※現パロ


『今日、遊びに行ってもいい?』

 幼なじみのトーク画面に、そんな一方的なメッセージを投げ付ける。スマホに表示された時刻は夜中の十時十八分。察しの通り残業帰りである。
 既読がついたのとほとんど同時に、「だめ」となんとも素っ気ない返事がされる。それを見届けたあと、私は目の前にあるインターホンを思いっきり押した。すると扉の向こうから、慌ただしい足音が聞こえてくる。
 がちゃり、と目の前の扉が開いて、中からは呆れた顔の光忠が出てきた。

「来るときは事前に連絡してって言ったよね!?」
「したじゃん、さっき」
「あれも事前とは言わないよ!」

 しかし、来てしまったものはしょうがない。開き直る私に、先に折れたのは光忠だった。渋々と言った様子だが、部屋には入れてもらえた。中に入ると、ふわりといい匂いが鼻孔をくすぐる。

「もしかして、今からご飯?」
「いいや、これはおつまみの匂いだと思うよ」

 おつまみ。
 その言葉に、私の目がきらりと光る。それを見逃さなかった光忠が、しまった、とでもいうように顔を顰めた。

「もちろん、私の分もあるよね?」
「普通はないよ」
「じゃあ今日はあるんだ!」
「……君ねぇ」

 光忠は、なんだかんだ私に甘い。幼なじみだからというのもあるだろうけど、基本的に女の子には優しいから、それもあるのかも知れない。彼に女の子扱いされたことはあまりないけれど。
 ……たまに訪ねてはタダ飯を食べて帰るだけの女を家にあげる必要なんて、ほんとうは全くないのにな。世話焼きで料理上手な幼なじみなんて、なんだかギャルゲのヒロインみたいだと思う。思うだけで言葉にはしない。因みにそれを言ってしまった鶴丸さんは今出禁を食らっている。

「おっ、ねえちゃん!」

 リビングの扉を開けると、その音を聞きつけたのか、台所の方から貞ちゃんが顔を出した。

「貞ちゃん!久しぶり、元気?」
「おう!ねえちゃんも元気そうで安心したぜ!」

 料理出すからちょっと待ってな、と、そう言って察しの良い貞ちゃんはまた直ぐに台所の奥へと引っ込んでしまった。
 貞ちゃんは、光忠が面倒を見ている男の子だ。この近くにある中学校に通うために、実家を離れて一人でこっちに来たらしい。二人は遠い親戚同士だと聞いたが、兄弟みたいに仲が良くて、それは光忠と幼なじみの私でも少し疎外感を感じるくらいだった。

「しっかりしてるねぇ、貞ちゃん」
「君とは違ってね。……さて、飲み物はビールでいいかい?」
「えっ持ってきてくれるの?やっさしー!」
「本当は君も手伝うべきだけど……まぁ、今日はいいよ」

 残業帰りであることを気にかけてくれたのか、今日の光忠はいつもよりも優しかった。お言葉に甘えてリビングでテレビを見ながら我が家のように寛いでいると、ことり、とテーブルの上にお皿が置かれた。
 ……おつまみと聞いていたけど、私の知ってるおつまみではない。高級レストランで出てきそうな小洒落た料理だ。どうやら、今の光忠の流行は洋風らしい。
 光忠が持ってきてくれたビールのプルタブに手を掛ける。かしゅ、と少しだけ泡が吹き出し、それすらも逃すまいと飲み口に口づけをして、それを一気に喉の奥へと流し込んだ。

「生き返る〜!」
「はは、大袈裟だな、ねえちゃん」

 ころころと笑う貞ちゃんを見て、決して大袈裟ではないんだよと教えたくなったが、やめた。ビールの破壊力を知るには彼はまだ幼すぎるし、興味を持つのだってまだ早いだろう。何より、後ろで見ている光忠の視線が痛い。

「ん〜、おつまみも美味しい……」
「それはよかった」
「毎日食べたいよ〜、みつただぁ、私と結婚してくれ〜」
「ちょっと動機が軽すぎるんじゃない?絶対にやだよ」

 私も言っておいて「ないな」と思ったけど、なにも絶対をつけることはないじゃないか。
 つれないその対応に拗ねていると、隣にいる貞ちゃんが私の袖を引いた。

「なぁ、ねえちゃん。それ、美味い?」
「え?うん、すごく美味しいよ」

 素直に頷くと、その返事に貞ちゃんは満足げに笑った。

「それさ、みっちゃんじゃなくて、俺が作ったんだよ」
「えっ」

 思わず光忠を見ると、彼は貞ちゃんの言葉を肯定するように頷いていた。料理を教えているとは聞いていたが、まさかここまで上達していたとは。
 彼の成長に驚いていると、貞ちゃんが意地悪そうに笑った。

「で、俺には聞かねぇの?」

 その言葉と、箸が滑り落ちたのはほとんど同時だった。戸惑いに目を瞬かせる私とは違って、貞ちゃんはきらきらと期待を込めたような瞳をこちらに向けていた。やめて、そんな目で見ないで。私は、その瞳にめっぽう弱いんだから。

「さ、貞ちゃん!」
「ん」

  10歳くらい歳が違うのだけど、犯罪にならないだろうか。さっきよりも緊張しながら名前を呼ぶと、やけに大人びた声が返ってきて、思わずどきりとした。

「私と、結婚してください!」

 光忠に言った時よりも少しだけ誠意を込めて、手を前に突き出した。
 ふ、と力の抜けるような笑い声が聞こえたと思ったら、ぱしん、と優しく手を払われる。

「やーだよ」

 清々しくそう言い切った貞ちゃんに、思わず顔を上げる。その表情は、随分と晴れやかだった。

「こ、小悪魔だ〜!」
「はは」

 少し見ないうちに、すっかりかわいくなくなったようだ。上げて落とす、なんてテクニック、いったい誰に教わったのだろう。なんて、心当たりは一人しかいない。

「光忠の教育のせいだぁ……」
「おつまみ下げるよ」

 見事に玉砕した幼なじみに対し、光忠の対応は相変わらずつれないものだった。ここに私の味方はいないのか。落ち込む私に、光忠は呆れたようにため息を吐いた。

「君より、貞ちゃんの方がずっと大人なだけだよ」

 もう言わない方がいいよ、と釘を刺すような言葉に力なく頷いた。それにしても、流石にこれはあんまりだと大人気なく文句を零せば、貞ちゃんはきょとんとした顔を見せた後、どの口が、と不満そうに口を尖らせた。
舌先の純情