本丸に四季はないが、代わりに景趣というものが存在する。
政府が発行する景趣のバリエーションは豊富で、最近では指定の任務をこなすことで報酬として送られる二十四節気をなぞらえたものまで作られた。それらを現世の季節に合わせて変更することで四季を再現している本丸もあると聞いた。主に歌仙兼定を初期刀に持つ審神者に多いとも。初期刀が山姥切で、初鍛刀は薬研だった我が本丸はそんな雅さとはかけ離れていて、私も彼らもそのようなものには無頓着だった。
そんな万年緑が生い茂っている本丸だったが、ついにうちの本丸にも夏が到来した。
居間に置いたテレビが丁度夏の特集を組んでいたらしく、それに感化された短刀たちから夏の景趣を望む声が上がったのだ。
夏となると、厚着の刀剣男士には大打撃となりうるのではないかと心配したけど、一番被害を受けそうな光忠が「西瓜、作ってみたかったんだよね」と乗り気な様子を見せたので、それ以上深く考えることはやめた。
そうして我が本丸に夏が訪れたわけだけど、これが思ったよりも不評だった。
そもそも短刀たちはテレビの中で見た海に焦がれただけで、夏そのものに興味関心があったわけではなかった。風鈴がオプションとして付いていたくらいで、これといって大きな変化もない庭先の風景に拍子抜けしたのか、早く元の景趣に戻すようにという反発の声が上がったが、せっかく購入したのに勿体無いという心と、光忠の西瓜栽培が始まってしまったので、暫くは夏の景趣のまま過ごすことになった。
夏の象徴であるその日射の鋭さに、いつも庭先で鬼ごっこをしていた短刀たちも室内で遊ぶようになって、まだ芽も出ていない畑の土ばかり照らす太陽が、ほんの少しだけ寂しがっているように思えた。
「主ー、なんか肌がヒリヒリすんだけど……」
「えっ」
元気盛りな短刀たちがそんな具合だから、これまで前例のなかったその報告に、私は持っていた筆を落とすくらいの衝撃を受けた。
固まって動けない私の代わりに、光忠が貞ちゃんの肌を見て、あぁ、と慣れたように言葉を発した。
「日焼けかな。貞ちゃんは西瓜の栽培を手伝ってくれていたから、きっと焼けちゃったんだろうね」
「まじかよ!これって手入れとかで治ったりすんのかな、なあ、主」
「え、えっと、どうだろう……」
日焼け。聞き慣れたその単語に、初めて聞いたみたいに動揺した。
言葉通り、貞ちゃんの腕は真っ赤に焼けていて、それを見た私は思わず呆然としてしまった。
「日焼けはいやかい?貞ちゃん」
「だって、かっこつかないだろ!」
「そうかな、加羅ちゃんみたいで僕はかっこいいと思うけど」
「あれは加羅だから似合うんだよ」
拗ねたように唇を尖らせた貞ちゃんを気の毒に思ったのか、「冷やすものを持ってくるよ」と言って、光忠が部屋を出ていく。光忠が去った後も、私は暫く貞ちゃんの腕から目を離すことができなかった。
「どーしたんだよ、主」
「……その、痛そうだなって」
「そうでもねぇよ。今はどっちかっていうと主の視線の方が痛いくらい」
私の様子が普段と違うことを感じ取ったのか、貞ちゃんは疑うような視線をこちらに向けた。
「別に言いたくなきゃそれでいいけどさ」
「そういうわけじゃないけど、そこまで大したことではないから、ためらっちゃって」
「いーよ、それでも」
貞ちゃんのひたむきな視線が、夏の陽光よりも鋭く突き刺さった。さっきの胡乱なものとは違うその目つきは、私の些細なためらいを優しく溶かすようにして消していった。
「はじめて知ったの」
簾の隙間から射した日差し。有害なその光線が、彼らの肌を焼き焦がすことを。
「刀剣男士も、日焼けするんだって」
今思えば、睡眠も食事も取る彼らは、限りなく人に近い生活を送っている。日焼けすることだってそれほど驚くことではない。それでも、貞ちゃんの真っ白な肌が赤く焼けているのを見た時、私は信じられないものを見た気持ちでいっぱいになった。普段彼らを人のように扱いながら、その本質を見据えていた事実に自分でも驚いた、のだろうか。 とにかく、貞ちゃんの肌に残ったその日焼けひとつで、彼らという存在がより身近に感じたのだ。
「なんだよそれ、主だって日焼けくらいするだろ?」
「そういうことじゃなくって……」
私が抱いたこの靄は、貞ちゃんには伝わらなかったらしい。これ以上は詳しく説明する気も湧かず、この話題からどう逃れようか考え始めた時、ちょうど保冷剤を持った光忠が部屋に戻ってきた。
「遅くなってごめんね。はい、貞ちゃん、冷たいからってあんまり冷やしすぎたらダメだよ?」
「分かってるって!さんきゅ、みっちゃん!」
貞ちゃんは光忠から保冷剤を受け取ると、早速日焼けした部分にそれをくっつけていた。
「そういえば、さっきこんのすけくんに聞いたんだけど、日焼けは手入れでも直るみたいだよ」
「えっ、でもどこも怪我してねぇけど」
「日焼けも外傷として扱われるそうだから問題ないよ。もちろん主の許可が下りればだけどね」
ちらりと、様子を見るように光忠の視線が私へと移る。もちろん断る理由はないので、構わない、という意味を籠めて頷きだけを返した。
にしても、ほんとうに手入れで直るなんて、やっぱり刀剣男士の身体の構造は人間とは異なるらしい。そう思うと彼らという存在が私からまた少し遠のいていった。身近に感じたり、やっぱり遠くに感じたりと、忙しい感情だ。
日焼けを嫌っていた貞ちゃんは、てっきり光忠のその申し出を喜んで受けるのかと思ったけど、意外にも首を振って、朗らかに笑うだけだった。
「やっぱいいや。主にも悪いしな」
「私は構わないよ」
「そうだよ。それに、貞ちゃん的にはかっこ悪いんだろう?それ」
「そうだけどさ」
貞ちゃんの煮え切らない返答に、光忠と二人で首を傾げる。私に遠慮しているのかと思ったけど、態度から察するにそういうわけでもなさそうだ。ふと目が合うと、貞ちゃんは私に向かって勲章のように腕を見せると、得意げな顔を浮かべた。
「これがあると、誰かさんが安心するんだってさ」
だから、このままでいいんだよ。
真っ赤な腕を見せびらかしながら、なんてことないようにそう言った。誰かさん、と言葉を濁しておきながらその視線は私へと注がれていて、気まずくなった私の方が先に目を逸らした。そんな私たちのやりとりに、なにも知らない光忠が今度は一人で首を傾げた。
全てを知ってる貞ちゃんだけが、優しい目をして笑っていて、私はこの靄が伝わっていたことに恥ずかしさを抱きながら、顔の熱さを誤魔化すように簾から射す陽光へと顔を向けたのだった。
政府が発行する景趣のバリエーションは豊富で、最近では指定の任務をこなすことで報酬として送られる二十四節気をなぞらえたものまで作られた。それらを現世の季節に合わせて変更することで四季を再現している本丸もあると聞いた。主に歌仙兼定を初期刀に持つ審神者に多いとも。初期刀が山姥切で、初鍛刀は薬研だった我が本丸はそんな雅さとはかけ離れていて、私も彼らもそのようなものには無頓着だった。
そんな万年緑が生い茂っている本丸だったが、ついにうちの本丸にも夏が到来した。
居間に置いたテレビが丁度夏の特集を組んでいたらしく、それに感化された短刀たちから夏の景趣を望む声が上がったのだ。
夏となると、厚着の刀剣男士には大打撃となりうるのではないかと心配したけど、一番被害を受けそうな光忠が「西瓜、作ってみたかったんだよね」と乗り気な様子を見せたので、それ以上深く考えることはやめた。
そうして我が本丸に夏が訪れたわけだけど、これが思ったよりも不評だった。
そもそも短刀たちはテレビの中で見た海に焦がれただけで、夏そのものに興味関心があったわけではなかった。風鈴がオプションとして付いていたくらいで、これといって大きな変化もない庭先の風景に拍子抜けしたのか、早く元の景趣に戻すようにという反発の声が上がったが、せっかく購入したのに勿体無いという心と、光忠の西瓜栽培が始まってしまったので、暫くは夏の景趣のまま過ごすことになった。
夏の象徴であるその日射の鋭さに、いつも庭先で鬼ごっこをしていた短刀たちも室内で遊ぶようになって、まだ芽も出ていない畑の土ばかり照らす太陽が、ほんの少しだけ寂しがっているように思えた。
「主ー、なんか肌がヒリヒリすんだけど……」
「えっ」
元気盛りな短刀たちがそんな具合だから、これまで前例のなかったその報告に、私は持っていた筆を落とすくらいの衝撃を受けた。
固まって動けない私の代わりに、光忠が貞ちゃんの肌を見て、あぁ、と慣れたように言葉を発した。
「日焼けかな。貞ちゃんは西瓜の栽培を手伝ってくれていたから、きっと焼けちゃったんだろうね」
「まじかよ!これって手入れとかで治ったりすんのかな、なあ、主」
「え、えっと、どうだろう……」
日焼け。聞き慣れたその単語に、初めて聞いたみたいに動揺した。
言葉通り、貞ちゃんの腕は真っ赤に焼けていて、それを見た私は思わず呆然としてしまった。
「日焼けはいやかい?貞ちゃん」
「だって、かっこつかないだろ!」
「そうかな、加羅ちゃんみたいで僕はかっこいいと思うけど」
「あれは加羅だから似合うんだよ」
拗ねたように唇を尖らせた貞ちゃんを気の毒に思ったのか、「冷やすものを持ってくるよ」と言って、光忠が部屋を出ていく。光忠が去った後も、私は暫く貞ちゃんの腕から目を離すことができなかった。
「どーしたんだよ、主」
「……その、痛そうだなって」
「そうでもねぇよ。今はどっちかっていうと主の視線の方が痛いくらい」
私の様子が普段と違うことを感じ取ったのか、貞ちゃんは疑うような視線をこちらに向けた。
「別に言いたくなきゃそれでいいけどさ」
「そういうわけじゃないけど、そこまで大したことではないから、ためらっちゃって」
「いーよ、それでも」
貞ちゃんのひたむきな視線が、夏の陽光よりも鋭く突き刺さった。さっきの胡乱なものとは違うその目つきは、私の些細なためらいを優しく溶かすようにして消していった。
「はじめて知ったの」
簾の隙間から射した日差し。有害なその光線が、彼らの肌を焼き焦がすことを。
「刀剣男士も、日焼けするんだって」
今思えば、睡眠も食事も取る彼らは、限りなく人に近い生活を送っている。日焼けすることだってそれほど驚くことではない。それでも、貞ちゃんの真っ白な肌が赤く焼けているのを見た時、私は信じられないものを見た気持ちでいっぱいになった。普段彼らを人のように扱いながら、その本質を見据えていた事実に自分でも驚いた、のだろうか。 とにかく、貞ちゃんの肌に残ったその日焼けひとつで、彼らという存在がより身近に感じたのだ。
「なんだよそれ、主だって日焼けくらいするだろ?」
「そういうことじゃなくって……」
私が抱いたこの靄は、貞ちゃんには伝わらなかったらしい。これ以上は詳しく説明する気も湧かず、この話題からどう逃れようか考え始めた時、ちょうど保冷剤を持った光忠が部屋に戻ってきた。
「遅くなってごめんね。はい、貞ちゃん、冷たいからってあんまり冷やしすぎたらダメだよ?」
「分かってるって!さんきゅ、みっちゃん!」
貞ちゃんは光忠から保冷剤を受け取ると、早速日焼けした部分にそれをくっつけていた。
「そういえば、さっきこんのすけくんに聞いたんだけど、日焼けは手入れでも直るみたいだよ」
「えっ、でもどこも怪我してねぇけど」
「日焼けも外傷として扱われるそうだから問題ないよ。もちろん主の許可が下りればだけどね」
ちらりと、様子を見るように光忠の視線が私へと移る。もちろん断る理由はないので、構わない、という意味を籠めて頷きだけを返した。
にしても、ほんとうに手入れで直るなんて、やっぱり刀剣男士の身体の構造は人間とは異なるらしい。そう思うと彼らという存在が私からまた少し遠のいていった。身近に感じたり、やっぱり遠くに感じたりと、忙しい感情だ。
日焼けを嫌っていた貞ちゃんは、てっきり光忠のその申し出を喜んで受けるのかと思ったけど、意外にも首を振って、朗らかに笑うだけだった。
「やっぱいいや。主にも悪いしな」
「私は構わないよ」
「そうだよ。それに、貞ちゃん的にはかっこ悪いんだろう?それ」
「そうだけどさ」
貞ちゃんの煮え切らない返答に、光忠と二人で首を傾げる。私に遠慮しているのかと思ったけど、態度から察するにそういうわけでもなさそうだ。ふと目が合うと、貞ちゃんは私に向かって勲章のように腕を見せると、得意げな顔を浮かべた。
「これがあると、誰かさんが安心するんだってさ」
だから、このままでいいんだよ。
真っ赤な腕を見せびらかしながら、なんてことないようにそう言った。誰かさん、と言葉を濁しておきながらその視線は私へと注がれていて、気まずくなった私の方が先に目を逸らした。そんな私たちのやりとりに、なにも知らない光忠が今度は一人で首を傾げた。
全てを知ってる貞ちゃんだけが、優しい目をして笑っていて、私はこの靄が伝わっていたことに恥ずかしさを抱きながら、顔の熱さを誤魔化すように簾から射す陽光へと顔を向けたのだった。
造花さえも枯れる夏