Any,any


1 匹目 こじれた緊張と不安


東京のマンションで一人暮らしを始めて早一ヶ月、都立音駒高校に入学して一ヶ月弱。
二歳になって急に宿った前世の記憶から、精神が大分大人になって15年。また、学校の制服を着ることになるとは。しかもセーラー服…。
男子はブレザーなのになぁと思いながら、前世では体験したことのない膝上15センチのスカートを履いてセーラー服の上にミルク色のニットカーディガンを着る。パステルブルーのリュックを背負い、部屋を出て学校へ向かった。


・・・


精神年齢が高校生の年齢×2弱といえども、性格は簡単によくなるものではないと思う。

昼休み。お弁当の入ったバッグを机の上に置いて視線を教室内に巡らす。もう既に女子のグループがいくつかできていて楽しそうに会話している。
話しかけよう。一緒に食べてもいい?って。
話しかけ…。
ゆっくりと席を立って、お弁当のバッグを胸に抱えて目立たないように気をつけながら教室を出た。

第二体育館の外への階段近く、芝生とコンクリートに囲まれた木製のベンチ。
まるで隠されたようにあるそのベンチに座り、ほっと落ち着いた。一人は安心するのに、一人でいることが苦しくて恥ずかしい。

「わがままだなぁ…」

人と関わるのが苦手。素を出すなんてもっての他だ。
特に同世代の女子が不快にさせたらと考えたら話すのが怖くてたまらない。
水色と白のバッグから小さめの弁当箱を取り出してもそもそと食べ始める。一人暮らしをすると必然的に料理は覚える。少し甘めでジューシーな卵焼きとお気に入りの創作料理達。美味しい筈なのになぁ。
この頃、頑張って料理を作っても食欲がなく冷凍したものをたまに泊まりにくるいとこが食べてくれる。
今日も箸が進まず、半分しか食べることができず弁当をしまった。
その時、何処からか転がってきたボールが足にぶつかり首を傾げて両手で拾った。
見たところ、バレーボール…だろうか?
さわさわとそよぐ風にセミロングの黒髪が靡く。

「あっ!それうちのボール!すみません!」
「!」

遠くで声が聞こえたかと思うと自分の体に影がかかり、すぐ真上から同じ声で呼び掛けられた。
ぱっと上を向いて、目を見開いた。

大きい…というか長い。

目の前に立つ巨人に驚いて声が出せなかった。
灰色の髪につり上がった眉と猫のような目。

「ってあれ?もしかして三浦さん?」
「え?え?」
「えー、わかんないのー?同じクラスの三浦さんだよね?」
「あ、………!は」
「ん?」
「灰羽!君?」
「そうそう!俺、灰羽リエーフ!」

覚えててくれてたー!
体格に合わない明るい笑顔で喜ぶリエーフに果峰もゆるりと頬を緩ませた。

「あー!三浦さん笑えんの!?」
「え?!ふ、普通に?」
「だって教室で笑ってんの見たことない!」
「うっ…」
「あっ!そういえばクラスの奴らと話してるとこも見たことないな!友達いないのか?」
「うっ!」

純粋な眼差しでグサグサと傷口を抉ってくるリエーフに果峰は項垂れる。

「好きで友達いない訳じゃないよ…」
「ふーん、…友達欲しい?」
「え、ま、まぁ…欲しい、です…」
「よっしゃ!じゃあ、一緒に来いよ!あ、弁当これ?持ってくな!行くぞー!」
「は?!ちょっと待っ」

だだだだ!と巨体を走らせて体育館の中へ駆けていったリエーフをポカーンと見つめてはっと我に返る。
行きたくない。
でも弁当を人質に取られているし、リエーフの純粋な善意での行動だろうし…。
渋々腰をあげて、開けっ放しになっている体育館の出入口から中を除きこんだ。

「あ!三浦さん!なんでついてこないんだよー!俺一人で恥ずかしい思いしちゃったじゃんかー!」
「ご、ごめんなさい…?」
「許す!黒尾さん!こいつがさっき話した奴です!」
「えっ!何話したの灰羽君!」
「全部」
「ええぇ…」

中を見ようと顔だけ出して覗いてすぐリエーフが果峰に気付きプンプンと理不尽に怒りだした。
元気で元気なリエーフの勢いと何をしでかすかわからないポテンシャルに果峰は頭を抱えた。

「わりぃな、うちの下っ端一年が迷惑かけたみてぇで」
「あ、いえ…。灰羽君も良かれと思ってしてくれようと行動したんでしょうし、平気です」
「へぇ、…あんたリエーフと同じ一年らしいな。部活は入ってんのか?」
「いえ、まだ…です」
「おっ、なら好都合じゃねぇか」
「?好都合、って」
「おい、黒尾」
「いいじゃねぇか、夜久。こっちも困ってるし、虎とか絶対喜ぶだろ」

リエーフが黒尾さんと呼んでいた背の高い男の人が話しかけてきた。見た目的に三年だろうか。
夜久という人との会話についていけず、ぽかんと二人を見ていると黒尾がニヤリと笑ってこちらに向き直った。

「あんた学校で友達とまではいかなくとも知り合いとか共通の友人くらいは欲しいよな?」
「はい…できれば、ですけど」
「なら俺達がそれになってやるよ」
「ほ、ほんとですか…!」

悪人面なのに優しい人だった!
キラキラと目を輝かせて黒尾を見ていると、「でもタダで、とはいかねぇよなぁ?」と更に笑みを深めた。

「黒尾、それじゃ借金の取り立てみてぇだぞ」
「1年ビビらせてんじゃないぞー」
「夜久、海うるせぇ!てめぇらだってマネージャー欲しいつってただろうが!」
「マネージャー?」

黒尾から聞こえた言葉を呟くと彼はこちらに顔を戻して嬉しそうに笑った。

「おっ、食い付いたか?そ、俺らのマネージャーになってくんねぇ?」
「…わ」
「「「わ?」」」
「わ、私で良ければ!やってみたいです!マネージャーの仕事っ」
「「「おぉ〜!!」」」

前世ではなったことのない運動部。
なかなか勇気が出せなくて右往左往していたが、まさかこんなチャンスがあるとは。

「三浦ふぁん、まねーなーしてくふぇんにょ?」
「え、うん。…って、うん?!」
「リエーフ、お前何食ってんだよ」

今まで静かだったリエーフの声の方に顔を向けて目を見張った。夜久が座っているリエーフの手元を除き込むとそこには水色の、小さな弁当箱。

「三浦ふぁんのめんにょーっす」
「リエーフ!お前何勝手に食ってんだよ!」
「んむむ!ごっくん、っだってまだ重かったから余ってんのかなって開けたらすごい美味しそうだったんすもん!」
「だからって食うか!しかも食べ掛けだろ、それ!三浦さん後から食べるつもりだったらどうすんだ!」
「どうしよう夜久さん!」
「俺に聞くのかよ!」
「ああぁ…だ、大丈夫です。あんまり食欲なくて残してたから…逆に助かったよ。ありがとう灰羽君」

空っぽになった弁当箱をリエーフの大きな手からするりと取って片付ける。そのかわりに先ほど拾ってそのままだったバレーボールをリエーフの手元ぽすんと置いた。

「こんなちっさい弁当も食べれないの?研磨さんみたいだな!」
「リエーフ…、その位食べれる」
「!び、びっくりした」
「おー、研磨。やっと来たか」
「何これ…。何してるの?」
「喜べ研磨。我が男子バレー部に念願のマネージャー確保だ」
「マネージャー…?」

体育館の出入口から現れた、黒髪…金髪のプリン頭の男子にびくりと肩を揺らす。派手な髪色に反して大人しそうな声と雰囲気のその人の猫みたいな目がこちらを見る。

「は、初めまして1年3組三浦果峰です」
「2年孤爪研磨…。敬語はつけなくていいよ、あんまり好きじゃない」
「あ、はい…!い、いえ。うん」
「そういえば、まだ自己紹介してなかったな。俺は3年部長の黒尾鉄郎、ポジションはミドルブロッカー」
「同じ3年の夜久衛輔、リベロだ」
「同じく3年、海信行だ。よろしくな」
「俺!俺は1年3組灰羽リエーフ!」
「わかるよ、さっき聞いたもん」
「でも二回自己紹介するまで覚えてなかったじゃん」
「もう覚えたからいーと思います。え、と、これからよろしくお願いします」

ギャーギャー喚いているリエーフを無視してぺこりと先輩方に挨拶すると爽やかに皆応えてくれた。

「じゃあ、今日の放課後から頼むわ」
「はい、あ…でも私ジャージ持ってないです」
「今日は軽く説明するだけだから大丈夫だ。あー、でも上着だけ誰かから借りとけ。ボールで汚れてもいけねぇからな」
「………いです」
「あ?なんか言ったか?」
「ジャージ借りる、人いない、です」

ぷるぷると震えて涙目でそう言う果峰に黒尾は「やべっ」と呟いて冷や汗を垂らした。

「黒尾、早速マネージャー泣かせたな」
「なんて部長だ」
「黙れ!み、三浦!ジャージなら俺の貸してやるって!二枚あるから、な?」
「う、はい…すみません…」
「悪かったな」

よしよしと撫でる黒尾の手に温もりを感じて不安げにそろそろと上目で見上げると、今の失態も何とも思っていないような気概のある表情で笑う黒尾がいて、ほっと安心する。
あぁ、怖い。早く帰りたい。
こんな良い人そうな人達にまで迷惑かけて不快な思いをさせたら…。
でも、頑張れば一緒に、…いれるかも、知れない。
もうマネージャー引き受けてしまったし、責任もって頑張らなきゃ…。
緊張でドクドクと痛み続ける胸と頭に落ち着け落ち着けと命令する。

「三浦さん、顔真っ青だ。大丈夫ー?」
「ひっ!う、大丈夫!うん!」
「ひっ!つったけど大丈夫か?」
「黒尾さんの悪人面のせいっすか?」
「リエーフお前今日の部活覚悟しとけよ」

リエーフが果峰の顔を覗き込む。
50pほどの身長差のせいか、ほとんどお辞儀するように屈むリエーフに果峰はぶんぶんと首を横に振る。
どうすればいいの、笑えばいいの?
何か喋ればいいの?でも、私喋っていいのかな…。
またぐるぐると緊張の無限ループに入っていると、ポンポンっと両肩を叩かれた。

「そんな難しい顔して何考えてんだよー」
「うっ…!」

そのままドシッとのし掛かってきたリエーフの重さに耐えられず、体が前に傾く。

「灰羽く、重い…」
「おいリエーフ、手加減してやれ。三浦が潰れんぞ」
「うえっ!!ごめん三浦さん!」
「ぜ、全然大丈夫!」

あはは、と苦笑らしい苦笑を浮かべてしまった。
どうしよう。せっかく歓迎してくれてるのに謝らせてしまった。
再び青ざめていると、トントンと肩を叩かれた気がして振り返った。
そこにいたのは先ほど登場した弧爪先輩だった。

「こ、弧爪先輩…」
「研磨でいいよ。先輩も…できればいらない」
「せめてさん付けで…。えと…、何です、な、なに?」
「あんまり気を使わなくていいよ。みんなきっと何も考えてないから」
「!」
「特にリエーフは…、考えるって発想もないし…」
「灰羽君どうやって生きてるの…」
「はっ!誰かにバカにされてる気がする!」
「野性的勘じゃない…?」
「ふはっ」

研磨の言葉に思わず笑ってしまい、そのあとにはっと気づいて口を結ぶ。恐る恐る隣を見ると研磨はほんの少し口角を上げて微笑んでいた。その瞬間までずっと無表情だったので初めて見た笑顔に目を大きくする。

「うん、そっちの方がいいよ。ずっと緊張してるの疲れると思う…」
「…は、…うん」
「…」

そうは言うものの、…すぐにそうできるほど私は強くない。
無意識に目を逸らしてうつむく果峰を研磨はじっと観察していた。

「お、研磨から初対面の奴に話し掛けるなんて珍しいな。しかも女子」
「ホントだ!研磨さんっ三浦さんと何話してたんですか!」
「リエーフうるさい…」
「お前ら、あと10分で昼休み終わるぞ」
「あ、はい…っ」
「三浦さん!一緒に戻ろーぜ!」
「!!うん!」
「おお、三浦が元気になった」
「一緒にってのが嬉しかったんだろうな」

元気に話し掛けてくるリエーフに果峰は一生懸命相槌を打って言葉を返している。歩幅が違うため時々リエーフが置き去りにしてしまうが、果峰が追い付こうと走り出す度に「三浦さんおっそー!」と言って笑い、「足の長さ違うんだから当たり前だよっ!」と果峰は声を大きくして反論している。
全然タイプの違う後輩二人を見送りながら、三年と研磨も自身の校舎へ戻った。


・・・


来ちゃった、来ちゃった…来ちゃったよ。
いつもは早くこいと願う放課後を今日はまだこないでと思うほど、不安に苛まれていた。
ドクドク、ドクドクと体に鳴り響く重低音に沿って緊張に全身が固まる。
バレー部が使う体育館の扉を前にして私は10分ほど立ち尽くしていた。
ぎゅうぎゅうと握り締めた手のひらは爪の跡で真っ赤になっているだろう。
でもそろそろ入らなければ…、深呼吸を三回ほど繰り返して扉のひきてに指先を掛けて横にゆっくりとスライドする。どれだけ静かに開こうとしてもガララと体育館に響く音に「あぁあっ、うるさくしてごめんなさい…っ」と心の中で謝った。

「おっ、来たなー。猫又先生、さっき話したマネージャーの」
「おう。全員集まれ」
「「「「おっす!」」」」

恐る恐る開いた最初に果峰に気づいた黒尾がベンチに座った猫又先生に呼び掛けた。ばらけて練習していた部員が猫又先生のもとへ駆けていくのを扉の外から動けず見ていると、黒尾がちょいちょいと手招きした。
「お邪魔します…」と小さく呟いて中に入りとりあえず黒尾の側へ駆け寄った。全員の目がこちらに向いてたじろぐ。

「君がマネージャーを引き受けてくれた三浦さんか」
「は、はい!」
「正直とても助かる。これからよろしく頼むな」
「!はい、こちらこそお役に立てるようにが…えと、尽力しますっ」
「うむ、じゃあわしらはこれから会議があるから後は任せるぞ黒尾」
「はい」

体育館を出ていった先生方を見送って「んじゃあ、自己紹介でもすっか」と部員の注目を集めた。

「三年は昼休みのうちに済ませたから二年と一年、自己紹介&挨拶ー!」
「一年、犬岡走です!ポジションはミドルブロッカーです!」
「同じ一年の芝山優生です。リベロ志望してます!」

一年はこの二人と灰羽君か。
犬岡君は背が高いけど、元気さは灰羽君に近い。
芝山君は少し大人しそうだけど、犬岡君と仲良いのかな…。雰囲気が似てる感じ。
次、は二年の人かな?犬岡君の隣に立つモヒカンの人をじっと見上げると驚いた。
顔が真っ赤で、でも歓喜に満ちているような何かを堪えているような表情で視線が合うことなく、腕や体の向きさえも右往左往していた。
どうにも捉えようがない反応にもしかしてとネガティブ思考が動き出す。
私可愛くないからかな…?やっぱり明るくて可愛い人の方が男の子嬉しいよね…。
しゅん、と落ち込んでいると「おい山本、喜んでねぇでさっさと自己紹介しろ!」と黒尾がモヒカンの人を叱った。…………喜ん?

「だ、だ、だだってじょひっ、じょ女子マネーっジャー…っ、初め、ての!」
「え、っと…や、山本先輩…?」
「!!?!?待ってくれぇっ!まだ心の準備が!」
「へっ?じ、準備ですか…?」
「うぅぅわぁいゃぁっふぉぉぉおお!!!」

奇声の叫びを上げながらコートへ走り戻っていく山本に果峰はびくっと肩を揺らす。

「はぁ、あいつは二年の山本猛虎だ。ポジションはウィングスパイカー。あいつが一番女子マネを欲しがってた奴なんだけどな、女子に対する免疫がねぇんだよ」
「そ、そうなんですね…」

良かった…。嫌われてる訳ではなかったんだ。
猛虎はうおおお!と叫びながら近くのボールを片っ端からサーブして消費している。
じゃああれは喜びの感情表現って捉えてもいいのかな…?

「んじゃま、これからサポートよろしく」
「「「「お願いします!!!」」」」
「!!」

いかにも運動部らしい挨拶の仕方にびっくりしながらも夜久先輩が小声で「ほら、返事返事」と笑い掛けてくれるのにじわじわと感極まって「よろしくお願いしましゅっ!」と大声で噛んでしまった。
はっと恥ずかしさでぶわっと顔を真っ赤にになる。

「っくく。いいねぇ、三浦さん」
「き、聞かなかったことにして頂けると大変嬉しいです…」
「あんな大声じゃあ忘れらんねぇなぁ」
「〜っ!」
「せっかく入部したマネージャーいじめんなよ、黒尾」

恥ずかしさで何も言えないのか口をパクパクと開け閉めする果峰を黒尾はニタニタとからかい笑う。そんな黒尾を夜久は呆れたようにため息を吐いた。

「説明始める前にカーディガンだけ脱いで黒尾のジャージ着な。今日すぐにはマネ用のロッカー用意できなかったからステージ裏で申し訳ないけど」
「あ、はい!」
「ほらよ、ジャージ」
「あ、ありがとうございますっ」

黒尾先輩から受け取ったジャージを胸に抱えて夜久さんに指差されたステージに向かう。
セーラー服の下はキャミソールだからこれは脱げない。
明日からTシャツ持ってこよう…。
とりあえずカーディガンを脱ぎ、あとはリボンだけほどいて畳んでリュックに仕舞う。
立って黒尾のジャージの上着を広げる。
…………大きい。
私の体の半分以上はある大きさにびっくりしながらもいそいそと羽織り、チャックを閉める。
やはり腕の太さも違うから二の腕のジャージ幅はだるだるで何回か捲らなければ指先も出ない。長さもスカートがギリギリ隠れてしまう。
んー…まぁ、いいか。
いつもネガティブで悩み過ぎるのに、深く考えるのは面倒で放棄してしまう。

リュックをステージ横の階段の上に置き、階段を下りて黒尾のもとへ駆け寄った。
研磨さんや夜久さんと話していた黒尾先輩がこちらに気づいて目を大きくした。

「うおっ、あー…やべ、マジか」
「まぁ、三浦が着るとそうなるよな」
「…」
「?な、なんか変ですかね…。動きにくくはないですよ?」
「いや、変…ではねぇけどな?なんつーか…」

言いにくそうに頬をかく黒尾に首を傾げる。
その瞬間、「はぅあっ!!?」と山本先輩の声が聞こえてぱっと振り向く。
猛虎は果峰を見てわなわなと震えながら顔を赤くしていた。

「?山本先輩…?」
「で、でっけージャージで下に何も着てないように見え、ぐふっ!?」
「猛虎さん黙って!」
「山本、さすがにダメだ」

犬岡と海に押さえられた猛虎。
だが、言い放った言葉はしっかり果峰に届いていて果峰はきょとんとして自分の格好に視線を落とした。
そして顔を上げて、

「え、でも仕事に影響は、ないですよ…ね?」
「「「「…」」」」
「…果峰」

言葉を失った男子部員達から一足先に我に返った研磨は一旦部室に戻り、しばらくしてジャージの上着を持って果峰の側に寄った。

「?ジャージならもう黒尾先輩の…」
「クロのジャージはサイズ大きいから…、俺のやつならまだ果峰に合うと思う…」
「あ、ありがとうっ」

ジャージを受け取って再び着替えにいった果峰の背中を見送って部員達ははぁとため息を吐いた。

「研磨ナイスだわ」
「あぁ、マジな」

だぼだぼなジャージからのびる細く白い生足。
スカートが見えているならまだ平気だが、ジャージの下に着ているのが見えなければ現役男子高校生の俺達はあらぬ妄想を脳内で繰り広げてしまう。
それに三浦は結構可愛い方だと思う。それであぁいうのを天然でやられちゃこちらは堪ったもんじゃない。特に山本は。

「おっ、おっ、おっ、俺には刺激が、!」
「猛虎さん落ち着いて!」
「犬岡、芝山ほっとけ」
「すみませんっ、お待たせしましたっ」
「おー」
「研磨さん、ありがとうございます」
「…別に」

果峰が戻ってきたところで簡単にマネージャーの仕事を説明する。
水色のメモノートを取り出して説明を聞き逃さないように必死に書き込む果峰に黒尾は苦笑する。

「そんな一気に覚えられるもんじゃねぇから、ゆっくり覚えてけよ」
「は、はい!」
「わからない事あったらいつでも聞けな」
「はいっ」

優しく声を掛けてくれる黒尾と夜久に果峰は緊張で強張った表情で頷きながらも内心びくびくと二人の反応を伺っていた。
前世で何度かバイトをして、私はいつも辞める時不安と自己嫌悪に苛まれていてそのバイト先から出ていった。
最初は優しくて、褒めてくれて、でも三ヶ月位経ってミスをした時大丈夫だと言いながらも迷惑そうな表情を隠しきれていない上司に…あぁ、自分は仕事ができないダメな人間なんだと思った。
他の人が慣れて平然とバイトをしている隣でもう新人じゃないからミスなんてできない、迷惑なんて掛けちゃいけない、そうバクバクと緊張して…そしてミスを繰り返す。少し注意されるだけで落ち込んで一人になった時泣いて悔いてまた緊張して仕事してミスして…自分で面倒でバカな性格だとわかってるけど…。
きゅっとメモを握り締めて説明を聞いた。



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