その男、かっこいい件について

印象的だったのは、その愛くるしいほど丸い瞳と慎ましやかな背丈だった。セクシー系統、カッコいい系統、多種多様なアイドルが乱立する業界で彼の系統は、そうー

「可愛い系統…」
「それすっげー不服なんですけどね」

苦笑いを浮かべて眉尻を下げた彼、和泉三月さんはアイドリッシュセブンの中でも年長組に属するメンバーだけれどその容姿は可憐といえるほど愛らしいものだった。他のアイドルグループならば間違いなく、可愛い弟キャラ、として売り出される背丈と容姿。弟ではなくてお兄ちゃんなので、可愛いお兄ちゃんキャラか。いずれにせよ、売り出し方としては間違いなく、弟の一織君や、長身の環君、綺麗系統の壮五君や、頼れるお兄さんの大和さん、といった面々ではなく、どちらかといえば弟キャラで応援したくなる小動物―

「陸君と同じ系統に見えますからね」

しかし本人さんは不服なようで、苦笑の次は長く深いため息をついてしまった。「やっぱそうなるよな〜」とどこか悄然とした面持ちから見えるのは、心の底から彼がその評価を厭っていることだった。
人間、見た目が8割という。容姿が整っていなければそもそも見向きもされない。そしてアイドルという職業はある一定の容姿があるからこその世界で、その容姿が第一印象となる。印象は顏、体型、表情から構成されるので、三月さんが人にまず第一に抱かせる印象派やはり小動物感、可愛らしいという庇護欲のようなものだ。となれば、彼の売り込み方は容姿を活用した可愛い路線というのが一番、人々に分かりやすく取っつきやすい。
でも、その事実を彼も認識しているからこその、この苦笑いなんだとも思う。

「でも、そうですね…」

嫌なものは、嫌だというのも分かる。先ほどから三月さんの鈍い視線が向けられているモノに視線をやった。
撮影用に持ってきた、ファンシーなウサギのぬいぐるみやくまの置物は彼に持ってもらおうと思っていたものだ。
きゅっと抱いて、上目づかいで、はにかんだ笑顔、なんてベタで分かりやすい戦略だけれど、当の本人からはそんなことをしたくないという無言の要望が出されている。そりゃそうだ、だって可愛い路線は嫌なのだから。
けれど、この容姿ならその路線で行くのが1番無難で、そして受け入れられやすいと思う。アイドルになりたい、とこの容姿で来たのならそういう方向に持っていくものと思っていたけれど、そもそも、何故彼はこの道を目指したんだろう。
取材がてら、質問をぶつけてみた。

「三月さんは、どうしてアイドルになりたいと思われたんですか?」
「そりゃあ!」

ダンッ、と前傾姿勢になりテーブルに手を突いた三月さんに驚いて、思わず後ずさった。なんだ、どうしたと目を丸くした私に構わず、三月さんは爛々と目を輝かせる。

「ゼロに憧れたからですよ!」
「ゼロって…あの伝説のアイドルですよね」
「そう!ゼロに一度会ったことがあって、その時にもう俺興奮しちゃってさ!あんなに人を幸せにできるアイドルなんて見たことがなかったから、俺もゼロみたいになって人に幸せを届けたいって思ったわけ!」

「今はどこにいるんだろうな」と懐古する三月さんを見て、そういえばと私も思い起こした。

伝説のアイドル、ゼロは忽然と姿を消した。ゼロアリーナでのライブの後、メディアにもどこにも告げることなくゼロはその姿を大衆の前から消した。根強いファンが多くいた中で列島は悲壮感が漂ったらしいけど、それでも、謎の失踪という形で終わったからこそ、その伝説性が一層際立ったとも言えた。流星のごとく現れ、人々を熱狂の渦に落とし、最後は何一つ告げずに消えてしまった伝説のアイドル、ゼロ。話題としては十二分に価値があった。
それでも、過去の話になりつつある。今、ゼロの特集を組んだところであの時代ゼロに魅了された世代しか読むことはない。やっぱり今を生きる人たちにとっては、今、頂点で輝く人たちのことが一番に知りたいんだ。
そんな中、ゼロみたいになりたい、と興奮して喋る三月さんにふと笑いが漏れた。

「なんだか、すごいですね。ゼロって」
「当然だろ!ゼロは伝説のアイドルなんだから」
「いえ、伝説だからというわけではなく…」
「へ?」

だって、そうだ。ゼロは―

「三月さんの中にも、まだゼロがいるんだと思って」

彼の中にいるんだ。三月さんの熱意の根源にはたしかにゼロがいる。
消えてしまっても、姿が見えなくなっても、どこまでも人の心に残り続けて夢を与え続ける、それが、ゼロというアイドルなんだと三月さんの表情が、声が、物語っていた。
きらきらと輝いて、まるで夜空に輝く星のように多くの人を魅了して感動を伝え続ける。

「私自身、アイドルにあまり興味がなかったからゼロの名前は知っていてもそこまで入れ込んでなくて。でも、三月さんの表情を見ていると本当に素敵なアイドルだったんだと思いました」

「興奮して敬語とれちゃうくらいですもんね」とひとつ添えれば、サッと顔を青くした三月さんが頭を下げた。

「すみません!ゼロのことを話すとついつい熱が入っちゃって…」
「いいんですよ!三月さん、私と同じ年ですし。それに、なんだか私も楽しくなっちゃったので大丈夫です」

顏に華を咲かせた人の話は、とても素敵だ。何かに夢中になったり、感動したり、応援したり、人が見せる煌めきを見るのが好きなのは、彼もそして私も変わらない。
三月さんの笑顔はとても輝いていて、その口調も声音も力強く、熱意が芯まで伝わってくるようだった。

(あ、そっか)

そう思うと、やっぱり違う。確かに、三月さんの言うとおりだ。

可愛い、なんてしおらしいもんじゃない。

三月さんから外し視線を横に放置されていたぬいぐるみ達に注ぐ。なんでだよ、とビーズの目が使用を懇願してきた気もしたけど、やっぱり先ほどの三月さんの声も熱量も、すべてが、私がイメージした和泉三月とはやっぱり違って。小動物のように愛くるしい姿で人々を魅了するのは、彼ではない気がした。
ひとつ瞬いて、ゆっくりと三月さんに向き直る。

「これ、いらなかったですね」

ぼすりと、無造作につかんだぬいぐるみ達を紙袋に押し込んだ。
三月さんは拍子抜けしたのか、目を丸くしていた。

アイドルはイメージが大事だ。第一印象、容姿、顏、表情すべてで構成される印象こそアイドルの根幹で、それを揺らがせたらどんなダイヤの原石でもたちまち道端の石ころに変わってしまう。
三月さんにとって、可愛らしい路線でいくことは石ころになれということと同じなんだと思う。偽りの仮面を載せて、声を作ってもそれは所詮まがい物。和泉三月をその虚構で好きになった人間に夢を見せ続けることはできない。
伝説のアイドルゼロと同じように人に夢を見せるのなら、偽りの姿じゃあ駄目なんだ。勝負できる和泉三月をぶつけて、評価してもらう。
それが、三月さんがゼロに近づくということ。

「いいんですか?一応その路線で撮るつもりで持ってこられたと思うんですけど」
「この系統でいって、いざライブやテレビで三月さんをみたら全然違ったなんてことになったらそれこそ、何を取材してんだ、て話ですから。それに、三月さんは可愛いというより、すごくかっこいいですよ」

信念を持って可能性を信じて、自分の進むべき道を歩き続ける。そんな彼が、可愛いなんて言葉に収まる人間なわけがない。最高にクールでかっこいい。和泉三月というアイドルは私の目から見たらそう映った。

「写真は最高にかっこいい決めポーズでお願いしますね!」

期待しています、と構えたカメラに三月さんははにかんで、そうして歯を見せて笑顔をくれた。




「そういえば、同い年って言ってましたっけ」

撮影終了後、プロフィールや趣味などを聞いてメモをしていた私に三月さんがそう尋ねて来た。藪から棒になんだろう。

「はい、私も21歳なので同い年ですよ」
「その年で、親元離れて上京してバリバリ働いてるって凄いですね」

そういえば、三月さんはこちらに実家があるんだった。今は寮生活をしているけれど元は実家住まい。ケーキ屋さんだと先ほど聞いた。
確かに、私は気軽に帰省できるような距離に親がいない。飛行機、陸路、どれで行ってもなかなか遠い地域だ。遠い上に帰省費用は馬鹿にならない。

「俺は近くに親もいるし、一織もメンバーもいるけど、名前さんは誰かいるんですか?友達とかよく遊ぶ会社の人とか」

尋ねられてすぐに答えられなかったのは答えがノーだからだった。あはは、となんとも微妙な雰囲気を作る笑顔を浮かべてしまった。
就職して、すなわち上京してからというものの仕事に追われる毎日だった。仲の良い友人が数人こちらにいるものの、みんながみんな日々忙しなく働いている。新人なんてどこの会社も馬車馬の如く働く運命にあるんだとその様子を見て悟った。かくいう私も、休日なんてあってないようなもの。プライベートと仕事が半分混ざり合っているような感覚で、それを厭っていないだけマシなのかもしれない。

「地元の友人が何人かこちらに来てますけど殆ど会ってないですし、こちらで友達はできてないですし、職場でも歳の離れた先輩ばかりなので…」

気の置けない友人が周りにいない。
そういう点では、このグループの寮生活は少しだけ羨ましい。いや、喧しそうでもあるけど気心の知れたメンバーに囲まれる生活は素直に憧れた。

「じゃあ、さ。提案なんですけど」
「提案?」

提案ってなんだ、と首を傾げたら三月さんは人差し指を立てた。目を丸くした私に出された提案は、とても、とてもー


「俺と友達にならないか?」


驚きに満ちていた。







「そんなこともあったなー」
「社交辞令でカッコいいだなんて言ったよね、私」
「おい待て、社交辞令ってなんだ」

あっはっはー、ごめんごめん。悪びれる気持ちも態度も一ミリも示さない私の態度に三月は怒ることなく、態とらしく片眉をあげて頬を釣り上げた。

「ほんっと、ズケズケモノを言うようになったよな、名前は」
「三月だって、敬語外してるじゃん。あと、ツッコミが鋭くなった」
「俺はもともとこんな感じだっつーの!」
「嘘だー、前はもっと殊勝な感じだったよ。可愛らしい感じ」
「誰が可愛いだコラ」

テンポの良い会話が心地良い。三月のツッコミは的確且つ間がとっても良い事を、友人関係となった今なら肌身で感じることができる。ありがたや。

あの日三月が持ちかけた提案に私は二つ返事で乗った。

単純に、嬉しかったのだ。三月がアイドルだからでも憧れのグループだからでもない、ただ、話していて居心地の良い同年代の友人ができることが、単純に嬉しかった。

『俺と友達にならないか?』

気恥ずかしくて、なかなか言えないその言葉が妙に胸に響いて、今時小学生でも面と向かっては言わないだろうその言葉が深く心に届いた。
目まぐるしく変わる日常に追いつくことに必死で、ただ走り続けていた私にとって新鮮な言葉だった。
人を知って、人と触れ合って、そんな毎日が楽しくて走って、書いて。そんな連続性のある日常に、ゆったりと落ち着いた非日常を持って来てくれた三月。

大事にしたい、私の此処での友達第一号だ。


「名前」


晴れやかな笑顔で私の名前を呼ぶ彼は、最高にかっこいいアイドルだと思う。