ある佐官とある青年の──2
──会いたい
死ぬ間際の絶望より、胸を裂くような切なる願いを口にした、哀しき男の声が聴こえる。何度も何度も何度も耳朶を打つ声に常人なら気が触れるだろうが、レイネシアは違う。
高揚が全身を支配する。
その声を聞いた刹那、泣きそうになるくらいに胸が高鳴った。
ようやく見つけた。その、鈍色の姿。
四年の歳月をかけて辿り着いた。これが己の行き着く先だと、自機の警戒信号が告げている。
あぁ、伝えないと。
ようやく、来ることができたのだ。
死神の異能があったから、特定できた。
《彼》の視界だけでは、位置の特定は叶わなかった。
レギオンが傍受できる通信を解放する。同時に《アンダーテイカー》以外との同調を切り、他隊が知らない周波数を使って、彼女は紡いだ。
「会いにきたよ」
──リオン。
*
寒い、寒い、寒い、冷たい。
途切れたはずの意識がナゼか、繋がれて。けれど、命令だけは頭に流れ込む。
コロセ、コロセ。
人間は、全て敵。
多くを屠った。本能と言うべき指令に従って、斬り伏せた。
けれど、ずっと頭の中に残っている。
《会いたい》
誰に?
《会いたい》
どうして。
《会いたい》
本能を凌駕する、これは──
『会いにきたよ』
嗚呼、これは感情だ。
聞こえた声に、レギオンとしてではなく、ヒトとしての本能が叫ぶ。会いたい、会いタイ、アイたい、アイタイアイタイアイタイ──
オレの、タイセツな。
だい、じな、いとしい。
──レイネシア。
嗚呼、そうだ。
大切で、大事な彼女を俺は。
俺は、持っていかないといけない。
クソみたいな白ブタの中じゃなくて、全てが平等の此方へ。
肉体を離れて、ひとつに。
突き動かす情動に、鈍色の戦車型の光学センサーが妖しく光った。
*
その時、がきたら、レイネシアは迷うことなく引き金を引くと決めていた。
飛び出した刹那、四方から顔を出した斥候型に高周波ブレードを叩き込む。照準を定められる前にワイヤーアンカーをビルに引っ掛けて、上がりながら砲身を向けて、トリガ。八十八ミリ砲が火を吹いて、二体を屠った。
ビル壁を這い、更に別のビルへと飛び移りながら砲撃。前方三百メートルに迫った戦車型を守らんと、騎士たる近接猟兵型が前へと出たが、《ペルセウス》以下小隊員が斬り伏せた。露払いはしておく、と言わんばかりに、戦車型を囲む屑鉄を文字通り屠っていく。
『会いたい』
ワイヤーアンカーを切り離し、レギンレイヴが地面にめり込む。対峙した戦車型の巨体に対してあまりにも非力なそれ。
けれど、彼女の目に灯っているのは絶望とは間反対の感情だ。
『会いたい』
知覚同調で鼓膜を揺らす声が、だんだんと大きくなる。
同時に、レイネシア自身の視界の中に、新たな景色が映り込んだ。
それは、銀色に光る棺桶、レギンレイヴ。
まさに、今自分が乗っている機体そのもの。
それが、"誰の"視界かなんて思案するのは、野暮だった。
『会いたい』
「……知ってる」
だから、来たんだよ。
ニィ、と口角を上げて、彼女は目の前の敵を、見た。
「久しぶり、リオン」
軽やかに、嫋やかに微笑んだ彼女は
《羊飼い》になった旧友に、飛び付いた。
*
会敵のその瞬間、ライデンの背筋がぞくりと粟立った。
僚機を置き去りにして真っ直ぐ突き進んだ《レッドウルフ》は、斥候型をものともせずに機銃掃射と高周波ブレードで斬り伏せ、戦車型の前に降り立つ。鉄の棺桶より多少マシというレベルの、レギンレイヴ一機で。
変わらず鼓膜を揺らす『会いたい』という切なる声に突き動かされたとみえる彼女。他の敵も、味方すら一才視界に入っていないその姿はまるでかつての──
『ライデン』
「……っ! わりぃ!」
意識が逸れた刹那の隙に近接猟兵型の脚が眼前に迫ったが、《アンダーテイカー》の砲撃で沈黙する。
戦闘中に考え事なんて愚の骨頂だ。
ひとつかぶりを振って、ライデンは湧き出る屑鉄に弾丸を打ち込む。
『少佐は今、あの《羊飼い》と話しながら戦ってる。あれがきっと、あの人が求めていたものだ』
ライデンの思考を読み取ったかのように、シンは伝えてきた。レギンレイヴを疾駆させ、戦闘の真っ只中というのに。
「……はっ、お前と同じかよ」
思わず、苦笑する。操縦桿を握る手に、力を込めて。
──疑問だった。ハンドラーとして生きてきた人間が、何故、プロセッサーになったのか。氷の仮面を被りながら、まるで"己を使い潰す"かのように戦いに身を投じる違和感。
部下を多く救うのなら、管制が最も適している筈だ。
しかし、副長のニコから彼女の過去を聞き、そして今、《羊飼い》に自ら向かう姿を見て、確信した。
アレが、彼女の望み。
四年の歳月をかけて辿り着いた、彼女の──
『……俺も、こうだったのか』
ぽつり、とシンがどこか神妙に、呟く。かつて己が、兄を探して彷徨っていた《死神》だった頃を重ねたのか。
器用に敵を屠りながら呟かれた言葉に、ライデンは形容し難い感情を覚えて、苛立ちをぶつけるように屑鉄を屠っていく。
どいつもこいつも。
過去に囚われて、己を食い潰していく。隣にいる人間なんて関係なしに、突き進んでいく。一緒に戦え、なんてもちろん言わずに、たった一人で。
『また、どこかで』と、相好を崩して別れたはずの彼女は、今は──
「……クソッタレ」
募る不快感をトリガに乗せて、戦闘は続く。
*
景気祝いのように一発お見舞いされた戦車砲弾を横っ飛びの跳躍で回避。機銃掃射の弾幕を貼りつつ、後部へ回り込み、砲塔後部上面を狙う。戦車型の最も装甲の薄い部分だ。
「っ、」
しかし、位置どりが上手くいかない。脚部を登り、ブレードで斬り伏せようにも、巨躯と砲身が反転。バランスを崩して振り落とされかけたところでワイヤーアンカーを射出し、宙へ退避すれば、先ほどまで自機がいたところを鋼の凶器が切った。
《アンダーテイカー》どころか、エイティシックス達にも劣る自身の操縦性能では、戦車型の、しかも《羊飼い》に敵うはずはない。
それでも、他の誰の邪魔なくこの時を迎えたかった。
『会いたい』
鼓膜を揺らし続ける懐かしい声に、操縦桿を握る手の力が入る。各種計測器とモニターを一瞥し、レイネシアは《彼》を僚機のいない場所へと誘導した。
会いたい。会いたい。会いたい。声を聞きながら、しかし斬撃と砲弾をかわして。
「……会いたかった」
淡く、儚い微笑みを浮かべたレイネシアは、操縦桿を握り直すと迷うことなく機体を前進させた。
砲弾の最低起爆距離内まで潜り込めば、戦車型のできることは脚部で目の前の敵を屠ることだ。
だからその前に、最も脆弱な関節部にブレードを叩き込む。
鈍い、斬撃。
八脚のうちの一つから火花が散った刹那、しかし巨躯全体を使った体当たりがレギンレイヴに襲いかかった。ジャガーノートより多少マシというレベルの装甲に運動エネルギーが叩き込まれ、レイネシアの華奢な躰に襲いかかる。
ぐっ、と奥歯を噛み締め、彼女は目の前の《彼》を見据えた。バランスを崩して、体制を立て直そうとした《彼》に、口角を上げる。同時に、レギンレイヴの主砲がゼロ距離で戦車型の後部に張り付いた。
轟音、爆裂。
戦車型の分厚い装甲に風穴が空く。光学センサーが、チカチカと点滅した。
自分には、戦闘センスも経験値もない。
だから、身を切って張り付くくらいしか、できることはなかった。
一か八かの作戦とも言えない突貫。ブレードが関節を切断しなければ、脚部に薙ぎ払われて終わりだった。
斬撃、砲撃のひとつひとつに神経は摩耗して、削られた体力精神力に大きく息を吐く。《アンダーテイカー》ならば、きっと難なく屠ることができた巨躯を見上げて。
「──え」
刹那、起動を止めた筈の機体に見えたのは、鋼の装甲に不似合いな流体。
それが、巨躯から溢れ出たことを確認したのを最後に、《レッドウルフ》を衝撃が襲った。
*
これほどまでに、動けるとは想定していなかった。
脆弱な光学センサーを補う斥候型達が悉く屑鉄に変わるが、それでもこちらの利に変わりはない。分厚い装甲に単機で抗う愚策。
しかし、歴戦のエイティシックスでも小隊で相対する戦車型に、彼女が一人で向かってきた理由をリオンは知っている。
『会いにきたよ』
高揚が、熱を持たない体を駆け巡った。
このために、彼女はきっと、努力してきたのだと理解した。
彼女は分かって、自分の前に現れたのだ。
自分のために、彼女は──
『会いたい』
はやく、はやく会いたい。
会って、確かめたい。
白銀の瞳が、自分を映すその様を見て、はやく触れたい。
だから、ちゃんと壊さないようにした。
彼女が避けられる範囲で誘い込み、逃げられない位置を確認して、脚部とアームを掴んで、ぐしゃり、と。生身の、しかも女の体の脆弱さはエイティシックスなら知っているから、弱く、しかし戦闘不能になるように。
投げ飛ばされ、沈黙した機体に近づいて流体マイクロマシンで、傷つけないようにハッチを開ける。幸い、邪魔な外野は戦車型や近接猟兵型が引きつけている。数の暴力は此方の十八番だ。
力を入れて、鈍い音を立てて僅かにこじ開けたハッチの先。
『会いたい』
意識を失っている彼女に、手が、伸びる。
──嗚呼、レイネシア。
ようやく、一緒になれる。
別離から解き放たれて、ようやく、ひとつに。
*
流体マイクロマシンでできた腕が伸びて、《レッドウルフ》の脚部とアームを掴み、地面に叩きつける挙動が、まるでスローモーションのように見えた。斥候型と対峙し、機銃掃射で沈黙させながら、ライデンはその光景を目撃した。
ざわりと、己の中の獰猛な獣が牙を剥く。
無数に蠢く屑鉄共など眼中に入らないくらいの、圧倒的なそれは──怒りだ。
「──っにしてんだテメエッ!!」
それを目にした瞬間、《ヴェアヴォルフ》は弾かれたように飛び出した。陣形も何も頭から抜け落ちて、ただ激情に任せて突き進む。
砲撃で《レッドウルフ》を巻き込めないため、代わりにライデンが使ったのは脚部に備え付けられたパイルドライブ。
センサーが脆弱な戦車型が《ヴェアヴォルフ》の急接近に気づいた時には、装甲に風穴が空いていた。
《アァアイタィイ!!》
「っ、るっせえ!!」
弾幕を張る《ヴェアヴォルフ》に戦車型がたまらず後退する。その間に、狙撃ポイントに位置取った《ガンスリンガー》から援護射撃が届き、ライデンはすぐさま沈黙する《レッドウルフ》に向き直った。
知覚同調はつながらない、無線も応答拒否。
完全に、自分たちだけの世界でやり合おうとしていた彼女に舌打ちをする。
──説教どころじゃねえぞ。
終わったらあの似合わない能面を引っ剥がしてやる。
固く心に誓い、ライデンは──生身の体でレギンレイヴの外へ出た。
知覚同調越しに動揺が各所から聞こえてくる。『馬鹿! 何やってんの!』『死ぬ気かよ!』と散々な言われようだが、我らが死神が沈黙しているということは、そういうことだ。
座したままの《レッドウルフ》に飛び乗って、こじ開けられた先で、意識を失っている彼女の側へ。
「おい! 起きろ、この馬鹿!!」
肩を激しく揺すっても瞼は動かない。頭部を打ったのか。下手に動かすこともできなかった。
起きろ、と何度も呼びかける。時間など秒単位でありはしないが、それでも、ライデンは引こうとはしなかった。
自分も他の隊員も危険に晒して、たった一人のために戦場で生身を晒し出すなど、そんな愚行をする自分ではなかった。
けれど──
《関係ない》
あの、氷の表層を、壊したいと思った。
自分の明日を祈ってくれた相貌を取り戻したいと、願った。
だからこんなところで終わるわけにはいかない。
また、と彼女は言ったのだ。また、どこかで、と。
自分たちはまだ──会えていない。
「おい、起きろ! フォンベルク!!」
だから、さっさと目を覚ませ。
「──っ、レイネシア!!」
*
栗色の柔らかな髪が揺れて振り向いて、その相貌が私に笑いかける。闊達な口調で、私に話しかける姿に幾度も心は救われた。どれだけ白系種に白い目で見られても、謗りを受けても、彼が迎えてくれればそれで良かった。
ハンドラーとプロセッサーの線引きをしながら、それでも私という個人を見てくれた彼が、ひどく眩しくて。
そんなぬるま湯に浸かっていた日常を引き裂いたあの日、彼が鉄屑に嬲られ、尊厳を奪われたあの日、私も死んだ。あの日から、レイネシア・フォンベルクはハンドラーワンという機械になった。
『レイネシア』
そうして、大攻勢の日を境に、私の名前を呼んだ人たちは、みんな死んだ。父も母も、友も。白系種、エイティシックス問わず、名を呼ぶ人たちは全員が死んでしまった。
だから、自分の名前を呼ぶ誰かがいるとしたら、亡霊だけだ。首を失くして彷徨う鈍色の鉄屑だけが、唯一私の名前を呼ぶ可能性がある。
そう、思っていたのに。
「レイネシア!!」
耳朶を強く打ったのは、あの日、別れた少年の声だった。
重い瞼越しに光が見えて、鼓膜を揺らした声に、レイネシアの意識は覚醒した。
開けた視界の先は朧げで、鼓膜に届く喧騒が戦闘はまだ終わっていないことを示唆している。
だというのに、何故、目の前に──
「……シュガ、くん……?」
どうして、彼がいるのだ。
戦場において生身の体で外に出るなど正気の沙汰ではないのに、何故、自分のレギンレイヴの中に彼が。
「………あ」
酩酊感に支配されていた思考が、クリアになる。
そうだ、自分は《彼》を見つけて飛び出して。動きを止めた思った矢先に視界に流体マイクロマシンでできた《手》が広がってそのまま。
刹那、頭部に痛みが走る。こめかみを抑えれば、衝撃を食らった時にぶつけたのか、ぬるりと液体が掌に付いた。
「大丈夫か」と手を伸ばした彼に、首を振る。
「ごめん、なさい、もう大丈夫だから。シュガ君はスピアヘッドに戻──……」
はた、と自分が話す言葉に違和感を覚えて、ぱちぱちと瞬いた後に彼を見遣る。
同じように、目を丸くした彼の瞳に映る自分は、ひどく動揺していた。
「………もう、問題ない。シュガ中尉はスピアヘッド戦隊に」
「いちいち声音変えなくていいだろ」
「………」
しまった、と理解した時には時既に遅しで。思考がクリアではなかったとはいえ、とんだ失態だった。
けれど、取り繕う時間は、今はない。
『ライデン。そろそろいいか』
同調しているシンが怜悧な声で二人に呼びかけたからだ。
轟音が、爆裂がすぐ側まで迫っている。うだうだと小競り合いしている時間はない。
「ああ、問題ねえ。すぐに戻る」
『了解』
瞳に獰猛な獣を宿したライデンが、彼女を一瞥して僚機へと戻る。六年前とは違う、少年から青年に近づいた背中が遠去かる。
『……少佐、あの戦車型は今、《ペルセウス》以下、ヘイムダルが抑えています』
「……え」
《ヴェアヴォルフ》が駆動したと同時に、シンの恬淡な声がレイネシアの耳朶を打った。
虚を突かれた彼女に、《死神》は伝える。
『ちゃんと──討ってあげてください』
どこか柔らかく、そして哀しい声に、レイネシアは息を呑んだ。
死者の声を聞く死神の異能を利用して、単独行動を取った軍人に対してとしては、あまりにも甘い、その言葉。幾人も見送り、ともすれば彼自身も同じような経験をしてきたのではと推察できるほどの声色に、レイネシアはひとつ目を瞑る。
視界が幾重にも広がって、そのひとつがレイネシアを彼方に捉えている。
「……ありがとう、《アンダーテイカー》」
瞼を上げた先、虹色の瞳が、戦車型を見据えた。
*
とんだ邪魔が入った。
もうすぐ、彼女と一つになれた。不自由な肉体を離れて新たな体となり得た。情報集合体として一緒に、死が二人を別つこともなく永遠を、イキルことができたのに。
失敗した。失敗した。
──否、まだ終わっていない。
妄執に囚われた戦車型にレギンレイヴの主砲が、機銃掃射が容赦なく襲い掛かる。装甲を剥がし、駆動系に火花が散るほどの散弾にしかし《彼》は止まらない。
まだだ。まだ、終わっていない。終わらない。
早く、もう一度会いたいんだ。
初めて会った時、白銀の瞳を持つ典型的な白系種だと蔑み、罵倒した彼女はしかし、とても強くて。
何度も救われた、何度も笑い合った。
白系種とエイティシックスという線引きを承知しながら、それでも諦めきれない彼女の性状が自分は。
《会いたい》
いじらしくて、愛おしくて、抱きしめたい。
『リオン』
凛然と響いた声。自分に向けられた、声。
猛然と向かってきた《彼女》が八十八ミリ砲を放つ。前面の分厚い装甲を貫通するには威力が到底足りないそれを、無意味に撃つ姿にすら高揚を覚えた。
会いにきてくれた。
自分の元に、来てくれた。
狂おしいほどの劣情に突き動かされるように、《彼》は《彼女》の僚機を振り払って《彼女》に迫る。既に剥がれ落ちた装甲も、火花が散る駆動系も無視して、ただ、彼女だけを求めて。
流体マイクロマシンが《彼女》を再度捕らえる。同時に、戦車型の重量ある八脚に戦隊員がワイヤーアンカーを絡めた。四方から引っ張られ、身動きが取れなくなったが関係ない。
僅かに開かれたコックピットをさらにこじ開ければ、あとは彼女が眼前に現れる。光学センサーが彼女を捉えて──
「会いたかった」
こじ開けた先。
銀の瞳が、揺れた。
ふっくらと瑞々しい唇が、弧を描いた。
軍服を見にまとったその肩には、対装甲用ライフルがどっしりと抱えられていた。
その照準が、まっすぐ自分に向けられていて。
刹那、フルオートの機甲弾の嵐が戦車型の光学センサーを撃ち抜いた。
《目》を潰されては観測に支障が出る。本能的に下がろうとしたが、その脚を抑えるのは他のレギンレイヴ。複数機で戦車型の進行方向とは逆に引っ張り上げるため、動きは必然的に鈍った。
とはいえ、ヴァナルガンドの軽量化を目的に造られたレギンレイヴで足止めできるのは十秒程度だ。
──無駄な足掻きを。
圧倒的な重量で振り払おうとした《彼》は、しかし、とん、と、触感センサーに"何か"を感知した。
それは、先ほど彼女が"撃ち抜いた"場所。
捨て身の突貫で開けた、風穴。
「さようなら、リオン」
──大好きだった。
十秒にも満たない僅かな時間。華奢な体に似合わない対装甲ライフルを担いだ彼女の本当の狙いを、《彼》は悟る。
こんなこと、できるようになったんだな、とレギオンらしからぬ感慨を以て。
──レイネシア。
反芻される名前に、本能を凌駕する感情が呼び起こされる。
レイネシア。
自分の名を呼んでくれた、彼女。
嗚呼、そうか。そうだった。
自分は、ただ彼女を……
──守りたかったんだ。
陽光を浴びる、銀の髪と目の少女が、一瞬思い起こされて。
同時に、火を噴いた対装甲ライフルが、風穴の奥底で火花を散らせるレギオンの中枢系を焼き切った。
*
装填された全ての弾を撃ち尽くすために引いた指が震えている。轟音が鼓膜を揺らして、薬莢がカランカランと地面を叩く。確実に起動を止めるために、制御中枢系へと叩き込む弾丸の嵐。
『勝負をしよう』
射撃ゲームで空き缶を撃ち合った記憶が、苦虫を噛み潰したような表情が、脳裏に蘇る。傷ついた猫のように毛を逆立てて、けれどその後ろには年端も行かない仔猫たちがいた。
いつだって、みんなの兄貴分。隊員を守るべきものと捉えて、誰よりも情に厚かった。誰よりも、他人のことを考えて、だからこそ人の死を嫌って。
戦場において感傷に浸るのはご法度だけれど、それでも彼は、死を当たり前と捉えるのを嫌った。
守りたい、と強く願う姿に、何度も救われた。だから、自分も──
『っ、隊長!!』
焦慮に駆られたニコの声と同時に、流体マイクロマシンが戦車型の四方から伸びた。最後の足掻きと言わんばかりの無数の手が天を仰いで、レイネシアへと向かう。
「……え」
制御中枢系へと向いていた照準をすぐさま上に向けたレイネシアは、しかし目を瞬かせた。
自分へと向かうその手がゆらゆらと、まるで惑うように揺れて。力無く、伸びる人ならざるものの手。
速度を落として自分へと近づくソレに、思わずレイネシアは手を伸ばした。
まるで、それは──
『───しあわせに』
ぴたりと、指先が一瞬触れたその瞬間。
聞こえるはずのない声が、聞こえた気がした。
「……リオン?」
いない筈の人の、声が。
流体マイクロマシンが力無く、戦車型へ戻っていく。収まるべき所に収まると言わんばかりに。
「あ……」
いかないで。
かつて呟いたその言葉をまた言いかけて。
けれど、レイネシアは口を噤んだ。
これはもう必要のない言葉だ、と、奥歯を噛み締めた。
もう、良いのだ。もう、戦場に彼を縛り付けては、いけない。
誰よりも責任感が強かった。誰よりも他者を守ることを望んでいた。
だから、もう──
「おやすみ」
どうか、二度とこの世界に目覚めることがないように。
どうか、二度と戦場に赴くことがないように。
切なる願いを込めた、柔らかな微笑みに見送られて。光学センサーを点滅させた戦車型は、その動きを完全に停止した。