後悔先に立たず


 あれはもう1年ほど前のことになるのか。
 ひっそりと骨董品屋を営む実家に、ナイトレイブンカレッジのサムという人物から注文が入った。

 その品というのは、小さいながらもとても貴重な品らしい。
 他からも声が掛かっていたらしいけれど「いつも贔屓にしてくれているし、彼は若いながらも良い審美眼をしているんだ」「骨董品について語り合いたい」と父が自ら持って向かう予定だったのだが、年甲斐もなくウキウキした結果なのか、前の晩、屈んだ拍子にギックリ腰を患った。
 
 悪い予感というのは当たるもので、案の定「お前暇だろ」と私が代わりに納品に向かわされることになったのだった。

 ……因みに悪夢はここから始まる。


「こちら注文の品になります〜」
「ハーイ!初めまして。ずっと君に会いたかったよ、やっぱり画像で見るよりも素敵だねぇ。惚れ惚れするよ。」
「…………」
「……あぁ!君もどうぞそこに掛けて」

 ミコトは現在、かの有名な名門魔法士養成学校であるナイトレイブンカレッジの購買部にいた。約束の品を夢中で愛でているこのサムという人物。中身もさることながら、なかなか見た目の方もぶっ飛んでいるなぁと不思議と感心してしまう。

 というのも、まずは首筋や腕からチラリと見える骨のペイント。継ぎ接ぎのシルクハットにもドクロがちょこんと乗っている。
 そして帽子やドレッドヘアー、ジャケットと統一された黒と紫の主張も相まって余計に怪しい人っぽく見えるのだ。ポケットからはみ出している骨も何に使うのか非常に気になっていた。

 この学園内に足を踏み入れてここまで来る間にすれ違った白と黒のコートを着たド派手な服の人や、真っ黒で変な仮面をつけたカラスみたいな人を思い出して、納得するものはあったのだけど、やはりここの職員は今のところ全員インパクトのある格好をしている。
 まさか、ここで働くのにあたってファッションの奇抜さまでもが求められるのだろうか。被服の専門とかじゃなかったよね……?
 そんなことを考えているうちに、店内の時計がポーンポーンと音を立てており、ふとミコトが時計を見やると、丁度15時を回ったところだった。

「お代の代わりの品は先に送って頂いてるそうなので、これで失礼しますね」
「遠いところをわざわざ来てくれたのに、こんなにアッサリと返してしまうなんて礼に欠けるというもの!」
「いや、むしろ返してもらえた方がありがたいといいますか」
「ハッハー!遠慮なんてするものじゃあないぜ、小鬼ちゃん?ここらじゃ少し珍しい紅茶をご馳走しよう。さぁさ君はどうぞ、こちらへ」
「言葉のままに受け取ってもらって大丈夫なんですけど…!!」

 陽気な足取りでポットとカップの用意を始めるサムに、半ば諦めの境地で「実はこのあと用事が」と切り出すミコトであったが、案の定「父上からは娘が我が家の他の品を紹介すると伺っているから楽しみだよ」と笑顔で一蹴され、そのまま席に促される。

「さぁ、お好みでシュガーもどうぞ」
「ありがとうございます……」

 まぁ紅茶は好きだし、きっとこれも良い品なのだろうからここは有り難く頂こう。そして適当に商品をアピールしてさっさと帰る。これだ。
 うんうんと、自身の完璧なプランに納得したミコトは、サムがテーブルの上に積んである怪しげな小物や本などを乱雑にザザッと腕で退ける様子を見守っていた。
 そこにできた僅かなスペースにカップを置いて「さぁどうぞ」と、勧めてくるが、この散らかり具合、よくここで客人にお茶を振る舞おうと思ったなというレベルである。

 しかし今はそれにも目を瞑ろう、だって一刻も早く帰りたいし。
 そう心を落ち着かせ、目の前のお洒落なシュガーポットからティースプーン山盛り三杯。なんといっても甘いものを摂取することがミコトにとって人生で最大の楽しみなのであった。
 疲れた心と体にはとびきり甘い紅茶を染み渡らせてあげることが一番。紅茶からふわりとあがってくる匂いは少し独特な感じがしたが、これが彼の言う珍しい紅茶なのであろう。楽しみだな、と一口口に含んだその刹那。

「ブフォッッ!!!!」
「OH!口に合わなかったのかな」
「っっしょっっぱ!!!!!!」

 予想だにしていなかった塩のドギツイ辛さ。脳天直下の衝撃が襲う。ほんのり紅茶の香りのするしょっぱいだけのお湯が口の中にいつまでも居座っているようで、ミコトの頭の中は大パニックだった。
 なんだこれ、めっちゃ塩!!なんでシュガーポットに塩入れてるのこのガイコツ男……!!!!

「おえっ、気持ち悪、おえっ」

 咄嗟に手元にあったピンク色のジュース瓶を掴み、ごくりごくりと一気に飲み干す。そんな彼女の視界の端で、それまで憎らしいくらい楽しげに笑っていたサムが少し慌てたようにこちらへ来るのが見えていた。
 え、これもしかしてヤバイお薬だったとか?でもイチゴみたいな味がして美味しかったんだけど……。

「Hmm……小鬼ちゃん名前は?」
「なんで今そんなこと」
「What's、your、name?」
「マ、マイネームイズ、ミコト」

 その瞬間、パッと辺りが一面暗闇に包まれた。強いていうならば少し長めの瞬きをしたような、そして全ての感覚がほんの僅か途切れたようなそんな感覚。
 たったそれだけだったのだけれど、次にミコトが目を開けた時には見える世界が全てがガラリと変わっていた。具体的に言うならば、周りのものがどれも高い、大きい。地面が近い。

「(なにこれーー?!)」
「ああ〜、やっぱりアレを飲んじゃったんだねぇ小鬼ちゃん」
「(アレって?ていうか今私どうなってるの?!)」
「それはまぁ、見てもらった方が早いかな」

 急に巨大化したように見えるサムが、ぐわんと近付き上からミコトを抱き抱えた。
 自分の手足を見て何となく予想がつきつつあったミコトだが、まさかそんな訳がないだろう、何かの間違いだろうと早鐘を鳴らす心臓が少しでも落ち着くようにと深呼吸をする。

「ーーなんと、今の君はcuteなネコさ!」
「(そんな訳あった……!!)」
「因みに、気付いてないと思うけど言葉もニャーとしか聞こえていないよ」

 俺は動物言語も得意だから理解出来るけど、とウインクをしてくるサムにイラッとしつつも、それよりもまず気になるのはやはり自身の姿であった。

 鏡に映る見たこともない白ネコ。客観的に見たら可愛いのだが、これが今の自分だと思ったら泣けてくる。一生ネコの姿で生活しろと…?!そんなのあんまりじゃないか。
 立て続けに明らかになる衝撃の事実に一体これからどうしたらいいのだろうと頭が真っ白になっていたミコトだったが、ふとひとつの希望を思いついた。

「(あ、でもこういう場合って解呪薬的なものも一緒にあるものでは?!)」
「HAHAHA!」
「(ないの……!!)」
「勝手に商品を飲むなんて君ってば随分とヤンチャなんだねぇ」
「(商品をあんな乱雑に散らばせて置く方も悪くないですか?!)」

 ていうかそもそもシュガーポットに塩入れてたのが原因なんだから責任取ってください!と、半泣きになりながらサムの胸をペシペシと小さな手で叩くも、朝食に使ったやつをしまってなかったと笑い出す始末であった。
 この人が片付けが苦手で日用品など拘りなんてない、ものすごく大雑把な人なのだということは把握したけれど、それにしてもだ。

「(……私もう人間に戻れないんですか)」
「すぐにでも戻れるさ」
「(はい?!今なんて?!)」
「複雑な魔法の呪文なんていらない、と〜っても簡単でお手軽な方法。なんと、君の名前を呼ぶだ・け」
「(だっ、だから咄嗟に名前を聞いたんですね!!あーもう心配したじゃないですか、早く名前呼んでください!)」

「でも、寝たら……というか意識が落ちた瞬間にまたネコに戻るよ」
「(解呪薬が手に入るまでずっとここに居座りますからね?!)」

 それから、あれよあれよという間に全ての手続きが済んで以降はここ「Mr.Sのミステリーショップ」なんていう所謂購買部の裏方をしながら解呪の方法を探していたのであった。
 ミコト自身、実家の骨董品店の手伝いをすることも多かったこともあり、ここでの生活は苦ではなかったのだけれど……。

 最初のうちは申し訳ない気持ちもあったのか方法を調べてくれていたサムも、最近は飽きたのかなんなのか、進度を聞いても「なかなか難しいんだよねぇ〜」とヘラヘラしているので本気で一度絞める必要がありそうだ。と秘密裏に計画を立てているところである。

「ミコト、明日は朝一番にデイヴィスのところに毒草と薬草をヨロシク」
「はーい。何束くらいですか?」
「各10束だったかなぁ」
「了解です、準備してから寝ますね〜」

 学生たちには正体を隠しているので、きっと彼らの認識ではよく学園内をうろついているサムさんの使いネコという感じなのだろう。
 ーーというのも単純にミコト自身が目立ちたくないのと、学園長から職員寮に部屋をくれるかわりに、学園内で起こったイザコザなどを見つけ次第密告するようにと言われている為、正体はバレないようにしなければならないのだ。
 つまり、呪いが解けるまでの間、基本的に朝からミステリーショップが閉店するまでの間はネコの姿、寮に戻ってから翌日の仕事までは人間の姿で過ごすことになっているのだが。ふとミコトの頭に疑念が湧く。

「もしかしてサムさん、私のこと都合よく一生手伝わせるつもりじゃ……?」
「HAHAHA!そうしてくれるなら嬉しいねぇ、どうだい?子猫ちゃん」
「いやどうだいじゃないわ、絶対に呪いが解けたら普通の生活に戻させてもらいますからね」

 因みに、事情を話すと「サムさんイケメンだし良かったじゃないか!頑張れよ!」とのたまって私を快く送り出した両親。心配なんてしてないと思うけど、一応お伝えします、娘は元気にやっています。

END
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