瞼越しに光を感じて、ゆっくりと緩慢な動きで瞼を持ち上げた。
ぼんやりと視界に映った光景は、慣れ親しんだ家のリビングでも自室でもなく、物が乱雑に置かれたガラクタ倉庫のような場所だった。更に、枕だと思って敷いていたものは、なんと次の役の台本であった。
「おはようございます、名前さん!」
状況が掴めずぽかんとしていると、机を挟んだ先で日々樹先輩が寝起きの私に向かって、溌剌と挨拶をした。その顔には態とらしいくらい満開の笑顔が咲いている。……何かを隠している。そう断言できるくらい態とらしく胡散臭い笑みだったが、その一枚下に隠れている顔はいつだって不透明で、一度だって見せてもらったことがない。
これは踏み込んだところで無駄だろうなぁと、寝惚けている癖に反射でその答えを導き出せる私は日頃から随分と彼に振り回されているらしい。
「フフフ、そんなに見られたら穴が開いてしまいます☆」
茶化すような言葉を聞いて、自分の答えが間違いではないことを確信する。
それがさびしいなどと、また寝惚けたことを考えながら、ゆっくりと状況を整理する。
「……私、ひょっとして寝てましたか?」
「ひょっとしてなくても寝てましたよ、それはもうグッスリと!余りにも起きないようなので、本物の王子様でも探しに行こうかと思っていた所です」
「……はぁ」
今日も日々樹渉ワールド全開ですね、と皮肉を返せなかったのが寝起き故の痛恨のミスである。
先程の会話で、「あぁ、白雪姫のことね」と粗方察してしまう自分もそんな狂った世界の住人のような気がして、なんとなく腹が立った。
「次の劇は白雪姫でもしますか」
「いいですねぇ、そうなると貴女がお姫様で、私は意地悪な継母か良くて鏡の役でしょうか?」
「良くて鏡なんだ……小人とかではないんですね」
「小人でもいいですね!七人もの役を演じるとなると流石に大変そうですが、演じる此方側としては存分に楽しめそうです☆」
「想像しただけで喧しいので日々樹先輩は一役で結構です」
思い付きの発想だったのたが、私の提案が気に入ったのか日々樹先輩は次々と役を組んでいく。
狩人は彼がいいだの、王子はやっぱり彼しかいない、だのと、独り言にしては大きい呟きを口にしながら。
そこで、ふと、先ほどから彼が決して口に出さない役を思い出した。
「王子様の役はどうでしょうか」
そう言えば、きょとんと、無防備な顔をこちらに向けた。その顔は、今まで見たどの表情よりも自然に見えた。
「私が?」
「はい」
「王子を?」
「はい」
律儀にも全て肯定してあげたというのに、先輩はニンマリと笑うだけ。先ほど見た、完璧で隙のない態とらしい笑顔で。それに、あっまた隠した。なんて揚げ足取りは心の中だけで留めておくことにする。
「残念ながら、白雪姫を起こせない王子様なんて役はありません」
口角を上げたままの口許から発された言葉はなんとも日々樹渉らしい意味不明な物だった。
意味が分からないのに、彼らしいとはこれ如何にと思うだろうが、理解出来ない事こそ彼のアイデンティティなのだ。
「なんですかそれ。なぞなぞか何かですか?」
「フフ、そんな複雑なものじゃありませんよ。それに、」
彼の笑顔が、ほんの少し崩れる。
「私が王子などではないことは、ついさっき貴方が証明してくれたじゃありませんか」
……"ついさっき”と言われても、そのついさっきの私は寝てただけなんだけど。然し、追求したところで無意味だ。そう判断した私は聞き分けの良いフリをして、手元の台本へと目を落とした
ぼんやりと視界に映った光景は、慣れ親しんだ家のリビングでも自室でもなく、物が乱雑に置かれたガラクタ倉庫のような場所だった。更に、枕だと思って敷いていたものは、なんと次の役の台本であった。
「おはようございます、名前さん!」
状況が掴めずぽかんとしていると、机を挟んだ先で日々樹先輩が寝起きの私に向かって、溌剌と挨拶をした。その顔には態とらしいくらい満開の笑顔が咲いている。……何かを隠している。そう断言できるくらい態とらしく胡散臭い笑みだったが、その一枚下に隠れている顔はいつだって不透明で、一度だって見せてもらったことがない。
これは踏み込んだところで無駄だろうなぁと、寝惚けている癖に反射でその答えを導き出せる私は日頃から随分と彼に振り回されているらしい。
「フフフ、そんなに見られたら穴が開いてしまいます☆」
茶化すような言葉を聞いて、自分の答えが間違いではないことを確信する。
それがさびしいなどと、また寝惚けたことを考えながら、ゆっくりと状況を整理する。
「……私、ひょっとして寝てましたか?」
「ひょっとしてなくても寝てましたよ、それはもうグッスリと!余りにも起きないようなので、本物の王子様でも探しに行こうかと思っていた所です」
「……はぁ」
今日も日々樹渉ワールド全開ですね、と皮肉を返せなかったのが寝起き故の痛恨のミスである。
先程の会話で、「あぁ、白雪姫のことね」と粗方察してしまう自分もそんな狂った世界の住人のような気がして、なんとなく腹が立った。
「次の劇は白雪姫でもしますか」
「いいですねぇ、そうなると貴女がお姫様で、私は意地悪な継母か良くて鏡の役でしょうか?」
「良くて鏡なんだ……小人とかではないんですね」
「小人でもいいですね!七人もの役を演じるとなると流石に大変そうですが、演じる此方側としては存分に楽しめそうです☆」
「想像しただけで喧しいので日々樹先輩は一役で結構です」
思い付きの発想だったのたが、私の提案が気に入ったのか日々樹先輩は次々と役を組んでいく。
狩人は彼がいいだの、王子はやっぱり彼しかいない、だのと、独り言にしては大きい呟きを口にしながら。
そこで、ふと、先ほどから彼が決して口に出さない役を思い出した。
「王子様の役はどうでしょうか」
そう言えば、きょとんと、無防備な顔をこちらに向けた。その顔は、今まで見たどの表情よりも自然に見えた。
「私が?」
「はい」
「王子を?」
「はい」
律儀にも全て肯定してあげたというのに、先輩はニンマリと笑うだけ。先ほど見た、完璧で隙のない態とらしい笑顔で。それに、あっまた隠した。なんて揚げ足取りは心の中だけで留めておくことにする。
「残念ながら、白雪姫を起こせない王子様なんて役はありません」
口角を上げたままの口許から発された言葉はなんとも日々樹渉らしい意味不明な物だった。
意味が分からないのに、彼らしいとはこれ如何にと思うだろうが、理解出来ない事こそ彼のアイデンティティなのだ。
「なんですかそれ。なぞなぞか何かですか?」
「フフ、そんな複雑なものじゃありませんよ。それに、」
彼の笑顔が、ほんの少し崩れる。
「私が王子などではないことは、ついさっき貴方が証明してくれたじゃありませんか」
……"ついさっき”と言われても、そのついさっきの私は寝てただけなんだけど。然し、追求したところで無意味だ。そう判断した私は聞き分けの良いフリをして、手元の台本へと目を落とした
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