その灼けるような瞳が星空が映しているのを見た時、熟熟、夜の似合わない男だと思った。


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「煉獄さん」

 名前を呼ぶと、私に気付いた彼が振り返り、こちらに向かって手招きをした。それに誘われるように、吊り橋に足を掛けた時、ギシリ、と大袈裟に足場が揺れた。いつ架けられたかもわからないこの吊り橋を渡るのは、もはや命を預けるのと同意義だった。
 一歩、一歩と踏み出す度に、心臓が冷えていく心地がした。そうしてなんとか煉獄さんの元に辿り着いた頃には、彼の興味はすっかり空へと移っていた。

「お月見ですか?」
「いや、どちらかと言うと星を見ていたんだが、そうか」

 今日は月も綺麗だったな、とまるで今気付いたかのように、煉獄さんは夜空を見上げたまま呟いた。

「月が満ちたら、その時は月見酒と洒落込もう」
「いいですねぇ」

 因みに、満月は5日後ですよと付け足せば、よもや、案外近いんだなぁと煉獄さんは嬉しそうに笑った。

「その日までに、帰ってきてくださいね」
「そうだな」
「信じてますから」

 なんとなく、待ってます、では弱いかと思って、敢えてその言葉を選んだ。
 そんな私の言葉に、煉獄さんは少しだけ驚いたように目を瞠らせた後、今度はその目を細めるようにして笑った。こういう時、口約束さえもしてくれないのが彼の優しさであり、狡さでもあるのだということを、私は、よく知っていた。

「夜は冷えるだろう。そろそろ戻ろう」
「……いえ、もう少しだけ、このままがいいです」
「そうか」

 己の弱さを見せるのは、相手がそれを受け入れてくれると分かっている時だけだった。
 ギィギィと橋の軋む音が、すぐそこから聴こえてくる。
 いつ架けられたかもわからないこの吊り橋が、今、音を立てて崩れて、そうして二人で奈落に落とされたとしても、私はきっと、後悔なんてしないのに。

 駄々を捏ねるみたいに、彼の服の裾を強く握った。
さっきから視線の合わない彼の横顔をぼんやり見つめながら、私たちの関係は、この吊り橋よりも遥かに脆いものであるということを、思わずにはいられなかった。

明けない夜がいい