空を見上げれば、目に刺激的な色合いの看板が連なっている。その背景は純度の高い青だけれど、それが霞む程度に、目はカラフルな色に捉われていた。視線を下げて地面と平行にすれば、親子連れ、カップル、学生、人人人、人の波がうねっている。非日常に騒ぐ人々の喧騒と園内に響くアナウンス、そしてアトラクションの悲鳴が渾然一体となってパーク内の空気を作り出していた。
天気といえば、先日までのジメジメと暑さがタイアップした空気から、今度はからりとした日差しが容赦なく照り付けていた。夏日とまでは行かなくても、日焼けを気にする程度には暑いし、水分補給はこまめにした方がいい気候だ。穏やかだけれど少々警戒が必要。そんな天気。

「お出かけ日和だね」
「そうだね」

ぽつりと漏らした声に反応してくれた彼に視線を落とせば、見上げたそのまあるい瞳が少しだけ細められて、緩んだ目尻が私を捉える。年相応の笑顔に見えるけど、若干辟易している様子が伺えるのは、前方で走り回っている級友達の影響だろう。

「コナン君、遅いよー!」
「早くしてください、コナン君ー!」
「置いて行くぞ、コナンー!」

ああ、これこそ年相応の反応と言うべきか。普段は来ることの少ないテーマパークに、齢六、七の少年少女達は童心に火をつけて走り回っていた。点火された遊び心は当分は消えないだろう。火は点けられたばかりで、鎮火するまでに数時間を要することは目に見えて明らかだった。
そんな級友達が保護者である阿笠博士を引っ張ってずんずんと進む様子を、苦笑しながら見つめる彼、コナン君は大きく嘆息する。中身は高校生な彼にとってテーマパークは子どもの遊び場なんだろうか、いや、私だって楽しいぞ。高校生だって好きだろう、テーマパーク。ほら、彼女を連れてくるくらいには。

「行こっか、コナン君」

このままだと人波に飲まれてしまいそうだ。見失えば、合流するのが難しくなる。腰を少し屈めて、彼との目線を近づけてそう促せば、はぁ、と再度ため息を漏らした彼はポケットに手を突っ込むと緩慢に歩き出した。小さな背なのに、何故か大きく見えるのは、私が彼の素性を知っているからだろう。
ひゅっと私の横を小柄な彼女が追い越した。ちらりと走った視線はすぐに逸らされて合わなかったけれど、遠のく小さな背中を目で追えば、彼の隣にクールビューティな彼女が追いついて、二人して仲良く級友達の元へと向かった。その光景が微笑ましくて思わず笑みが溢れる。

「楽しそうですね」

真後ろからかけられた声に思わず肩がびくりと震えた。隣に来た彼に視線を向ければ、コナン君達の背を見つめて穏やかな笑みを湛えている。「そうですね」とありきたりな相槌を打てば、下がった目尻を今度はこちらに向けて来た。

「僕もお呼ばれさせてもらってすみません。ありがとうございます」

この人、こんなところで油を売っていて良いのか。ポアロはともかく、公安と組織の仕事は大丈夫なんだろうか。どんな仕事をしているかなんてさっぱり知らないけれど、それでも寝る間を惜しむくらいの仕事を抱えていることくらいは分かる。
脳裏に浮かんだ疑問は口にすることなく、「梓さんに感謝ですね」とこちらも笑みを作って、二人して後ろを振り返った。見れば、華の女子高生と喫茶ポアロの看板娘が会話に花を咲かせていて、カチリと視線が合った刹那、彼女は意味深な色を瞳に含ませて口角を上げた。勘違いが暴走している気がする。
軽くため息を吐いた私に、安室さんがくすりと笑んだけど、貴方も当事者ですからね、と目を眇めてやる。手にしたペアチケットを諦念を込めてバッグにしまった。

ペアチケット三枚綴り、計6人の内訳は、私、梓さん、安室さん、蘭ちゃん、コナン君、哀ちゃになった。そこに、保護者の阿笠博士が加わったのにさらに追加して、少年探偵団の子どもたちが参戦した。博士やコナン君達だけずるいとのこと。まぁ、確かにずるいけれどそれでまさか一緒に来るとは思ってなかった。
哀ちゃんは当初、良い顔を見せなかったものの、蘭ちゃんが行くことを伝えると渋々といった様子で頷いてくれた。そういえば、ベルモットに殺されかけた時に蘭ちゃんに助けられて以降、彼女には甘かったな、と頷いた哀ちゃんを微笑ましく見つめていたら、気持ち悪いわね、と氷の視線を貰ってしまった。しかし、それがどこかクセになりそうなのだ。クールビューティは偉大。
かくして、私達は大所帯でトロピカルランドを訪れた。土曜日ということもあって人の入りが多い。喧騒の中で、とにかくみんなはぐれないようにしなければいけないのに、子ども達はそんな心配をしているなんてつゆ知らず、どんどん自分達の好きな方向へと散っていく。「待たんか〜」と追いかける阿笠博士も大変そうだった。

さて、どこからみんなと回ろうか。そう思い、ふと視線をパークの案内パンフレットに落とすと、目に入ったアトラクション名に、脳裏に、背筋が粟立つような記憶が蘇った。

(ミステリーコースター)

物語の一番初めの事件だ。
ジェットコースター殺人事件、被害者の首が吹き飛ぶと言う凄惨極まりない事件がこの物語の始まりだった。怖気が立つようなイラストだったことは大人となった今でも克明に覚えている。ぞわり、とその一ページを開いた時に感じた恐怖は鮮烈なものだった。血が、まるで自分の首を切られたように錯覚するほど視界に広がる感覚。震えた手はページを捲ることすらできず、ただただ、目の前の惨劇を眼下に収め続けた。
その時に感じた強烈な圧迫感は、私に否応なく想像させた。

もし、現実に、目の前でそれが起こったら。

その感覚がまた蘇る。

(まあ、ないない)

嫌な思考に脳はすぐ拒絶反応を示して、騒ついた心に首を振った。
この世界に来てから二ヶ月。私自身が何かに巻き込まれたことは今のところない。目の前で人が血を流しているのも、絞殺されているのも、見たことなんてない。紙面上での文字情報で仕入れているくらいだ。
私の現実に非現実が訪れることなんて、きっと確率としては低い。確かに、公安警察の皆様、協力者の店長に何かしらの疑惑を持たれているけれど、それもこの身の上のせいであって、私自身が事件に巻き込まれる要素は皆無と言っていいはずだ。

パタンとパンフレットを閉じてカバンにしまうと、おーい、と前方の子ども達と博士が手を振ってきた。

「取り敢えず、行きましょうか」
「ですね」

大人がはぐれてしまっては世話ない。
梓さんと蘭ちゃんにも声をかけて、私達は彼らの後を追った。



映画やアニメ、漫画で見たアトラクションの数々が目の前にやってきて、それに搭乗するなんて、現実に起こり得ると誰が想像つくだろう。もちろん、物語のキャラクターが目の前に現れることだってあり得ないと一蹴されそうだけれど、それと同等の感動を、現在私は味わっている。
ミステリーコースター、氷と霧のラビリンス、軽快なパレード。目の前を過ぎて行く現実はいつも以上の非現実に思えた。そこではしゃぐ子ども達、梓さんに蘭ちゃん、遠巻きに眺めるコナン君、哀ちゃん。全部が私を不思議な心地にさせる。アトラクションは楽しくて、純粋に童心に戻ったのだけれど、なんだか本当に夢のような空間だとふわふわした思考を抱えた。幸せな空間なのに、妙に地から足が離れているような感覚。

「楽しんでますか」

観覧車に乗ってくると走り出した他のメンバーを見送って、ベンチでソフトクリームを頬張っていた私の隣に安室さんが腰を下ろした。お手洗いに行ってきます、と離れた彼の背を見たのは十分ほど前。見送った背が人混みに紛れる刹那、ポケットのスマートフォンに手が伸びているのは確認した。「僕トイレ〜」とお股を抱えてトンズラする少年を笑えないぞ、それで公安が務まるのか、と戻ってきた彼を見つめる視線が冷ややかだったのか、安室さんはこてんと首を傾げて「どうかされましたか」と聞いてきた。いかん、いかん。
「何でもありませんよ」と、にこり、笑顔。取り繕った私に安室さんも営業スマイルを浮かべる。視線を彼から外して、前を見据えれば、梓さんと蘭ちゃん、子ども達と阿笠博士、コナン君と哀ちゃん、というペアで観覧車に乗る様子が見えた。組み合わせとしては妥当なペアなんだけれど、頭のキレるコンビが密室にいると何か良からぬことを企んでいるのではと勘ぐってしまう。

「仲良しですねぇ」
「……少年探偵団の子達がですか?」

ふと、そう呟いた安室さんに問い返せば、それもありますけど、と言葉を続けた後、その視線が頭脳明晰な二人に注がれた。

「コナン君とあの灰原哀ちゃんですよ。二人ともとても賢そうですから、気が合うんですかね」

その問いかけの答えは、何が正解なのか分からなくて私は曖昧に微笑んだ。賢そうじゃなくて、べらぼうに賢くて頭もキレるんだよ、とは口が裂けても言えないため、安室さんの言から逃げるように視線を彼らに向ける。丁度、観覧車に搭乗するところで、仲良く二人で乗り込んでいた。
中でどんな話をするんだろう。背丈が本来の二分の一以下に縮んだ頭脳明晰な二人の男女に私は想いを馳せた。

思えば、この場所は彼と、そして彼女にとっても始まりの地だ。
あの事件がなければ、もしかしたら彼は工藤新一として今、難事件を次々に解決していたかもしれない。宮野志保は彼と出会わず、灰原哀は存在しなかったかもしれない。
物語として事の仔細を知り、またそれが作者の手によって作り出された人生だということをこの目で見て来た者としては、今目の前で生きている彼らを見るのは時折思うところがあった。

作られたキャラクターとして、その感情、行動原理が私にはわかっている。そんなこと、彼ら自身はつゆほども知らないし、彼ら自身は私の行動原理も何も知らない。なんだか、ひどく暴力的だな、と自分の存在を俯瞰すると思うのだ。
どうして彼らが気が合うのか、何故頭脳明晰なのか。安室さんが考えを巡らせても分からない事実を、ただ彼方で見てきたから知っている。

「賢いから、ていう理由だけじゃないと思います」

ん、と安室さんが目を瞬かせる。その視線を横に感じながら、ぽつりと呟く。

「二人だけで共有する、何かがあるんじゃないですかね」

何が、とは言えないけれど。
動き出した彼らが乗り込んだ観覧車のひとつを見て、目を細めた。

これから先、あの子達は戻ることができるんだろうか。

メタフィジカルをこねくり回す、あちらの思考の自分が顔を覗かせて、馳せる思いは混濁していく。
イレギュラーとして降り立った世界で、先がどう動くかなんてわかり得ないのに。考えることをやめない思考に辟易した。


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