開店準備をします
ある春の日、ミコトは新入生たちが緊張気味に声を交わしながら友達作りに勤しむ姿をのんびり眺めていた。
(いやぁ、今年の新入生たちも初々しくて可愛いなぁ)
さて、彼女が今どこへいるかというと、メインストリート、グレート・セブン像横の木の上。日当たりもよく、人通りも多いので暇な時はこの木の上で生徒ウォッチングを楽しんでいた。
一年が経つのって本当にあっという間だなぁ。去年もなかなか個性的な子たちがいたけれど、今年はどうだろう。
新入生たちの楽しそうな声をBGMにうとうとし始めてきたところに、突如として大きな声が聞こえてきた。不穏な空気を感じとり辺りを見回した先に、黒猫のような狸のようなモンスターが一匹と黒髪の小柄な男の子。そしてオレンジ色の髪の子が絡んでいるのを見つける。
「やー、入学式では笑い堪えるの必死だったわ」
「なぬ!?しっ、失礼なヤツなんだゾ!」
あれって、多分昨日サムさんが言ってた魔法が使えない新入生とモンスターの子だ。昨日からオンボロ寮に住んでるんだっけ?
さっそく絡まれちゃってるけど、大丈夫かなぁ。とハラハラしつつ上から見下ろす。
心配したところで自分に出来ることなんて見守るくらいしかないのだけれど、もうそろそろ仕事の時間だしなぁ。
「んじゃ、オレは君たちと違って授業あるんで!せいぜい掃除頑張ってね、おふたりさん」
「コイツ〜〜!言わせておけば!もう怒ったゾ!」
……野次馬根性的な意味でも彼らの顛末を見届けたい気持ちはあったミコトだったが、遠くに学園長の姿らしきものを見つけたことでまぁそんなに酷いことにはならないだろう。とトッ、と木から飛び降りた。
あとは頼んだ、学園長!とそのまま小走りで購買部へ向かう。決して面倒だったわけではない。決して。
「Hey!迷える子猫ちゃん、外の世界は楽しかったかな?」
静かな店内にカタン、と音が響く。ミコトが通れるようにとサムが作ったネコ用のドアだ。
まだ開店前の静かな店内でのんびりと水晶を磨いていたサムは、ちらりとミコトに目を向けると鼻歌の続きを歌い始めた。なんの歌かは分からないが、たまに弾いているピアノの旋律に似ているから、きっと彼の好きな曲なのだろう。
日中に流しているあの陽気なBGMとは異なるしっとりとした歌の中、サムの足元に歩み寄った。
「(さっそく例の新入生見ましたよ)」
「おや、それは俺も気になるところだねぇ。」
「(トラブル起こしそうな雰囲気だったんですけど、学園長も気付きそうだったので逃げてきちゃいました)」
「HAHAHA!それは賢明な判断だ。……さて、それでは今日も朝のブラッシングといこうじゃないか」
「(だから、それはやらなくて良いですってば!)」
ニコニコと人好きのする笑みを浮かべて、芝居がかったように両手を広げてきたサムをするりと擦り抜けて慌てたように奥の休憩室へと逃げこむ。
ふわふわとした柔らかい触り心地の良さは、ミコト本人は分からないのだろうけれどなかなかのセラピー効果があると有名なのである。しかし、元々が人間、そして妙齢の女性ということを考えたらセクハラもいいところなのだが。
そんなこともあり、近頃私は女だと認識されているのか?という疑問を胸に、日々頭を抱えているミコトなのであった。
さて、ところ変わってこの休憩室。……もとい、ミコトが呪いを受けたある意味事故現場でもある場所は一面ボルドーの壁に、相変わらずごちゃごちゃと物が乗ったどっしりとした大きなテーブルと当時から全く変わっていない。
休憩室とは心休める場所であるべきと、落ち着いた色の壁紙はどうかと何度も提案しているが「オーケーオーケー」とにこやかに笑うサムにスルーされ続けている。
その中で唯一のお気に入りがあるとすれば、サムがいつも座ってるこの椅子。大きくてフカフカ、背もたれも自由自在に調節可能で一度座れば包まれるような安心感を得られるというまさに万能仕様。
ミコトも勝手に座っているが、ベッド以外でこんなに寛げるものはなかなかないんじゃなかろうかと大満足な様子であった。
そしてこの部屋を更に異様な雰囲気にさせているものは、何と言っても隅に乱雑に積んであるミイラの入った棺桶や、壁に沢山掛かった怪しげな飾り。変な顔をした何かのお面などなど。
ミコトも、始めこそ気味悪がっていたものの今ではもう慣れたもので何なら名前もつけて愛着も湧き出してしまっている辺り、案外しっかり馴染んでいるのだが本人は全くの無自覚なのであった。
(そういえば、今日は外に出るお仕事はないんだったっけ)
そろそろ人間の姿に戻って、納品された品物のチェックが終わったらのんびり読書しよう!とあとから入ってきたサムに無用心に近づいてしまったが後の祭り。
ーー無用心にも足もとから彼を見上げる形で、「(名前呼んでください)」とひと鳴きすると、そのままスッと抱き上げられてにんまりと悪どい笑顔がミコトを捕らえた。
「お戻りがご希望かい?でもざ〜んねん」
チラリとブラシを覗かせたサムに咄嗟に抗議の声をあげる。はたから見たら、ふぎゃー!と怒っているただの白ネコに見えるのだが、当の本人は大真面目である。
今日はそんな気分じゃないんです!と手を擦り抜けてその場を逃げ去ろうと駆け出すも、あっさりと再び捕まえられてそのまま膝の上に乗せられてしまった。
悔しく思う気持ちはあれど、何度逃げ出したところでまたすぐに捕らえられてしまうのだろう。こうなったらもう満足するまでブラッシングに付き合う他ないのだと自らに言い聞かせて、腹いせに猫パンチを繰り出したのち渋々丸くなった。
(まぁ、別にこうしてされるのは気持ちがいいし構わないんだけど)
なんなんだろうこの敗北感。一方のサムさんは私の艶々な毛並みにご満悦な様子でニコニコしていて、それもなんか腹立たしい。
「今日もCOOLな毛並みだ!さて、ではそろそろ子猫ちゃんのお願いを聞いてあげようじゃないか」
「ミコト」と名前を呼ばれたその途端、パッと意識が途切れ、次の瞬間には先程までとは見える世界がガラリと変わる。この感覚は何度やっても一生慣れることはないのだろう。
「もう!いつも早く名前呼んでって言ってるじゃないですか!」
「そんなに怒ってると本当に小鬼ちゃんになっちゃうかもよ〜?ハッハー!」
「煽ってるつもりがないのがまた憎らしい……!」
「おやおや、掴みかかるなんて悪い子だ。」
「またそうやって高笑いするー!」
「……邪魔するぞ」
全開のドアをノックして呆れたようにこちらを見ている白黒のモフモフコート。言わずもがな、学園一の美男子(私調べ)のデイヴィス・イケメン・クルーウェルさんであった。
あれ、でもこれから授業だったよね?と思わず胸ぐらを掴んでいた手が緩むと、それを好機とみたサムさんに今度は私が羽交い締めにされる。
「ぐぐぐ…!!」
「Heyデイヴィス!何か用かな?」
「ああ、授業で使う毒草が一種類抜けていてな」
「OK!今出してくるよ、ミコトがね」
「いや自分で行ってください!」
「今日もお前たちは騒々しいな……」
二人の言い合いを大きなため息を吐いて見守るクルーウェルであったが、しばらくのちに「ビークワイエット!」と怒号をあげて、半泣きのミコトが慌てて毒草を持ってくるという一幕もありつつ、雑談などを交えていればいつの間にか開店時間が迫っていた。
「助かった。では、またな」
「あ、クルーウェルさんのクラスの生徒!さっきグレートセブン像の前で盛大に揉めてましたよ〜!」
「学園長から報告は受けている。全く、躾が必要な駄犬が多そうだな」
「今年の小鬼ちゃんは早々に面白いことをしてくれるねぇ!」
「サムさんは面白がらないでください!」
肩を竦めて出て行くクルーウェルを追って店の外まで見送りをするミコト。店内で別れを告げて仕事の支度に取り掛かるサムと、それもまぁいつものことである。
「またいつでも来てくださいね。ご要望とあればお届けに参りますので!」
「ああ、いつも助かっている。拾い食いはすんじゃないぞ、ミコト」
「しませんってば!」
「仔犬はすぐに道端のモノを口にするからな、ああ、お前は仔猫だったか」
ふふっと悪い顔をして笑うクルーウェルが、手に持った指示棒の先をミコトの額にコツンと当てる。これがサム相手だったのならば怒り心頭なのであろうが……。
……正直に言おう。なにせこの男はとてつもなく顔がいい。
(朝からありがとうございます……!!)
「ではな」
なんという、破壊力。
颯爽と去っていくその後ろ姿を見送り、イケメンパワーでほくほくしている気持ちのまま店内へと戻ると、横から覗き込んできたサムにより頬っぺたを抓られる。
「いひゃい」
「随分とご機嫌な顔だねぇ」
それだけ言うと、パッと手を離してまた店の奥に向かうサム。やられたらやり返すの精神で、手近なところにあったボールを投げつけるというささやかな抵抗をするも、逆にキャッチされてお返しに帰ってきた豪速球に見事に撃沈した。
「じゃ、そろそろBGM流しますね〜」
「ヨロシク子猫ちゃん。さぁ今日もMr.SのミステリーショップのOpenといこうか」
「はいはい」
お父さんお母さん。今日もまた解呪の方法は分かりそうにありませんが、今度この学園での最優秀美男子賞受賞者(審査員私)の、デイヴィス・とってもイケメン・クルーウェルさんの写真を送りますので、どうぞ目の保養にしてください。
END
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