「そうだ。主、これを」
万屋からの帰り、今日の近侍である一文字則宗は懐から真っ白な封筒を取り出すと、それを審神者へと手渡した。
「なんですか、これ」
「先程、万屋の娘が渡してきたんだ。恐らく、主への手紙だろう」
当たり前のようにそう告げる則宗の言葉に、審神者は「はぁ」と疑うような声を漏らした。
政府の者ならまだしも、万屋の定員からの手紙。どう考えても審神者宛ではないだろうに。そう思いはしたが、手紙には肝心な宛名が書かれていなかったため、突き返すこともできず、とりあえずその場では手紙を受け取り、審神者は執務室に戻ってから、その内容を確認したのだ。
「……やっぱり」
それは予想通り、審神者宛ではなかった。
これは、刀剣男士への恋文であった。
送り主の想いびとは、一文字則宗。審神者は先程、随分とあっさり手紙を渡した男の姿を思い浮かべ、人知れず頭を抱えた。
***
「恋文!この僕にか!」
執務室へとやってきた近侍に手紙の内容を伝えると、則宗はそうかそうか、と愉快そうに喉を鳴らしながら、例の特徴的な笑い声を部屋に響かせた。
「貴方が気づかないものだから、私も読んでしまったじゃないですか」
「無粋な真似をさせてすまないな、だが、これは僕も予想していなかった」
どうしたものかと呟いて、則宗は広げた扇子で口許を隠した。先ほどとは打って変わり、その瞳は深刻そうだった。
「なんと返事をするつもりですか?」
「ん?いや、必要ないと思っていたんだが、そうか、返事か」
まず、必要ないと思っていたことに審神者は絶句したのだが、その衝撃を超える言葉を、次に則宗は言い放った。
「お前さん、代筆は頼めるかい?」
「うわぁ……絶句して言葉も出ません」
「こらこら距離を取るんじゃない、この狭い部屋で。……まぁ聞け、僕たちを纏める頭領は君であり、ここでの僕は君の駒だ。君が返事をしたってなんの問題もない」
理屈は確かにそうかもしれない、だが、則宗の場合はただ単に返事を書くのを億劫に思っているだけのように感じた。だからこそ、審神者に代筆を頼むのかもしれない。文字に思いやりを乗せるのはなかなかに難しいことで、気のない返事を書いて相手を傷付けたくないという思いが則宗にあるのも、また確かなことだろう。
しかし、本当にそれでいいのか、とその意図を察してなお審神者は渋る様子を見せた。
「……確かに、私はこの本丸の主ではありますが、貴方たちを駒にできるほどの力はありません」
審神者の教え込むような、それでいてどこか弱々しい声が響く。
「恋だって、貴方の好きにしていいですよ、則宗」
だから、YESでもNOでもとにかく返事を書け。言外に仄かしたそれに則宗が気付いたのかどうかは定かではない。いや、きっと伝わってはいるのだろう。だが、それ以外のことにも、彼は気付いてしまったようだ。
「墓穴を掘ったな、主」
則宗の口許を隠していた扇子が、閉じられる。顕となった口許は大きな弧を描いていて、審神者は猛烈に嫌な予感を悟った。だが、その警鐘は遅すぎたようだ。
「僕はお前さんが好きだ」
「……は」
意思表明のようなその告白に、審神者はあっけにとられ固まった。則宗は愉快そうに笑いながら、その様子を見つめていた。
「なんだ、主」
閉じた扇子を使い、審神者の顎を持ち上げる。その優雅な所作に見惚れつつ、審神者は目を白黒させる。ち、違うんだ、則宗。私はそういう意味で言ったわけではなくて。ぐるぐると目を回しながら、必死に弁解の言葉を考えたが、次の言葉は、そんな審神者の詭弁さえも潰した。
「僕の好きにしていいのだろう?」
もはや審神者に反論の余地はなかった。
審神者は爛爛と輝く則宗の瞳を見ながら、自分は万屋の娘をダシにしてしまったようだと、見ず知らずの相手に対し、非常に申し訳なく思った。
万屋からの帰り、今日の近侍である一文字則宗は懐から真っ白な封筒を取り出すと、それを審神者へと手渡した。
「なんですか、これ」
「先程、万屋の娘が渡してきたんだ。恐らく、主への手紙だろう」
当たり前のようにそう告げる則宗の言葉に、審神者は「はぁ」と疑うような声を漏らした。
政府の者ならまだしも、万屋の定員からの手紙。どう考えても審神者宛ではないだろうに。そう思いはしたが、手紙には肝心な宛名が書かれていなかったため、突き返すこともできず、とりあえずその場では手紙を受け取り、審神者は執務室に戻ってから、その内容を確認したのだ。
「……やっぱり」
それは予想通り、審神者宛ではなかった。
これは、刀剣男士への恋文であった。
送り主の想いびとは、一文字則宗。審神者は先程、随分とあっさり手紙を渡した男の姿を思い浮かべ、人知れず頭を抱えた。
「恋文!この僕にか!」
執務室へとやってきた近侍に手紙の内容を伝えると、則宗はそうかそうか、と愉快そうに喉を鳴らしながら、例の特徴的な笑い声を部屋に響かせた。
「貴方が気づかないものだから、私も読んでしまったじゃないですか」
「無粋な真似をさせてすまないな、だが、これは僕も予想していなかった」
どうしたものかと呟いて、則宗は広げた扇子で口許を隠した。先ほどとは打って変わり、その瞳は深刻そうだった。
「なんと返事をするつもりですか?」
「ん?いや、必要ないと思っていたんだが、そうか、返事か」
まず、必要ないと思っていたことに審神者は絶句したのだが、その衝撃を超える言葉を、次に則宗は言い放った。
「お前さん、代筆は頼めるかい?」
「うわぁ……絶句して言葉も出ません」
「こらこら距離を取るんじゃない、この狭い部屋で。……まぁ聞け、僕たちを纏める頭領は君であり、ここでの僕は君の駒だ。君が返事をしたってなんの問題もない」
理屈は確かにそうかもしれない、だが、則宗の場合はただ単に返事を書くのを億劫に思っているだけのように感じた。だからこそ、審神者に代筆を頼むのかもしれない。文字に思いやりを乗せるのはなかなかに難しいことで、気のない返事を書いて相手を傷付けたくないという思いが則宗にあるのも、また確かなことだろう。
しかし、本当にそれでいいのか、とその意図を察してなお審神者は渋る様子を見せた。
「……確かに、私はこの本丸の主ではありますが、貴方たちを駒にできるほどの力はありません」
審神者の教え込むような、それでいてどこか弱々しい声が響く。
「恋だって、貴方の好きにしていいですよ、則宗」
だから、YESでもNOでもとにかく返事を書け。言外に仄かしたそれに則宗が気付いたのかどうかは定かではない。いや、きっと伝わってはいるのだろう。だが、それ以外のことにも、彼は気付いてしまったようだ。
「墓穴を掘ったな、主」
則宗の口許を隠していた扇子が、閉じられる。顕となった口許は大きな弧を描いていて、審神者は猛烈に嫌な予感を悟った。だが、その警鐘は遅すぎたようだ。
「僕はお前さんが好きだ」
「……は」
意思表明のようなその告白に、審神者はあっけにとられ固まった。則宗は愉快そうに笑いながら、その様子を見つめていた。
「なんだ、主」
閉じた扇子を使い、審神者の顎を持ち上げる。その優雅な所作に見惚れつつ、審神者は目を白黒させる。ち、違うんだ、則宗。私はそういう意味で言ったわけではなくて。ぐるぐると目を回しながら、必死に弁解の言葉を考えたが、次の言葉は、そんな審神者の詭弁さえも潰した。
「僕の好きにしていいのだろう?」
もはや審神者に反論の余地はなかった。
審神者は爛爛と輝く則宗の瞳を見ながら、自分は万屋の娘をダシにしてしまったようだと、見ず知らずの相手に対し、非常に申し訳なく思った。
眠れる獅子の尾を踏んだ