ウサギの逆襲

ぴょこぴょこ、歩くたびに揺れる長い垂れ耳。俗に言う、うさ耳。昨今、それがデザインされたパーカーは女子高生の間で人気という。各ファッション誌がこぞって特集を組んでいた。色とりどり、デザインも豊富なそれの共通点はただ一点、ぴょこんと可愛らしい耳があることで。フードから垂れるそれを羽織っている目の前のアイドルに今私は猛烈に興奮しています。

「か、わ…可愛いです!大和さん!」

眼福、それに尽きる。真っ白なパーカーがまるでふわふわな純白のウサギを連想させる。
フードから垂れる長耳に大和さんは眉根を寄せた。

「お兄さん、恥ずかしいんだけどな」
「何をおっしゃるんですか!全国の二階堂大和ファンが悶死する案件ですよ!」
「悶死って大袈裟な…」

大袈裟ではありません。いくら苦笑しても大和さんの現在の姿は二階堂大和ファンが見たら卒倒する勢いの破壊力があった。

「いつもは頼り甲斐のあるお兄さんキャラの二階堂さんが、うさみみパーカー着て恥ずかしがっているとかファンの母性本能擽られるシチュエーション、新たな二階堂大和の魅力を発見したファンが益々大和さんに釘付けですよ!」
「お兄さん、こんな形でモテたくないな〜」
「ギャップ萌えですよ、大和さん!世の女性はかっこいいだけだと食傷気味になるんです!甘辛ミックス、これ鉄則です!」
「名前、キャラ変わってるぞ〜大丈夫か〜」

大丈夫です、とそこは真顔で答えたのち、改めて大和さんの姿を下から上まで見つめた。
普段はお兄さんキャラ、どちらかというとカッコいいタイプの売り出し方をしている大和さん。衣装だって、ナギ君や一織君みたいにカッチリしたものではなくどちらかというと環君みたいに、男らしさ、を演出するものだ。二の腕を出している適度な露出は、ファンからしたら至福だと思う。
そう、二階堂大和さんは決して、可愛い、路線にはならない。さまざまなジャケットでもひとりリーダーとしての気品が漂うその姿、時に流し目でファンの心を確実に射止めていくあざとさ。
そんな大和さんが、うさみみパーカーを着て羞恥に頬を染めている。

「やっぱり可愛いですよ、大和さん」

かしゃり、とシャッターを切れば不意打ちだったのか目を丸くした彼が撮れた。その呆けた姿も、そのパーカーとマッチしていっそう愛らしい。三白眼のつり目さえ可愛いポイントになる日が来るとは思わなかった。

「なーんか、お兄さん釈然としないんだけど」

不満げな声を出して嘆息した大和さんに、「でも、可愛いですよ?」とディスプレイを見せればさらに眉根を寄せた。辟易した様子の大和さんがまた可笑しくて、思わずくすりと笑った私が悪かったのかもしれない。

「なあ、名前」

立ち上がった大和さんが、私を見下ろした。室内灯の灯りを背にした大和さんの顔貌に影が落ち、私にもその大きな影が落ちる。「大和さん?」と首を傾げれば、影から大和さんが声を落とした。

「ウサギってさ、見た目は可愛いしペットとしても人気だけど、自然界じゃあ捕食の対象って知ってるか?」

そりゃあ、まあ知ってる。ペットとしてじゃない自然界のウサギはあの手この手で捕食者から姿をくらまし、餌を求めて野原を駆ける。ネイチャー系の番組でやっていたウサギ達の特集にはハラハラさせられたものだ。
でも、なんでそんなことを聞くんだろう、と。こくりと頷いた私は影る大和さんの相貌を伺い見た。ゆらりと大和さんの体が動いた拍子に、灯りが大和さんの顔を僅かに照らして。

「そんなんだから、ウサギはいつでも交尾できるような身体になってる、て」


ーー知ってたか?


その顔に背筋が震えた。

ウサギウサギとるんるん気分だった私の目の前にいるのは確実にウサギじゃない、肉食動物だ。瞳の奥に鈍く光る獰猛な獣の本能が見えて、思わず後ずさった。

「さあて、さっきまで俺のことを、可愛らしいウサギと言ってた人間はどこのどいつかな?」

逃がしゃしない、と言わんばかりの間の詰め方で近づいた大和さんはあっという間に私の手首を取った。まってまって。状況把握に数分下さい、その間になんとかします、と言いたくても大和さんにそんな気はさらさらない。
どうしようと考えた矢先、とんと肩を押された。思いのほか強く押された身体は後方に落ちて、背中に感じたのは柔らかなソファの感触。

「や、やだなー大和さん。ほら、ペットが人間を押し倒すなんてあり得ないですよ、ないない」
「ペットだと勘違いしていただけで、ウサギは意外と凶暴だぞ?なー、名前」

ギシリとソファが軋む。仰向けなのに視界いっぱいに広がるのは天井じゃなくて、端整な顔で飄然とこちらを見下ろす大和さんで、可愛らしいウサギパーカーを着ているというのにその笑みはたいそう不敵だ。悪い顔をする大和さんはテレビ越しに見るととてつもなくカッコ良いんだけど、こう、目の前でこんな顔をされると少々心臓に悪かった。

「大和さん大和さん、冗談キツイです…ちょっと離れてもらいたいです…精神衛生上」
「なんで?可愛いウサギだろ?ほら、さっきみたいに可愛い可愛いって言ってみろよ」

名前、と耳朶を指先でなぞられてゾクゾクと背筋が震えた。スイッチが入った大和さんに身体が反応している。火照って、耳まで熱くなって、どうしていいかわからなくて。明らかに楽しんでいる大和さんに意趣返しをしたいのに頭の中に建設的な提案は何一つ出てこない。端整なその顔を見続けるのは耐えられなくて、とりあえず顔を背けた。

けどー

「だぁめ」
「ひっ、あ」

唐突に、今度は耳元でそう囁かれて思わず変な声が出た。それはもう、女女している声で自分がこんな淫らな声を出したことに対して今度は羞恥心が一気に湧き上がって。
なんかもう、余裕もないし泣きたい。

「大和さん、限界です…」
「何が?」
「もう……心臓もたないから、だからその、やめません?」
「なんで心臓もたないの?可愛いウサギをもっと可愛がればいいじゃん」

心底愉快なのだろう。これ以上ないくらいの極上の笑みを湛えている。
あ、これはあれだ。本人が満足するまで弄ばれるやつだ。
大和さんを知っていくにつれて分かったことがある。この人は飄然となんでも卒なくこなす。けれど、物事に執着しなさそうに見えて、意外と情に熱く、そしてかなり頑固だ。自分が譲れない譲りたくない部分というものに関してはテコでも動かない。
つまり、大和さんを満足させる行動をとらなければこの状況は打破できない。

(カッコいいって言う?いやいや嫌味でしかない。似合ってない、とか言う?あり得ない、似合いすぎてる)

あーでもない、こーでもない、と考えを巡らせては脇に追いやっていくから一向に思考が定まらない。その間も、眼前にある心臓に悪いイケメンフェイスはニヤニヤと私を見下ろして。
なんだか逆に腹立たしくなってきたので、精一杯じとりと視線をぶつけてみたら、そんな私のささやかな抵抗なんて大和さんには一ミリも響かなかった。

「生意気」
「ッ、」

頬に手を添えられて、そのまま首筋まで指先が這わされて、ゾクゾクと体の芯から震えた。「やっ、」とまた上擦った声が出てしまい、慌てて口を結んだけど、大和さんは眼を細めて勝ち誇ったように口の端を釣り上げた。

「俺の飼い主様は可愛いなぁ」

嫌味たっぷり、勝ち誇った笑みが、その声音が無性に腹立たしくて、むくむくと湧き上がったのは対抗心。
気付けば私は大和さんのパーカー、のうさ耳部分をむんずと掴んでいた。眼を丸くした大和さんなんてお構いなしに、その耳ごと大和さんの頭を乱雑に撫でた。「おま、名前!」と髪のセットが乱れる大和さんはお構いなし。まるで、ウサギを撫でる飼い主のようにその頭を撫でくりまわしてやった。

「ほんっっと、私のウサギちゃんは可愛いですね!三白眼のウサギなんて貴重だわー」
「ちょ、まっ、名前!」

ぎゅっと、頭を掴んでいた手を今度は頬に当てて、目を丸くする大和さんの顔を自分の方に寄せる。呆けた顔が意外にも可愛くて、意趣返しできたことに内心とても満足した。
目と目を合わせるのはこっぱずかしい。から、とった行動はとても稚拙で馬鹿馬鹿しいもので。

「てい!」

ごつん、と鈍い音。あ、ちょっと痛い。割と石頭だから大和さんにはなかなかの痛みだったかも。

「っ、おま、えっなぁ!」

やっぱりけっこう痛かったみたい。片眉を上げて、抗議の視線を向ける大和さんにそれでもふんと鼻を鳴らしてやった。自業自得、これくらいやってもバチは当たらない。

「大和さんが悪いんですよ。いじわるするから」
「お前…もっかいやってやろうか」
「問答無用で顔面に石頭お見舞いしますよ」

言い返せば、言葉に詰まった大和さん。鈍い視線を送る私に懲りたのか、「分かったよ」と大人しく身を引いてくれた。ようやく上体を起こせるようになって、ソファに座りなおすと大和さんは額をさすりながら「でも、あれだな」と口を開いた。

「期待したのになー、お兄さん」
「期待?」

なんのことだ、と首を傾げた私に大和さんが言った言葉は、やっぱりいじわるなお兄さんのそれだった。


「てっきり、キスでもしてくれんのかと思ったのにな、石頭じゃなくて」


ぽかん、と今度は私の方が呆けた顔をして。ないないない、と首を振る自分の横で、先ほどの大和さんとの至近距離を振り返った自分が赤面した。


「あり得ませんから!」


アイドリッシュセブンのリーダーは、とんだウサギだった。