その日は大切な話があると、改まった様子の主に集合を掛けられ、本丸の刀剣男士たちが広間へと集まっていた。なんの話だろうかと皆が推測する中、現れた主は来週に祝言を上げる旨を話した。
その報告に、皆、一様に驚いた表情を浮かべた。そして、僕も同じように目を見開いて驚いていた。だって、主は、そういった相手がいることを一度も僕たちに話したことがなかったのだ。
相手は演練でよく話していたあの美濃の審神者だという。戸惑いこそあれど、主が決めたことだ。思い出したように、ちらほらと広間には祝いの言葉が飛び交った。
ちらりと隣にいる水心子を見ると、彼は衝撃から立ち直れていないのか、未だ硬直していた。無理もない。
水心子は、主に懸想を抱いていたのだから。
***
「水心子を近侍から外して欲しい?」
「うん」
僕の申し出に、主は驚いたように目を瞬かせる。きっと、水心子はこの意見に反対するだろうけど、これ以上、水心子が傷付く姿は見たくなかった。
「い、いつまで?というか、その間の近侍は誰に任せれば……」
「少なくとも、来週まで。あと、その間は僕が近侍をするよ」
「……清麿が?」
それが意外だったのか、主は疑うような視線をこちらに向けた。
「水心子ほどの働きは出来ないかもしれないけれど、足手纏いになるつもりもないよ」
「いや、そうじゃなくて、」
主は歯切れ悪くそう言うと、俯いてしまった。ちらりと、たまに様子を伺うようにこちらを見つめてくるので、なんとなく微笑んでみる。それを見て、主は意を決したように口を開いた。
「清麿は、私のことがきらいなんだと思ってた」
予想外の言葉に、きょとんと目を丸める。水心子の手前、あまり関わらないよう心がけていたけど、まさかそう思われていたとは考えてもみなかった。
「きらいなら、こんなこと言わないよ」
そう言うと、主はほっとしたように「ならよかった」と笑った。
穏やかなその表情を見て、水心子は、彼女のこういうところが好きなのだろうと、なんとなく思った。
それから一週間、言った通り主は水心子を近侍から外し、代わりに僕を近侍に添えた。
その期間、僕は主の新しい一面を知った。例えば、案外おしゃべりなところとか、だらしのないところ、たった一週間近侍を務めた僕でも知れることだ。水心子は、とっくに気付いているのだろう。たまに恋人の話を聞かされては、ここにいるのが水心子じゃなくてよかったと心の底から安堵した。
そしてやってきた祝言の日、主は現世へと帰った。どうやら、祝言は現世であげることにしたらしい。ここで挙げればいいのにと、歌仙兼定なんかは渋る様子を見せたが、主は恋人の希望だと苦笑いを浮かべながらもそれを突っぱねた。
主が不在の本丸はひどく静かで、この裏で祝言なんて祝い事が行われているとは到底思えなかった。
いつもより人通りの少ない縁側に、どこか落ち込んだ様子で座る水心子の隣へと腰をかけた。水心子のためとはいえ、あの一週間はやはり主と過ごさせてやるべきだったのかもしれない、と俯く水心子を見て少し後悔した。
「水心子は、ほんとうに主のことが好きだったんだね」
何気なく口にしたその言葉に、ずっと下を向いていた水心子が、弾かれたように顔を上げた。
「ちがう!」
そして断言する。気付けばその瞳は揺らぐことなく、僕を映していた。
「確かに、僕は主が好きだ。そこに間違いはない。けれど、僕よりも主を好いているのは……」
そこまで言って、水心子の声が水をかけられたように小さくしぼんだ。
躊躇うような、突きつけるような、そんな真逆同士がぶつかって、声になる。
水心子よりも主を好いているのは、それは、
「……清麿の方じゃないか」
その言葉に、目眩がした。
そんなはずはないと、そう否定したいのに、声が出なくて情けない開閉を繰り返した。
水心子は長く主の近侍を務めていた。それは水心子が立候補したものではなくて、彼の仕事ぶりを気に入った主の計らいによるものだった。
僕は水心子をずっと見ていた。主と嬉しそうに笑い合う彼を、ずっと。でも、ほんとうに僕が見ていたのは水心子じゃなかった。
僕は、水心子を見るふりをして、主を目で追っていたんだ。
「滑稽だね、僕は」
「……そんなことは、ない」
いいや、きっとそうだよ。この瞬間、ままならない心というものを、僕は初めて思い知った。
もう手は届かないのに、こんなにも好きだなんて、困ったな。
ずっと君を見てたよ、君が、ずっと好きだったんだよ、なんて。もう、二度と言えない言葉を、消せない感情とともに未練がましく抱え込んだ。
その報告に、皆、一様に驚いた表情を浮かべた。そして、僕も同じように目を見開いて驚いていた。だって、主は、そういった相手がいることを一度も僕たちに話したことがなかったのだ。
相手は演練でよく話していたあの美濃の審神者だという。戸惑いこそあれど、主が決めたことだ。思い出したように、ちらほらと広間には祝いの言葉が飛び交った。
ちらりと隣にいる水心子を見ると、彼は衝撃から立ち直れていないのか、未だ硬直していた。無理もない。
水心子は、主に懸想を抱いていたのだから。
「水心子を近侍から外して欲しい?」
「うん」
僕の申し出に、主は驚いたように目を瞬かせる。きっと、水心子はこの意見に反対するだろうけど、これ以上、水心子が傷付く姿は見たくなかった。
「い、いつまで?というか、その間の近侍は誰に任せれば……」
「少なくとも、来週まで。あと、その間は僕が近侍をするよ」
「……清麿が?」
それが意外だったのか、主は疑うような視線をこちらに向けた。
「水心子ほどの働きは出来ないかもしれないけれど、足手纏いになるつもりもないよ」
「いや、そうじゃなくて、」
主は歯切れ悪くそう言うと、俯いてしまった。ちらりと、たまに様子を伺うようにこちらを見つめてくるので、なんとなく微笑んでみる。それを見て、主は意を決したように口を開いた。
「清麿は、私のことがきらいなんだと思ってた」
予想外の言葉に、きょとんと目を丸める。水心子の手前、あまり関わらないよう心がけていたけど、まさかそう思われていたとは考えてもみなかった。
「きらいなら、こんなこと言わないよ」
そう言うと、主はほっとしたように「ならよかった」と笑った。
穏やかなその表情を見て、水心子は、彼女のこういうところが好きなのだろうと、なんとなく思った。
それから一週間、言った通り主は水心子を近侍から外し、代わりに僕を近侍に添えた。
その期間、僕は主の新しい一面を知った。例えば、案外おしゃべりなところとか、だらしのないところ、たった一週間近侍を務めた僕でも知れることだ。水心子は、とっくに気付いているのだろう。たまに恋人の話を聞かされては、ここにいるのが水心子じゃなくてよかったと心の底から安堵した。
そしてやってきた祝言の日、主は現世へと帰った。どうやら、祝言は現世であげることにしたらしい。ここで挙げればいいのにと、歌仙兼定なんかは渋る様子を見せたが、主は恋人の希望だと苦笑いを浮かべながらもそれを突っぱねた。
主が不在の本丸はひどく静かで、この裏で祝言なんて祝い事が行われているとは到底思えなかった。
いつもより人通りの少ない縁側に、どこか落ち込んだ様子で座る水心子の隣へと腰をかけた。水心子のためとはいえ、あの一週間はやはり主と過ごさせてやるべきだったのかもしれない、と俯く水心子を見て少し後悔した。
「水心子は、ほんとうに主のことが好きだったんだね」
何気なく口にしたその言葉に、ずっと下を向いていた水心子が、弾かれたように顔を上げた。
「ちがう!」
そして断言する。気付けばその瞳は揺らぐことなく、僕を映していた。
「確かに、僕は主が好きだ。そこに間違いはない。けれど、僕よりも主を好いているのは……」
そこまで言って、水心子の声が水をかけられたように小さくしぼんだ。
躊躇うような、突きつけるような、そんな真逆同士がぶつかって、声になる。
水心子よりも主を好いているのは、それは、
「……清麿の方じゃないか」
その言葉に、目眩がした。
そんなはずはないと、そう否定したいのに、声が出なくて情けない開閉を繰り返した。
水心子は長く主の近侍を務めていた。それは水心子が立候補したものではなくて、彼の仕事ぶりを気に入った主の計らいによるものだった。
僕は水心子をずっと見ていた。主と嬉しそうに笑い合う彼を、ずっと。でも、ほんとうに僕が見ていたのは水心子じゃなかった。
僕は、水心子を見るふりをして、主を目で追っていたんだ。
「滑稽だね、僕は」
「……そんなことは、ない」
いいや、きっとそうだよ。この瞬間、ままならない心というものを、僕は初めて思い知った。
もう手は届かないのに、こんなにも好きだなんて、困ったな。
ずっと君を見てたよ、君が、ずっと好きだったんだよ、なんて。もう、二度と言えない言葉を、消せない感情とともに未練がましく抱え込んだ。
芽吹く徒よ