あの日以来、ポアロにお邪魔することが増えた。店が休みの日や夕方以降、店長がいなくなる日には、図書館に行って時事ネタを見た後にポアロに行く。梓さんと女子トークをしたり、マスターの計らいで、二人で買い物に出掛けたりと楽しい日々を過ごさせてもらっている。

今日は店の定休日のため、午前中は図書館で新聞や気になる本を読んで、午後からはポアロに来ていた。ちなみに、あの日以来、妙な尾行は付いていないからもっと上手く尾行できる人にすり替わったのかもしれない、はたまた尾行そのものをやめてしまったか。どちらにせよ、私の生活に影響はないので気にしないことにした。
喫茶店あるある、週刊誌を片手にコーヒーを啜っていると、ハムサンドを作り終えた安室さんが声をかけて来た。

「まだ捕まらないみたいですね」
「え」
「それですよ」

何のことだと首を傾げた私に、安室さんは雑誌の一ページを指差した。ああ、この事件ももう二週間前になるか。

「高級ブティックで一千万円の強盗していて捕まらないって、怖いですよね」

眉尻を下げる安室さんに、そうですね、と返すけれど、多分降谷さんにかかればこんな強盗達速攻捕まえることができるんじゃないだろうか。内心そんなこと思いながら、もう一度記事に目を落とした。
未だ捜査進展せず!犯人の目星は?なんてタイトルを付けられて、犯罪心理学者のプロファイリングを載せたりした記事。ちょうど私と梓さんが出会った頃に起きた事件だ。白昼堂々の犯行だったにもかかわらず、未だに犯人は捕まっていない。
お金でも盗品でも、換金したり使用したら足がつく物だろうからもしかしたら、ネットオークションで売り捌いたり、裏取引のマーケットがあって、そこで換金をしているのかもしれないけれど、警察がそれを見逃すだろうか。少なくとも、目の前の彼のような人間を出し抜ける気は私にはしない。

「犯人はどこに潜んでるんでしょうね。強奪した盗品ももう換金してるのかしてないのか」
「刀海さんなら、どうしますか?」
「へ?」

綺麗に弧を描いた口元が紡いだ質問に素っ頓狂な声が出た。目を丸くしている私に安室さんはニコニコと笑みを向けている。

「私なら、ですか?」

「ええ」と、相変わらずの笑みを崩さない安室さんに首を傾げる。答えを待つように安室さんは私をじっと見つめた。
なんでそんなこと聞くんだろう、と疑問に思いながらも、ふむ、と視線を紙面に落として考えてみる。盗品を手に入れてやること。

「ネットオークションで少し経ってから売りますかね」

私ならそうする。

「へえ、どうしてですか?」

と安室さんが感嘆の声を漏らした。心なしかとても弾んでいる声なのが若干気になるけれど、私は紙面の情報を指で追いながら答えた。

「すぐに売ろうとしたら目につきそうだと思うので、どこかに隠したりして時間が経ってから売った方がいいかな、なんて」

素人考えですけどね、と笑ったら安室さんは、いえいえ、と返して、コーヒーのおかわりを淹れてくれた。
安室さんの淹れるコーヒーは美味しい。雑味がなく、程よい苦味と高い香りがクセになってしまって、自分で淹れるパックのコーヒーの安っぽい味じゃ満足できなくなった。加えて、ケーキ類まで絶品だから、言うことなし。足繁く通ってしまう理由の一つになってしまっている。
カップに口をつけて喉を潤した後、今度は逆に安室さんに聞いて見た。

「安室さんならどうされますか?」

何気なく尋ねた質問だったけれど、安室さんの顔を見て少しだけ後悔した。

「僕、ですか」

何度も見てきた、安室透が疑念を抱いたりする時のあの目。先日の一件から、日常の端々で感じているその含みのある瞳が私に一瞬向けられた。
この世界に来てから、人の心の機微、そして顔色の変化に異様に敏感になった気がする。それは、私が彼らの基本情報を予め知っているからこその芸当かもしれないけれど、一番は、私がどの人間に警戒すればいいのかを心得ているからだと思う。
安室透じゃない、降谷零としての視線に思わず身構えた。「そうですねぇ」とこちらにやられた視線に対して、にこりと笑いかける。

「……直ぐに売らずに隠す、というのは確かにいい方法かもしれませんね」
「や、やっぱりそうですよね」
「ですね。例えば、ほら」

──仲間の家の中とか。

棘が仕込まれた声音だった。細められた眼は私を鋭く探ろうとしていて、嫌な汗が背中を流れる。やましいことは何一つとしてないのだけれど、何故彼がそのような顔をするのかは思い当たる節がありすぎて内心ここから逃げ出したくなった。
あの日以来、不自然なほど彼は私に何も問い詰めてこない。風見さんからの接触もない。
それは、逆に私の中に不安感を生んでいた。

いや、私違います。

真顔でそう言えたらどれだけ良いだろうと思うけど、ここは無駄に吠えたらいけない。彼がどのような情報を持っているのか、私は何一つ知らないのだから。

「なるほど。一人暮らしで、周りの家と人付き合いもしていない人間の家とか最適かもしれませんね」
「ええ、もし僕ならそうするかな、なんて」

ははははは、と笑う彼は安室透なのか降谷零なのか定かじゃない、けど、とりあえず合わせて笑っといた。そのまま、片手に手にしていたコーヒーを喉に流し込む。途端、まだ充分熱かったそれにむせてしまって、安室さんが「大丈夫ですか?」とわざとらしく心配してくれた。

なんだか、すごく誤解されている気がしないでもない。けど、仮に誤解されていても、私にその誤解を解く術は用意されていない。

(なんだかなぁ)

薄っぺらい仮面を貼り付けて注文を取る彼を見つめて、私は小さくため息をついた。


「あ、今日は洸さんも来てる!」
「こんにちはー!」

ちょうどその時、カランカラン、とドアベルが鳴り、同時に華やかな桃色の声が店内に飛び込んできた。少しばかり気が滅入っていた私の心は途端に晴れやかになる。私に手を振る二人に自然と破顔した。

「こんにちは!蘭ちゃん、園子ちゃん」

高校の授業がもう終わったんだろうか。スクールバッグを片手に小走りでやってきた二人は私の横の席に腰を下ろした。華の女子高生は眩しい。
ポアロに通うようになってから、この二人とよく顔を合わせるようになった。二人とも、私の身の上を話すと親身になってくれて、不審極まりないはずなのにこうして仲良く接してくれている。
二人は私の隣に腰を下ろすと、安室さんにそれぞれ飲み物とデザートを注文した。園子ちゃんが頼んだものがフルーツがふんだんに使ってあるケーキのため、安室さんは厨房にある冷蔵庫へ必要な果物を取りに行く。「疲れた〜」とカウンターに突っ伏した園子ちゃんに私は首を傾げた。

「そんなに授業が疲れたの?」

私の質問に園子ちゃんは手をヒラヒラ降る。

「違います。さっき職務質問?ていうのされたんですよ!もうびっくりで」
「職務質問?警察官に?」
「そうなんですよ。なんでも、この前の強盗事件についてで」
「近辺で聞き込み調査をされてるそうなんです。変わった人を見かけなかったか、とか聞かれて」

びっくりだったよね、と顔を合わせる二人に私は先ほどの安室さんとの会話を思い出した。

一千万円の強盗事件、未だ捕まっていない犯人。あの強盗事件は確か杯戸町で起きていたから、近隣の町である米花町で聞き込みをしているのか。やっぱり、普通の警察官は名探偵や探り屋さんのように断片的な情報から道筋を立てて事件を紐解き、証拠を見つけて解決というわけにはいかないらしい。足で稼がないといけない、とはよく聞くけれど、本当に大変な職業だ。

「この辺に犯人が潜んでいるのかな?怖いね」
「大丈夫ですよ!警察が動いてくれてますし、いざとなったら蘭がはっ倒してくれます!」
「いや、さすがに高校生の女の子に守られるほど危機管理能力低くはないよ」

空手の関東大会一位の実力、弾丸を避ける動体視力、作中最強に近い蘭姉ちゃんとはいえ、まだまだ高校生、華の女子高生。さすがに、守ってもらうのは気がひける。
もしもがあったらね、なんてへらりと笑えば、任せて下さい!、と力強い返事と拳が返ってくる。
もしも、なんてあり得ないだろうけれど、少しばかり胸の奥がチリチリと騒ついた。

ただの窃盗事件ならそれで良いし、それに越したことはない。
それでも、今ここに自分がいて、近くには名探偵君がいる。その状況が、何故かとても不穏な気配を感じさせた。


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