あの蟲が欲しい。何度願ったことだろう。一目見た瞬間から心奪われる程の可憐さと清さを秘めている。
 あれは貴重で、とても美しい娘。蟲でありながら蟲を慈しむことが出来る存在。
 幾度か話は交わしているものの、決して隙を見せずにひらりひらりと蝶の如く此方の意図を躱して逃げていってしまう。
 如何すればあの娘は堕ちるだろう。愛する蟲達に尋ねても灯籠の周りを懸命に羽撃くばかりで答えは出てこないのだ。
 胡蝶と名乗ったその少女はかの有名な陰陽師――安倍晴明の式神でもあるらしい。悲しいかな、どうしても妖の身であると陰陽師に対して警戒せずにはいられない。
 生憎、好きな様に生きている身故に此方の所業が暴かれた際は退治されるか良くて封印されるかだろう。
 ただ、あの娘は特殊な蜜虫で他者の夢に入り込む加えて一人で行動することも多い。付け入るのならば、それが狙い目なのではないか。
 式神は勘の鋭い者が多い。事は早急に移さなければ。誰かの物になる前に。


***


 今日は宮の方が騒がしい。宮だけじゃなくて都自体が少し賑やかなのは七夕という行事だからだって陰陽師さんが教えてくれた。
 なんでも宮の方ではお供えして詩を読んだり歌ったりもするとか。気になるけれど、あたしが行ったら蠱物が視える人から驚かれて騒ぎになっちゃうかもしれない。
 こういう時こそ、目立てば一番の人気者への近道になれるような気もするのに。ここはグッと堪えて次の機会を伺うしかない。
 小さかった金魚姫ちゃんがいれば、かぐや姫ちゃんや煙々羅のお姉さんと一緒に陰陽師さんに内緒で宮に忍び込んだりしていたかもしれない。
「せっかくの七夕なのに浮かない顔をしているじゃないか」
 大きくなった金魚姫ちゃんはいつ帰ってくるかな、なんてしんみり考えながら‎陰陽師さんの屋敷の周辺を散策していると不意に背後から声を掛けられて振り返る。玉砂利が敷き詰められてて近付けば音で気付くはずなのに、相手はちょっとした術を用いたらしい。姿は見なくても誰なのかわかっていたけれど、視界に捉えることで安堵を得た。
‎ ‎「狐さん。昼間なのに堂々と出てるなんて珍しい」
‎ 夜に出てくるって印象がとても強いのに、と付け足せば本人は「気紛れだからね」と擽ったそうに返す。そういえば最近見掛けなかったけれど、遠征にでも行っていたのかもしれない。
‎‎ 陽の下で狐さんを視認するのって、改めて不思議な感覚になってくる。京が燃えた時も、海国との戦いの時も空が暗かった印象が強かった所為なのだろうけれど。
 珍しいことに、いつも付けている面は無くて綺麗なお顔を見ることができた。憎しみを含んだような表情じゃなくて、とても優しい笑顔を浮かべてる。
 以前に比べたら、随分自然に笑うようになったと思う。
‎ 「行事って言っても、あたし達にはあまり関係がないって聞いたよ」
‎‎ ‎「そんなもの愉しんだ者の勝ちさ。とは言っても、確かに祭りと言う程の事は行わないし他の五節句に比べたら慎ましいものだろうね」
 慎ましいどころじゃない気がする――なんて主張したところで都合良く面白いことへ発展するとは限らない。宮以外の人間には殆ど関係がないと言ってもいいと思う。人間が大切にしているであろうせっかくの五節句なら、大勢でやった方が賑やかで楽しいのに。そんなことを思っても仕方ないかもしれないけれど、なんだかもったいない。
‎ ‎「嗚呼、それで不貞腐れているわけか」
‎‎ ‎「さっき浮かない顔してるって言ったのに、わざわざ言い方変えてくる狐さんは意地悪ね」
‎‎ ‎「まぁ、そう言うな。ちょっとした物をやるから大目に見てくれ」
‎‎ 言いながら狐さんが二度手を叩くと、やや間を置いて空から突如朧車さんと大妖怪の姿を真似た蛙さん達が現れて急ぎ足で狐さんの隣に駆け付けてくる。
「玉藻前様〜! お持ちしましたゲロ!」
「遅れずに来たね。それじゃあ、彼女に渡しておくれ」
 複数いる蛙さん達の一体(茨木童子さんのような姿をした)が大きめの平包を此方に差し出す。訳もわからぬまま一先ずお礼を言って受け取ると、そそくさと朧車さんと蛙さん達は空へ姿を消していってしまいその速さに呆気を取られてしまった。
「遠出へ足を運んだついでに土産として買ったものさ。よければ皆と食べるといい」
 中身は食べ物なんだ、と平包を見つめながら心の中で呟いた。
「…狐さんは食べないの?」
「晴明に挨拶をしてからいただくよ」
 また後ほど、と狐さんは陰陽師さんの屋敷へゆっくりとした足取りで向かっていく。玉砂利を踏みながら音を鳴らしていくのを認めると、先程はわざわざ気配を消して近付いてきたのかもしれない。
 中身がどのような物なのか確認したくて平包を解くと平包と同じ大きさ程度の竹の皮が姿を見せる。皮を捲ると、美味しそうな索餅が敷き詰められていた。



「これ、狐さんが皆と食べてって。よかったらどうぞ」
「……僕にも?」
 陰陽師さんの屋敷の中を周りながら索餅を他の式神たちに配り続いていると、ふと庭園の反り橋から水面を擬っと覗いている鬼童丸さんの姿が目に留まって声を掛けた。
 彼の足下で倒れている鎖に繋がれた小鬼さんたちが立ち上がり、あたしの方へ近付こうとするとぐっと鎖を引かれて後ろに大きく倒れ込んでしまった。
「あの狐にしては随分人間くさいことをするんだね。珍しいこともあるんだ」
 小鬼の存在を放置してこちらに向き直り、すっと細長い手を伸ばして索餅を一つ摘んで取る。また水面に視線を戻し、欄干に肘をつくと索餅を口に運んで咀嚼していく。倒れ込んでいた小鬼はいつの間にか立ち上がっていて、羨ましそうな目で鬼童丸さんを見上げていた。
 てっきり無視されるものと思っていたけれど、話し掛ければ多少の反応は示してくれるということが今回わかった。少し嬉しい出来事が生まれて、話す以前より足は段違いに軽い。そのままの調子で踵を返そうとすると、鬼童丸さんに止められた。
「ねぇ、君」
 止まったまま視線だけ鬼童丸さんの方へ向けると彼は此方を見ることなく、
「変なモノに憑かれかけているから気をつけた方がいいよ」
 そう言って最後の一口を平らげると「狐に礼を言っておいて」と一方的に告げて、鎖を引きながら鬼童丸さんは反り橋から中島の方へ歩いて行ってしまった。
(憑かれている、じゃなくて憑かれかけているってなんだろう)
 そんなことを思って改めて踵を返すと、すっかり重くなった足取りで一歩一歩進んでいく。
 彼は陰陽師さんとかつて同じ学舎で勉学に励んでいたって聞いたことがある。普通の妖には感じ取りにくい何かが視えていて、忠告をしてくれたんだと思う。でも、それなら陰陽師さん自身からも何か声掛けされそうなものだけれど。
 もしかしたら――なんて不安が過る。皆目見当がつかない、とは到底言い難い。
 あの人と出逢った時から妙な感覚は感じていたし、直接的ではないけれど以前から何度も――でも今回は方法が異なるのかもしれない。
 あたしは蜜虫。決して強い妖じゃない。せめて山へ近付かないように気を配らなくちゃ。誘われないように。

 蜜虫の香りに引き寄せられ、ゆらゆらと宙に舞うのは一匹の蛾だった。


***


「蟲師が目覚めない…?」
「昨夜から眠ったまま目を覚まさないらしい。調べたところ、呪いに掛かっているようだ」
 白昼、晴明に喚ばれて屋敷の寝殿へ足を運ぶと横たわる蟲師とその傍らには一目連の姿を確認できた。
 彼女は魘されているのか、いくつもの玉のような汗が一粒一粒時を置いて額から頬へ、頬から顎へ伝って滴り落ちていく。一目連が幾ら手拭いでふき取ってもまるで無駄だと言わんばかりに流れていってしまう。
 昨日は七夕で、特に目立った事は何も無かったはずだ。現に晴明がこの屋敷に滞在していたのだから間違いは無いだろう。それを掻い潜る程の強者の仕業だと言うのなら、このような中途半端な呪いなんて態々掛ける必要はない。
 面倒な呪いではあるが、決して対処し難い程のものではない。何しろ人間がこの呪いを用いることの方が圧倒的に多く、妖が使うとなるとそれこそ限られてくる。
 まるで、自ら正体を明かしているようなもの。
「蟲師の近辺調査は行ったのかい?」
「ああ。だがそれらしい結果は残念ながら無かった。別の方面から攻めようと思っている、が…」
「なんだい、晴明にしては歯切れが悪いじゃないか」
 物珍しさに顰めると晴明は一拍置いてから、
「治癒に長けている蜜虫の手を借りようとしたのだが、早朝から幾度喚んでも全く反応が無い」
 もの思わしげにそう答えた。
 晴明の言う蜜虫とは胡蝶のことを示している。あれと晴明には相応の縁がある、という意味にも繋がっているが今はそれどころではない。
 他の式神達に尋ねても昨夜から見掛けた者はおらず、俺が贈った索餅を配り歩いているのを見たきりらしい。あれは少なくとも日が沈んだ頃には行方がわからない状態であったことになる。
 さて、蟲師の件と胡蝶の行方は関係があるのかはともかく。俺が動くなら、後者を重点に置く方が都合が良いかもしれない。少なくとも荒事に発展しかねるのは後者であるし、晴明が俺に解呪を任せるようなことは態々しないだろう。
「なら、胡蝶を探して連れてくるさ」
「そう言うだろうと思っていた」
「おや、それなのに言うのを渋っていたのかい?」
「それだから、だ」
 溜め息混じりに言うなり、晴明は寝殿から中庭へ降りて去って行ってしまう。大凡呪いの媒体でも探しに行くのかもしれない。俺が此処に居ても意味は無いし、さっさと胡蝶を見つけてこようか。


***


 蟲師ちゃんは心を抉られるような、とても苦しい夢を見ている。他者に触れられたくないものが次々と襲い掛かってくるそんな夢。
 あたしが導いても、その先で新たな妨害が生まれて蟲師ちゃんは傷付いていく。そんなことを何度繰り返しているのかわからない。どれほどの時が経過しているのかも、あたし自身がわからなくなってきてしまいそう。
 暗く、濃い霧の中で唯一確認できる小川の側の道をひたすら進む。建物らしきものも無ければ、人の気配も感じられない。木々や草花などを見掛けるにもしかしたら蟲師ちゃんが暮らしている山なのかもしれない。
 頭の翅が弱々しく垂れ下がり、飛ぶ力も無くなってふらふらとした足取りで蟲師ちゃんはあたしの後ろをなんとか歩いていく。だれけどすぐに躓いて、細い体が地に伏せるとあたしを駆け寄る。
「蟲師ちゃん、無理しないで」
「ごめんなさい……胡蝶、少しだけ、休ませて…」
「うん。あたしが見ているから、蟲師ちゃんは寝てて」
 ありがとう――という言葉を最後まで紡ぐことなく蟲師ちゃんは眠りにつく。は夢の中で眠ると囚われやすくなってしまうけれど、心が疲弊している状態のまま夢の中を進んでいても同じ結果になりかねない。少しでも心が強い状態を保っているなら無理にでも夢から醒めさせることは出来るけれど、あたしが此処へ来た時には既にその方法は不可能だと判断できた。
「でも、どうして蟲師ちゃんが…」
 鬼童丸さんはあくまであたしに憑かれかけていると忠告していて、蟲師ちゃんの話は一切出していない。てっきりあたしに向けて呪いがかけられるものだと推測していたのに。それとも、わざとあたしを避けて蟲師ちゃんに……なんて根も歯もない思考が過ぎってしまう。
 ふと、視界の隅に光源が映る。見ると小川から儚い光を燈している灯籠がぽつぽつと流れてきた。
「蟲は灯りを好むと言うが、お前もそうなのか」
 灯籠が流れ去っていくのを最期まで見届けることは残念だけど出来ない。小川の向こう岸から発した声の主は、本来こんな場所にいるはずのない存在だから。
 前に現世の山で会った時は顔は面で隠しているものの、嗄れた声からおじいさんとばかり思っていた。けれど、今し方聞いた声はどう考えてもおじいさんのものとは思えないような声質。とても若くて、通るような。
 あの人が此処にいると言うことは、十中八九呪いを掛けた本人。あたしと似ているけれど、人の夢に幾度も入れるようなことは出来ない。残念なのが、全く入ることが出来ないと胸を張って言えないことでもあるけれど。
 動きはない。踏み出す様子も無く、あの人は手持ちの灯籠の周りを飛び交う蟲を掴むと此方に向けて投げ付けてきた。咄嗟に後退して避けると、面の下から「そうでなくてはな」と嬉しそうな声が上がる。
 あたしが避けたことで地面に叩きつけられた蟲は紫煙を上げて消えていった。
「どうして蟲師ちゃんを巻き込んだの? 狙いはあたしのはずなのに」
「お前は賢く、美しい。お前に的を絞り、追い詰めたところで逃げられるのが関の山。それなら無関係の者を犠牲にした方が苦しむだろうとな」
 妙案だろう、と返事を促すように語り掛けてくる。紡いだ言葉に偽りが無いのなら、蟲を再び投げ付けてくるとするならあたしではなく蟲師ちゃんを狙うのは間違いない。
 その瞬間がいつ訪れるのかと思うと胸が五月蝿くて苦しくなる。それでも今、あたしが蟲師ちゃんの為に出来ることはそれくらいだもの。仮に蟲が宿って、治癒しようと祈念の舞を踊ろうとしてもそんな暇なんて与えてくれるわけがないだろうから。
「お前が欲しい、胡蝶」
 この状況下で不自然なくらい優しい声色であの人は言う。
「ほ、しい…? あたしが…?」
「わしの心を乱すお前を飼い慣らしてみたい。こやつらもそう望んでおるよ」
 灯籠をゆらゆら揺らしながら周りを漂う蟲を面越しから愛おしそうに眺めて、
「だから死んでわしの傀儡となれ、蜜虫」
 言いながら今度は蟲を投げ付けるのではなく、蟲達が自らの意思であたしの方へ飛んでくる。ゆらゆらと不安定に羽撃いていた蟲達とは思えない程の早さで接近し、意味なんて無いのに痛みを先に想像してしまって思わず瞼をぎゅっと瞑ってしまった。


 襲い来る衝撃を待ち構えていたけど、いつまで経ってもそれは訪れず恐る恐る瞼を開く。あの人は変わらず向こう岸にいるけれど、飛んできたであろう蟲達は何処へ消えたのだろう――そう思っていると、足元から弱々しい羽撃き音が聞こえて視線を下へ向けた。
 翅に着いた火が蟲達を炙っている。炎を纏った鱗粉がひらひらと地面に落ちていくのを追うように、蟲の肢体もまた地に伏していく。
 これはなんだろう、と思考する前にふわりと目の前に現れたのはすっかり見慣れてしまった、狐さんの大きな背中だった。
 頼もしい、とは思っていても今は胸がいっぱいいっぱいで言葉にはできなかった。
「すっかり人気者じゃないか、胡蝶」
「人気者にはなりたいけど、こういうのはあんまり嬉しくない…」
「執着は嫌いなのかな? 実に贅沢な悩みだね」
 こういう時もどうやら狐さんは意地が悪いみたい。でも、普段のやり取りみたいだからこそ安心出来た。
 それにしても狐さんはどうやって蟲師ちゃんの夢の世界へ来たのだろう。そもそも、蟲師ちゃんの夢にあたしがいるのがわかってたみたいに平然としているけれど。聞きたいことは山ほどあるけれど、今はあの人をなんとかしなくちゃ。
「あれが呪いをかけた犯人とやらかな」
「うん。さっき認めてたから間違いないと思う」
「へぇ、潔いじゃないか。蠱毒師」
 あの人は狐さんの問い掛けに応えることなく、落胆したように小さく溜め息を吐く。その様はこの現状に対しての不満の表れとも取れた。
 先程までの活き活きとした態度は何処へ行ってしまったのだろう。狐さんが来たことに対して余程気に入らないのかもしれない。
「……何処ぞのお騒がせな狐の所為で興が醒めてしまったではないか」
「そうか。それならこの場は引いてくれると俺も楽が出来るし助かる」
「…腐っても大妖怪。真っ向から相手をするほどわしも愚かではないよ」
 狐火から運良く逃れた蟲達があの人の灯籠へゆらゆらと集まるのを検めると特に何か仕掛けてくる訳でもなく踵を返した。
 濃霧の中へ溶け込む寸前、あの人は足を止めてちらりと此方を見るとぼそぼそと呟いてから姿を消していった。
 距離もあったし、読唇の心得があるわけでもないし、はっきりとは断定出来ない。それでもあの人は確かに、
 ――わしは諦めたわけではないよ。胡蝶。
 そう言っていたと思う。それに狐さんが気付いていないのは考え難いけれど、あたしからは言い出せなかった。


***


「蟲師の為とは言え、何も告げずに夢へ入り込むのは感心しないな」
「ご、ごめんなさい…」
 現世へ帰還して真っ先に向かったのは陰陽師さんの屋敷。そこで陰陽師さんからのお説教を貰っているのだけど、横から狐さんが「助かったんだからいいじゃないか」とさも自分は無関係とばかりに軽口を叩く。
 狐さんの横槍に暫し頭を抱え、間を置いてから発した言葉はたったの「そうだな」と一言だけだった。
 これ以上、調子を狂わせるのはやめてくれと表情に出ていたのは見間違いなんかじゃないと思う。一先ずは陰陽師さんの思考を汲んで寝殿を後にした。
 蟲師ちゃんはあれからすぐに目が覚めて、あたしに謝りにも来てくれた。夢の中の出来事だから気にすることはないのに。
 陰陽師さんが媒介となった蟲を浄化したお陰もあって身体に変調もないみたい。念の為に暫くは安静にしているらしいけど、一目連さんもいるし大丈夫かな。
「…そういえば狐さんはどうやって夢の中へ入ってきたの? あたしのような存在ならともかく、狐さんは全然別の妖だし…」
 寝殿から離れて庭院へ足を踏み入れ、ふと気に掛かったことが言葉として出てきた。
 あの時は尋ねる雰囲気では無かったし、夢から出た後少しだけ騒がしかったのもあって機会を逃してしまっていたけれど。
 やや遅れてあたしの斜め後ろを歩いていた狐さんはああ、そのことかなんて気の抜けた声を上げる。
「君の友人である夢喰いの力を借りただけさ」
「それって黒夜山にいる…?」
「そう。居場所がわからないから蛙達に探してもらったけどね」
 なんてことない、みたいに笑いながら言う。狐さんが思っている以上に蛙さん達はさぞ苦労したんだろうなって思う。
 あの山は深く、険しく、更に大きい。朧車さんが一緒だったとしてもあの中を探索するのは決して楽なものじゃない。後で蛙さん達に何かお礼をしてあげなくちゃ。狐さんが見てると色々大変そうだからいないところで。

「狐さん、ありがとう。助けに来てくれて」
 反り橋を渡って中島へ着いた頃に今更礼を述べるのは我ながら変なのかもしれないとも思った。
「礼を言われるようなことじゃないさ」
 表情こそ穏やかだけれど狐さんはぴしゃりと言い放つ。
「胡蝶は俺の夢へ無断に入り込み、無駄にお節介焼いてきてるのだから最後まで責任取ってもらわないと困るからね」
 相変わらず意地悪な言い方をする人だななんて思っても、それが嫌じゃなかったりする。あたしも随分慣れたんだなって思うと、少し嬉しくなってしまってこのことは狐さんには内緒にしておこう。


end

 


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