散歩ついでに立ち寄った河原には、小さな土筆が生えていた。まだまだ肌寒い時期だが、こうして土筆が見られたということは春が近いのだろう。春は好きだ。きれいな花がたくさん咲いて、どこにいても春の匂いがするから。
土筆を見て春の足音を聞いた気になり、少し顔を綻ばせながら歩いていると、背後から声が掛けられる。
「なまえさん」
振り向くと、ジャージ姿の天城一彩がこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。その姿に、足を止める。私に追いついた彼は、走ってきたにも関わらず息の一つも上がっていなかった。
「おはよう、一彩くん。えっと、走ってたの?」
「ウム、部屋にいてもなんだか落ち着かなくてね、星奏館の周りを走っていたんだ」
その話を聞いて、確かにこの辺りは星奏館の近くであったことを思い出す。だからここに居るのかと、一人納得していると、ふと一彩くんがじ、とこっちを見ていることに気付く。
「どうしたの?」
「なんだか、今日のなまえさんは嬉しそうだと思って」
そう言って、不思議そうな顔をする一彩くん。その言葉に、先ほど河原で見た光景を思い出した。
「あぁ、えっと、そこの河原に土筆が咲いていてね。もう春なんだなぁって思うと嬉しくなっちゃって」
「そうなんだね、僕は見ていないからよくわからないけど、なまえさんが嬉しいなら、僕も嬉しいよ」
走っていた一彩くんは、河原の土筆を見ていないようだ。それに、なんだか勿体無いな、と思う。都会ではあまり見れない土筆だが、彼の故郷にはきっとたくさん生えていただろう。そう思うと、一彩くんにもあの光景を見せてあげたくなった。
「それなら、今度一緒に……」
そう言いかけて、慌てて口を噤む。歯切れの悪いその言葉に、一彩くんは首を傾げた。なんでもない、と誤魔化してしまってもいいが、好奇心旺盛な一彩くんにその策はあまり通用しない気がする。悩んだ末に、私は正直に話すことにした。
「ごめん、一緒には行けなかったね」
「それはどうしてなんだい?」
「一彩くんはアイドルだから、二人きりはだめだよ」
「……フム。そういうものなんだね」
まだ納得しきれていない様子の一彩くんに、そうだよ、と返す。素直な子だけど、だからこそ、この話はまだ難しかったようだ。
「えっと、場所を教えるから、暇があったら見に行ってみて」
持ってきた鞄から紙を取り出し、簡易の地図を描こうとした。だが、その手を抑えるように、一彩くんの手が重なる。さっきまで走っていたからだろうか、その手は、私よりも少しだけ温かかった。
「どうしても、なまえさんは一緒にいけないのかな」
「一人がいやならALKALOIDのメンバーとか誘って行っても……」
「メンバーと行くのももちろん楽しいだろうけど、僕はなまえさんとがいいよ」
幼いその言い方に、思わず身動ぎをする。普段聞き分けの良い彼がこうした我が儘を言うのは珍しくて、変に動揺してしまった。
「い、一緒に行って誰かに見られたら誤解されかねないし、そうなったら一彩くんも困るでしょう」
でも、これだけは譲れなかった。なんたって彼はアイドルだ。プロデューサーの私が彼の側にいれるのは仕事の時だけ。本当は、今こうして話しているのだってあまりよくないことだ。
だから、と言葉を続けようとした時、触れているだけだった彼の手に、力が入る。
「困らないよ」
力強いその言葉に、ぱちりと瞬きをした。
「困らないから、僕はなまえさんと一緒に行きたいよ」
言葉に詰まる。思わず顔を上げると、真剣な表情をした彼と目が合って、それにまた言葉が出なくなった。……彼はなにもわかっていない。わかってないから、そんなことが言えるのだと、そう自分に言い聞かせる。
少し暑くなった頬を撫でるように、心地よい風が吹く。その風は、先ほど吹いていたものよりも暖く、それに私は、少し早い春の訪れを感じ取ったのだ。
土筆を見て春の足音を聞いた気になり、少し顔を綻ばせながら歩いていると、背後から声が掛けられる。
「なまえさん」
振り向くと、ジャージ姿の天城一彩がこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。その姿に、足を止める。私に追いついた彼は、走ってきたにも関わらず息の一つも上がっていなかった。
「おはよう、一彩くん。えっと、走ってたの?」
「ウム、部屋にいてもなんだか落ち着かなくてね、星奏館の周りを走っていたんだ」
その話を聞いて、確かにこの辺りは星奏館の近くであったことを思い出す。だからここに居るのかと、一人納得していると、ふと一彩くんがじ、とこっちを見ていることに気付く。
「どうしたの?」
「なんだか、今日のなまえさんは嬉しそうだと思って」
そう言って、不思議そうな顔をする一彩くん。その言葉に、先ほど河原で見た光景を思い出した。
「あぁ、えっと、そこの河原に土筆が咲いていてね。もう春なんだなぁって思うと嬉しくなっちゃって」
「そうなんだね、僕は見ていないからよくわからないけど、なまえさんが嬉しいなら、僕も嬉しいよ」
走っていた一彩くんは、河原の土筆を見ていないようだ。それに、なんだか勿体無いな、と思う。都会ではあまり見れない土筆だが、彼の故郷にはきっとたくさん生えていただろう。そう思うと、一彩くんにもあの光景を見せてあげたくなった。
「それなら、今度一緒に……」
そう言いかけて、慌てて口を噤む。歯切れの悪いその言葉に、一彩くんは首を傾げた。なんでもない、と誤魔化してしまってもいいが、好奇心旺盛な一彩くんにその策はあまり通用しない気がする。悩んだ末に、私は正直に話すことにした。
「ごめん、一緒には行けなかったね」
「それはどうしてなんだい?」
「一彩くんはアイドルだから、二人きりはだめだよ」
「……フム。そういうものなんだね」
まだ納得しきれていない様子の一彩くんに、そうだよ、と返す。素直な子だけど、だからこそ、この話はまだ難しかったようだ。
「えっと、場所を教えるから、暇があったら見に行ってみて」
持ってきた鞄から紙を取り出し、簡易の地図を描こうとした。だが、その手を抑えるように、一彩くんの手が重なる。さっきまで走っていたからだろうか、その手は、私よりも少しだけ温かかった。
「どうしても、なまえさんは一緒にいけないのかな」
「一人がいやならALKALOIDのメンバーとか誘って行っても……」
「メンバーと行くのももちろん楽しいだろうけど、僕はなまえさんとがいいよ」
幼いその言い方に、思わず身動ぎをする。普段聞き分けの良い彼がこうした我が儘を言うのは珍しくて、変に動揺してしまった。
「い、一緒に行って誰かに見られたら誤解されかねないし、そうなったら一彩くんも困るでしょう」
でも、これだけは譲れなかった。なんたって彼はアイドルだ。プロデューサーの私が彼の側にいれるのは仕事の時だけ。本当は、今こうして話しているのだってあまりよくないことだ。
だから、と言葉を続けようとした時、触れているだけだった彼の手に、力が入る。
「困らないよ」
力強いその言葉に、ぱちりと瞬きをした。
「困らないから、僕はなまえさんと一緒に行きたいよ」
言葉に詰まる。思わず顔を上げると、真剣な表情をした彼と目が合って、それにまた言葉が出なくなった。……彼はなにもわかっていない。わかってないから、そんなことが言えるのだと、そう自分に言い聞かせる。
少し暑くなった頬を撫でるように、心地よい風が吹く。その風は、先ほど吹いていたものよりも暖く、それに私は、少し早い春の訪れを感じ取ったのだ。
君は春に近い