徒花を拾う

 好き、と気付いたのは、別に自転車に乗って駆ける姿を見た時じゃなかった。
 東堂尽八のファンや彼に恋に堕ちている女子の大半は、彼がロードレースで活躍するのを見てハマってしまう。学校内で見せる生徒≠ニしての彼ではなく、選手≠ニしての彼はまた違う顔を見せていて。ロードを心の底から楽しむ爽やかな笑顔からライバルとしのぎを削る野生的な瞳まで、レースの中で変わる彼の表情に魅入る女子は後を断たない。人間、ギャップに滅法弱いのだ。
 しかし、彼女にとって東堂尽八は、ただのクラスメイトに過ぎなかった。
「──すまない! 頼む!」
 この通りだ、なんてお決まりの文句と両手をパンッ、と叩く音。端正な顔が床を向き、彼女の視界に入るのは彼の頭頂部。さらりと重力に従って落ちた髪は光沢を放っていて、その艶やかさはいつだって目を引く。今日も綺麗だ、シャンプーは確か実家の馬油を使っていると言ってたな。
 そんな、彼の頼みとは無関係なことをぼんやりと思考していた彼女は、頭を下げ続ける彼に我に帰ると、はぁ、とひとつ息を吐いた。
「東堂君、何回目かなこのやり取り」
「俺の記憶しているところだと、六回目だ」
「うん違うね、八回目だよ」
「そんなにか!」
「そんなにです!」
 彼女にとって東堂尽八は、ノートを写させろ、と常に頼み込んでくるしょうがない学友にすぎない。宿題は欠かさず真面目な部類だというのに、授業中の、特に苦手科目のノートの書き写し率は非常に高かった。曰く、自分で取ったものより分かりやすい、とのことで。
 ファンクラブができているほど眉目秀麗な彼でも、彼女に頭を下げる時は年相応の男子生徒だ。全国の高校生の中でも指折りの実力者、なんて言われても、はぁそうですか、と何の感慨も湧かない、そんな相手だった。
 今日も今日とて彼女は嘆息しながらノートを見せる。満面の笑みで受け取った東堂は「助かる!」とノートを捲った。
「苗字のノートは見やすいんだ。まとめ方が上手いし、何より字が綺麗でな」
 ツゥ、と文字を指先でなぞった彼に、彼女は肩を竦めた。
「東堂君も字綺麗じゃん。わざわざ毎度、私のノート見る必要ある?」
「何を言うか! 苗字のノートがないと俺はどうすれば良いのだ!」
「いや、知らないよ」
 どうすれば良いとはなんだ。どうにかするだろう、普通。
 奇抜な返しに思わず咽せた彼女は、ふと脳裏に浮かんだ人物の顔に、緩んだ口元で返す。
「というか、東堂君よりヤバイの、荒北じゃない?」
「オレがァ、なんだって?」
「ひっ」
 ぬっ、と廊下側の窓から聞こえた声に彼女がびくりと肩を揺らす。ガラッ、と窓が開き、見慣れた三白眼が己を見下ろしてきた。小さい黒目が彼女を捉える。荒北靖友の不満げな相貌を見上げ、彼女は冷や汗を流した。
 まるで野生動物のような耳の良さというべきか、彼の耳聡さは時折、背筋が凍り付くこともあるほどだった。粗野に見えて観察眼は鋭く、人の心の機微にも敏感だ。故に、発言や行動の意図にも気づきやすく、副部長としてチームを引っ張っているというのは納得のいく差配といえた。
 しかしながら、その観察眼の鋭さが時折、ひどくおそろしい。
「荒北、なんでそこにいるの」
「いちゃ悪いワケ? たまたま声が聞こえただけだっつーの」
「あんたのたまたまが私は信用できないんだよ! ほんとは妖怪なんじゃないの?」
「アァ? んだとこの弱腰女!」
「だ、誰が弱腰だこの馬鹿!」
 休み時間の教室の喧騒に負けじと劣らない声量に教室内の生徒が振り返ったが、二人の姿を見て各々の会話へと返る。あぁ、いつものことか、と言わんばかりの態度だった。
 まったく、こんなはずじゃなかったのに。
 今日も今日とて呆れながらも彼に手を貸す。そんな仲の良いクラスメイトの仮面がガラガラと剥がれ落ちていった。
「二人は本当に仲が良いな!」と、快活に笑う東堂に彼女が須臾に反応する。「違うから!」と身を乗り出した彼女に、荒北も同調した。「やっぱり仲が良いではないか」と笑い飛ばす彼に、彼女は心底大きくため息を尾吐いたのだった。

 掃除時間というのはたいていの生徒がそこそこに終わらせて休み時間の一部としてしまう。例にもれず、体育館裏という密談にはぴったりの空間で、彼女は友人と会話を繰り広げていた。
「今日もカッコよかったよぉお」
「うるせぇよ、何回目だそれ」
「六回目かな」
「数えてんのかよ、キッショ」
「なら聞くなよ!」
 理不尽だ!、と不満を叫んだ彼女に、片眉を釣り上げた荒北が「本当のことだろ」と吐き捨てた。
 荒北靖友は彼女の数少ない男子の友人だ。仲良くなったきっかけは課題写し。一年生の頃から同じクラスで、一度席が隣同士になった際に宿題を見せた頃から彼は不遜な態度で彼女に課題やらノートの写しを頼むようになった。態度くらい殊勝になれと幾度か詰め寄ったが、「逆に気持ち悪ィだろ」と一蹴されたため、現在の悪友のような関係性が続いている。
「毎度毎度、お前はアイツのどこがそんなに好きなワケ? 試合見に来るわけでもねェし」
 そうして彼は、彼女が東堂を好いていることを知っている、唯一の友人だ。観察眼が優れている彼は彼女が東堂に向ける、常人では分からないような熱視線に気付いていた。
 彼からの問いかけに、彼女はへらりとはにかむ。脳裏に浮かべた日常に胸が温かくなった。彼の相貌を思い浮かべるだけで、心は弾む。
 好き、と気付いたのは、教室での何気ないやり取りのさなかだった。
「東堂君さ、真面目じゃん?」
「あー…まぁな」
「放課後の掃除とか委員会とか日直とか、忙しい運動部の男子ってさ、大概押し付けてくんの。こっちだってやりたいこといっぱいあんのに、暇だろ、て」
 時間がないわけじゃない。帰宅部の自分には確かに時間はある。しかし、放課後は本を借りに行きたいし、さっさと宿題を済ませて家でテレビを観たい。生徒同士、部活に入っているいないにかかわらず立場は同じだ。故に、部活に入っていないから頼まれごとや仕事を他人より引き受ける道理はない。
 しかしながら、多くの生徒は、時間がある奴が引き受ければいいというスタンスだった。彼女はこれまでに何度も押し付けられてきたのだ。委員会、日直、掃除、凡ゆる面倒な仕事を。
 彼女には、確かに時間がある。
 しかし、与えられた役目を他者に押し付ける他の生徒達の性状が、彼女は気に食わなかった。
「けど、さ、東堂君は違うの。ちゃんと、やってくれるんだ」
 だから、彼女の目に、東堂はまるで神様のように映った。
「行かないの?、て聞いたら、何故だ?、てさ。部活忙しいだろうに絶対にサボんなくて、押し付けてこなくて、そんなのカッコいいじゃん」
 きちんと掃除をする。委員会活動もする。疎かにせずにきちんと、守ってくれる。学生としては当たり前だけれどなかなか実践できない。それを、なんの障害もない、という風に乗り越えてしまう彼に彼女は心惹かれた。
「みんな東堂君といったら自転車じゃん。けど、私はむしろ、教室の東堂君が好きなの」
 きっと部活中の彼はもちろんかっこいい。普段は見ることのできない、雄々しくて、ギラついた瞳の彼がそこにはいるのだろう。勉学のためにノートを見せてくれと頼む、少し頼りなさそうな彼ではなく、男としての彼が。
 けれど、彼女が心奪われたのは、そこにいる彼ではない。
「意外と真面目で、マメな東堂君が、好きなんだぁ」
 にへ、とだらしなく緩み切った口元が、彼女の心情を如実に表している。恋というものは人をひどく軟化させてしまうものだ。
「…ノートを毎度写すのは、真面目って言うのかよ」
 小さく吐き捨てた荒北に彼女は一瞬目を丸くしたが、「真面目じゃん。自分でもとってんのに、私のまで参考にとるとか超真面目だよ」と苦笑する。
 彼女は溜め息を吐いて、しょうがないなぁ、と呆れた風を装いながら、その実、心の中では頼られて嬉しく思う天邪鬼だった。
「で?」
「うん?」
「いつになったら告るンだよ」
 告る。告る。告白。
「…んんん?」
 笑顔のままぴしりと硬化した彼女に荒北が「んだよその顔、ブッサイク」と嘲笑する。発言の意味をワンテンポ遅れて理解した彼女は、一気に顔を赤く染め上げた。
「ば、ば馬鹿じゃないの! 誰が! するか!」
「は? しねーよかよ」
「するわけないでしょ! 今こんなに楽しくしてんのに! 大会もあるし…」
「大会終わった後でもいいだろ。それとも、このまま卒業まで片想い拗らせて終わんのか」
 心の奥底の感情を見抜くような瞳に、彼女がうっ、と声を詰まらせた。もっともな質問に口を噤んでしまう。
 現状維持は心地良いが、それまでだということをもう幼くない彼女とて理解していて、しかしそれでも、心地良さを選んでしまう程度には子どもだった。
「…大会終わったら少しは気持ち的にも楽になるだろうし、イイじゃん、そこで」
「けど、だって…」
「あー! でもでもだってじゃねェよ、かまってちゃんか!」
 がしり、と彼女の頭が鷲掴みされる。「ちょ! やめろ乱れる!」ともがく彼女に、ずい、と顔を近づけて、彼は目線を合わせた。
「他に掻っ攫われて泣きっ面晒したくないなら、さっさと言え」
 掻っ攫われる、という単語に、彼女の肩が大きく揺れた。言葉を詰まらせ、逡巡するように右往左往した視線が力なく下へ向く。
 東堂尽八はたいそうモテる。本気で恋に堕ちている女子だっていることは容易に想像がついた。日和見を決め込んでいれば、きっと行動力のある、勇気がある誰かは彼に想いを伝えるだろう。
 想像し、目に見えて落ち込む彼女を、荒北がガシガシともう一度乱雑に撫でた。
「現状維持したって、何も変わんねェんだよ」
 呟いた彼の言は、やけに神妙で、らしくない声音だった。案じる瞳がくすぐったく、彼女はパチリとひとつ瞬くと、照れ臭そうに口角を上げる。「忠告、痛み入りますー」と、軽口を叩きながら彼の腕を振り払った直後、午後の授業の予鈴が鳴ったため、二人の思考は授業へと切り替わった。
 急いで掃除道具を片して教室へと向かう。神妙な彼の忠告も、今の関係性を楽しむ彼女の頭の中ではもう色褪せてしまって。

 そうして彼女は、彼の言葉の意味を知る。

     *

 人の忠告は聞いとくべきなのだと痛感したのは、人生で初めてだった。
 茜色が射す校舎内。秋風が夏の終わりを告げる。ひと気の少ない廊下に差し掛かる曲がり角で、彼女はそれを、見て、聞いた。

「東堂君」

 可愛らしい声。声だけで可憐と分かる性状。隣のクラスの女の子だった。マネージャーだったはずだ。
 大会が終わり、彼と彼女が二人でいる姿を彼女は幾度も目撃していた。一緒に帰る姿も見たことがあった。それでも、それを現実だと受け止めることができるほど、彼女は大人ではなかった。
 騒つく胸を押さえて過ごす日々の中で、ふと、見かけた二人の姿。離れの校舎に入っていった二人を野次馬根性で追って、そうして、見て、聞いた。
 甘ったるい声、可愛らしく緩んだ口元、うっとりと見つめる瞳が二つ。見つめ合う二人は、夕陽の祝福を受けて距離を─ゼロにした。

 息が止まった。
 うまく、呼吸ができなくなった。
 それでも、目は離せなかった。
 ふっくらとした唇。長いまつ毛。華奢な身体を抱きしめた腕。回された細い手。
 全てが、祝福された完璧な男女の姿。
 何もやましいこともない、高校三年生の、姿。
 それは、彼女にとってあまりにも、暴力的だった。

 気がついた時には、彼女はもう、恋する女子高生ではなかった。

(……ばっかみたい)
 失恋した友人を慰めたことはあった。けれど、どこか他人事だった自分は理解はできても共感はできなくて。
 それが今、下校間近の教室の自分の席で突っ伏して、心傷と向き合うことになるとは思いもしなかった。
 ノートを見せてくれ、と何度も頼んできた彼の快活な笑顔が記憶にこびりついている。邪念のない瞳は澄んでいて、見つめられれば心が躍った。好き、と何度も心の中では伝えていて、だから準備だけはできていた、つもりだった。
 伝える前から、終わるなんてそんな、そんな無情なことが起きるなんて、予想できるはずないじゃないか。
「……ばか…ばか、ばか、ばかぁ…」
 誰に対して、何に対して、そんなの決まっている自分に対してだ。もっと早く告白していればという問題じゃない。彼女はマネージャーだ。なら、そもそも自分に付け入る隙なんてハナからなかったのだ。
 最初から、転がる恋だと決まっていた。

「なァに、シケた面してんだよ」

 ガラッと、廊下側の窓が、開いた。
 びくりと身体を大きく揺らした彼女が勢いよく席から立ち上がる。声だけで分かるほどの間柄の彼に目を見開く。「なん、で、ここ」と後退した彼女に、彼─荒北はガシガシと後頭部をかきながら扉まで回って教室内に入ってきた。
「…アイツらが仲良しこよしで歩いてて、お前が走ってるの見たら、察するだろ普通」
 ああ、見られていたのか。哀れな女の恋が徒花となった瞬間を。
 ふと、身体の力が抜けて、涙腺が崩壊する。唯一知られている友人だからこその落涙だった。静かに流れる涙が頬を伝って床に落ちる。
「…伝える前に、ふられちゃった」
 へらりと笑うしかなかった。泣き喚くほどの力は彼女に残っておらず、ただただその場で佇立する。目の前の友人に軽口を叩く余裕すらなくて、ただ、自分の心内を知る彼だからこそ彼女は今、泣けた。
「やっぱりさ、試合見に行った方が良かったかな。もっと知ろうとしないと駄目だったかな」
 教室の彼以外を知る努力をするべきだったのか。そうでないと、スタートラインにすら立ててなかったのか。一年生の時からマネージャーになって、献身的に、尽くす姿勢を見せた方が良かったか。そんな邪な感情なんて、彼は見透かすのではないのか。
 なにを、どうすれば。
「わたしは、」
「あのさァ、」
 唐突に、彼女の腕が引かれる。「え」と、目を瞬かせれば、彼女の体躯は彼の腕の中にあって。
 思考が現実に追いついた刹那、彼女の耳朶を彼の平坦な声音が打った。

「んなに泣くなら、オレにしとけば?」

 あまりにも、さらりと言われた言の葉。ノートを見せろと宣う時と同じトーンに、彼女の思考が停止する。「…どう、したの?」と絞り出した問いに荒北は冷静だ。
「まいっっかい、東堂のこと相談されてウダウダしてるお前見てるコッチの身にもなれよ。惚れた女がチームメイトにベタ惚れってだけでもイラつくっつーのに、毎度毎度惚気やら相談やら」
「…え、は? え…?」
 寝耳に水どころではない話が頭上から降ってくる。彼の胸に押し付けられた身体を捻って彼を見上げれば、しかしそれが彼女を揶揄うための嘘でも、慰めるための戯言でもないことは明白だった。
 真摯な瞳は、紛れもなく、本物だ。
 故に、彼女はひどく動揺した。
「な…だって、だってそんなの」
「分かるわけねェよなァ?」
 身体を僅かに離し、濡れた彼女の頬に手を添えて、親指の腹で摩る彼の手つきは、ひどく優しい。
「…分かってたまるかよ」
 見慣れた三白眼が侘しげに向けられた。
 それは、常に自身に向けられていた、彼の本心だった。
「…なんなの、それ」
 彼が胸に秘めていた劣情を知った彼女は、目を瞠った。はらりと、目尻から滴が落ちる。
「なん、で…なんで今、そんなこと言うの、馬鹿、ばかぁ」
 こんなの、狡いではないか。自分の恋心を知る唯一の友人の慰めが、自分への想いなんてそんな、絵に描いたような恋物語を突きつけられるなんてそんなの…。
 絆されそうになる心の浅ましさがあまりにも辛くて。それは、頼りきりだった自分自身の弱さが、ナイフのように喉元に突きつけられている感覚だった。走馬灯のように彼との思い出が蘇る。
 ともすれば、誰よりも深く長く、間柄を築いたのは──
(駄目)
 側にいたら駄目だと、ググッと手を伸ばして距離をとろうとする彼女を、荒北は逃しはしない。「逃げんな」と、彼女を無理矢理抱き寄せた。
「荒北、無理だよ。こんなのやだ。私が私を許せない」
「見向きもしない男を見続けて何になるワケ? 許せないならオレが許す」
「やだ。そういうの、やだよ。ずるい」
「…狡い、てことはさァ」
 ぎらりと、細められた瞳の中に、獣の眼光が走った。
「オレ、拒否られてはねェよな?」
「…っ、」
「マジ、余裕なんてないんだよこっちは」
「あら、きた…」
 ぐっと、回された腕が、逃さない、と言うふうに強められる。
 今までどれだけ甘やかされていたのだろう。手の届く位置にいた自分を優しく励まして、背中を押してくれていた彼はいったいどんな気持ちだったんだろう。
 その、全て、万感の想いをぶつけてくる彼に、彼女は堪える術を持たない。全てが打ち砕かれたそばから、その全てを抱き込もうとする男がいるなんて彼女は知らなかった。
「お前に嫌われたくないとか、傷付けたくないとか、後悔させたくないとか、そんな感情汲み取ってやるほど、余裕ねぇんだ」
 狡い。狡い。自分もこの男も、狡い。
 振り切ってしまっても、きっと彼はいつも通りを保ってくれる。彼の優しさを知っている彼女には理解できた。どこまでも自分に甘い彼は普段通りに接するだろう。
 それでも、もう、今まで通りにはいかない。
「待ってよ…今は、楽な方に逃げたいから…荒北が優しいから、逃げようとしてるだけ」
「逃げ道でもかまわねェし」
「私が、好きになるまで待ってよぉ」
 恋に堕ちるというのは突然だ。好きになる保証なんてものはない。
 故に、彼女は苦し紛れに懇願する。これは狡いと、分かっているから。
 それでも彼は、彼女を逃そうとはしなかった。
「お前が堕ちるまで待つとか、んな悠長なこと言って掻っ攫われるのも御免なんだよ。オレは、逃したくねェ」
 貪欲に彼女を求める獣は、優しく紡ぐ。ひどく残酷な選択を選ぶように。

「オレを、選べ」

(──嗚呼、わたしは)

 麻薬のようなその言葉に、彼女は──