足首まで浸かる水面を爪先で弄びながら、陽が傾き始めた空を見上げた。

 風の向きに従い流れていく雲、つまらないその光景を一生見ていられると思ったのは後にも先にも今日だけだろう。厳密に言うと、いつもと変わらない空一つにも感傷的な思いを乗せてしまうのは、もうこれきりでいい。

 夕日がそのまま映り込んだ水面が、キラキラと宝石を散りばめたように輝いている。写真に閉じ込めたくなるほど美しく、幻想的な光景なのに、現実的な重みのあるスクールカバンには生憎"携帯"だけ"が無かった。でも、ここでシャッター音なんてものを鳴らせばこの夢から覚めてしまうだろうから、やはり文明の利器とは無くてもいいのだ。

 海水に足をつけながら暫くの間微睡んでいると、優しく揺り起こされる。

「おじょうさん、」

 ぱちり、目を開ければ、真夏の海を思わせる涼しい髪の色をした男と目が合う。にこーっと、子供のように笑う姿に外見よりも幼い印象を受けた。

「うみでねると、『どざえもん』になってしまいますよ」
「……それもそうですね」

 足は海の温度に溶け込んでしまったのか、氷のように冷たくなっていて思わず身震いした。
 暖かくなって来たとはいえ、海はまだ寒い。震える私を見兼ねたのか、座り込む私に男は手を差し出す。

「あたたかいところにいきましょう」

 引っ張てくれるのだろうか、お言葉に甘えて手を掴めば、ひんやりと冷たい鉄のような体温が伝わる。その体温はまるで死人のようだ。と、そんな物騒なことを考えた。

 光の射す方へ近付けば近付く程、体が冷たくなっていくのを感じた。
 手を引いてくれる男の顔を伺ったが、彼はにこにこと、人好きのする笑顔を浮かべるのみだ。

「もうすこしでつきますよ」

 また一歩踏み出した時。ぶるりと背筋が凍り付いた。

 寒い、寒い、寒い!
 進めば進むほど冷えていく体温に、思わず手を払った。




  ──目を覚ませば、顔から下が異様に冷たくなっていた。

 下を見れば、私の身体は海に浸かっていて、あと一歩踏み出せば溺れていたくらい深いところまで来ていた。
 寝惚けていたのだろうか、慌てて浅瀬へと引き返す。水を吸った制服が重くて、スカートを搾った。身体もすっかり冷えてしまって、早く帰って着替えなければと、帰路を見据えて歩き始めた。


 途中、ふと何かが気になり振り返ってみれば、海の中から誰かが手を振っているのが見えた気がした。
ゆりゆられ