政府本部はまるで迷路だ。審神者になって2年経った今でも一向に道を覚えられない。廊下が長いのと、無駄な部屋が多すぎるんじゃないだろうか。思わず、設計者を突き止めて文句を言いたくなるような構造をしている。
通常、頻繁に出向く場所でも無いので全てを覚える必要は全く無いのだが、最近はとある調査を依頼されたせいで本部へ訪れる機会が増えた。といってもやる事といえばまとめた資料の提出と調査の進展報告くらいなもので、それほど大変な作業ではないのだが、それを行う部屋が毎回変わるのが面倒な点だ。本部は年中無休で忙しく、この時間帯はそれぞれの部署が会議をしているため、確保できる部屋が安定しないのだと最初に説明は受けた。ちなみに休日でもこの有様。政府本部はブラックだったという今更な事実はさておいて、絶賛迷子中の私は、このだだっ広い廊下の真ん中で途方に暮れていた。因みに、会議の時間まで、もう5分を切っている。
この状況、しっかり者の刀剣男士でも居たら少しは楽なのだろう。一応、刀剣男士の同行は任意とされているものの、戦場で疲れている彼等に頼むのも申し訳なくて、なんだかんだいつも一人で来てしまう。
どうしたものかと相変わらず立ち尽くしている私の耳に、コツコツと廊下を歩く足音が聞こえてきた。人だ!人がいる! 私は音のする方へ振り向き、恥を捨て大声で叫んだ。
「すみませーん!迷ってしまったんですがー!」
前を歩く人影に向かってそう言うと、その人は早足でこちらへと近付いてくる。あ、見覚えがあるな、この人。
「本部では静かに」
「すみません」
そう言って、政府本部所属の山姥切長義は少し呆れたような表情を見せた。
彼は、この政府本部の地図が全て頭に入っているようで、道を聞けばいつも丁寧に教えてくれる上、手隙の時は目的地までの案内役を買って出てくれる。私の本丸に内偵調査に来る何かと嫌味で厳しい同種と比べると、少し疑ってしまうくらい本当に親切でいい人だ。
「本当にすみません、えっと、今日もよろしくお願いします」
「いや、これくらい構わないさ」
そう言って、涼やかに笑った長義さん。その対応に、やはりいつも案内をしてくれる長義さんだと確信する。
というのも、政府本部所属の山姥切長義は彼だけではない。あと数振りは存在すると聞く。なので、知り合い面して挨拶すると首を傾げられることも此処ではよくある話だ。幾ら審神者といえど、同種の見分けは縁を繋いだ刀剣男士しか出来ないので、彼への挨拶は一種の賭けだったりする。
「それで、今日はどこに行きたいのかな」
そして、私が予想するに、この山姥切長義は政府本部所属の刀剣男士の中でもかなりの古株なのだろう。「C205です」とそれぞれの部屋に割り振られている番号を言えば、すぐピンと来たように「あぁ、調査部の会議室か」と言う。こんな風に、私が何を訊ねても、彼は一瞬の逡巡もなく、直ぐに答えてくれる。
「本部の地図ってすごく複雑なのに、よく覚えられましたね」
「此処は俺にとっての……そうだな、本丸、のような場所だからね」
何かが引っかかる言い方。そういえば、彼は本丸を知らないのだった。
ここは本丸とは違って閉鎖的で、閑散としている。本丸のような、などという表現は到底当てはまらなかったが、そういう意味じゃないんだろうな。
多くの山姥切長義にとって、政府本部所属という肩書は一時的なものだと聞いている。本部で経験を積んでから、各本丸へ配属されるのだと、うちに来る監査官の山姥切長義はそう言っていた。つまり、本部にいる山姥切長義は皆、研修生のような立場である、と。だが、この山姥切長義は複雑な本部の見取り図を覚えるくらいには本部歴が長いようだ。
「長義さんって、担当本丸はあるんですか?」
「急な質問だね」
優秀な人だ。だからこそ気になった。どう見ても研修生なんて枠には収まらない彼が、何故まだここにいるのか。
「担当はまだないが……君のような審神者に話しかけられる事は何度かあったよ。本丸の話を聞くことも」
「話を聞いて、どう思うんですか?」
「聞く分には楽しそうだが、俺にはこちらの生活の方が性に合っている気がするよ。だから、配属も当分先の話だろう」
そんな山姥切長義もいるのかと理解すると同時に納得もした。確かに、彼ほど優秀な刀剣男士なら、政府も手放さないだろうな。
そういう人もいるんですねと声を掛ければ、彼は「そうだね」と短く答えたあと、まるで品定めをするように、細い目で私を見つめる。
「……でも、そうだね。君のような審神者が主なら、退屈はしなくていいかもしれない」
「え〜、本気で言ってます?それ」
「真逆。冗談だよ」
長義さんはにこりと笑顔を作ると、そのままスタスタと歩き始める。長義さんにしては珍しい冗談だと思いながら、翻る布を目印に後ろを歩く。
指定された会議室は案外近くにあったようで、時間内には着くことができた。
「ありがとうございます」
会議室の前で頭を下げる。いつも申し訳ないと思うが、彼は気にした様子もなく、目が合うと少し得意げな顔をして笑ってくれた。
「また迷ったら、俺のところに来るといい」
その言葉に、はい、そうします。ともう一度頭を下げた後、会議室の扉を開けた。
***
調査が終わった。これは、私の長きに渡る本部通いの終わりも示唆していた。
昨日、長谷部にも手伝ってもらってなんとか纏めることの出来た資料をしっかり両手で抱える。後は、これを担当の人に提出するだけなのだが、
「長義さん」
「なにかな」
「迷いました」
「……君ね」
最近ようやく優を貰い、正式な縁を結ぶことができた我が本丸の山姥切長義が、冷ややかな目をして私を見下ろしていた。
今回は長義さんも連れて来るように、という本部からの御達しがあり同行してもらっているが、最初に言ったように彼は山姥切長義の中でも厳しい性格のようで、私が少しでも情けない姿を見せるとさっきのように視線で咎めてくるのだ。
「長義さん本部に居たんですよね、部屋分かりませんか?」
「担当部署が違ったんだ。悪いが、此処は専門外だよ」
どうやら、全ての山姥切長義が本部に詳しいわけではないようだ。やはり、あの長義さんは特別な存在なのだと改めて思い知る。
腕時計で時間を確認すれば、会議の始まりまでもう5分を切っていた。 なんとなくデジャヴ。どうしましょうかと訊ねれば、呆れた表情の長義さんが、仕方ないとでもいうように歩き始める。
「すまない。道を聞きたいんだが、いいかな?」
そう言って、長義さんは丁度通りがかった人に声をかけた。彼が引き留めたのは、政府本部所属の山姥切長義だった。
本部所属の長義さんは、私たちの姿を見ると、ゆっくりと足を止める。
「……どうしたのかな」
「えっと、この会議室に行きたいんですけど、こっちで合っていますか?」
彼は、じ、と私の姿を見つめたあと、差し出した地図に視線を落とした。私を見てなんのリアクションも無いということは、いつも案内してくれた長義さんとは別の方なのだろうか。
長義さんと目を合わないのをいいことに、こちらもまじまじと彼を観察してみるが、外見だけでは、うちの山姥切長義との判別さえ付かなかった。
「残念ながら真逆だよ。あそこに担当役員の者がいるから、聞いてみるといい」
「ありがとう。さぁ、行こうか」
「……はい」
案内は、してくれなかった。でも場所は分かっているようで、矢張り同じ長義なのでは、と疑問に思う。それを聞こうか聞くまいか、悩んでいるうちに我が本丸の長義さんが歩き出して、慌ててその後ろ姿を追いかける。
少しその場から離れたあと、長義さんはこのタイミングを見計らっていたのか、不意にこんなことを聞いてきた。
「君は、あの俺とは知り合いだったのかな」
「……なんでそう思ったんですか?」
「なんとなくさ、それで、違ったかい?」
そこでもう一度考えてみたが、矢張り、さっきの山姥切長義がいつも案内をしてくれていた彼だと言える確証はどこにもなかった。
「……分からないです」
「はは、随分と薄情な答えだ」
でも、それで良し。と、長義さんは涼やかに笑った。
未だ主を持たない、政府本部所属の山姥切長義。いつの日か、私が主なら退屈はしなさそうだ。と、皮肉を言ってきたことを思い出す。
もしかしたら、なんて考えてしまった。彼が、もし、本当に私の刀になってくれていたら、と。彼らしく無い冗談だったからか、その言葉が、ずっと頭に引っかかっていた。
「長義さん」
「なにかな」
「長義さんって、冗談とか言うんですか?」
「また随分と唐突だね」
そうだな、と長義さんが呟く。
「信頼する相手になら、言うだろうね」
少しの逡巡の後、笑ってそう返した長義さん。
ならば、あれはきっと冗談なんかでは無かったんだろうな。
ふと思い出したように振り返ってみる。さっきまでそこに居た長義さんの背中はもう随分と遠くにあって、それに、言いようのない寂しさを抱いた。
通常、頻繁に出向く場所でも無いので全てを覚える必要は全く無いのだが、最近はとある調査を依頼されたせいで本部へ訪れる機会が増えた。といってもやる事といえばまとめた資料の提出と調査の進展報告くらいなもので、それほど大変な作業ではないのだが、それを行う部屋が毎回変わるのが面倒な点だ。本部は年中無休で忙しく、この時間帯はそれぞれの部署が会議をしているため、確保できる部屋が安定しないのだと最初に説明は受けた。ちなみに休日でもこの有様。政府本部はブラックだったという今更な事実はさておいて、絶賛迷子中の私は、このだだっ広い廊下の真ん中で途方に暮れていた。因みに、会議の時間まで、もう5分を切っている。
この状況、しっかり者の刀剣男士でも居たら少しは楽なのだろう。一応、刀剣男士の同行は任意とされているものの、戦場で疲れている彼等に頼むのも申し訳なくて、なんだかんだいつも一人で来てしまう。
どうしたものかと相変わらず立ち尽くしている私の耳に、コツコツと廊下を歩く足音が聞こえてきた。人だ!人がいる! 私は音のする方へ振り向き、恥を捨て大声で叫んだ。
「すみませーん!迷ってしまったんですがー!」
前を歩く人影に向かってそう言うと、その人は早足でこちらへと近付いてくる。あ、見覚えがあるな、この人。
「本部では静かに」
「すみません」
そう言って、政府本部所属の山姥切長義は少し呆れたような表情を見せた。
彼は、この政府本部の地図が全て頭に入っているようで、道を聞けばいつも丁寧に教えてくれる上、手隙の時は目的地までの案内役を買って出てくれる。私の本丸に内偵調査に来る何かと嫌味で厳しい同種と比べると、少し疑ってしまうくらい本当に親切でいい人だ。
「本当にすみません、えっと、今日もよろしくお願いします」
「いや、これくらい構わないさ」
そう言って、涼やかに笑った長義さん。その対応に、やはりいつも案内をしてくれる長義さんだと確信する。
というのも、政府本部所属の山姥切長義は彼だけではない。あと数振りは存在すると聞く。なので、知り合い面して挨拶すると首を傾げられることも此処ではよくある話だ。幾ら審神者といえど、同種の見分けは縁を繋いだ刀剣男士しか出来ないので、彼への挨拶は一種の賭けだったりする。
「それで、今日はどこに行きたいのかな」
そして、私が予想するに、この山姥切長義は政府本部所属の刀剣男士の中でもかなりの古株なのだろう。「C205です」とそれぞれの部屋に割り振られている番号を言えば、すぐピンと来たように「あぁ、調査部の会議室か」と言う。こんな風に、私が何を訊ねても、彼は一瞬の逡巡もなく、直ぐに答えてくれる。
「本部の地図ってすごく複雑なのに、よく覚えられましたね」
「此処は俺にとっての……そうだな、本丸、のような場所だからね」
何かが引っかかる言い方。そういえば、彼は本丸を知らないのだった。
ここは本丸とは違って閉鎖的で、閑散としている。本丸のような、などという表現は到底当てはまらなかったが、そういう意味じゃないんだろうな。
多くの山姥切長義にとって、政府本部所属という肩書は一時的なものだと聞いている。本部で経験を積んでから、各本丸へ配属されるのだと、うちに来る監査官の山姥切長義はそう言っていた。つまり、本部にいる山姥切長義は皆、研修生のような立場である、と。だが、この山姥切長義は複雑な本部の見取り図を覚えるくらいには本部歴が長いようだ。
「長義さんって、担当本丸はあるんですか?」
「急な質問だね」
優秀な人だ。だからこそ気になった。どう見ても研修生なんて枠には収まらない彼が、何故まだここにいるのか。
「担当はまだないが……君のような審神者に話しかけられる事は何度かあったよ。本丸の話を聞くことも」
「話を聞いて、どう思うんですか?」
「聞く分には楽しそうだが、俺にはこちらの生活の方が性に合っている気がするよ。だから、配属も当分先の話だろう」
そんな山姥切長義もいるのかと理解すると同時に納得もした。確かに、彼ほど優秀な刀剣男士なら、政府も手放さないだろうな。
そういう人もいるんですねと声を掛ければ、彼は「そうだね」と短く答えたあと、まるで品定めをするように、細い目で私を見つめる。
「……でも、そうだね。君のような審神者が主なら、退屈はしなくていいかもしれない」
「え〜、本気で言ってます?それ」
「真逆。冗談だよ」
長義さんはにこりと笑顔を作ると、そのままスタスタと歩き始める。長義さんにしては珍しい冗談だと思いながら、翻る布を目印に後ろを歩く。
指定された会議室は案外近くにあったようで、時間内には着くことができた。
「ありがとうございます」
会議室の前で頭を下げる。いつも申し訳ないと思うが、彼は気にした様子もなく、目が合うと少し得意げな顔をして笑ってくれた。
「また迷ったら、俺のところに来るといい」
その言葉に、はい、そうします。ともう一度頭を下げた後、会議室の扉を開けた。
調査が終わった。これは、私の長きに渡る本部通いの終わりも示唆していた。
昨日、長谷部にも手伝ってもらってなんとか纏めることの出来た資料をしっかり両手で抱える。後は、これを担当の人に提出するだけなのだが、
「長義さん」
「なにかな」
「迷いました」
「……君ね」
最近ようやく優を貰い、正式な縁を結ぶことができた我が本丸の山姥切長義が、冷ややかな目をして私を見下ろしていた。
今回は長義さんも連れて来るように、という本部からの御達しがあり同行してもらっているが、最初に言ったように彼は山姥切長義の中でも厳しい性格のようで、私が少しでも情けない姿を見せるとさっきのように視線で咎めてくるのだ。
「長義さん本部に居たんですよね、部屋分かりませんか?」
「担当部署が違ったんだ。悪いが、此処は専門外だよ」
どうやら、全ての山姥切長義が本部に詳しいわけではないようだ。やはり、あの長義さんは特別な存在なのだと改めて思い知る。
腕時計で時間を確認すれば、会議の始まりまでもう5分を切っていた。 なんとなくデジャヴ。どうしましょうかと訊ねれば、呆れた表情の長義さんが、仕方ないとでもいうように歩き始める。
「すまない。道を聞きたいんだが、いいかな?」
そう言って、長義さんは丁度通りがかった人に声をかけた。彼が引き留めたのは、政府本部所属の山姥切長義だった。
本部所属の長義さんは、私たちの姿を見ると、ゆっくりと足を止める。
「……どうしたのかな」
「えっと、この会議室に行きたいんですけど、こっちで合っていますか?」
彼は、じ、と私の姿を見つめたあと、差し出した地図に視線を落とした。私を見てなんのリアクションも無いということは、いつも案内してくれた長義さんとは別の方なのだろうか。
長義さんと目を合わないのをいいことに、こちらもまじまじと彼を観察してみるが、外見だけでは、うちの山姥切長義との判別さえ付かなかった。
「残念ながら真逆だよ。あそこに担当役員の者がいるから、聞いてみるといい」
「ありがとう。さぁ、行こうか」
「……はい」
案内は、してくれなかった。でも場所は分かっているようで、矢張り同じ長義なのでは、と疑問に思う。それを聞こうか聞くまいか、悩んでいるうちに我が本丸の長義さんが歩き出して、慌ててその後ろ姿を追いかける。
少しその場から離れたあと、長義さんはこのタイミングを見計らっていたのか、不意にこんなことを聞いてきた。
「君は、あの俺とは知り合いだったのかな」
「……なんでそう思ったんですか?」
「なんとなくさ、それで、違ったかい?」
そこでもう一度考えてみたが、矢張り、さっきの山姥切長義がいつも案内をしてくれていた彼だと言える確証はどこにもなかった。
「……分からないです」
「はは、随分と薄情な答えだ」
でも、それで良し。と、長義さんは涼やかに笑った。
未だ主を持たない、政府本部所属の山姥切長義。いつの日か、私が主なら退屈はしなさそうだ。と、皮肉を言ってきたことを思い出す。
もしかしたら、なんて考えてしまった。彼が、もし、本当に私の刀になってくれていたら、と。彼らしく無い冗談だったからか、その言葉が、ずっと頭に引っかかっていた。
「長義さん」
「なにかな」
「長義さんって、冗談とか言うんですか?」
「また随分と唐突だね」
そうだな、と長義さんが呟く。
「信頼する相手になら、言うだろうね」
少しの逡巡の後、笑ってそう返した長義さん。
ならば、あれはきっと冗談なんかでは無かったんだろうな。
ふと思い出したように振り返ってみる。さっきまでそこに居た長義さんの背中はもう随分と遠くにあって、それに、言いようのない寂しさを抱いた。
熟れた果実の見分けすら