「お前はどうして、こうも間が悪いんだ」
それは、怒気というよりは呆れであった。
机に置いてある企画書はまだ白紙で、彼曰く、丁度手をつけようとしたところに、別件を抱えた私が来てしまったという。
一週間前から、私が企画するドリフェスについて相談するために生徒会室に訪れるようになったのだが、そのたびに彼の作業を邪魔するタイミングで戸を叩いてしまうという、全く以って不可抗力な間の悪さを発揮していた。
「す、すみません……」
「いや、良く考えたらお前のせいではないな……」
途端に冷静になったのかと思うと、蓮巳先輩は小さく息を吐き、白紙の企画書を端へと寄せた。
「貸せ、見てやる」
「え、でも、」
「こっちは直ぐに終わる。だから、先ずはお前の方を見せてくれ」
本人にそう言われては従う他なく、私は遠慮がちに企画書を差し出した。
企画書を受け取った彼は、一度眼鏡のブリッジを上げると、内容に目を通し始める。
「ここの詰めが甘いな。このままにしていると、当日破綻するぞ。あと、この予算はなんだ、まさかこれで全てが用意出来るとでも思っているのか?参加アイドルの数もまだ少ないな。もっと数人増やした方がまとまって見えるだろう」
彼は自身が受け持つ大量の企画書が見えているのかと疑惑を抱くくらい、いつも私に時間を割いてくれる。いや、実際割いてくれてるのは私が担当する企画書だが、それでも何かと親身になってくれて、忙しいはずなのにこうして私の企画書の手直しをしてくれる。
彼は一頻りダメ出しをしたあと、必ず最後にこう締めくくるのだ。
「修正したらまた持ってこい」
漸く手元に戻って来た企画書には、大量の赤が入れられていて思わず肩を落とした。
だが、指摘は耳が痛くなるくらいの正論であったから、直さないわけにもいかない。生徒会室を出ると早速、言われた箇所の修正に入った。それは翌日の放課後まで及び、教師や同級生の意見も借りて、漸く企画書が完成した。
こうして見ると私が最初に手掛けた企画書とは全くの別物になっていて、最早これは私が提案したと言っていいのか分からない出来となっていた。徐々に良くなっていく企画書に、みんなからは初期と比べると間違えたと褒められたが、その半分以上がとある先輩のお節介があってこそなのであまり褒められた気もせず、心境は複雑だ。
ともあれ、完成はした。遅い時間になってしまったが、彼の抱える仕事も粗方片付いた頃だろう。
今日は変な気を揉まずにじっくり語り合えそうだと、この時の私はそう思っていた。
しかし、戸を開けた先の風景はいつもとなんら変わりなく、私は自分の間の悪さを改めて痛感したのだった。
「……なまえか、遅かったな」
彼は私の姿を視認し、持っていた筆を置いた。
見るからに手をつけ始めたばかりの空白が目立つ企画書が都会のビルのように積まれていた。
「すみません」
「それは何に対する謝罪だ」
「あの、どうやらまた間が悪い時に来てしまったようなので……」
そう言うと、彼はほんの少し目を見開いたあと、自分の手元にある企画書へと目線を落とす。そして、わかりやすく驚いた表情を見せた。
「あの、」
声を掛けると、蓮巳先輩はハッとしたように顔を上げた。
その動きで僅かに眼鏡の位置がズれる。……目に見えて、動揺している。その様子にどうしたのかと訊ねようとしたが、それを遮るようにこほん。と、態とらしい咳払いが聞こえた。
「丁度、手を付けたばかりなだけだ。気にするな」
どこか気恥ずかしそうに語るそれは、どこか言い訳じみているように聞こえた。一体誰に対する言い訳なのだろうか、そのことについて考える前に、話を戻される。
「それより、企画書は持って来たか?」
「あ、はい!」
手に持っていた企画書を彼へと渡すと、次にきゅぽんとペンのキャップを引き抜く音が聞こえた。
これでも、まだ赤を入れるつもりなのかと、終わりが見えない手直しに私は肩を竦めた。
***
今頃、赤の増えた企画書に頭を抱えているであろう女子生徒を思い浮かべ、生徒会長は思わず笑いを零した。
親友の恋慕に知らずうちに付き合わされる彼女は憐れだが、傍観するこちらとしては、これほど面白いものはなかった。
「健気だね、あの子」
その言葉に、彼は何一つ反応を示さなかった。
それが一種の意地か、はたまた図星を突かれた故のものなのかは分からないが、兎に角、頑なに口を閉ざしていた。
言葉を発した本人は、反応が無いことに少しだけ面白くなさそうに目尻を下げたが、それも良しとしたのか、今度は流暢に話を進める。
「彼女の企画書なら僕も見させてもらったよ、個人的には修正なんて必要ないくらい纏まっているものだと感じたのだけど」
「……」
「彼女と話し終えた後の君の仕事は目を見張るものがある、あれだけ溜まっていた企画書が一瞬で減って行くのは見ていて圧巻だったよ」
「……」
「そうそう。君曰く、その『丁度、手を付けたばかりの企画書』のことだけど、」
「英智」
漸く口を開いたかと思えば、たった一言であった。
だが、その言葉に隠された牽制の意味に気付かない彼では無い。その鋭い眼光に晒された生徒会長は、態とらしく肩を竦めた。
「君のやり方に文句はないよ、ただ親友としてもどかしさを感じたけどね」
「余計な世話だな」
「心配くらいはさせて欲しいなぁ」
恐らく、彼は長期計画で行くつもりなのだろう。気の短い生徒会長には到底真似できない、気が遠くなる計画だ。……でもまぁ、彼の癖が治らない限り、案外その恋情が気付かれるのはそう先の話ではないと踏んでいる。その癖は彼も把握しているのだろう、そうでなければ、彼があれほど動揺を見せることはなかっただろう。そして、その癖が、治そうと思って治せるものではないというのもよく理解しているはずだ。本来、癖とはそういうものに付けられる名称であった。
「ところで、筆は進んでいるかい?」
「……誰かさんのせいで全く進まないな」
「おや、なまえちゃんはもう此処には居ない筈だけど」
「いい加減にしろ、英智」
バツの悪そうな親友の言葉に、生徒会長は堪らず笑い声をあげた。
それは、怒気というよりは呆れであった。
机に置いてある企画書はまだ白紙で、彼曰く、丁度手をつけようとしたところに、別件を抱えた私が来てしまったという。
一週間前から、私が企画するドリフェスについて相談するために生徒会室に訪れるようになったのだが、そのたびに彼の作業を邪魔するタイミングで戸を叩いてしまうという、全く以って不可抗力な間の悪さを発揮していた。
「す、すみません……」
「いや、良く考えたらお前のせいではないな……」
途端に冷静になったのかと思うと、蓮巳先輩は小さく息を吐き、白紙の企画書を端へと寄せた。
「貸せ、見てやる」
「え、でも、」
「こっちは直ぐに終わる。だから、先ずはお前の方を見せてくれ」
本人にそう言われては従う他なく、私は遠慮がちに企画書を差し出した。
企画書を受け取った彼は、一度眼鏡のブリッジを上げると、内容に目を通し始める。
「ここの詰めが甘いな。このままにしていると、当日破綻するぞ。あと、この予算はなんだ、まさかこれで全てが用意出来るとでも思っているのか?参加アイドルの数もまだ少ないな。もっと数人増やした方がまとまって見えるだろう」
彼は自身が受け持つ大量の企画書が見えているのかと疑惑を抱くくらい、いつも私に時間を割いてくれる。いや、実際割いてくれてるのは私が担当する企画書だが、それでも何かと親身になってくれて、忙しいはずなのにこうして私の企画書の手直しをしてくれる。
彼は一頻りダメ出しをしたあと、必ず最後にこう締めくくるのだ。
「修正したらまた持ってこい」
漸く手元に戻って来た企画書には、大量の赤が入れられていて思わず肩を落とした。
だが、指摘は耳が痛くなるくらいの正論であったから、直さないわけにもいかない。生徒会室を出ると早速、言われた箇所の修正に入った。それは翌日の放課後まで及び、教師や同級生の意見も借りて、漸く企画書が完成した。
こうして見ると私が最初に手掛けた企画書とは全くの別物になっていて、最早これは私が提案したと言っていいのか分からない出来となっていた。徐々に良くなっていく企画書に、みんなからは初期と比べると間違えたと褒められたが、その半分以上がとある先輩のお節介があってこそなのであまり褒められた気もせず、心境は複雑だ。
ともあれ、完成はした。遅い時間になってしまったが、彼の抱える仕事も粗方片付いた頃だろう。
今日は変な気を揉まずにじっくり語り合えそうだと、この時の私はそう思っていた。
しかし、戸を開けた先の風景はいつもとなんら変わりなく、私は自分の間の悪さを改めて痛感したのだった。
「……なまえか、遅かったな」
彼は私の姿を視認し、持っていた筆を置いた。
見るからに手をつけ始めたばかりの空白が目立つ企画書が都会のビルのように積まれていた。
「すみません」
「それは何に対する謝罪だ」
「あの、どうやらまた間が悪い時に来てしまったようなので……」
そう言うと、彼はほんの少し目を見開いたあと、自分の手元にある企画書へと目線を落とす。そして、わかりやすく驚いた表情を見せた。
「あの、」
声を掛けると、蓮巳先輩はハッとしたように顔を上げた。
その動きで僅かに眼鏡の位置がズれる。……目に見えて、動揺している。その様子にどうしたのかと訊ねようとしたが、それを遮るようにこほん。と、態とらしい咳払いが聞こえた。
「丁度、手を付けたばかりなだけだ。気にするな」
どこか気恥ずかしそうに語るそれは、どこか言い訳じみているように聞こえた。一体誰に対する言い訳なのだろうか、そのことについて考える前に、話を戻される。
「それより、企画書は持って来たか?」
「あ、はい!」
手に持っていた企画書を彼へと渡すと、次にきゅぽんとペンのキャップを引き抜く音が聞こえた。
これでも、まだ赤を入れるつもりなのかと、終わりが見えない手直しに私は肩を竦めた。
今頃、赤の増えた企画書に頭を抱えているであろう女子生徒を思い浮かべ、生徒会長は思わず笑いを零した。
親友の恋慕に知らずうちに付き合わされる彼女は憐れだが、傍観するこちらとしては、これほど面白いものはなかった。
「健気だね、あの子」
その言葉に、彼は何一つ反応を示さなかった。
それが一種の意地か、はたまた図星を突かれた故のものなのかは分からないが、兎に角、頑なに口を閉ざしていた。
言葉を発した本人は、反応が無いことに少しだけ面白くなさそうに目尻を下げたが、それも良しとしたのか、今度は流暢に話を進める。
「彼女の企画書なら僕も見させてもらったよ、個人的には修正なんて必要ないくらい纏まっているものだと感じたのだけど」
「……」
「彼女と話し終えた後の君の仕事は目を見張るものがある、あれだけ溜まっていた企画書が一瞬で減って行くのは見ていて圧巻だったよ」
「……」
「そうそう。君曰く、その『丁度、手を付けたばかりの企画書』のことだけど、」
「英智」
漸く口を開いたかと思えば、たった一言であった。
だが、その言葉に隠された牽制の意味に気付かない彼では無い。その鋭い眼光に晒された生徒会長は、態とらしく肩を竦めた。
「君のやり方に文句はないよ、ただ親友としてもどかしさを感じたけどね」
「余計な世話だな」
「心配くらいはさせて欲しいなぁ」
恐らく、彼は長期計画で行くつもりなのだろう。気の短い生徒会長には到底真似できない、気が遠くなる計画だ。……でもまぁ、彼の癖が治らない限り、案外その恋情が気付かれるのはそう先の話ではないと踏んでいる。その癖は彼も把握しているのだろう、そうでなければ、彼があれほど動揺を見せることはなかっただろう。そして、その癖が、治そうと思って治せるものではないというのもよく理解しているはずだ。本来、癖とはそういうものに付けられる名称であった。
「ところで、筆は進んでいるかい?」
「……誰かさんのせいで全く進まないな」
「おや、なまえちゃんはもう此処には居ない筈だけど」
「いい加減にしろ、英智」
バツの悪そうな親友の言葉に、生徒会長は堪らず笑い声をあげた。
君のせいで筆が進まない