カリムくんの陽気な保護活動
(−−なんだか、見られている気がする)灯火の花の開花具合を確認し終わりクルーウェルへ報告に向かおうとした最中、ミコトはどこからか感じた視線に足を止めて、辺りを警戒していた。
しかしいくら見回してもそこには先程と変わらない温室が映るばかりで、誰の姿も確認することは出来ない。ふと先日サムと観たホラー映画で、主人公が背後から髪の長い怨霊に襲われるワンシーンを思い出してしまい、早鐘を鳴らす心臓に急かされるように一気に走り抜けようと足に力を込めた。
−−しかしその途端、不意に首根っこを鷲掴まれたことによって、温室中に「ニ゛ャ!!!!」という短い悲鳴が響き渡ることになるのだった……。
「お前、なんか妙な匂いがするな」
なんとも情けない表情の猫が宙ぶらりんの状態で硬直する姿に、レオナは眉を顰めた。
昼寝から目覚めてぼうっとしていたところに聞こえてきた「うーん、これは五分咲きって感じかな」「お腹空いたしカレー食べたいな〜」という独り言。普段は関心など持たない出来事ではあったが、何の気なしに目をやった通路には、のんびりと歩いている猫が一匹で、辺りに他の気配はない。
(さっきの声はあの猫か…?いや、にしてはやけに人間じみた感じだったが)
観察をしているうちに、その白猫はきょろりと周囲を警戒するように視線を彷徨わせ始めた。その様子をしばらく眺めていたレオナは、少しばかりの興味を引かれて重たい体を起こす。
後ろをしきりに気にしている猫を不可解に思いながらも、その真横から首筋を掴み持ち上げてふと感じた違和感。
目を見開き、半開きの口のまま硬直している白猫からは不思議な匂いがした。
というのも、それは動物だけでなく人間の匂いが混ざっているような、身近なところで言うと近いのはジャックのユニーク魔法“月夜を破る遠吠え”だ。
しかしあれに変わる変身薬は禁術であり、そう簡単に使えるものでもなく学園でジャックの他に変身出来る生徒など聞いた覚えもなかった。
「さっきやたら流暢に喋ってたのはお前か?」
(独り言聞かれてた…!!)
一方、ミコトは突然目の前に現れた気怠げな美人が自分でも知っているレオナ・キングスカラーであることに驚きを隠せず、つい瞬きを忘れてしまうほどであった。
これまで何度か遠目から見かけたことはあったものの、こんなに間近で拝むことになるとは思ってもなく、急に現れたのが怨霊でないことに安堵しつつも違う意味での生命の危機を感じていた。
そして何ということか、ものすごく疑われてしまっている。周りに誰もいないと思って普通に喋っていたけれど、まさかよりにもよって嗅覚の鋭そうなこの王子様なんて。
「お前どこから来た」
「ニャン」
しばらく猫の姿で言葉を話さないように気を付けて、心から猫になりきることに徹することを決めたミコトは訝しげに見やるレオナに一生懸命猫らしい仕草で愛嬌を振りまく。
始めこそ正体不明の猫に対して興味を示していたものの、次第に面倒臭さの方が勝ってきたレオナは、これが何でも自分には関係ない。という結論に至った。
「じゃあな」とミコトを地面に下ろそうとしたまさにその時、背後から聞こえてきた陽気な声に二人の耳がピクリと反応する。
「おっ、レオナじゃないかー!こんな所で何してるんだ!?」
「……面倒くせぇのが来やがった」
「あれ、それレオナが飼ってるのか?可愛いなぁ」
俺猫好きだ、と掴まれたままのミコトを豪快に撫で回す楽しげな様子を見て、ふと妙案が浮かぶ。「抱いてもいいぞ」というセリフとは裏腹に、なんとも悪どい表情で口角を上げた事など、当のカリムは気付く様子もなかった。
「うわ〜、毛も柔らかくて気持ち良いなぁ。こいつ、名前はなんて言うんだ?」
「知らねぇ、ついさっきそこで拾った」
「うんうん、お前可愛いもんなぁ。大事にしてもらえよ」
「飼わねぇよ!妙に人間臭いから気になっただけだ」
飼う前提に話が進んでいくことに、思わず大声で反論すれば「えっ!そうなのか?!」と、いつもの明るいトーンで返されて調子が狂う。カリムの腕の中でキョドキョドとしている白猫と、そんなことはお構いなしに仕切りに可愛い可愛いと撫で回すその様子に、これなら問題ないだろうと口を開いた。
「そんなに気に入ったんなら、お前が飼ってやれよ」
「ええっ!?でもコイツも誰かのペットかもしれないし、急に連れて帰ったらジャミルも困るだろうし」
「いや、誰かの飼い猫だったら首輪くらいついてる筈だろ。それもないってことは、迷い込んで来たんじゃねぇか?」
「そうなのか……」
レオナとしては、この変な猫を学園内で自由にさせておいて万が一問題が起きても面倒なので、ならばスカラビアの寮で飼い殺してくれれば都合が良いのだ。
カリムも気に入ってしまえば手放さないだろうし、万が一厄介な猫だったとしても変な動きがあったらジャミルが見逃すとも思えない。ここでうっかり関わってしまった面倒の火種をお人好しなお坊ちゃんに押し付けて、自身はさっさと昼寝の続きに戻りたいところであった。
「おまえ、捨てられたのか?可哀想に……」
ミコトを顔の前まで持ち上げて、うーんと眉を寄せる姿はまさに「ものすごく悩んでいます!」といった様子であったが、お願いだから解放してくれというミコトの祈りは残念ながら聞き届けられることはなかった。
「よし分かった!俺がジャミルのこと説得する!だから、お前は俺んとこに来い!」
「ニャッ?!」
「よし、頼んだぞ」
「おう!任せろ!」
これで万事OKだとスッキリした様子で元いた昼寝場所へと戻るレオナと、大事そうに白猫を抱えて足早にスカラビア寮へ戻るカリム。
そんな両者に恨めしげに視線を送るミコトは、これからどうやって脱走しようか考えを巡らせるのであった。
(急にいなくなったらサムさん心配してくれたりするのかなぁ)
ふとサムの顔が浮かび、ううーんと様子を想像する。しかし、ミコトの頭で考えられる彼の行動としては"反抗期だと勘違いされスルー、のち自力で脱出"か"秘密の仲間が教えてくれたのさと、居場所は把握済みだが、面倒なので自力で帰ってくるのを待っている"の二つのみ。因みに何度想像しても導き出される答えは変わらなかったので少し悲しい気持ちになる。
「さあ、この鏡を抜けた先がお前の新しい家だぞ!楽しみにしてろよ!」
やはり信じられるのは自分だけだと強く生きることを心に誓い、遂にミコトはスカラビア寮の鏡を通り抜けるのであった。
続く。
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