
「月が隠れてしまっているのは清らかさが損なわれているからだ」
 この先を聞いてしまうとそれはそれでとても恥ずかしく、いたたまれない気持ちになることを確信している。のにも関わらず、期待からニアは腰を上げて向き合うように相手を見据えた。王座は既に見当たらず、立ち尽くしている。
「お主の笑顔は月に力を与える。月は清らかさを取り戻し、隠れることを止め、満ちた姿で我々の世界を照らすのだ」
 だからドライバーよ、と続けながらクビラはニアを見下ろす。先程とは異なる、少しだけ優しい目で。
「笑うことができなくなった時は、幾度でも余が自らお主を激励して満たしてやろう」
 こんな言葉で激励なんてそんな柄でもないくせに――という台詞が出る前に頭を撫でられてしまって震えることしかできない。撫でながら、少し笑っているのが聞こえるのでもう普段の調子のようだった。
 撫でることすら今までないというのに、なんだか今日は調子が狂うようだ。おまけに撫でられ慣れていないから、余計気恥ずかしくて堪らない。
 ――先手を打たれ、ちょっとかっこいいことを真面目に言われてドキッとしてしまったアタシの気持ちを返せ!
 なんて言ったらこの時間が終わりそうな気がして、暫くは優越感を堪能させてあげることにした。


 それから、たまにクビラがニアに対して優しくなることが話題になってホムラ達含めた女子メンバーからニアは質問攻めをされまくったとかなんとか。


end

 


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