提灯が空を彩り、淡い橙色が等間隔で闇夜を照らしている。その幻想的な光景に、目を奪われていると、くん、と私の手を引く柔らかな掌が注意を促した。

ーー前をちゃんと見るんだよ。

そう語った視線に大きく頷く。綻んだ顔を前に向ければ、参道の両脇に所狭しと並べられた屋台が賑わいを演出していた。聞こえる囃子の音、太鼓の音色は隣接する広場に建てられた櫓からで、決められた時間になると音頭が始まるそうだった。
煌びやかで、賑やかで、人の笑顔が溢れて。
楽しい、楽しい、嬉しい、とその気持ちが伝わるようにぎゅっと握った掌を、同じ気持ちと言わんばかりに握り返される。目元が緩んだ瞳が向けられて。溢れた笑みは、体に収まらない嬉しさを体現していた。
とんとんと、下駄を鳴らして進んで行く。社へと向かう私は、空を見上げて呟いた。


《ーー…お、あーーん》


生暖かい風が吹いて、思わず目を閉じた。




(また…これか)

瞼を開けた先には、煌びやかな景色ではなく焦げ茶色の木目が広がっている。目尻に違和感を感じて手の甲で拭うと、てらりと皮膚が光った。濡れたそこを布団で乱雑に拭う。

泣くほど、何を焦がれているのか。

実際のところよく分からない。情景だけは鮮明に思い出せても、何がしたかったのか誰といたのか、どうしてかそれだけか霞みがかって一向に分かる気配がないのだ。
夢なのによく分からない、なんてことはよくあるけれど、それにしても不明瞭なくせに同じような夢を何度も見る。
ただ、確かなのは、これは私の元いた世界の景色だ。それも、憧憬するような強い感情を覚える景色。

「……帰りたいのかな」

いや、実際問題帰りたいのは確かで、この世界にやって来てしまったあの日から片時もその想いを無くしたことはない。生活に馴染んで、状況に適応していても、結局私には帰らなければいけない世界がある。
来訪した宇宙人は、倒されるかお帰り頂くかがセオリー。居着いてしまえば、現地人に何かしらの影響を与えてしまう。生態系を崩すの、駄目、絶対。

この世界の現実に馴染んで来ているのは、嘘を吐き続けているからだ。

そしてその罰のように、嘘に対して嘘が浮上した。
私は、帰らないといけない。帰りたいと切望する理由はなくても、帰らないといけなかった。





今日も寄り合いだから、もう上がっていいよ。
その言葉を受けて、私はありがたく洗い物を手早く済ませると店を後にした。今は夕焼け小焼けでまた明日、という時間帯で、八雲が広がる空には茜色が差していた。日が暮れるまでにはもう少しだけ時間がある。こんな日は、どこかへ買い物に繰り出して好きなものを買って帰るのが楽しいけれど、私の足は家路へ向かった。
足を進めて、ある程度店から離れると、私はくるりと振り返った。

今日は、寄り合いがある。

その台詞に、いつもなら帰路に着く足は、残念ながら言うこと聞きそうになかった。


寄り合いのお爺ちゃん達に敵意を向けられたあの日の数日後、私はあのお爺ちゃんの一人に接触を試みた。接触したのは、敵意満々のお爺ちゃんをたしなめた、あの少しだけ柔らかな雰囲気のお爺ちゃんだ。
尾行されたくせに尾行をするという矛盾には目を瞑り、お爺ちゃんが帰路について一人になった瞬間を見計らい接触した。
勿論、超が十個ほどつく程度には警戒された。ちなみに、最初は逃げられた。何とか、追いついて話を聞かせてくれと言っても、儂は関係ない!関わらないでくれ!、との一点張りだったから、質問に答えてくれたら関わりません、と断言してあげると大人しくなってくれた、ごめんねお爺ちゃん。

得た情報を、私は脳内で繋いで整理した。

お爺ちゃんによれば、溝口夫妻が定期的にアルバイトを募集するようになったのはここ最近のことではない。確かにバイトの募集は二、三年前からだけれど、十年以上前からよくわからない外国人が入れ替わり立ち替わりでアパートに入居する姿は目撃されていた。
初めは、留学生や就労ビザを取得した外国人が入り、金が溜まったら都心へと引っ越しているものだと寄り合いのメンバーも考えていたらしい。溝口夫妻は古くから定食屋を営む地区内でも有名な夫婦だったから、そんな人達が変な輩と付き合うはずがない、と誰もが疑いの目を向けることはなかった。
だけれど、それが普通の輩ではないと知ったのは、ある出来事が原因だったということ。そこを追求すると、お爺ちゃんは声を潜めて答えてくれた。
なんでも、密入国者を仲介するブローカーが摘発された際、店長も警察のお世話に少しだけなったとのことだった。
「少しだけ?」と首を捻った私に、お爺ちゃんは声を一等下げた。

(証拠不十分、ね)

店長は、住まわせていた輩達が密入国者だと知らなかった。
そう結論付けられて、店長自身には何のお咎めもなく、結果こうして普通に今も店をやっているわけだ。限りなくクロに近くても、完全にそれが証明されなければそれはシロと同じだ。警察とはそういものである、
けれど、当時のことを知る寄り合いのメンバーは、厄介ごとを地区に持って来た店長を忌み嫌った。それもそうだ。証拠不十分とはいえ、犯罪の片棒を担いだ人間をおいそれと信用するのはリスクが高い。それが、地区をまとめる人間ならなおさらだろう。

(出ていけ、てのはそういう意味だったわけね)

話を聞いて私は得心がいった。
犯罪者を匿う、裏稼業の人間と繋がっている。そんな人間は、普通の生活を送ることはできない。昔から、表の世界で生きられない人間というものは村八分にあって、同種の人間が集まるエリアへと隔離される。だからこそ、誰もが社会常識から外れることのないように生きるものなのだ。

地区をまとめる者からしたら厄介者以外の何者でもない、そんな人間が新たに妙な人間を雇った。

(嫌に決まってるよなぁ)

さらに言えば、記憶喪失で身元不詳ときたもんだ。厄介ごとの匂いがぷんぷんする。

納得のいく回答が得られたところで、お爺ちゃんは私をじとりと睨め付けた。もういっていいか、と短く吐き捨てられた私は、ちょっと待ってください、と綺麗に口角を上げて目を細める。顔を盛大に歪ませたお爺ちゃんに内心ごめんと謝りつつ、あと数点だけ質問をした。

ひとつは、店長は寄り合いのメンバーとして今参加しているか。
もうひとつはーー

「祭り、ね」

鞄からA4サイズのチラシを取り出す。明朝体で、どん、と印字されているのは祭りの告知。店長が言っていたあの大祭のお知らせだ。
内容を読むと、確かに、各町内会から山車が出ることが記されている。
けれど、決定的に店長の発言と食い違うところがあった。

(修理中につき、今年は不参加、と)

米印で書かれた注意書きには、この地区の山車は経年劣化により損傷が激しいため今年は不参加と明記されている。
記載された内容を読んで、脳裏に先日の店長との会話を思い出すと唇を固く結んだ。
店長は、山車を出すための準備で寄り合いが忙しいと言っていた。が、そんなはずはない。

そもそも、店長は寄り合いのメンバーなんかじゃないのだ。

《あいつが参加しているわけないだろう。もう随分と集会所に顔も出してないよ》

眉をひそめたお爺ちゃんは、そう吐き捨てると足早に私の前から立ち去った。拒絶を語る背中を見つめて、私はひとつ息を吐いた。自分自身も彼に背中を向けて、自宅のアパートへの帰路につく。

(嘘を吐くのが苦手な人ですね)

どうせなら、バレないように嘘を吐いてくれればいいのに、と乾いた笑みが溢れる。
店長の性格からして、たぶん人を騙眩かすのは得意ではないし、疑うのも性分ではない。こうして、あらぬところから秘密がばれるとも思っていなかったんだろう。


お爺ちゃんの証言で店長が私に嘘を吐いていることが証明されたため、私は次の行動に出ることに決めた。
家路へと向かう、と思わせた足はくるりと振り返って店を監視できる路地へと身体を誘う。路地の角に身を滑り込ませた私は、手鏡を取り出した。その手鏡を、角から少しだけ覗かせて店の様子を鏡ごしに伺う。
寄り合いの時間は日が暮れるかくれないか、そんな時間帯が多い。黄昏時から次第に闇がじわりじわりと空を侵食し始める時間帯に店長が店から出て来た。

きっとこれは、良くないことだとは分かっている。懐疑の目、暗い疑惑の心がどれほど人に傷を与えるかということは、私自身良く分かっていた。その傷は小さくても、化膿すればどんどん大きくなる厄介なものだということだって、分かってる。
これは、知りたいと願った私の我儘だ。

闇夜へと進んでいく店長の背を私は追いかけた。


15


言葉の遊び リンク文字