※刀剣破壊描写あり


 俺は政府本部所属の鶴丸国永だ。ゆえに主はいない。政府から供給される霊力が俺の活動源だった。政府の霊力は、いろんな人間のものがごちゃ混ぜになっていて、そこから一人の人間を割り出すことなど到底出来ない。だが、刀剣男士を拘束するくらいの力は十分にあるのだから厄介だ。誰に従えばいいのかもわからぬまま、今日も政府本部で良いように使われている。折角人の形を以って顕現したというのに、戦場にも出れないとは、刀としての本分を忘れそうだ。
 政府本部に顕現された刀の役割は警備のようなものだと聞いたが、今のところそれらしい事はしていない。平和なのはいいことだが、こうも退屈だと錆が生えちまう、と、もう何度目かもわからない溜息を吐いた。

 政府の職員は、揃いも揃ってつまらない人間ばかりだ。俺が驚きを提供してやろうと廊下で死んだふりをして倒れていても、誰も足を止めちゃくれない。これはひょっとするとつまらないではなく、つれないなのかもしれないが。

「……こりゃ、顕現先を間違えたか」

 本丸であれば、旧知の刀がいて、主がいて、出陣やら遠征やらをこなしているうちに、日が落ちる。きっと、本丸の一日と政府で過ごす一日には大きな違いがあるのだろう。
 今日だって、俺が廊下のど真ん中に倒れていたってその足を止める職員は誰もいない。皆、迷惑そうに避けていくのみだ。
 政府の冷たい廊下に頬をくっつけながら、いい加減次の作戦を考えるべきかと悩んでいた、その時だった。

「大丈夫ですか?」

 初めて、声を掛けられた。思わず顔を上げると、そこには政府職員とは違った服装をした、若い女が立っていた。隣には初期刀と思わしき刀剣男士がいて、その女が審神者である事を理解する。初期刀は、俺を心配そうに見つめる女に、「どの鶴丸もこういった性分なのだ」と呆れ顔で教えていた。審神者には、研修中であることを意味する印が胸のあたりに付けられていた。
 女はあっさり身体を起こした俺をみて、驚いたように目を瞬かせた。だから言ったのに、と初期刀にせっつかれる彼女の顔には、騙された怒りよりも、安堵が浮かび上がっていて、それにむず痒い気持ちになる。

「……眩いなぁ、君は」

 なんとなく負けた気分でそう言えば、女は意味がわからないとでもいうように眦を下げた。
 こんなことを言ったって、今日偶々この廊下を通っただけの君には、なにひとつ伝わりはしないのだろう。それでも、君が声をかけてくれただけで俺の死んでしまいそうなくらい退屈だった日々は、少しだけ救われたんだ。


***


 すっかり鈍に落ちてしまったようだ。
 随分とあっさり俺の胴を貫いた刀が、ゆっくりと引き抜かれる。赤い血が吹き出て、ぴしり、と手に持つ刀に罅が入った。
 本部に敵が乗り込んできたのは初めてのことだった。幸いにも敵は少数で、殲滅はそう難しいことではなかった。だが、それは俺たち刀にとっての話だ。監査課の山姥切長義の迅速な対応により、政府内にいた職員の殆どが外に避難することができた。それでも、逃げ遅れた者は数名いた。その者たちは審神者であり、刀剣男士が側にいるため、優先して守る必要性はないと聞かされていた。だから、その刃を防ぐ役目は、俺じゃなくたって良かったのだろう。俺が動かなきゃ、隣にいる初期刀が動いていた。それだけの違いだ。だが、まだ一度も実戦経験のない俺と、初期刀としての訓練を受けた彼ならば、結果は違っていたのかもしれない。つまり、俺が身を挺して彼女を守る必要など、どこにもなかったということだ。
 それでも俺の身体は勝手に動いた。他人から供給された霊力が、君と繋がったように、この身体が、君から与えられたものであるかのように。

 あの時、あの瞬間、俺は確かに君の刀だった。

 顔を上げると、驚きに表情を染めた彼女と目が合って、それだけで報われた気がした。
 なあ、君は知らないだろうが、俺は初めて君の声を聞いた時、その声があまりにも優しくて、泣きそうだったんだぜ。

 それを伝える前に、ぱきんと、何かの壊れる音がした。
きみのかみさまになりたかった