大人と子ども



 自分の帰る家がないエイティシックス達は休暇が訪れても手持ち無沙汰になりがちだ。隣街にショッピング、映画鑑賞、仲間とゲームなど各々が好きな余暇を過ごす。
 けれどそれは、帰る家をなくしたレイネシアも同じだった。両親は死に、兄弟もいない。家だって塵芥となった今、なら共和国の寮に帰るかと言われれば答えは否。敵しか作って来なかったレイネシアの居場所なんてものはあの国にありはしない。
 とはいえ、だ。上官と部下の立場で接してきた戦隊員が仲良く街に繰り出す中に飛び込む勇気もあるわけなかった。ついこの間、全員から小言と叱責を、涙と怒声混じりに食らった手前どの面下げて楽しく休日を過ごそうなんて言えるのか。
 ──要するに、彼女は今。

「……何しよう」

 暇だ。おそろしく、暇だ。ベッドの上で四肢を投げ出して天井を眺める程度に、暇だ。
 ワーカーホリックよろしく、軍図書館で軍事専門書を漁ったり、提出した作戦報告書に不備はないかチェックしたり、意味もなく格納庫に赴いて僚機の整備状況を確認したり、いろいろとやったが結局のところ時間を埋めるに足りない。せめて軍服はやめようと着たのも共和国支給のミリタリーパンツとTシャツという味気なく、色気もない装い。年頃なんだからもう少しお洒落しなさい、とグレーテが一度頭を抱えたが、如何せん、見せる相手がいなかったのでシーズンごとに二、三着しか服がないのだ。

「服……買っても、て感じだけど」

 見せる相手とか、必要なイベントとか、そんなものがなければ買おうとすら思わない。儀礼的な式ならむしろ軍服が正装で、日用品の買い出しは基地内店舗で事足りるし、以前ライデンに街を案内された時も、共和国人、として相対したため紺碧の軍服だった。

「……堅苦しい、かな」

 そういえば、休日に彼を見かけた時は私服で仲間と談笑したり街に繰り出していた。男性のお洒落がどんなものか知る由もないが、とりあえず、体格に合った物を着ていた、と思う。あと、雰囲気とかにも合ってた。

「やめよ」

 思考が徐々に彼で埋め尽くされそうになるのがむず痒くなり、レイネシアはガバッとベッドから身を起こす。殺風景な室内を見渡し、ひとつ嘆息すると外へと出て行った。


 カチャリ、と弾倉への装填音が鼓膜を揺らす。静謐な、しんとした空間で一人、レイネシアはゆったりと両腕を前に突き出した。自動小銃をしっかり握り、リアサイトから覗き見た前方三十メートル地点の的に照準を合わせて、トリガ。乾いた音が響き、全弾の命中を確認して詰めていた息を吐き出す。
 銃を撃っていると無心になれるため、レイネシアは度々射撃訓練場に足を運んでいた。何も考えず、目の前の的に集中すれば、雑念を取り払える。

「さすがですね」

 けれどこの日は、撃ち終わったタイミングで後方から声が掛けられた。
 見れば、軍服姿のレーナがぱちぱちと手を叩いて近づいてくる。休暇というのに何故、と格好を見つめたレイネシアに「報告書の作成が残っていたので」とはにかんだレーナは、視線を的へと逸らした。

「レイネシアも休暇中でしょう? なぜ、此処に?」
「あー……やることがないというか、頭の中整理したいというか、そんな感じです」

 曖昧に笑って頬をかけば、レーナは瞬いた後にくすくすと笑みをこぼした。「似たもの同士ですね」なんて微笑んで、レイネシアの隣に立った彼女は、ふと、レイネシアの上半身をまじまじと見つめる。首筋、鎖骨、腕へ視線が移り「あの、どうかしましたか」と小首を傾げたレイネシアにレーナは少しばかり眉根を寄せて。

「レイネシアはこう……意外と筋肉ありますよね。細そうに見えてあるところはあるというか……」
「それはまぁ、軍人ですから?」
「それを言ったら私もです。けど、」

 気難しげに自身の腕を服越しに掴んだレーナに、レイネシアは苦笑した。
 確かに、レーナは軍人としては比較的華奢な方だ。元ハンドラー、現在は機動打撃群の指揮官なのだから屈強な肉体より精神の方がもちろん大事なわけで、それ自体は特段負い目に感じることでもない。腹の出た指揮官だって世の中にはいるくらいだ。
 レイネシアとて、輸送部隊からハンドラーへの転属だったから、対レギオンとか対人戦闘訓練はそこまで必要はなかったが。

「装甲兵としてレギオンに相対する可能性は無きにしも非ずでしたから射撃も対人戦闘も、一通りの訓練は欠かしませんでしたけど、それも……軍属の親戚からのアドバイスでしたから」
「……ちなみにその方は」
「死にました。大攻勢の時に」

 ふと、脳裏に浮かんだ懐かしい顔。厳しくもどこか自分に甘く、そして最期は市民を守る盾となるために散った親戚は、言った。

『──生き残りなさい』

 薄い電子の板越しに告げられた命令が、彼──ジェローム・カールシュタールと自分が最後に交わした言葉となった。
 機械人形と揶揄されながら軍内で孤立する自分を見限らずに支えた彼が、凡ゆる知識に加えて対人戦闘の心得まで叩き込んだのはきっと、不足の事態があった時にレイネシアが自分の身を守ることができるようにするためだろう。世界への諦念を口にしながら、祖国の無様を白い目で眺めながら、それでも軍へ入隊した親類の娘への愛情。
 生きていれば、レーナと共に指揮を取ることがあったのだろうか。

「……まぁ、レギオン相手に役立つのか不明ですけどね。体力作りにはもってこいかもしれませんが」

 辛気臭い空気を晴らすように、レイネシアは戯けた調子で肩を竦めた。もともと、軍内の"対人"用に叩き込まれただけで、射撃だって対人戦闘だってレギオンにとっては羽虫の騒めき程度の抵抗だ。白兵装でレギオン相手に無双できる人間なんて、本物の化け物くらいだろう。人間じゃない。

「……レイネシアは、対人戦闘も得意なんですか」

 ふと。どこかわくわくしたような、子どもが自分にできないことに対して興味を示すようなそんな声音が鼓膜を揺らす。
 見遣れば、レーナは瞳を輝かせてレイネシアを見つめていた。

「射撃だけでなく、対人訓練もされていたんですか」

 尋ねるその先の意味を、レイネシアは悟る。拳を握り、そわそわと体を動かす彼女に、レイネシアは苦笑した。

「試してみます?」

     *

 自身の強みが体力か知力かと言われたら、間違いなく後者だ。体力がいらないわけではないが、指揮官に必要なのは圧倒的に、盤面を動かし、状況を俯瞰する知力。一寸先は死が見える戦場で長時間、僚機を駆る体力ではない。
 しかし、レーナは軍人だ。たとえ、軍の体を成していない共和国軍のそれであっても、自分は軍属の人間。一般人よりは体力だってあるし、近接戦闘の心得もある。
 けれど、それはあくまで対一般人でしかなかったということを思い知らされる。

「考え事ですか、レーナ」
「っ、あ!」

 瞬きの間に迫ったかんばせに思わず息を呑む。怜悧な瞳に捉えられて、動きを止めた矢先に脇に入った腕。距離を取る間もなく、レーナの体は地に伏せた。きちんと彼女の背中が床に強打する前に手心を加えられて。

「駄目ですよ。集中しないと」

 真っ直ぐ見つめる瞳が、少しばかり三日月に緩む。子どもを嗜めるような、心地よい声音。「すみません」と眉尻を下げると、彼女はふわりと微笑んで、レーナの頭を撫でた。

「怪我をしちゃいますから、ね」

 柔らかな相貌が、どこかこそばゆい。子ども、というより妹か。レーナは一人っ子だが、姉がいたらこのような感覚なのかもしれない。
 差し出された手を掴んで引き上げてもらいながら、レーナは苦笑した。
 射撃訓練場に併設された部屋。主に体術とか近接戦闘とかで隊員が利用する大部屋で、私服に着替えたレーナはレイネシアに指導を受けていた。
 乱れた服を直しながら、レーナは感嘆の声を漏らす。

「驚きました。レイネシアは対人戦闘も得意なんですね」
「得意、というほどでもありませんよ。そもそも、射撃も対人戦闘も、まともに訓練していた軍人なんてほとんどいないことはレーナも知っているでしょう?」

 対する彼女は、皮肉たっぷりに綺麗に口元に弧を描いた。
 共和国軍人の体たらくは折り紙付きだ。対レギオンの戦略、戦術に関して基礎の基礎も知らない尉官、佐官なんてザラにいた。射撃もお遊び、対人戦闘なんてもっと嫌厭されたから、訓練を欠かさない軍人なんてレギオン侵攻前に軍にいた数少ない"良心"だけだ。
 その良心の一人に、レイネシアは育てられたのだろう。

「レーナも筋は悪くないですが、やはり一撃が軽いですね。ただ、体重移動を間違えなければ共和国の体たらく軍人くらいは返り討ちにできますよ」
「……それ、もしかして経験があったりします?」
「まぁ、いろいろと」

 含意のある笑みを向けたレイネシアに背筋がひやりとする。レーナより数年長く、あの腐敗した軍内部で動いてきた彼女だ。口にせずとも大小含めた諍いはあったのだろう。
 息一つ乱れない彼女をじっと見つめる。少しばかり乱れた髪を緩く、ひとつに結ぶ所作ひとつとっても、どこか彼女は自分と違った。髪と目の色は同じで背丈だってそう変わらないし、自分と大して歳は離れていない。けれど、大人の階段をちょっとだけ登った、年数を感じさせる。
 見つめていた視線が交錯して、「どうかしました?」と微笑む相貌が、なんだか。

「……もう一回、お願いします」

 少し、羨ましい。
 子ども扱いされることは煩わしくないけれど、けれど自分も、もっと大人の女性として振る舞えたら、と思うことがないわけではない。
 もう少し大人っぽくなったら、たとえばシンは安心して自分に何でも話してくれるのかな、とか。だってライデンを頼るのはきっと、彼が隊の兄貴分で信頼できる、寄りかかれる相手だからと思うから。なら、自分ももっと子どもじみた気恥ずかしさとか、少女みたいな幼さから脱したら或いは、なんて──

「っ、レーナ!」
「え──あ、きゃあ!」
「あ」
「こけた」

 揺蕩う思考で現実に目がいってなかった。だから、いつの間にかギャラリーが増えていたことも、自分の動きに実が入っていないことも気付かず上の空で、さらにそんな体たらくなところに、視界の端にシンの姿が入ったものだから集中力は離散して。
 結果、今度は前のめりにこけた。目の前の彼女を巻き込んで。
 要は、押し倒す格好で。

「っ、」

 はっ、と気付けば、自分が怪我をしないように支えつつ、地に背中をつけている彼女と至近距離で目があった。
 一瞬で、霧散していた思考が収束する。

「す、すすみませんレイネシア! 重いですよねごめんなさい!」
「……いや、そうでもないですけど、」

 倒れ込んできたレーナを見上げる双眸がぱちぱちと瞬いて、次いで視線がちらりとギャラリーへと向く。釣られてあたりを見渡せば、数日後に始まる休暇がてらの一ヶ月の学校生活のために買い出しに行っていたであろう子らが、物珍しげにレーナ達を見ていた。

「なんか、見ちゃいけないもの見てる気がする」
「そうね、なんというか……艶かしいわね」
「おいやめろ。シンの目がやばい」
「それ言ったらシデンもよ」

 リトの発言にアンジュが苦笑して、片眉を上げたライデンとシャナの近くでシンとシデンがひどい不機嫌面となっている。
 状況を呑み込んで、そうだ退かないと、と腕に力を込めたレーナはしかし。

 むに、と。

 柔らかな、ふくよかな、触ってはいけない何かを鷲掴みにしてしまった。「え」と、呆けた声が出て、次いで外野から「あ」「わお」「ひえ」「見ちゃダメ」なんて好き勝手な言葉が聞こえる。
 あれ、今自分は、何を。

「……レーナ、私が言うのもなんですが……そこは掴むものではなく、どちらかと言うと掴まれるものではないでしょうか」

 押し倒している相手が、レイネシアが苦笑混じりにレーナを見遣る。その視線を受け、自分の右手の場所を確認して、レーナは。

「な、あ……!!」

 勢いよく腕を上げ、腰を引いて彼女から身を退けた。柔らかな感触、自分が触っていたのはあろうことか女性の胸ということに気付き、一瞬で羞恥心が頂点に達する。
 茹蛸のように耳まで真っ赤にしながら、レーナは平身低頭でレイネシアに謝罪した。

「す、すみま、私っ、私なんてはしたないことを、」
「いえ、特に気にしていませんが」

 あたふたと、狼狽するレーナに事もなげに宣ったレイネシアは、しかしちらりと視線をギャラリーに投げる。真っ直ぐ、血紅の瞳に不快を滲ませた彼に向いて。

「あえて言うなら、押し倒すのなら相手はノウゼン大尉じゃないですかね」

 少しだけ、目元を意地悪く緩めた。
 言われた言葉を咀嚼したレーナは、数秒閉口。脳内は既に状況を処理するために思考をフル回転しているから、余計な一言にさらに負荷がかかった。
 結果、上擦った声で半ば叫ぶように。
 
「なっ、なにを! な、んでそんな!」
「違いました?」
「ちがいます! そんな、そんなこと」
「あぁ、逆ですか、すみません。押し倒されたいなんてレーナは大胆なんですね」
「な、なななな」
「レーナ」

 陶器のように滑らかな肌が一気に朱に染まって、気が動転というレベルを超えて狼狽するレーナにシンが声を掛ける。へたり込んでる彼女はシンを見上げて、さらにその相貌を紅く染めた。「あの、シン、これはその不可抗力で」と聞かれてもない弁解を述べるものだから、ギャラリーはもはや笑いを隠しもせずに盛大に腹を抱えている。
 ――と、そんな二人を見ていたからか。
 唐突に、誰かが声を上げた。

「ひさびさにやろうぜ!」

 湧きあがった高揚を発散するような、快活な声が室内に響くと、おう!、と、これまた楽しくてしょうがない、といった声音が返される。
 かくして、リュストカマー基地ステゴロ大会が幕を開けた。

     *

 珍しいと思った。
 機動打撃群に配属された当初から、彼女の部隊は他とは一線を画していた。ハンドラーが職務を遂行しない、或いは遂行するに足る能力を有しない部隊が大半の共和国で、共和国人を信頼し、着いていく部隊がいるとは想像していなかった。レーナくらいだと思っていたけれど、存外、気骨のある人間もいたものだと。
 そんな彼女の異質さが表れていると、シンは改めて実感している。

「どうして、そんな技術まで身に付けたんですか」

 目の前で繰り広げられる肉弾戦をぼんやりと眺めながら、横で座りながら水分補給をする彼女に問い掛ける。他人のことに大して興味はないが、聞いてしまうのは先ほど彼女がレーナと手合わせをしていたからか。レーナと似たような道を歩んできた彼女のことは何故だか気にかかる。
 シンの問いかけに、彼女、レイネシアはきょとんと瞬いた。質問の意図を図りかねる表情に、シンは続ける。

「対人戦闘の技術なんて俺達エイティシックスはともかく、共和国の軍人にはなくても良いものでしょう」

 壁の外の色付きに戦いを押し付けた人間に、訓練なんてそもそも必要ない。ましてや、装甲兵としての訓練なんてなおさら。

「共和国人だから、必要だったんだよ」

 シンの問いかけに、しかし彼女は肩を竦めた。その視線が、過去を追想するように緩く細められる。

「女だから、て理由で難癖付ける奴らはごまんといたし、私はレーナほどの戦果も上げてなかったから"成績"で黙らせるより突っかかってきた輩を放り投げる方が手っ取り早かったの」

 ふわりと、朗笑を湛えながら話す内容は些か表情と合っていない。穏やかに見えてその実、彼女は存外好戦的なのかもしれない。レーナも物腰は丁寧だが中身は割とお転婆なところがあるから、似たようなものか。

「それに、新しい部隊員と親睦を深める方法としても適していたしね」

 おどけた調子で、にっと彼女は笑む。
 彼女の異能は、見知った相手の現在の視界を覗き見る。それはつまり、面と面を付き合わさなければいけないということだ。
 初対面の共和国人、しかも機械人形だった彼女に対するエイティシックスの感情なんて当然良いはずはないから、拳の"親睦"は必要だったんだろう。
 なんてことはないように彼女は語ったが、シンはその横顔を見遣って呟いた。

「……守るため、だったんですね」

「え」と、呆けた彼女と視線が交錯する。白銀の、レーナと同じ瞳を見据えた。
 隊員を守るために、凡ゆる力を身に付けて、利用して。機械人形、と揶揄されていたという彼女は、ただひたすら自分より子どものエイティシックス達のために、戦ってきた。レギオンを駆逐するためでなく──

「貴女はずっと、守るために戦ってたんですね」

 目に見えない隔意や、差別、凡ゆる理不尽を跳ね除けて、自分の部隊のエイティシックスを守るために。彼女の部下たちも、彼女が決して友好的な態度を取らずとも己を導く存在だと理解できていたから、従ったのだろう。
 ふと、視界にレーナの姿を捉える。シデンに何やら指導を受けて、隣のシャナが苦笑している。

「ノウゼン大尉も、でしょう?」

 ぼんやりと眺めていると、穏やかな声音で問い掛けられた。

「たくさんの仲間を連れて行って、守ってきた」
「……守る、ですか」
「うん、守ってきたよ。守るつもりがなかったら、連れて行く必要だってないんだから」

 彼女の視線が部隊員たちに、そしてレーナへと向けられる。互いに同じ相手を見つめながら、彼女は紡いだ。

「……レーナは強くて聡くて、眩しいくらいだけれど、反面とても弱い。時々、頑張りすぎてて不安になる」

 彼女の言葉にシンは頷く。知っている。レーナはそのような性状の人間だ。自分のやるべきこと、やれることを全てを理解しており、兵士達の上に立つ覚悟も責任も持ち合わせているが、だからこそ相応の重圧が降りかかる。自分達と同じ歳にもかかわらず。

「だから、守ってあげて」

 柔らかな声で、彼女は告げる。見れば、妹を見るような、そんな眼差しがレーナに向けられていた。
 銀の瞳が、揺れる。

「レーナが君を守るように、君もレーナを守ってあげて。いろんな困難や理不尽も、きっと君がいたらあの子は乗り越えられるから」

 彼女の視線が自分へスライドする。目元を緩めて、レーナと同じ銀の瞳がシンを捉える。
 その眼が、少しだけ居心地が悪くて。
 周りが同じエイティシックスだったり、大人でも上官として接する人間が多かった分、見守るような視線は、どこかむずがゆい。
 慣れない感情を向けられて。けれど、シンは思う。

「俺がいたら、というのは、よくわかりませんが」

 自分は、それでも、レーナを。

「守ります。必ず」

 視線を真っ直ぐ受けて、応えた。はっきりと、曇りなき眼まなこを向けて。
 銀の瞳が、また、優しげに揺れて、その口元が淡く緩む。シンの答えに満足したように、安心したように、湛えられた微笑み。

「シン、次だよ! 少佐もお願いします」

 と、二人に声が掛けられた。前を向けばステゴロ大会も終盤戦になっていて、レフリーを務めるダスティンが手を振ってくる。
 互いに顔を見合わせて、ふと笑みをこぼして立ち上がる。レイネシアはゴムで髪を結び直すと、大きく伸びをした。

「隊長ー! 頑張ってください!」
「シン君、怪我させちゃ駄目よ」
「顔に傷付けたら今度の訓練で後ろから撃つからね!」

 割と好き勝手に外野からやいのやいのとヤジが飛ぶ。《ヘイムダル》の隊員は揃ってレイネシア側の応援に回っており、若干気恥ずかしげにする彼女に思わず笑ってしまった。

「お手柔らかに頼むね、ノウゼン大尉」
「いえ、こちらこそ」

 互いが距離をとり、構えの姿勢を取る。先ほどまでの柔らかな相貌から一転、鋭さを光らせた好戦的な視線がシンに向けられた。





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