上手にできるよお留守番
「じゃあお留守番ヨロシク〜」
「はーい、お気をつけて」
時刻は夕方を過ぎた頃。
学園長に呼ばれたとふらりと店を出ていったサムを見送ったミコトは、【一時間ほど留守にします】と書かれた張り紙を外を警戒しつつペタリとドアに貼り付けていた。
外に生徒の姿なし!完璧!と、満足気にほくそ笑むと、続いてごちゃっとした店内の掃除に取り掛かろうと手慣れた手つきでマスクとハタキを装備する。
手を伸ばした本棚には、相変わらず色とりどりの本の背表紙が並んでいた。
「ゴブリンでも解る魔法薬学」「魔法士の歴史」「毒薬精製術」など魔法の使えない一般人にはワクワクするようなタイトルばかりだ。
始めこそ、魔法の才能がない自分が知ったところで意味がないと然程興味を持っていなかったミコトだが、クルーウェルから「呑気に油を売っているようだな、言い値で買ってやろう」と繁忙期に授業準備を手伝わされたことがキッカケとなり、魔法士の世界に興味が湧いてくるようになっていた。
因みに、報酬としてどこのブランドなのかは分からないがお高いのであろうダルメシアン柄のワンピースを貰っていた。着て行くところもないのでタンスの肥やしになっているのだが……。
才能がないことはもうどうしようも出来ないが、知識として学ぶのは楽しいし、何よりどんどん姿や色を変える魔法は見ていて気持ちが良いのだ。
しかし、あの準備期間中は膨大な書類のチェックや素材の発注など思い出したくない程に大変だった……。まぁ特に何が大変かと言われれば、それはもう決まって彼の額に青筋が浮かんでいる時の、この表情は話しかけてもまぁ何とかなる、この顔は存在を察知されるのも生死に関わるレベルでダメ。のどちらなのかを判断するのがだ。
あの時のクルーウェルさんは死ぬほど怖かったなぁ、と思い出に浸りながらパタパタとハタキをかけていると、ふと本の上にキャンディーがひとつ置いてあるのに気がついた。
「誰か置いたまま忘れたんだな、全くも〜」
事実、生徒の中には手に取ったものを適当な場所に戻したり、置き忘れをしたりする子も少なくないので閉店後のこの整頓が地味に面倒なのである。特に今日はお店の利用者多かったしなぁ……。
「あ、机の下にマスコットも落ちてるし!汚れてなッーーーー!!!!」
ガツッ!!と固い何かに脛を強打して涙が滲む。マスコットしか視界に入ってなかったけど、足元にまさかこんな堅いものが置いてあるなんて。
しゃがみ込んで痛みに呻いていたミコトが原因を探ろうと目をやると、そこには鳥籠らしきものがあり、ぶつかった衝撃でなのかパカリと口が開いていた。
まさか何か入ってたりした……?とスッと背筋が冷えるのを感じたミコトの耳元を掠めた、羽ばたくような音。
恐る恐る羽音を追って見上げた先には、なんと金色に鈍く光るコウモリのような小さな生き物が三匹、それぞれキューキューと甲高い鳴き声をあげながら縦横無尽に店内を自由に飛び交っていた。
「うわっ何これ!?」
こんな色のコウモリは見たことがないし、色的にも絶対珍しくて高価なものに違いない。もし外に逃げたら私が弁償することになるのか、それは一体どれくらいなのか、払えなかった時はどうなってしまうのか。脳裏にちらつくのは怖いお兄さんに売られる自分の姿だった。
「ぜ、絶対嫌だ、捕まえなきゃ……!」
そんな悲しい未来は阻止しなければ!
コウモリを捕まえるに適した道具は何かないかと慌てて探すミコトだったが、ハッと思い出すと奥の部屋に置いてあった愛用の虫取り網を手にして戻ってきた。
よし、まずは一番近くのコウモリから冷静に捕獲していこう。
目の前のロープで羽を休めている個体に狙いを定めて神経を集中させる。いつも近くの山で商品用の虫を取って回っているのだ、止まってるコウモリなんて捕まえたも同然!と、はやる心臓を落ち着かせ、網を構えてジリジリと忍び寄る。
まさか店内で相棒を振り回す日が来るとは思わなかったけれども仕方ない、これは最早悲しい事故なのだ。そもそも足元に突然こんな大切そうなものを黙って置いてたサムさんにだって少しは責任があるはず。いや、あって欲しい。
お願いだからあまり怒らないでね……!!
「てやーー!」
バサッ
「やったー!一匹確保!!」
威勢の良い掛け声とともに振り下ろされた網の中にはキーキーと暴れ回るコウモリがしっかりと収まっていた。ホッとした表情で鷲掴んで元の籠に戻すミコトは、意外とすんなり捕獲出来たことに安堵し、意気揚々と次のターゲットを探す。いいぞこの調子だ、私は出来る子、虫取りの申し子!
この感じならそう時間も掛からず残り二匹も捕まえられそうだな。と、考えながらふと天井に目をやると、なんということか。一番高い位置にある梁にぶら下がっている個体を見つけてしまい、くらりと目眩がした。
思ったそばからこれだよ……!
「うーん、何か投げたらびっくりして違うとこ行ってくれるかな」
何かないかと視線を彷徨わせ、目についたのは先程床に落ちていた可愛いネコのマスコット。そういえばこれを拾おうとしたのかそもそもの原因だったか……。責任の一旦は君にもあるんだよ、すまないが分かってくれ。
こうなったら、この少し汚れているけど可愛らしいゆる可愛いネコちゃんは私が買い取る覚悟だ。金のコウモリよりは安いはず!
そんな思いで、桃色ネコのマスコットを握りしめ天井に狙いを定める。
「ゲットだぜー!」
梁を目指して真っ直ぐに飛んだマスコットは、スコーーンとコウモリのすぐ脇に激突する。驚いて円を描くようにバサバサと宙を舞った瞬間を逃すまいと、ミコトは気合の入った声と共に網を振り下ろした。
見事、二匹目も捕獲成功である。
「あと一匹で全てがおわ……うわーーー!!」
ホッと一息つく間も無く、捕まえたコウモリを籠に戻しながら部屋を見上げたミコトの視界に飛び込んできたのは、僅かに開いた小窓だった。
そして、そばには今にも飛び出しそうな最後のコウモリの姿。
必死の形相で網を持って駆け寄るも時すでに遅く、願い虚しくするりと隙間を抜けて外に出て行った。
一瞬のうちにスッと血の気が引いて視界が暗転しかけたが、なんとか踏みとどまって混乱する脳みそをフル回転させる。
ーー捕まえるには外に出るしかない。でも、人間の姿で外を歩き回ったら生徒に見られてしまうかもしれないし、だらからといって探しに行かない訳にも……。
ええい、ままよ!とドアノブを掴もうとした時、ふと脇にある商品の真っ黒なローブが目についた。
「これだ」
サムさんごめんこれ借ります!とハンガーを投げ捨てる勢いでローブを掴むと、羽織るのもそこそこに外へ飛び出す。
こうすれば私も普通に人間の姿で外に出られるんだ!と閃いたことに感動しつつ、コウモリらしい金の淡い光が遠方に浮かぶのを発見し、追いかけた。
……が、少し行ったところでようやく冷静になったミコトは、右手でフードを、左手で裾を持ち上げひょこひょこと走る何とも珍妙な格好になっていることを自覚していた。
これ絶対メンズのLサイズだ!!
「……もうコウモリも見えないし、どうしよう」
手が緩むとすぐに顔一面に覆い被さってくる大きなフードが煩わしく、ズルズルと引きずったり踏んで転びかけたお陰で砂埃のついた裾がちらりと視界に入り更に意気消沈する。
半ば絶望しながらも諦める訳にもいかずヨタヨタと走り回っているうちに、辺りはうっすらと影を落としていた。
いつもは猫の姿で歩き回ってるけど、人間の姿となると景色が違って見えるからまた難しい。
せめてなにか手掛かりでもあれば……。
「おい、そこの仔犬」
「ーーーー!!」
「見ない格好だな、どこの寮だ?」
背後から、よく通る声で呼び止められる。
ザクザクと大股でこちらへ近付いてくる足音がやけに大きく聞こえ、彼にとって不都合なことをした訳でもないのに条件反射というものなのか、ドキリと心臓が跳ねる。
「返事も出来ないとは随分躾がなっていな……」
肩を掴まれ、恐る恐る振り返った先にはいつもと変わらず神々しい美貌の神、もといクルーウェルさんが怪訝な顔でこちらを見下ろしていた。
「お前、ミコトか?」
「こ、こんばんは……」
一方のクルーウェルは、身の丈に合っていないズルズルの黒いローブを着た何かが夕闇の中雑木林をうろうろと徘徊しているのを見つけ、万が一こちらに害をなす亡霊の類であった場合はいつでも反応出来る様にと臨戦態勢をとっていたのだったが、そんなことをミコトは知る由もなく。
大きなため息が辺りに響き渡る。
眉間を押さえて何やら考えている様子のクルーウェルを、オロオロと心配そうに覗き込んでいると、ややあって「……一体何を、やらかした」と呆れたような声が降ってきた。
「〜〜と、いうことなんです。」
「金のコウモリ……あぁ、あいつらが騒いでいたやつか」
「えっ、心当たりがあるんですか?!」
「少し前に、俺のクラスの仔犬共が珍しいものを捕まえたから高く売れるだろうと購買部に向かって行ったのを見かけたんだが、多分それだろう」
「購買部に……!!」
「ふむ、困っている友人を助けない訳にもいかないか。この俺様が手伝ってやってもいいぞ」
予想外の言葉を受けて目を見開くミコトが余程愉快なだったのか、当の本人は面白そうに口元を歪めていた。
しかし実際のところ、意外な優しさということより、どんな法外な対価を要求されるのかが怖いという意味での驚きの方が大きかっただなんて言える訳もない。
「ええっと、私は何を差し出せば……」
「そうだな。今度人体を使った」
「お断りします!!!」
「ふん、では次回の試験準備はどうだ」
「試験準備なら喜んで!」
さて、交渉成立したところで購買部へと戻ろうとしたが、いつの間にか結構遠くまで来てしまっていたらしい。
正直なところ、もうこのオーバーサイズにも程があるローブを着て距離を歩きたくない。
そんなミコトの気持ちを汲んでかは定かではないが、クルーウェルは手持ちのピルケースから錠剤を一粒取り出した。
「これでも飲んでおけ」
「薬持っててくれたんですか!」
「いざという事もあるからな」
「流石クルーウェルさん、美の巨匠は思考も洗練されている……。」
「よく喋るこの口は、縫い付けてしまった方が良いか?」
「滅相もないです!」
小粒の錠剤を噛み砕くと、ミコトの姿はみるみるうちに小さくなり、その場には白いネコが一匹残されていた。
いわゆる変身薬なのであるが、意識が落ちた時にネコに変身するという性質をもとにサムとクルーウェルで考案したミコト専用の薬なのであった。
「(ありがとうございます、助かりました〜!)」
では早速購買部へ、と元来た道を戻ろうとした時、ミコトの身体は突如として地面を離れ、気付けばクルーウェルの目と鼻の先へと移動していた。
眼前の美の人間国宝。そんなの人間誰しも固まってしまうのではないだろうか。ミコトも例に漏れず、その端正な顔立ちから目を離さずにいた。
「(美の拷問……)」
「言葉を選べといつも言っているだろう」
「(えっ、なんで私抱っこされてるんですか)」
「このクルーウェル様に抱かれて不満でもあるのか?」
「(いやむしろご褒美です)」
「上出来だ」
クルーウェルさん、本当に動物好きだよなぁ。今度地元にある猫カフェとか犬カフェに連れて行ってあげよう。絶対内心では喜んでくれるはず。
温かなファーに包まれてしばらく行くと、見慣れた購買部へと辿り着く。ドアの貼り紙は既になく、窓からは何やら賑やかな生徒たちの声が漏れていた。
「(……サムさん、帰ってきちゃったのかぁ)」
「入るぞ」
「(はぁい)」
ドアを開けるクルーウェルさんの腕の中から、そっと顔を出して中を見ると、そこには良くつるんでいるのを見かける例の3人組プラス一匹がわいわいとサムさんを囲んでいた。
確か、クルーウェルさんのクラスの生徒さんで名前はユウ君、エース君、デュース君。そしてグリム君だったはず。
「おっ、クルーウェル先生じゃん、どーしたのこんな所に」
「用事があってな、お前達こそ何を騒いでいるんだ」
「俺達は珍しい金のコウモリを捕まえたから、売った金で美味いものでも買おうかと思ってたんです。でもこれサムさんの商品だったみたいで」
「いやぁ、何故か一匹だけ逃げ出しちゃったみたいで助かったよ」
HAHAHA!というサムさんの笑い声が突き刺さる。チラリと隠れ見ると、やはりその笑顔は自分に向かっていた。こわい。
センキュー!とお礼にと子ども達にマフィンを手渡し終えたサムは、友人の腕の中で先程からずっと怖々とした様子でこちらを伺っているミコトに向かって手を伸ばそうとした。すると、「あっ」と何かに気付いたようなユウがクルーウェルに目を向ける。
「先生の抱っこしてるネコちゃん、可愛いですね〜」
「そうだろ?最近可愛がっていてな」
「先生犬以外も好きなんスね」
「名前はなんて言うんだゾ?」
グリムの問いに、クルーウェルの口がふと止まる。これまでネコの姿の時に名前を呼ぶことはなかった為、今更そのような事を聞かれて珍しく咄嗟に言葉が出てこなかったのだ。
さて、どうしたものか。と、思案していると、スイっと隣から出てきた腕がミコトを掬い取っていった。
「この子、俺の子なのさ。名前はミーちゃん。もし外であったら仲良くしてあげてよ」
「(ぎゃー!サムさん!!!!)」
「HAHAHA、大好きなクルーウェル先生に遊んで貰って良かったねぇ。お外は楽しかったかな?」
「へぇ〜、サムさんネコ飼ってたんスね!宜しくなミーちゃん!」
にっこりと満面の笑みで顔を覗き込んできたデュース君が、今度は顎の下をこしょこしょと撫でてくる。ああ純粋な笑顔が眩しい…!そして可愛い!
そんなミコトの濁った思考など知る由もなく、三人組は入れ替わり立ち替わり思う存分に撫で回してようやく購買部を後にしたのだった。
「さぁて、経緯を教えてもらおうか」
「(そ、掃除の途中で鳥籠にぶつかっちゃって…)」
申し訳なさそうにしゅんと項垂れる姿を見て、サムは「ミコト」と名前を口にする。瞬きの間に人間の姿に戻ったミコトは、更に気まずそうに視線を泳がせていた。
「まず、怪我はない?」
「脛の青タンくらいです」
「オーケー、あとで薬をあげるよ。それで、逃げたコウモリのことだけど……」
可笑しそうに笑うサムの話はこうだ。
まず、これはただのコウモリで、魔法で光るようにしてみたらしい。最近のマジカメ映えというものを意識して試作的に三匹色を変えて置いてあっただけ。つまり逃げたところで何の損失もないと。
ーーそして。
「このネコのマスコット5000マドルもするんですか?!?!」
「身代わりの効果がついてるからネ〜」
「ええええええ!!!買い取り?買い取りになります??」
「勿論さ」
「ですよね……ですよねぇ……」
投げたあとに、三匹目を発見した騒ぎの中で知らず知らずのうちに踏んづけていたらしく、最初に見つけた時よりも汚れてしまっていた。こうなってしまったのだから買い取りは勿論だけれども、まさか500マドルくらいだろうと思っていたものが一番高額だったなんて……。
「はぁ、とんだ一日だったなぁ」
「あとこれも忘れるなよ」
ポイとクルーウェルが投げ渡したのは、先程までミコトが着ていたローブであった。見事に草や土がついてドロドロである。もはや売り物にならないそれも、買い取りになるだろう。そこまで高くないことを祈るしかない……。
「あ、クルーウェルさん色々助けて頂きありがとうございました!」
「試験準備、頼んだぞ」
「は〜い」
クルーウェルを見送り、これで一件落着と閉店の看板をかける。ホッとしたのも束の間、サムに背後から肩を掴まれて「一名様ご案内〜」と問答無用でズルズルと奥の部屋へと連行された。
「えっ、これから惨劇が始まったりします?」
「人聞きが悪いことを言うものじゃあないよ。」
「なにするんですか、ぎゃーやめてーー」
「ああ〜、面白いくらい腫れてるね〜」
「いだぁ!?!何で今押したの?!」
「HAHAHA」
「笑えばいいと思うなよ」
そんな行動とは裏腹に、なんだかんだで腫れが引きやすくなる薬を塗ってくれたサムに少し擽ったい気持ちになる。
あんな所に何の説明もなく置くなんて、と文句の一つでも言おうと思っていたけれど、まぁいいか。と、許してしまうのであった。
「あ、そういえばローブは15000マドルね」
「なっ」
やはり、許すという選択は誤りだったのかもしれない。ぐぬぬと下唇を噛み締めるミコトなのであった。
END
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