「地獄って、どんな所だと思う?」

 放課後の生徒会室は静かであった。
 聞き逃すこともなく耳に入ったそれは、実に会長らしい、突拍子もないものだった。
 急になんだと見つめれば、彼は口許だけで微笑んだ。それは会長が人を揶揄うときによく見せる表情だった。それを見て、私は大した意味はなさそうだと肩を竦めた。

「さぁ?血の池とか、針山とかがあるのではないでしょうか?」

 地獄という単語から連想されるありきたりな物を話してみたはいいが、自分で言っておいてなんて幼稚じみた地獄だろうと思った。
 会長は私の話に、耐え切れないというように忍び笑いをしていた。他の人なら腹の立つその仕草も、会長がすると何故か恐怖を覚えてしまう。
 だって、まるで地獄がどのような場所か知ってるような反応だから。

「そんな地獄だったら是非行ってみたいね」
「行ってみたいんですか?」
「うん」

 彼の思考は私のような凡人とは少しズレたところにあるようだ。

「なまえちゃんは、僕が地獄に堕ちると思う?」

 またも、この男は答えにくい質問を投げかけてくる。一存にはいともいいえとも言えないその質問に言い淀む。
  Tricksterと協力して切磋琢磨していた頃は、彼の存在が本当に妬ましくて、地獄に落ちてしまえ、と本気で思っていた。だからといって、それが地獄に堕ちる要因になるとは思わなかった。
 彼よりも悪い人間なんて、この世にはたくさん居る。それに、地獄の審査基準など私には全くもって想像がつかなかった。
 そんな、当初の質問よりも少し飛躍したことを考えていると、会長は困ったように笑う。

「難しい質問だったかな?」
「……少し」
「そっか、ならこの話はもうおしまいにしよう」

 はい、おしまい。なんて簡単に言われたって、直ぐに思考をリセットできるわけがない。
 話題が変わってしまう前に、今度は私から質問を投げ掛けた。

「会長は、どうして地獄に行きたいんですか?」

 その質問が意外だったのか、会長は微かに目を見開いたあと、いつもの慈悲深い笑みを浮かべた。
 作り物のようなその表情のまま、彼は、だって、と言葉を紡ぐ。

「この罪を裁いてからじゃないと、僕に惚れられた子が可哀想じゃないか」
清算の地獄