『──こちらサイレント。東区の貴金属店で強盗発生。犯人は目出し帽を被った四人組で北へ移動中。管轄のサイドキックは──』

 無線から届く緊迫した声が車内に響く。ワイルドアーム事務所が所有する対ヴィラン追撃用の普通車の中にはワイルドアーム本人と運転手のサイドキック一人、そして千歳が乗っていた。
 密着取材が始まり、はや二日。ロングインタビュー前に何回か仕事ぶりを見ておいてほしい、との要望で、千歳はここ二日、彼に付き合っている。ヴィラン追撃用の車は銃火器に耐えうるらしく、この中にいれば命の危険はない、と断言された。
 とはいえ、車外でドンパチしている中、冷静に現場で見ることは至難の業だ。

「来ますよ! 千崎さん!」
「へ?」

 サイドキックが叫ぶと同時にワイルドアームが飛び出し、続けて衝撃音。急ブレーキに体がシートベルトにのめり込むのと車体が壊れるのではないかと思うほど揺れたのはほぼ同時だった。
 一瞬、息が止まる。横転は免れたが車外には土煙が上がっていた。放心状態になったが、しかし直ぐにサイドキックが外に出たため慌てて追いかける。なんだこれは、スパルタにも程があるだろうと毒づきながら、それでも必死に彼を追いかけた。

「ワイルドアームだ!」
「頼む! さっさと倒してくれ!」
「捕まえてー!!」

 野次馬の声援を受けたワイルドアームが右腕を天に突き上げる。猛々しい背中に外野の黄色い声が辺りに舞った。
 雑居ビルが立ち並ぶ大通り。四人組対ワイルドアームの熱い攻防が繰り広げられる。サイドキックも周りにいるが、避難誘導と住民の安全確保に徹していて実質彼一人で複数人を相手取っていた。攻撃をかわし、腕を鞭のようにしならせて応戦するワイルドアームの一挙手一投足に周りからは歓声が上がった。サイドキックが「危ないから下がって!」と誘導しても、熱気はダウンする気配もなく、むしろオーバーヒートしている。
 その光景に、千歳は思わず佇立した。

(…なんか…ズレてる)

 緊迫しているはずの状況だ。怖がらなければいけない現状だ。
 しかし、目の前の光景がどこか他人事のように思えた。
 くるりと辺りを改めて見渡す。規制線の向こう側から、多くの市民が野次、怒声、歓声を上げている。非粘着テープにまるで効力があるように、彼らは行儀良く線の外側で声を上げていた。
 その光景は、まるで、映画のようだった。観客席という安全圏から囃し立てる観客と危機を演出するヒーローとヴィラン。

 造られた世界観が、そこにはあった。

 今目の前で起きていることは現実の筈なのに、誰もがそれを虚構と勘違いしているかのような違和感が、あった。
 千歳はバッグからミラーレス一眼を取り出し、シャッターを切った。構えて切り取った画面を確認するとやはりどこかエンタメのようだった。映画のワンシーンを切り抜いたような、自分が枠外にいるような。或いは、映画館の最後列から全体を捉えたような。
 言い知れぬ不快感が腹の底に渦を巻く。それでも、仕事は仕事、とシャッターを切る。辺りの喧騒を脳で処理しながら、心を無にしてレンズを覗き込んだ。
 結局、不快感は消えることなく、その感覚はワイルドアームが犯人確保するまでなくならなかった。


「──おや、先日ぶりです記者さん」
 きちんと撮影できたかファイルチェックしているところに聞こえた声に心臓がドキリと大きく脈打った。上空から聞こえたその声に、しかしすぐに胸の高鳴りを落ち着け、目の前に軽やかに降り立った彼にひとつ笑顔を向ける。

「こんにちは、ホークスさん」
「どーもです」

 へらりとホークスも笑い返す。
 神出鬼没な彼はどこにでもいる。けれど、意味のないところにはいない。
 今日はここにきたと言うことは──

「見回りですか? それとも、何か事件でも?」

 ちょっぴり探るような目線を遣れば、彼は口角を上げた。

「…やだなぁ。そうやって情報聞き出そうとしてるんでしょ? 油断も隙もあったもんじゃない」

 大仰に手を挙げたホークスに、千歳は困ったように笑う。

「すみません、つい癖で」
「えー、そんな癖あります? 怖いなぁ」
「それがあるんですよねー」

 へらへらと、軽い返しをしながら内心、舌を出した。
 実際、本当に癖なのだ。短い在籍期間ながら染み付いた、癖。何かあったのか、と聞いた時の相手の反応を見て当たり外れを判断する。この一年余りで叩き込まれた習性だった。まだ見通しが甘いものの、それでもそれなりの自負はある。
 しかし──

(…隙がない人だなぁ)

 肩を竦めたホークスの対応を見て、千歳は内心、やりづらい相手だと感じた。
 ホークスはそつがない。軽い笑み、適度なファンサービス、それでいて高い検挙率。真面目にやってる風でもないのに次々にヴィランは捕らえるものだから、社の中には「アイツ、反社とグルじゃねえのか」と懐疑的な目を向ける人間もいるが、叩こうとしても何も出てこなかったという。
 そつなく全てをこなす人気ヒーロー、それがホークスだ。
 千歳の問いかけにも、常の軽薄そうな笑みで応えた。メディアに対して嫌味を前面に出さずに、あくまで笑い話で牽制する。この手のタイプは──嘘が上手い。
 それはすなわち、自分にとって天敵になりえる相手ということだった。

「で、どうでした? ワイルドアームさんの活躍は」

 千歳の心中を他所にホークスは人の良い笑みで尋ねる。
 彼女は、うん、とひとつ唸って応えた。

「…えっと、すごいというかなんというか」
「……ありきたりすぎません?」

 呆れた彼の声に、しかし「そうなんですけど」と前置いて、ぽつりと本音を漏らす。

「なんというか……映画みたいだな、て思っちゃったんです。作られたシーンを見ている感じで」

 虚実の狭間で揺らめいているような世界を見ている、そんな感じがした。此処にいるのに、目の前にあるのは作られた虚構に過ぎない。見せられているのに、何も見ることができていないような感覚。
 それは、一種の無力感に近い。自分の領分の範囲外のような──

「…映画みたい、ですか」

 やけに神妙な声が返ってきて、意識を現実に、視線を彼に戻す。
 見れば一瞬、ほんの一瞬だが、スゥ、と彼は目を細めて。


「やっぱり、記者さんはおもしろいですねぇ」


 ニヤリ、と上がる口角。怜悧な瞳が向けられて、背筋がぞくりと粟立った。見定めるような視線に体が硬直して、目を瞬かせて思わず彼を見つめる。
 パチリと、視線が絡み合って。

(……なぁんだ)

 妙に、"安心"する。

 意外と、こんな顔もできるのか、と。

 常に軽薄な笑みを貼り付けて、飄然と空を舞い、深く仮面を被って内面をつゆほども見せない。そんな、ホークスという男の認識が──

(わるい顔)

 ほんの少しだけ、覆った。


「──では、よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくお願いしますよ」

 一頭地に建てられたビルの最上階。応接室として設けられた部屋にはワイルドアームと自分しかいない。趣向を凝らした調度品に囲まれた室内で、千歳は思わず背筋を伸ばした。
 取材四日目。ようやくワイルドアーム本人と腰を落ち着けてのインタビューとなった。日々、ヴィラン退治に邁進している彼は時間をつくることが難しいため、ロングインタビューは今日この日この時間しか取れていない。
 千歳はひとつ息を吐いて呼吸を整え、質問を開始した。

「ワイルドアームさんはデビューから十年経たれてますが、デビュー当時と今では環境はどう変化しましたか? 心境の変化も併せてお願いします」
「そうですね。駆け出しの頃はサイドキックとして全国各地を周り、実戦経験を積むとともに見聞を広めました。慣れない土地での立ち回り方、警察や他のプロヒーローとのタイアップは新鮮で、連携の在り方を学んだ気がします。自分一人ではなく、誰かの力を借りながら任務をこなす大切さはそういったところで学びましたかね」

 爽やかな笑顔で身振り手振りを交えながら話すサマは営業マンのようだった。よく言えば人当たりが良く、悪く言えば胡散臭い。

「…ワイルドアームさんの任務をここ数日見てきましたが、お一人でヴィランと対峙されることが多い気がしました。サイドキックの皆さんは後方支援がメインなんでしょうか」
「まぁ、必然的に私が前に出ることは多くなります。けれども、後方支援ばかりしてもらうわけではないですよ。僕らはチームですから」

 当たり障りのない言葉が連ねられる。薬にも毒にもならない情報に千歳の心は凪いだ。
 取材初日から、ワイルドアームの態度は気味が悪いほど変わらない。踏み込んだ物言いをせず、全方面に予防線を張った言葉ばかり。エンデヴァーのような溢れる野心、オールマイトのような正義漢、どちらにも傾かない姿勢は敵を作りにくいが──

『おもしろいですねぇ』

 当たり障りのない言葉の中にも、本音が見え隠れする時はあるのだ。
 千歳は更に質問を重ねた。ヒーロー活動のことからプライベート、日頃のルーティーンやジンクスまで。ヒーローを丸裸、がコンセプトのため私生活についてもできるだけ深く突っ込んだ。しかしワイルドアームは「けっこう聞きますね」と苦笑するだけで、それら全てに卒なく答える。

「──この二年余り、ヴィランの確保件数が前年の四割増と飛躍的な活躍をされていますが、ご自身でどのような要因があったと考えますか?」

 一時間が経過しかけた時から千歳は質問内容を仕事に絞った。トントン、とペン先でノートの端を突きながら尋ねる。集中力も切れかかってきていた。

「…そうですね。まず、サイドキックの人数を増やしたことが挙げられます。さらにパトロールの配置場所を主要駅周辺ではなく銀行や貴金属店が並ぶ区を中心としたことで、強盗目的のヴィランを効率的に確保できているのだと思います」

 ──あれ。

 淀みなく話すワイルドアームにふと、違和感を覚えた。言語化できるほどのものではなかったが確実に感じたズレ。何とどうズレているのか分からないが、胸につっかえるような違和感が残る。
 ワイルドアームを見れば変わらない笑顔だった。張り付いた、外行の顔。高めのトーンと落ち着き払った声音に変化はない。

「……どうかされましたか?」
「え」
「…いえ、急に黙り込まれたので」

 あ、トーンが変わった。
 僅かな変化に千歳が反応する。すると、ワイルドアームの眦がぴくりと上がり、探るような視線が彼女をを射抜いた。
 不審感が現れたその相貌に千歳は、にこりと笑顔を返す。

「……やっぱりきちんと考えて人の配置をされてるんだなぁ、と思ったんです。先を読まないとプロヒーローは務まりませんよね」

 それらしい言葉を並べて、へらりとそつなく笑って、眉尻を下げれば、一瞬鋭さを増した彼の視線は緩やかになる。警戒心を保ちながら、しかし彼もまた当たり障りのない相貌に戻った。

(……何だったんだろう)

 互いに仮面を張り付けながらの言葉の応酬の中、千歳の中に芽生えた違和感は徐々に大きくなっていった。


 市内の一頭地。商業ビルが立ち並ぶ通りの一角に、日日新聞博多支局はある。午後九時になると日勤の記者の半分は帰宅しているが、もう半分はゲラチェックや夜間対応などで残っており、まだ事務所の電気が消える気配はない。ワークライフバランスなどと言われているが、昼夜問わない職種にとってはもはや死語になりつつある。
 例に漏れず、千歳もまた他の記者達と同じように自分のデスクでパソコンと睨めっこしていた。
 とはいえ、原稿に追われているわけではなく、その指先はマウスに添えられ、開かれているのは検索サイト。キーボードを粗くタップし、カチ、カチとリズミカルにマウスをクリックした先。「見つけた」と彼女が呟く。開かれているページ上部には『福岡県警察本部』の文字があった。

「…やっぱり」

 羅列されている数字を見た彼女は、神妙な声でひとりごつ。
 サイドキックの数を増やし、パトロール場所を変えたことで確保件数が飛躍的に増加したと彼は言った。

 彼の確保件数の多くは"強盗犯"だ。

 しかし、ヒーロー飽和社会と揶揄されるヒーロー全盛期において、いくら便利な個性の持ち主でも強盗を働くのはリスクが高い。県警が発表したここ十年の犯罪傾向をまとめた『犯罪白書』でも見て取れる通り、福岡県内の強盗発生件数は年々減少している。三年前に比べて昨年度は三分の一だ。

「パイが減ってるなら、良くて横ばいだと思うんだけど…」

 ワイルドアームを特集するために彼のヴィラン確保記事を網羅した際、突出していたのは"強盗"の確保件数。県警発表の発生件数とワイルドアームの確保件数を突き合わせると、昨年度は県内の強盗の"半数"近くをワイルドアームが確保している試算になる。

「…四割り増しの確保件数のほとんどが強盗ってどんだけ疫病神なの」

 強盗の確保件数が多いのはもちろんだが、強盗の確保は市民が多く巻き込まれるため窃盗などの犯罪より注目度が高くなる。
 だからこそ、余計にワイルドアームの動きは"目立つ"のだ。強盗の件数自体は減っているのにワイルドアーム"だけ"が確保することにより、また強盗か、またワイルドアームが確保したのか、という心理が生まれる。

「…なんか、なぁ」

 仮にこれを見越してサイドキックの数を増やし、わざと発生しやすい場所へと配置を変えていたとしたら。

「ヒーロー…ね」

 行為だけ見ればヒーロー。
 けれど、それをヒーローと認識することは、千歳にはできそうにもなかった。

     *

 宵闇に紛れる人影があった。漆黒をまとう影は背中に大きな翼を湛えているというのに、羽音はさざめきのようだった。
 上空を滑空してきた人影は、雑居ビルが立ち並ぶ区画へと一気に降下し、音もなく屋上へ降り立つ。その際、ふわりと小さな羽が一枚舞って、人影から離れていった。
 羽が離れていくのを見届けて、人影が小さく息を吐く。

「…おいたが過ぎるんだよ」

 低く、吐き捨てるように影は紡いだ。上がった口角は侮蔑の念を多分に含んでいる。
 宵闇に一筋の光が射す。青々と輝くそれが、分厚い雲に生まれた狭間から地上に落ち、人影を照らした。
 月光を背に、人影─ホークスは、夜のしじまと喧騒入り乱れる街を眺める。
 今この時も、ヒーローは街を巡回し、またヴィランも謀略を練っている。ヒーローが暇を持て余す社会とは程遠い現実がいつだって目の前にはあった。
 ふと、ホークスの脳裏に数日前に出会った女の顔が浮かんだ。

『映画みたいなんです』

 浮かない顔で呟いた女。目の前のヒーローに目を輝かせることもせず、本音を吐露した彼女に、図らずもホークスは感心した。
 大なり小なり、ヒーローは持て囃される。人気投票が公然と行われ、視聴率は常にトップ。国や警察などの公権力ではなく、あくまで民間の一団体、一組織であることも起因しているのか、批判の的になることも少ない。

(批判の芽は摘めばいいしな)

 ふわりと、羽が風を受ける。
 他の組織に比べて圧倒的な民衆の支持を得ているヒーロー。市井の人々にとって、自分達を守ってくれる英雄だ。
 しかし、目の前でヒーローとヴィランが対峙し、戦闘が繰り広げられた現実を、彼女は『映画』と表現した。作られたシーンだと首を傾げ、現実に疑義を呈した。

「…厄介だよなぁ、たぶん」

 感心した一方で、ホークスは嘆息して頭をかく。
 おもしろいと感じたのは事実で、けれどあの手の記者は少々厄介だ。ニコニコと愛想よく笑っていれば絆される連中ではない。笑顔の裏にある顔を知ろうとする。
 面倒ごとにならなければいいが。
 己の憂慮が杞憂になれば良いと願いつつ、再び漆黒に覆われた闇の中に彼の体は溶けていった。

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